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第七幕 ヴァイン、あぶれ者たちのパーティーに入る

「ちょっ、こっち来ないでよ!」

 フレッタが悲鳴を上げた。


 猪のモンスターが再び突進してきたからである。連発に次ぐ連発でさすがに魔法適性が疲弊しきったらしく、彼女はもう魔法を放つことなく逃げ回る。幸いというべきか、ここは小岩が点在している荒野なので上手く立ち回りさえすればそうそう追いつかれることはないだろう。とはいえもちろん、油断ならない状況であることには変わりない。


「てか、何でこいつはあたしばっかり追い掛けてくんのよ!?」


「それはまあ、さんざん攻撃してたのはフレッタだしなあ。それにその赤い服も目立つから仕方ないのではないか」

 フレッタの文句に、さっきから大きく距離を取ったままでいるエスメルがしれっと応える。


「この色はしょうがないでしょ。火といえば赤。魔法の集中をよりよくするためには必要なのよ」


「それは知っているが、疲れて魔法が使えなくなったいまはもう不要ではないか? 脱いだらどうだ。もしかしたらモンスターの攻撃がやむかもしれないぞ?」


「んなわけあるかぁ! ──って、ヴァイン、期待した目でこっち見ないでよ」


「い、いや、見てない。見てないよ」

 とんだとばっちりである。こんな状況でそんなことを期待するはずがない──と思いつつも、俺は何度か目をしばたたいてしまう。


「ていうかエスメル、そんな離れたところにいないであたしのほうに来てどうにかしなさいよ!」


「何を言ってるんだ、フレッタ。こんなやる気満々のやつと真っ向勝負などできるはずがないだろう。相手の隙をこそっと衝くのが剣の道さ」


「あんたこそ何言ってんのよ!? このエセ剣士!」


「ワハハ」


 さっきからとぼけたことを口にしているエスメルであったが、その言葉とは裏腹に彼女はずっとフレッタとモンスターの動きを注視している。助けに入ろうとはしているのだろう。しかし、その機会を摑めないでいるようだった。


 ──どうする?


 俺ならこの状況をどうにかすることができるけど……。

 いや、でも、それは……。

 と、俺が相変わらず迷ったままでいると──


「きゃあぁっ」

 小岩と小岩の間を逃げ回っていたフレッタが叫び声とともに転倒していた。皮肉なことに自分の魔法でつくった障害物に足を取られたらしい。


 ここぞとばかりにモンスターがその勢いを増した。


「まずい!」

 エスメルの口からいままで聞いたことがなかった真剣な声が発せられる。


 それが俺に決断させた。


 岩陰から飛び出すと同時に、俺はモンスターに向かって両手をかざす。

 喰らえ、超拘束魔法──



「ホゲホゲペッ!!」



 地面に直径二メートルほどの円形の魔方陣が現れ、高さ一メートルほどの蒼白い光を放ちはじめる。その上を走り抜けようとしたモンスターの速度はかなり出ていたが──俺の魔法はまったく問題なくその動きを止めてしまう。


「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペ~~ッ!!」

 俺は一生懸命に呪文を唱えつづける。そうしないとこの魔法の効果はすぐに切れてしまうからだ。

 もちろん、めちゃくちゃ嫌だったしめちゃくちゃ恥ずかしかったのでできれば使いたくはなかったんだけれども、まさか命の恩人を見捨てるわけにもいくまい。


 それに彼女たちだって、この窮地を救ってくれた魔法に対してめったなことは言わないはずだ。バカにしたり笑ったりはしないだろう。きっと大丈夫。


「ほ、ホゲ!? 何それ、アハハハハッ」


「ワハハ。何だ、そのマヌケなのは! ワハハハハッ」



 ……全然大丈夫ではありませんでした。



「い、いいからいまのうちに! ホゲホゲペッ!! フレッタは逃げて! ホゲホゲペッ!! エスメルは攻撃して! ホゲホゲペッ!!」

 あまりの仕打ちに涙目になりつつも、俺はここでやめるわけにもいかず、必死に呪文を唱えながら指示を飛ばした。


「ひー、お腹痛いー」


「ワハハハ」


 一方、笑いすぎで涙目になりつつも、フレッタとエスメルがそれぞれに動き出す。

 フレッタは立ち上がり、俺のほうへと逃げてきた。

 エスメルは動きの止まったモンスターへと駆け寄り、折れた木剣を逆手に持って叩きつける。


 ちなみに、青白い光を放つ魔法陣に接触しても、エスメルが拘束されることはなかった。指導者パーティーの三人の時もそうだったんだけど、これは「ゼレの大縮図」によって俺の魔法が制限されているためである。


「ゼレの大縮図」は、魔法適性を持っている者であれば誰でも簡単に魔法との契約とその発動ができるようになる驚異的な技術だ。しかしそれだけだと、かならず悪用しようとする者が現れてしまう。そしてそれを予想できぬ大賢者ゼレではなく、彼はおのれが編み出した技術にその防止策も一緒に盛り込んでおいたのである。


 すなわち、「ゼレの大縮図」によって契約した魔法・発動された魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という制限であった。


 大賢者ゼレは、複雑かつ困難であった魔法との契約及びその発動を凝縮、簡略化しただけでなく、こういった安全性をも盛り込んでおく辺り、さぞや立派な人物であったに違いない。にもかかわらず、彼が編み出したこの技術を「山盛り♪全部入れ★欲張っちゃった❤魔法技術」と正しい名称で呼ぶ者がいないのは不憫なことである。……まあ、俺も呼ばないけど。


 ともあれ、エスメルの攻撃は俺の魔法に拘束されることなく、モンスターの頭部を捉えていた。


 ガコッ、ガコッ、ガコッと重くて鈍い音が連続する。皮肉なことに、半分くらいの長さになった木剣はかえって折れにくくなり、まともな形をしていた時よりも武器として役に立っているようだった。


「──ッ!」

 エスメルの何度目かの攻撃が叩き込まれたあと、モンスターの口から叫びとも呼気ともつかない大きな音が漏れた。直後、その全身からみるみる力が抜けていった。


 それを確認した俺は呪文を唱えるのをやめる。モンスターを拘束していた蒼白い光と魔法陣は瞬く間に消えていき、モンスターは重い地響きとともに倒れ込んだ。


「や、やったの?」

 さっきまで俺が隠れていた岩陰からひょっこりと頭だけ出してフレッタが聞いた。


「ああ。確かな手応えがあった」

 全身で大きく息をついたあと、エスメルがこちらに向かって折れた剣を掲げて応えた。


「そっかぁ、よかった。一時はどうなることかと焦ったけど、ヴァインのおかげで助かったよ。にしてもすごいね、ヴァインの魔法……プッ、アハ」

 フレッタが喋っている途中で急に噴き出した。余計なことを思い出したためだろう。ただ、さすがに悪いと感じたらしく両手を口に当てて何とか堪える。


「ああ、フレッタの言うとおりだ。拘束魔法は何度か見たことがあるが、あんなにも強力なのははじめてだ。すごかったよ、ヴァインの魔法……フッ」

 エスメルも喋っている途中で急に横を向き、その両肩を黙って小刻みに震わせはじめた。


「いいよ、我慢することない。笑いたければ笑いなよ」

 俺は溜息交じりに言った。すると──


「アハハハハハハッ」


「ワハハハハハハッ」


 二人して大笑いであった。……お言葉に甘えるにしたって限度というものがあるんじゃないでしょうか。


 それにしても、こうしてモンスター退治に貢献したというのに、やっぱり俺の魔法は受け入れてもらえないんだな……。


「で、このモンスターは何処の部分をギルドに持っていけばいいのさ?」

 俺はすたすたと倒れているモンスターに近づくと、傍に立っているエスメルに訊いた。さっさと自分の役目を果たしてこの場から解放されようと思ったのである。


「まあ、そういじけるなヴァイン。可愛らしい顔がさらに可愛らしくなって、もっとからかいたくなってしまうじゃないか」

 笑うのを無理やり収めると、エスメルは執り成すように言った。ただ、その内容は理不尽でしかなかったが。


「べ、別にいじけてなんか──」


「そうか? ならいいんだが」

 と応えながら、エスメルが木の冑を脱いだ。肩までの茶色い髪が零れ出る。いままでよく見えていなかったけれど、そこに現れたのは何処か野性味を漂わせる凛々しい顔立ちであった。


 俺がちょっとドキッとしていると、その目の前にエスメルの手が差し出された。


「なあ、ヴァイン。私たちのパーティーに入らないか?」


「えっ……!?」


「フレッタも構わないだろう?」


「そうね。あたしもいま同じことを考えていたわ」


「で、でも二人とも、俺の魔法をすごく笑っていたじゃないか」


「まあ、確かにおまえの魔法にはアレなところがある。冒険者ギルドで上手くやれなかったと言っていた理由も、いまので何となく察しがついたよ。しかし、それそれ、これはこれだ。実際、いま私たちはそれに助けられたのだしな。──というか、そこのヘッポコ魔法師の魔法よりもよっぽど役に立つんじゃないか?」


「誰がヘッポコよ。あたしは未完の大器なだけよ」


「ヘッポコじゃないか。──ヴァインも見ただろう? あの魔法の命中率の低さを。フレッタはそのせいで私と組むまでずっとどのパーティーにも入れてもらえなかったんだぞ」


「え……?」

 それってフレッタも俺と似たような状況にいたってことか。


「何、他人事みたいに語ってんのよ、このエセ剣士。エスメルだって、あたしと組むまでずっとあぶれてたんじゃない。あのいかがわしい趣味ばっかにお金使っちゃってまともな剣を揃えないから、みんなに白い目で見られたんでしょ」


 つまり、エスメルも俺と同じ似たような状況にいた、と。


「んんっ。まあ、とにかくだ」

 エスメルは一つ咳払いすると、話を元に戻す。


「私にもフレッタにも一癖あるということだ。だから、ヴァインの魔法にあれなところがあってもそんなに気にすることはないぞ。むしろ、あの強力な拘束魔法でこれからも私たちを助けてほしい」

 エスメルはそう言って、あらためて右手を差し出してきた。


「そうそう、これも何かのお導きよ。あぶれ者同士仲良くやりましょ。それにヴァインだって、また一人で行き倒れるのは嫌でしょう?」

 近づいてきたフレッタもニコニコと声を掛けてくる。


「……じゃ、じゃあ」

 しばし躊躇したあと、俺はエスメルの手を握った。確かにもう行き倒れるのは御免だったし、彼女たちもあぶれ者だったと聞いて急激に親近感も湧いてきたのである。


「よろしくお願いするよ」


「よろしくね」

 そこにフレッタも手を重ねてきた。


 さんざん笑われたことも忘れて、俺の胸は熱くなった。アストの町に帰ったあと、すぐにフレッタとエスメルが所属している冒険者ギルドに籍を移し、正式にパーティーを組んだ。


 何だかんだあったけど、こうして俺は自分の仲間を、自分の居場所を手に入れたのであった。


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