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第六幕 ヴァインたち、危機に陥る

「まあ、フレッタの魔法が当たらないのはいつものこと。織り込み済みさ。そのまま派手にぶちかましつづけてモンスターを混乱させてくれればいい」

 小岩と小岩の間を軽快に走り回りながらエスメルが言う。


 その言葉どおり、確かに猪のモンスターは混乱しているようだった。本当ならさっさとこの場を離れたいのだろうけど、とにかくフレッタの魔法があっちこっちに着弾するので思うようにいかず慌てているように見えた。


 それでも時折、逃げ道のような空間ができることはあるのだが、そこにはかならずエスメルが先回りしていた。彼女の牽制により、脱出を果たせずにいるのだった。


 俺なんかではモンスターの動きもフレッタの攻撃も目で追うことだけで精いっぱいである。しかし、木製の甲冑で全身を覆った女剣士にはそれら両方を見極めると同時に、すぐさま対応することが可能であるらしい。変なことばかり言っていたけど、彼女の運動神経と身体能力は相当なものだった。


 でも……この先どうするんだろう? もう何十発も放っているのに完全に外れまくっているフレッタの魔法がいつか当たる偶然でも待つつもりなのだろうか? それともモンスターが疲れてしまうのを待つつもりだろうか? いや、それだったらフレッタのほうも同じである。魔法の使用は無制限ではない。体力と同じように、魔法適性も使いつづければ疲弊してしまうのだから。


 と、俺が心配になった時。不意にモンスターがつんのめった。どうやらフレッタの魔法によってできた穴か瓦礫に足を取られたらしい。


「よし!」

 いままでモンスターを逃がさないよう牽制に徹していたエスメルだったが、その隙に乗じて攻勢へと転じた。なるほど、こういうのを狙っていたのか。


「ここからは私に任せろ。聖剣ホメイロスの威力を見せてくれるわ!」


 せ、聖剣!?

 そんなのお伽話の中だけの存在だと思ってたけど実在するんだ。すごい!


 モンスターは大きく体勢を崩し、その背中を無防備にエスメルへと晒していた。そこに駆け寄った彼女から強烈な一撃が放たれる!



 ボキッ。クルクルクル~。



 聖剣様は中ほどから折れ、その剣先は回転しながら何処かに飛んでいきましたとさ。


 ……え? いや待って!? あれって聖剣とかじゃないよね。ただの木だよね。安っぽい折れた音からして間違いない。


 エスメルが木製の甲冑を身に付けているのはもちろん知っていたし、その腰に差していた鞘も立派なものには見えなかった。しかし、まさかその中身まで木製だとは思わなかった。甲冑が木製なのは機動力の確保か何かだと勝手に解釈していたけれど、剣まで木製というのはどういうことなんだろうか?


「ぬわぁ、私の聖剣が!」


「ちょっ、ちょっと!? 何が聖剣よ。あんたまだちゃんとした剣買ってなかったの!?」


「う、うむ。実はまた趣味に費やしてしまってな」


「今朝確認した時、『買った』って言わなかったっけ!?」


「いやあ、怒られると思ってつい嘘をついてしまったのだ」


「子供か! あんたの言葉を信じたあたしがバカだった」


「ふむ。フレッタがバカなのは否定しないが、そう自分を卑下するものではないぞ?」


「何様!?」


 フレッタとエスメルがそんな会話を交わしている間にもモンスターは体勢を立て直していた。

 いや、それだけじゃない。先ほどまでモンスターは──突然襲われたことに泡を食っていたためだろう──逃げることに終始していた。しかしいまは違う。反撃の機会を窺うように前足でザッザッと地面を掻いている。どうやらエスメルの中途半端な一撃は、モンスターに軽傷を与えただけでなく、敵愾心をも与えてしまったらしい。


「こ、これってマズいんじゃあ……」

 モンスターの一変した雰囲気に気圧されて、俺は思わず逃げ腰となる。


「だ、大丈夫よ。たいしたことないわ。エスメルがとどめを刺し損ねてモンスターを怒らせるのなんていつものことだから」


「そ、そうなの……」

 いつものことなんですか。……今回の件といい当たらない魔法の件といい、そんなんでよく「お姉さんたちに任せなさい」とか言えましたね。


「まあ見てなさい。モンスターが怒ったなら怒ったで、それはあたしの魔法でできた障害物に、より引っ掛かりやすくなったってだけの話よ。──ファイラッシュ!」

 フレッタが魔法を放つ。それが当たらないのはいままでどおりだった。しかし今回、いままでどおりではないことが生じていた。


 モンスターがまったく動かなかったのである。魔法が放たれるたびに逃げ惑っていたはずのモンスターがこちらを睨みつけたままだった。もうおまえたちの考えなどお見通しだと言わんばかりであった。


「こ、これって」

 マズいんじゃあ、と俺が同じ台詞を吐こうとした時──


 不意にモンスターが低く身構え、次の瞬間には火の女魔法師目掛けて突進していた。


 フレッタの予想に反して、モンスターは足元の障害物を巧みに避けながら疾駆する。一般的に怒りというものは冷静さを失わせるものだと言われているが、時と場合によってはむしろ感覚を鋭くさせることもあるのだ、という実例がいま目の前で展開されていた。……何もここで展開されなくてもいいのに。


「ファイラッシュ、ファイラッシュ!」

 フレッタが魔法を連発する。しかし慌てていたせいか、これまで以上に的外れだった。ただかろうじて突進の妨げにはなったようで、モンスターは彼女から逸れていった。


 その逸れた先にエスメルが回り込んでいた。モンスターの注意がフレッタに向いたと判断し、奇襲を仕掛けようとしたのだろう。折れた木剣を振り上げて──殴りつける寸前で彼女は思い切り後ろへと飛び退いた。攻撃しようとした瞬間、エスメルの動きを読んでいたかのようにモンスターが迎撃の姿勢を見せたからである。


 エスメルがモンスターから大きく距離を取った。フレッタもすでにそうしている。素人同然の俺にも解った。この戦いが彼女たちの不利へと傾いたことが。


「あ、あの。大丈夫なの、これ」

 気が気ではなく、俺は岩陰から声を掛ける。


「だ、大丈夫よ、ヴァイン。そのうち何とかなるから。たぶん」

 フレッタがそう答えたが、彼女の声には明らかに焦りの色が滲んでいた。というか、それってこの先考えなしってことですか?


「ああ、大丈夫だ。最悪フレッタを餌にして、その間に私だけ逃げるからな、ワハハ」

 エスメルがそう答えた。フレッタと違い、彼女はこの先のことをちゃんと考えていたがろくな考えじゃなかった。いや、軽口だとは思うけど。


 しかしどうするんだ、これ……。


 モンスターはすでにフレッタの魔法を恐れなくなっているし、足元の障害物にも対応できている。つまり、それはもうエスメルが隙を衝いて攻撃することができないということだ。まあ仮に攻撃できたとしても、折れた木剣でどれだけの打撃を与えられるのかは不明なんだけど、まったくできないよりははるかにマシだろう。しかしいまは、それすらも望めないのである。


 いったいどうすればいいんだ。

 岩に掛けていた指先が緊張で硬くなる。


 いや、どうすればいいも何も、素人同然の俺にこの状況をどうにかすることなんてできやしないんだけど。


 ……。

 ……。


 ……本当に、そうか?

 本当に、俺はこの状況をどうにかすることができないか?


 ────否。

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 いや、でも、それは……。


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