ヒロポン国では
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ウィリアムは、王宮に戻り、マルレーンや歴代の神殿魔術師達が行なってきたことを発表した。
魔術の乱用により雨が降らなくなったこと。
そして 水脈がすでに枯れ果ててしまったこと。
あとは 天の恵みである雨を待つより手の打ちようがないことを。
そして 神の愛し子であるローズの慈悲により、一度だけは降雨が約束されたが、
それがいつになるのか、その後がどうなるかは全くわからないことも発表した。
そして ローズの最後の言葉として、「苦しきことも良きこともすべて分け合い、奪い合いのない世界を神は望んでいる」と告げた。
愚かな者達は 打ちこわしと略奪に走ろうとした。
ウィリアムは配下の者達とともに暴徒を一網打尽にしてつるした。
「奪ったり壊したりしかできぬ者の存在を神は許さぬ。」と。
魔術を全く使えなくなったマルレーンたち魔術師・精霊使い達は途方に暮れた。
魔術師・神官・資本家たちは、自分達がため込んだ富で食糧や水の買い占めを図ろうとしたら、ウィリアムに阻止された。
「全財産没収をされるのが嫌ならば、お前たちの頭脳を駆使して、水や食料の公平な分配のために雇用と流通の維持を図れ」と。
命じられた富裕層は絶句した。
鬼神ウィリアム王に 力で逆らうことは無理だった。
しかも 情報収集に長けた影の一族に光の精霊達までくっついたので、ズルができなくなった。
それでも 何とか己の欲を通そうとしたものは 情け容赦なく公開処刑された。
その一方で、頭を切り替えて、今ある資本で生産活動の維持と生産物の公平な分配に努力する者は、無産階級・無法者からの襲撃から守ってもらうことができた。
もちろん 自分達がため込んだ富は 緩やかに庶民に分配され消え失せて行ったが。
最初の混乱が収まったころに、ヒロポン国に雨が降った。
その後も公平な分配が行われている農業地帯にのみ 雨は降るようになった。
経済格差は縮小し、贅沢品は公共財となって保護された。
故意に物を壊したり奪えば死刑に処せられた。
不注意な者=過失の常習犯には 労働による賠償が課せられたので、その者たちは 暮らしが貧しくなった。
社会への貢献度の高い者には、ボーナスが出た。
教育の機会均等が 徹底したので、余暇を学習活動にあてて有益な成果を上げるに至った者には高い報酬が支払われたが、それはある意味、学習という無償労働に対する後払いの対価であったので、
学歴競争も起きず、ひがみ根性・妬み根性を持つ者は卑しき者として社会から排斥された。
さらに 女性の尊厳を守ることが徹底され、妊娠・出産・育児に当たる母性保護が重視されるとともに、無形サービスに関する対価の支払い基準を明確化することにより、男女の賃金支払いにおける不公平の撤廃を図った。
結果的に、無形サービスの評価基準を厳しく適応してお金を払うくらいなら、自分のことは自分でやったほうがましと多くの男達が考えるに至った。
早い話が、「家事労働0円」「スマイル0円」は性的搾取であるという認識に至ったのである。
笑顔は 純粋に「楽しい」気持ちの表れであって、商業活動・雇用関係に伴うものではないという認識の浸透は、労働の評価をより公平にすることに役立った。すなわち労働の質と量に応じた賃金の支払いが徹底され、ゴマすり的要素が排除されたのである。
最初のうちこそ「味気ない」とぼやく男達が多かったが
愛想笑いのない社会と言うのは、ある意味 人間関係が単純で余計な気を使わなくて済む社会だなぁという実感が広がっていった。
このような「ずる」のできない社会が息苦しいと騒ぐ人間は
影の者達により どんどん摘発されて行った。
ズルのできない社会というのは、嘘やごまかしが許されない社会であると同時に、嘘やごまかしを必要としない社会であるので、ひがみや嫉妬も行き場を失い、他人の悪意により傷つけられることを畏れる必要のない社会にもなったので、全体的に人々の気持ちは のんびりとしていった。
「あれこれと気を遣うのは、行政管理職に就く人間だけじゃないか?」
ある日 ウィリアムがぼやくと、影の長からしかられた。
「農業従事者は、天候や虫害・作物の病気など収穫量にかかわる自然と、栽培労力と 作物の販売価格と需要などのつり合いに あれこれ細かく気を使います。
職人も商売人も 仕事に関しては 細やかに気を使い 頭を使い気を使います
仕事と言うのは どんな職であれ、みんな気を遣うんです。
本業に集中して気を使って、だからこそ 私生活では のんびりと穏やかな生活を楽しむ、それだけのことです。
欲得や悪意に振り回されない社会を実現するための約束事を道徳律と言うものです」
ウィリアム王は 己の浅慮を恥じた。
そして 崩壊しかけていた道徳律を立て直し、再構築した社会を維持する責任を負った王として、自分が取締官として役目を背負っているのだと、覚悟を新たにした。
しかしまた 務めを果たすためには 時々休暇を取る必要性も感じた。
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