ビフテキ:ウィリアムの過去
その日の夕食は フクフクが作った。
彼女は 調理を済ませると さっさと階下へと降りて行った。
夕食メニューは
ビーフステーキ
粉ふき芋と人参グラッセ・アスパラガスのソテーつき
白菜のお浸し(レモン醤油とかつおぶし)
豆腐と三つ葉のすまし
白飯
であった。
ローズは大喜び。
ウィリアムも 久しぶりにまともな料理にありつけて大満足である。
彼としても 保安上の理由でエドガーに作らせている料理の貧弱さには
うんざりしていたのである。
夕食後 二人で一緒に紅茶を飲みながら ローズは言った。
「ねえ ポセイドンのことを話してもいい?」
「ああ 俺も話したい。聞きたいこともある」
ウィリアムの話は以下の通りだ。
「王子として生まれた俺は、大人の話に囲まれて育ったようなものだ。
おまけに 直接的には何も知らされず、
噂話と 俺の目の前で繰り広げられる大人たちの興奮したやりとりだけはたっぷりと言う環境だった。
しかも 物心ついた時から毒と刺客にかこまれていたしな。
じっさい ヒロポン国は 国政も国土も荒れていた。
そこで すべての問題を片付ける力が欲しくて、俺は魔術について学び始めた。
幸か不幸か 俺の教育係の一人がカゲだった。
あいつは 魔術反対・精霊信仰の男だ。
もっとも 俺が子供のころの王宮では 精霊信仰派は弾圧され、魔術派が幅をきかせていた。
民衆は精霊も神子も同じようなものと考えて 救いを求めていたようだが。
というわけで 両親を筆頭に王宮内の多くの大貴族が殺され、王宮から命からがら逃げだした時に、まっすぐに海へ行って、海の大精霊に力を与えてほしいと祈ったのだ。
そして 俺はポセイドンと契約した。
俺がポセイドンに望んだのは『戦に勝ち続ける力・敵を打ち倒す力』だ。
ポセイドンは 俺がひるまぬ限りは勝ち続ける力を与えると言った。
代わりに人としての幸せをあきらめろと言われた。
また 俺とポセイドンとの間で交わした契約を人に話してはならぬと言われた。
もし 誰かに契約について知られたり、俺が精霊と契約をしたのではないかと疑われたときには、
俺のへそにさわらせてその者の存在をポセイドンに知らせよと言われた。
だから 俺は今まで精霊契約について誰にも話したこともないし、知られないように注意をしてきた。
だから、きのうカゲが言った、精霊契約に関する人の世の習いについても知らなかった。」
「でも カゲはあなたの先生だったのでしょ?」ローズは問うた。
「だが 昔話として精霊契約の話は聞いたが それ以上のことを聞いた覚えはない。
そもそも 父が殺されてから、俺が王宮に返り咲くまで、
カゲとは直接ことばをかわしたこともないしな。」ウィリアム
「どうして?」
「王位を取り戻すための戦いに明け暮れていたから。
俺の直接の部下は 長とズームだけだった。
エドガーは父の侍従の息子だった。
俺が ポセイドンの加護を得て、影たちと合流し、
俺の兵を募った時に エドガーが来た。
俺がエドガーに会ったのはその時が初めてだ。
エドガーの方は それ以前から俺のことを知っていたようだが。
俺はあいつのことは全く知らなかった。
しかし 俺や父に関する内輪の話をベラベラ人に話されると困るから身近に置くことにした。
そのうち慣れ親しんでしまった。
「主に親しみ・主の秘密を守る」そういう性格がはっきりしているエドガーであったから 俺も彼を信用するようになった。
それで あなたの傍仕えにしたのだが、どうやら彼は あなたに親しみすぎてわきまえを忘れてしまったようだ。すまない。
落ちのびてから王位につくまでは、戦うのに忙しくて カゲと親しく話したことなどない。
貴方が魔法使いの素質があるようだから、あなたの役に立つかもしれないと思って
カゲを呼び出し あなたの指導係にしようとしたのだが・・今のこの状態だ」
ローズは あっけにとられた。
「えーと あなた 毎日忙しそうだけど 誰と仕事をしているの?」ローズ
「書類を読んで 人の話を聞いて 決済して 命令して・・
誰と?と聞かれても困るな。
顔と名前が一致するのは、エドガーとズームと長くらいじゃないか?
あとは その時々の役職に就く者の顔を覚え、担当が変われば前任者の顔も忘れる。名前など知らん。」ウィリアム
「まじ?」ローズ
「ああ お前は違うのか?」ウィリアムは不思議そうに聞き返した。
「うーん・・
私ね こっちに来てから 光や風や水のお友達ができたの。
その人達の名前は 知ってるよ。
あと、あなたが紹介してくれた人の名前も覚えている」ローズ
「確かに 社交で必要な時には 一時的に顔と名前を覚えるが
必要がなくなればすぐに忘れるな
とにかく忙しいから 必要がなくなれば どんどん忘れる
名前を憶えている人間が殺されるのも、
名前を覚えるほど親しかった人間に裏切られるのもつらいからな。」ウィリアム
「確かに 忘却は救いね。」ローズはつらそうな顔で同意した。
「お前は もとの暮らしに戻りたいのか?」ウィリアム
「そのことについては もう話が終わったのでは?」ローズ
「確かにそうだが、忘却は救いだなんていうから、
思い出したくないほど 今もつらい思いをしているのかと心配しただけだ」
「あ ごめん。心配させてすみません。
そんな 深い意味はなくて・・
ただ その 文字通りの意味のことを感じたの、あなたの話から。
それだけ」
「そうか
だったら これからする質問も 文字通りにうけとってほしいのだが」
そこでウィリアムは言葉を切った。
「うん なに?」
「おまえ 俺のへそに触ってどうだった?
それと そのあと何があったのだ?」ウィリアム
「あのとき あなた水の精霊のチグリスの姿が見えていたんだよね?」ローズ
「俺のへそに触った男か?
あれは 精霊だったのか?」
「そうだよ。
だって 突然姿を現すのって 精霊以外にいるの?」ローズ
「いやあ 食卓に突然メモが現れたぐらいだ
今度は 人間の男が目の前に現れても不思議はないと思ったのだ」
「つまり人間だと思ってたの?」ローズ
「ああ。
あれは 結局 俺とお前以外の人間には見えてなかったのか?」
「それを確かめるには 彼が精霊だったと言う必要が出てくるのでは??」ローズ
「うーん
やはり お前も 精霊と契約したことは隠したいのか?」
「カゲの話を聞くまで、他の人が隠しているなんて思わなかった。
だって マルレーンはセイレーンのことを隠してなかったし
セイレーンは 当たり前のように水の精霊との契約について話していた」ローズ
「俺も マルレーンが水の精霊と契約していることは知っていたから
お前が 水の精霊と契約すればいいなと思っていた。
もっともセイレーンの名前を聞いたのは 今が初めてだが」ウィリアム
「そうなの?」
「ああ」ウィリアム
「なんか むつかしいね」ローズ
「うむ」
「精霊に関する話は とりあえず 私とあなたと 精霊達の間の秘密ってことで
話を進めませんか?」ローズ
「そうしてもらえると助かる。
秘密が多すぎると 何も話せなくなって困るのだ」ウィリアム
「同感」ローズ
「私は ちゃんと話すから あなたも秘密を作らないでね」ローズ
「ああ できるだけそのように心がける」ウィリアム
「もう!」ローズはウィリアムを蹴っ飛ばすふりをした。
「そういうお前だって 鍵を増やしただろう?」ウィリアム
「だって 精霊と話しているところにエドガーが入ってきたら困るもの。
あなたとの間で精霊に関する見解をまとめて
あなたの部下のだれにどこまで精霊のことを話すか確認するまでは
と思って 鍵を増やしただけ」ローズ
「なんだ そういうことか」ウィリアム
「そうよ それと お前って言わないで!」ローズ
「すまん。つい あなたがもっと俺の言うことを聞いてくれたらなぁという願望が」ウィリアム
「私はあなたの部下ではありません!」ローズ
「やれやれ 俺は世継ぎの王子として生まれ、今では王なのだぞ。
俺が お前呼ばわりすることに反対するのはあなたぐらいのものです」ウィリアム
「だって 私は 神の愛し子ですから」ローズ
「異世界からの客人が これほど手ごわいとは思わなかったよ」ウィリアム
「べ~だ!」ローズ
「それで」ウィリアム
「それで?」ローズは問い返した。
「あー おまえは 失礼、ローズは 俺に触れられた・見られたとこれまでさんざんギャンギャン騒いでいたが、俺が服を脱いでも何も言わず 黙って俺のへそに触ったのはなぜだ?
そして どう思った?」ウィリアム
「話そこ?」ローズ
「そうだ 悪いか?」ウィリアム
「いや 特に別になにも。
っていうか ほかの状況ならセクハラとかいうけど あの状況ではびっくりしてるうちに話がどんどん進んで・・
チグリスの真似っこして あなたのへそに触っただけ。
そしたら ポセイドンの前に意識が引き寄せられて、あっけにとられて
意識が体に戻ってからは あなたの知っての通りで ひたすら唖然とするわ、
疲労を感じるわで 今に至る!です。」ローズ
「そういうものなのか?」ウィリアム
「ちがうの?」
「そのう ローズは 俺の裸を見て何も感じなかったのか?
男の裸を見たのは はじめてだったのだろう?」ウィリアム
「えーと 私の国では 泳ぎの練習をするときに、女子は水着で体を覆いますが
男子は 上半身裸なんですよ。
だから 別に海水パンツ1枚の男性の肉体を見るのは珍しくない。
ただし 日常生活の中で服を脱ぐのは無しね」ローズ
「なんで泳ぐときは一緒でもよくて ふだんはだめなんだ?」ウィリアム
「たぶん 女性よりも男性の方が泳ぎのうまい人が多くて
溺れかけている人を見つけて助ける係は 圧倒的に男性が多いからじゃないですか?
私が子供のころは 水泳の先生って みんな男だった。
更衣室は 完全に男女別だけど、泳ぎの練習をするときには別に男の先生でも違和感がなかった。
子供のころからずーっとそうだったから。
むしろ女性が水泳を教えると 男子生徒がぶえんりょなまなざしをむけるから
そっちの方が大問題だったと思う。
それに 男の水泳の先生は教師であることに徹していたし、そうでない人は教師として不適格だと指弾され排除されたからね。」
「泳ぎの教室は男女別ではなかったのか?」
「女子生徒を男性教師だけで教えるほうが問題がおきるわよ。
男性の教師は水着姿で泳ぎそのものを教えて、女の先生は水着の上から服を着て
全体の見張りをしている感じ。つまり男性教師の品行を見張るのも女先生の仕事のうち。
ゆえに 子供の時は 男女一緒に水泳習ってたよ。
私が子供のころは。
ふざける男子生徒がいたら そいつを叱り飛ばすのが女先生の役目」ローズ
「女性は 男性の裸に興味がないのか?」ウィリアム
「人間の裸なんて みんな似たり寄ったりじゃないの?
むしろ 服の着こなしとか日ごろの姿勢・振る舞いに個性が現れると思うけど。
私は 男の裸に興味はないわ。
でも 女性の前で自分の肌をさらしたがる男が醸し出す雰囲気は大嫌い
いかにも 俺は男だ、お前は女だ、女は俺の獲物だっていう 男のいやらしさがにじみ出ていて 金玉蹴飛ばしたろかと思うわ」 ローズ
「まいった。話にならん」ウィリアム
「だったら くっだらないこときかないでよ」ローズ
「俺に言わせると 男に裸を見られるのはいやだ、男の裸は興味ないっていう人のほうが 変だと思うがな」ウィリアム
「だーかーら、男は 女性の裸を見て妄想するでしょ。
妄想しながら 女性の肌を見ようとするじゃない。
男の優位性を誇示するために 性的に触れようとしたり 覗いたり
ろくなこと考えないから 嫌なの。
しかも 女性を見て性的妄想するのが男の性だ、男が女を襲うのは本能だ、女が襲われるのは男の本能を刺激した女が悪いって、平気で主張するじゃない。
だから 見るな!痴漢!変態!くそったれ!天誅!って話になるのよ。
女性にとったら 男の裸なんて無意味なのよ。
女性にとって 重要なのは その人の人間性であり、自分との関係性なの。
私と言う個人を見ずに とりあえず女だから、裸を見てやろう、エロの対象となるか品定めしてやろう、なんて考えるのが男の性だと男達が主張するから、見るな!触るな!近寄るな! ってこっちも言わざるを得ないの!!
ついでに言うと 男が 女に自分の体をみせつけるのは、
俺はこれからお前の味見をしてやるからな、もっとも お前が俺の気に入るかどうか決めるのは俺様しだいなんだぞ、といった宣戦布告みたいなものだから
脱ぐな! 見せるな! 変態!死ね! ってぶち殺したくなるわけ」
ウィリアムは 唖然とした。しばらく考えてから、
「まいりました。納得です。」と頭を下げた。
「話は変わるが 改めて 部屋割りについて話し合いたい。
あなたの部屋と私の部屋を完全に分離する必要があることは
今の話でしっかりと理解した。
あなたが プライバシーを重視する意味も。
ただ そうなってくると共用スペースの設定をもう少しかえたほうが、あなたも落ち着けるのではないかと気が付いた。
その一方で この建物の構造上の問題や、警備の問題もあり、
俺もその 自分専用のくつろげるスペースを確保したいので
問題点を整理してから 改めて あなたに提案したいと思うのだが いいだろうか?」
ウィリアムは 今までの自分の行動に関する反省も含めて 一気に言い切った。
「あ はい わかりました」 ローズ
「それと 昼間のエドガーの振る舞いについて 私からもあなたに謝罪したい。
もちろん 私からエドガーにもしっかりと言い聞かせて置く。
その、私もエドガーも 女性とざっくばらんに話し合った経験に乏しく
あなたからいろいろ本音の話を聞かされるまで あまりにも男中心の考え方しかしていなかったと
今更ながらに反省している。 だから これまでの無思慮不作法なふるまいの数かずを謝罪する」
ウィリアム
「えっと はい
丁寧な謝罪をありがとうございます。
これから もっといろいろ気を付けていただいて お互いに良い関係を気づいて行けますように」
ローズ
「それじゃあ いったん ここまでにしようか
まだまだ 話したいことはあるが」ウィリアム
「ですね」
ということで 食後のおしゃべりは終了




