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第五幕 ヴァインたち、最初の戦いに臨む

「このご恩は一生忘れません」


 ガツガツと食事を終えると、俺は向かい側に座っている若い女二人にあらためて深々と頭を下げた。人のことをゴミとか何とか言っていた彼女たちだったけど、俺が行き倒れだと知ると自分たちの食料を進んで分けてくれたのである。ちなみに俺が行き倒れていたのは、アストの町を北に出るとすぐに広がる野原だった。


「うむ、いい心掛けだ」

 木の冑を被った女が大仰に頷く。


「ただ、一生忘れないだけでなく、一生返しつづけてくれても構わないぞ」


「え?」


「ちょっと、いい加減にしなさいよ。少年がびっくりしてるじゃない」

 赤毛の長い髪と中性的な美貌を持つ女は呆れたようにそう言ったあと、俺へと向き直った。


「別に恩に着なくてもいいわよ。──でもそうね、少し手伝ってもらうことくらいはしてもらおうかな」


「は、はあ。俺にできることなら……。危ないところを助けてもらったわけですし」


「あたしはフレッタ。少年と同じく冒険者で魔法師よ。少年はどっかの冒険者ギルドで魔法師として上手くやれなかったとか言ってたけど、さすがに荷物持ちぐらいならできるでしょ」


 こと細かに説明する気にはなれなかったので、俺は行き倒れた経緯をかなり曖昧にして二人に伝えていた。


「私の名はエスメル。剣士だ。趣味は男同士がいかがわしいことをする本の蒐集だ」


「お、男同士!? いかがわ……!?」


「ちょっと! いい加減にしなさいよ、エスメル。少年がドン引きしてるじゃない。ていうか、どうしてあんたはいつもそれを最初にぶちまけるのよ」


「フレッタ、そのことについては何度も説明しただろう。自己紹介というのは自分を知ってもらうためのものだ。そして私という人間は、男同士がいかがわしいことをする本の蒐集を抜きにしては語れないからな」

 木の冑を被った女──エスメルが誇らしげに胸を張った。


「だからって、それは初対面の人間に向かって言うべきことじゃないってそろそろ学習しなさいよ……」

 赤毛の長い髪の女──フレッタは頭痛がするようにこめかみを押さえながら溜息をついた。


「えーと、命を助けもらったことには本当に感謝してます。それじゃあ、この辺で……」

 俺はそそくさと立ち上がろうとした。「俺にできることなら」という前言を撤回してしまうことになるが、これ以上関わらないほうがいいと直感が告げていたのである。


「待って、少年。大丈夫よ。エスメルは現実の男には興味ないから。空想の中の男にしか興味ないから。実害はないはずよ」

 フレッタが、俺の服の裾を摑んでそう言った。


 常識的に考えて、それはそれで女性として大丈夫ではないんじゃなかろうかと思ったが、さすがに命の恩人の手を振り払うわけにもいかず俺はその場に座り直した。


「それで少年、あんたの名前は? 年はいくつ?」


「ヴ、ヴァインです。十六です」


「やっぱりね。見た感じで年下だと思ってたけど、あたしたちより二つ年下ね」


 と言ったフレッタの横で、エスメルが顎先を摘まみながらふむと頷いた。


「確かに幼さの残る可愛らしい顔立ちをしている。……『受け』だな」


 俺の背筋に冷たいものが走った。『受け』が何なのかは解らなかったが、あまり気色のいいものではないとの察しはついたのである。


「ちょっとエスメル、あんたは少し黙ってて。──えーと少年、じゃなくてヴァイン。あたしたちはこれから冒険者ギルドの依頼でモンスター退治にいくところなんだけど、あんたにもついてきてもらいたいわ」


「モンスター退治……」


「心配しないで。たいして強いモンスターじゃないから、あたしとエスメルだけでも倒せるはずよ。ヴァインは戦いに参加しなくてもいい。あんたにやってほしいのは、あたしたちが倒したモンスターの運搬よ」


 冒険者ギルドの依頼でモンスター退治をおこなった場合、その退治したモンスターの部位などを証拠として持ち帰るのが決まりとなっている。そうしないと不正に報酬を受け取ろうとするやつが出てきてしまうためだ。初陣の時に俺もやったが、特に難しくはなく単なる力仕事である。


「そういうことでしたら、お手伝いさせていただきます。フレッタさん」

 俺はやや逡巡したが、了承することにした。やはり命の恩人の申し出を断るのは悪かったし、モンスターと闘わないでいいのなら──あの呪文を口にしないでいいのなら、特に問題はないだろうと判断したのである。


「フレッタでいいわ。さん付けなんてこそばゆい。敬語もなし」


「そうですか──じゃあ、取り敢えずよろしく、フレッタ」


「こちらこそよろしくね、ヴァイン」


そう言って微笑んだフレッタにつづいて、エスメルが言う。


「私にも、さんは付けなくていいぞ。様さえ付けてくれればな」


「……」


「いいのよ、ヴァイン。真に受けなくても。エスメルはだいたいくだらないことしか言わないんだから」


「は、はあ……」

 もともと社交性が高くない俺だったが、特にこのエスメルとは上手くやれそうにないなぁと思った。



 □ □ □



「見つけた」

 不意に、フレッタが声をひそめて言った。


 標的の居場所はおおよそ判明しているというフレッタたちのあとにくっついて、さっきの野原から北東に歩くこと一、二時間。辺境地と呼ばれる、人間の生活圏とモンスターの生息域が接する境界線のような場所に辿り着いていた。人間社会の安全のため、ここで活動が確認されたモンスターは退治対象となる場合が多いという。


 辺境地は広大で、いくつもの町がすっぽりと入ってしまうくらいの面積があるらしい。俺たちがいるのはその西南部で、小岩が目立つ荒野だった。茶褐色の風景の中、灰色の影が一体のしのしと歩いている。猪が大型化したようなモンスターであった。


「ヴァインは後ろに下がってていいわよ」


「……」

 もともとそういう話ではあったが、いざその時になってみると「男がこそこそしていていいものだろうか」と妙な義務感が湧いてきてしまい、俺は少なからずためらった。


 するとそんな内心を読んだのか、フレッタが明るく笑う。

「気にしないで。ここはお姉さんたちに任せなさい」


「は、はい」

 その頼もしい台詞を聞いて、俺は素直に後ろに下がることにした。よくよく考えてみれば、素人同然の自分がしゃしゃり出てもろくなことにはならないだろう。ここは指示されたとおりにしているのが一番迷惑にならないと思われた。


「エスメル、いつもどおりにいくわよ」


「ああ、解ってる」


 俺はすでに緊張しまくっていたが、二人の声は落ち着いたものだった。配置につく動きも滑らかだ。


 フレッタが小岩に隠れながらモンスターの正面に忍び寄る。エスメルは同じようにしながらモンスターの側面へと回り込んだ。


 そして一呼吸置いたあと──


「大いなる火よ。気高き炎よ。我が求めに応じて敵を焼き払え! ファイラッシュ!」

 フレッタがモンスターの前へと躍り出ると同時に、魔法の呪文を唱えた。彼女のかざされた右手から放たれたのは火の塊。聞いていなかったけど、彼女の魔法適性は「火」だったということだ。


 魔法の火炎弾がかなりの勢いでモンスター目掛けて飛んでいく。

 その反動で、フレッタの赤毛の長い髪とすらりとした体躯を包んだ赤い軽装が揺れる。それらに彼女の中性的な美貌が相まって、斜め後方から見守る俺の目には火の女魔法師の姿が美しい絵画のように見えた。


「ファイラッシュ! ファイラッシュ!」

 俺が見惚れている間にも、フレッタは魔法を連発していた。火炎弾が着弾した地面は大きく穿たれ、小岩は粉々に砕け散っていく。


 自分以外の魔法を見るのはじめてだったけど、フレッタのそれがかなり強力なものであることは何となく察しがついた。一発でも当たれば、猪のモンスターなどひとたまりもないだろう。

 ──が、すでに言ったとおりフレッタは魔法を連発している。つまりモンスターにはいまだ一発も当たっていないのである。火炎弾はその周囲の地面や小岩ばかりを攻撃していた。


 どうして当てないんだろう? という当然の疑問が俺の脳裏をよぎった。初弾から当てていけば見事な不意打ちとなり、戦いはもう終わっていたんじゃないだろうか?

 しかしフレッタが「お姉さんたちに任せなさい」と頼もしげに言っていたことを踏まえれば、これはきっと何かの作戦に違いない。


「ワハハ。相変わらずフレッタの魔法は当たらんな。これでちゃんと狙っているというのだから本当に笑える」



 ……作戦じゃなかった。ただ単に命中率が低いだけだった。エスメルの笑い声を聞きながら、俺は脱力するしかなかった。



「う、うっさいわね。それによく見なさいよ。あたしの魔法で弾かれた石くれが時々モンスターに当たってるでしょ。これも立派な攻撃よ」

 フレッタが両頬を赤く染めながらも喚いた。


「……」

 それを攻撃と言ってしまいますか。ていうか、それじゃ火魔法のはずなのに土魔法みたいになっていませんか?


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