『聖女』 〈トーチ視点〉
私の名前はトーチ。
紅空の彼方に所属した、教会の信徒の一人だ。
現在は『聖女』の称号に相応しくない、ミュイラと言う女をどうにかする為、信者を装って接近し、本人からそこそこの信頼を得られている……と思う。
『聖女』の称号は、教皇若しくは大司祭の大多数に認証された場合に送られる称号で、持っているものはかなりの権限を獲得出来る。
定員は3名。男性の場合はなることが出来ない。
『聖女』の称号を剥奪する為には、大きく分けて三つの方法がある。
一つ、教会、民衆からの信用を大きく失う。
一つ、大きな不祥事を起こす。
一つ、教皇、国王、特級冒険者三名以上の何かが称号の剥奪に賛成した場合。
この三つだ。
一番現実的なのは、一番上だろう。コツコツと証拠を集める。
その為に、パーティーメンバーの3人は利用させてもらったし、これからも利用させて貰う。
(全てが終われば、謝罪と何かしらの報酬を渡そう)
今いる場所は冒険者ギルド。
そこで、ノベク殿とミュイラが受付嬢と話している。
「……かの者の思考を鈍らせろ〈思考低下〉」
少し離れたところから、ミュイラに魔法をかける。
いわゆる黒魔法だとか邪魔法だとか、表向き教会では余り推奨されていないもの。
「本日をもって、紅空の彼方はCランクパーティに降格しました」
なるべく無表情にと努める受付嬢が、ノベク殿とミュイラにそう伝える。
「わかりました」
ノベク殿はそれを受け入れ、当たり前の様に首肯した。
「はぁ!?なんでよ!」
しかし、ミュイラはそれに噛み付く。
本来であれば人前であんなことはしないだろうが、今は思考能力が落ちているからな。
周りにまで考えが回らないのだろう。
(彼……ソラ殿が居ると気付かれてしまうからな)
あの、銀髪に薄い赤色の虹彩と血色の様な瞳。
表情が薄く、時折私やミュイラにゴミでも見るかの様な、蔑んだ目を向けて来る青年。
魔力の操作・感知に秀でており、近くで黒魔法でも使おうものならすぐにバレてしまう。
そのせいで、今まで余り動くことが出来なかった。
彼の追放は私としてはありがたい部分が大きい。
……やはり、勧誘できなかったのは悔しいが。
限りなく無詠唱に近い詠唱短縮に、殆どの属性を使いこなす事の出来る適性……。アレだけの才能を持った人材だ、出来れば仲間に引き入れたかった。
「ミュイラ、落ち着け……パーティ内の貢献度の6割は減ったんだ、降格もするさ」
「ミュイラ様、一度落ち着いてください!」
私とノベク殿の説得を聞き、ミュイラは周囲を見る。
周りの冒険者は私達を睨みつけていたり、受付嬢を守ろうとすぐに動ける様にしている者もいた。
「皆さんすみません、お騒がせしました!……ほらミュイラ、いくぞ」
ノベク殿が真っ先に頭を下げ、謝罪する。
私としてはもっと騒いでくれた方がありがたかったが……まぁ、いい。
今回受けた依頼は、日帰りではないものだ。
往復4日の距離にある、幻想峡谷の探索。
主に鉱石採取である。
既に出発してからかなり経っており、夜の帷が降りている。
今は野営中だ。この辺りはまだ魔物が殆ど出ないものの、ゼロではない。
「……ねぇ、今日の料理、余り美味しくないのだけれど」
「申し訳御座いません、ミュイラ様!俺の腕ではソラさんに遠く及ばず……」
ミュイラに味を指摘された為、正直に答えておく。
彼の料理は、かなり美味しかった。味付けの仕方だろうか?それだけで、ここまで変わるものなのだろうか。
私は出来ない事はないが、料理に関してそこまで詳しい訳でもない。
「……そう、あれ彼が作ってたのね」
どうやら、気がついていなかったらしい。
まぁ、ミュイラがノベク殿にアピールしている時間に毎回完成させていたし、気付かないのも無理はない。
不満そうな顔を見るに、ソラ殿を追放したことを少し後悔しているのかもしれないな。
「っ!魔物だ」
そこに、蜂型の魔物が現れた。
……赤い目に橙色と黒の横縞の体。突撃魔蜂だろう。
毒を持ち、集団でいることが多く、自分が死んでも獲物を倒せればいいと言わんばかりに特攻してくる。
「はぐれか……トーチ、頼む」
はぐれとは、集団で暮らす魔物の一体が何らかの影響でその集団とはぐれ、個体で現れることだ。
「言われなくとも」
そう言いつつ、私は弓を引き絞る。
しかし、既にかなり近付かれている為、弓を当てても一撃で殺せない以上、ダメージは免れないだろう。
「……ソラがいないのが響いてるな」
そう、苦々しく吐き捨てる。
未だにミュイラの嘘を信じている様だが、それでも相手を認めることは出来るらしい。
彼の探知は、教会でもいないレベルの精度と範囲を誇っていた。
魔力も凄まじかったしな。
「…………」
「レアさんもいればまだあったんですが……まぁ、やれるだけやるしかないですね」
※ソラがトーチの事を男性だと思っているだけで、トーチは男装の女性です
後ご飯美味しい要素いる?と思った方、正直ほぼ要らないです。雑用も出来るってだけ。
別に料理小説でもないので詳しく書く気もないし、作者は偶に自炊するくらいでそこまで料理に詳しくありません。
もし書くならもっと勉強して作るレパートリー増やしてからします。しないと思いますが。