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第二十一幕 あぶれ者たちのコンチェルト

 闇の中。

 そこに響いたのは、ガボオッという肉と骨が同時にひしゃげるような音だった。


 ああ、父さん母さん、先立つ不孝をお許し下さい。あなたたちの息子が発した最期の言葉が、「ホゲホゲペッ!」なんていうマヌケなものだったこともお許しください。


「…………」

 しかし、いつまで経っても身体の何処からも痛みはやってこなかった。

 俺は恐るおそる目を開いた。世界はあっさりと色を取り戻した。


「大丈夫か、ヴァイン」


 そこには木の甲冑を身にまとった女剣士の後ろ姿があった。彼女の足元には、首の向きが明らかにおかしいミッグドーグが一体転がっている。


「エスメル……!」

 どうやら俺は間一髪のところで、彼女に助けられたらしい。おそらく、こちらを襲うことに集中していた三体目は完全に不意を衝かれ、為す術なくやられたのだろう。そして一体目と二体目は、同胞の死を目の当たりにしたためか、恐れるように後ずさっていた。俺は心底ホッとしながら感謝の意を伝える。


「あ、ありがとう。正直死ぬかと思ったよ」


「バカだな。おまえは死なないさ」

 エスメルが、まるで包み込むように微笑む。


「貯めこんでいる小金の在り処を私に教えるまで、おまえは死なないさ」


「いや、教えないよ!? てか、狙ってたの!? 恐いよ!」


「ワハハ、まさか。冗談──に決まっているじゃないか」


「……」

 なるほど、冗談か。よし、エスメルのいかがわしい趣味には金が掛かるからな。今後、貯蓄の置き場所にはもっと注意を払うことにしよう──そう俺が仲間との絆を再確認していると、背後から小さな声が聞こえた。


「お、お兄さん、ありがとう」


 振り返ると、金髪の少女が頼もしそうにこちらを見上げていた。……先ほど、俺は見てはいけないものを見ながらも、最後まで金髪の少女を背後に庇いつづけていたのである。そんな自分を、ちょっとだけ誇らしく思った。


「にしてもエスメル、俺たちを助けに来てくれたってことは、もしかして馬車の後部を襲っていたやつらは倒したのか?」


「いいや、まだだ」


「えっ、それでよくこっちに来れたな。後部のほうはどうなっているんだ? マズいんじゃないのか?」


「ミューズが少し動けるようになったのでな。いまは彼女が魔法で牽制して、馬車の後部にミッグドーグたちが近づくのを防いでくれている。そこで私はやつらの隙を衝いて、とにかくこちらの様子を見ようと飛び出してきたというわけだ」


「そうだったのか」

 まったく以って好判断である。そうしてくれていなければ、俺はきっと美味しく頂かれていたことだろう。


「とはいえ、ミューズの魔法はヘナチョコだからな、いつまで持つか解らない。なるべく早く戻らなければ」


「そうだな。でも、こいつらはどうする?」

 俺はすぐ近くにいる二体のミッグドーグを警戒しながら訊いた。


「──ここで片をつけよう。馬車の後部での戦いでは、多勢に無勢で追い払うのがやっとだったのだが、いまここでは二対二。しかも小型のモンスターだ。それに何よりやつらは、いきなり同胞をやられてかなり動揺しているようだしな」


 エスメルの言うとおり、二体のミッグドーグは落ち着きのない目をしていた。確かに、付け入るのならばいまだろう。


「よし、ヴァイン。おまえは奥のやつを拘束しろ。私は手前のやつを引き受ける!」


 言うや否や、エスメルは走り出した。慌てて俺も呪文を唱える。


「ホ、ホゲホゲペッ!」


 ミッグドーグたちは動揺したままであり、戦意も低下していたので、その反応はいま一つ鈍かった。手前のやつは、エスメルの横薙ぎの一閃を上手く避けることができず、鈍い打撃音とともに吹っ飛ばされた。奥のやつも逃げるとも戦うともつかない中途半端な動きをしているうちに、俺の魔法陣によって拘束された。そしてそこに、エスメルの容赦ない一撃が叩き込まれた。


「おおっ、やったな!」

 俺は胸の前でぐっと拳を握った。つい先ほどまでは防戦一方で、しかも死にそうにすらなっていたというのに、いまは三体もの標的が地に伏している。気分が盛り上がらないわけがなかった。興奮気味に提案する。


「ひょっとして、ここから側面を突く形で攻撃すれば、馬車の後部を襲っている残りの六体も倒せるんじゃないか?」


 しかし──エスメルは首を左右に振った。

「いや。残念ながら、私はもう一体も倒すことができないかもしれない」


「えっ、どうして? ケガでもしたのか!?」

 予想外の答えに驚いていると、エスメルが右手をこちらにかざしてみせた。



 ボキッと折れていた。

 聖剣何ちゃら様が、その半ばからボキッと折れていた。



「おおう……」

 俺は思わず呻いた。そうでした、それ耐久性の低い木製でしたね。


「バーズド戦、ユニトウモ戦、そしていまのこの戦い。我が聖剣、五十一代目ホメイロスよ、おまえはよく持ってくれた」

 エスメルが何やら感慨深げに俯いたが、もちろんそんな悠長なことを言っていられる状況ではない。


「ど、どうするんだよ、これからって時に! だからあれほど鉄の剣を買えって言ったじゃないか!」


「しかしヴァイン、よく考えてみてくれ。おのれの剣を取るか、おのれの趣味を取るかと問われれば、剣士として後者を選ぶのは仕方のないことだろう?」


「いや、前者を選べよ!?」


「うん?」


「いや、いま首を傾げる要素は何処にもなかっただろ!? 剣士なら迷わず剣を買えよ!」


「まあ落ち着け、ヴァイン。最悪──」


「あ、あの……!」


 エスメルが何かを言おうとした時、小さな声がそれを遮った。


「す、少し待ってて」

 金髪の少女はそう言い置くと、背後の、横倒しになった馬車をよじ登りはじめた。


 俺もエスメルもわけが解らず目をぱちくりとしている間に、金髪の少女は多少危なっかしいところがありつつも、意外と素早く上まで到達した。そして、そこに開いていた扉から中へと消える。


 ややあって、金髪の少女が再び馬車の上部から現れた。車内から何か重いものを持ち出そうとしているらしく、ぎこちない動きをしていた。


「これ……」

 金髪の少女は、馬車の上部から「えいっ」と俺たちのところに何かを投げて寄越した。


 それを空中で受け止めた俺の両手にずしりとした感触が伝わってくる。剣であった。その重さは、鞘の中身が鉄製であることを如実に示していた。というか、鉄製じゃない剣のほうが珍しいんだけども。


 車内にいる護衛から借りたのか、それとも予備でもあったのか、いずれにせよ、素晴らしい機転だった。俺は金髪の少女に対して大きく頷いてから、嬉々としてその剣をエスメルに手渡した。


「よかったな、エスメル。代わりの剣だぞ。しかも鉄製だ」


「ふむ。確かに、よかったことには違いないが……」


 しかし、それを受け取ったエスメルは何処か浮かない顔だった。


「剣なら何でもいいというわけではないのだ。重さや長さ、そして太さ……。私が自作したものは、それらすべてが私の手に馴染むように調整されている。聖剣ホメイロスはただの剣ではない。私の片割れともいうべき存在なのだ。ゆえに、鉄製の剣を渡されたからといって、いままで以上の成果を上げられるとは限らないし、そもそも単純に喜べもしないのだ」


 ……よく解らないけど、あの木剣にはエスメルなりのこだわりがあったということか。


「そうだったんだな。──でも、いまは選り好みをしていられる状況じゃない。悪いが、とにかくその剣で頑張ってもらわないと」


「ああ、安心しろ。それは心得ている。ただちょっと感傷的になっただけさ」


「そっか、ならいいけど。──で、後部の残り六体はどうする?」


「ふむ。それは、さっきヴァインが言った作戦でいいのではないか」


 いま俺たちがいる馬車の脇は、大きな車体に遮られて後部からは見えづらくなっている。なので、ここから一気に駆け出せば、ミッグドーグたちの側面を急襲できる可能性が高いのだ。


「急襲が成功すれば、最低でも私は一体を倒すことができるだろう。ヴァインも確実に一体は拘束できるはずだ。──そのあとは出たとこ勝負となるが、何、後部ではミューズの援護が期待できるからな。どうにかなるだろう」


「でもミューズのやつ、事前に何の相談もないのに、俺とエスメルの動きに合わせて援護できるかな?」


「まあ、大丈夫ではないか? 頭が少し残念なフレッタならともかく、ミューズならこちらのやろうとしていることをすぐに察してくれるに違いない」


「それもそうだな。頭が少し残念なフレッタならともかく、ミューズならそんなに心配することもないか」

 そう言ってから、俺はちらりと背後を見やった。


「心配ではあるが、彼はそこに置いておくしかない」


 エスメルの言葉に、俺はためらいつつも頷いた。


 金髪の少女は車内へと戻ったが、御者は馬車の脇にもたれさせたままであった。彼も車内に運べたらいいのだが、無論、後部の扉はミッグドーグたちがいるので使えない。となると、上部の扉からということになるが、それは俺とエスメルの二人掛かりでも相当な時間を食うに違いない。その間、ミューズが一人で持ちこたえられるかというと、とてもそんなふうには思えなかった。そもそも、御者の身体の状態を考えれば無理をして動かすべきではないだろう。ここはエスメルの言うとおりにすべきであった。


 かくして俺とエスメルは、馬車の後部を襲っている六体のミッグドーグたちに向けて反撃を開始する。


「いくぞ、ヴァイン」

 低く言うと、エスメルは木の甲冑をほとんど音もさせずに走り出す。


「お、おう」

 俺もやや遅れて、その後を追った。──それにしても、最初こそ不意を衝いて攻撃できるとはいえ、自分たちよりもかなり数の多い敵の中に、よくもまあ恐れもなく突っ込んでいけるものである。この辺りは経験の差だろうか。何にしても、感心するほかない。


「ハッ!」

 エスメルは馬車の脇から後部へと回り込むと、すぐさま鋭い呼気と共に鉄製の剣を抜き放った。その次の瞬間。



 ズバンッ!



 豪快でありながらも、何処か小気味よい音が鳴り響いた。

 血の尾を引いて、ミッグドーグの首が吹っ飛んでいく。


「なっ!?」

 目を見張る光景に俺は呪文を唱えるのも忘れ、呆然としてしまう。


 小型とはいえ、ミッグドーグもモンスターの端くれだ。それなりに頑丈な身体をしているに決まっている。にもかかわらず、エスメルが振るった鉄剣は、ただの一閃でミッグドーグの首を切断してしまっていた。


 エスメルの常人離れした性能に鉄剣が加わると、こんなすごいことになるのか。まるで剣士みたいだ。……ああいや、元から剣士だったな。ただ、いままでは木剣で何度も叩く姿しか見ていなかったので、俺が思い描く剣士像とはかなりズレていたのである。いまの彼女は、何処に出しても恥ずかしくない剣士であった。


 俺は感嘆の眼差しを、エスメルに向けた。──しかし彼女は少し俯くようにして、握った鉄剣をジッと見つめている。


 ……そういえばさっき、鉄剣に不満があるようなことを口にしていたな。これほどの成果を上げてもなお、手に馴染んだもののほうがいいのかもしれない。


 と、突然、エスメルが鉄剣を高々とかざした。

「ワハハハハッ、最高だなっ、鉄製の剣! やはり剣は鉄製に限る!!」


「……」

 おい。私の片割れとかいう話は何処いった? あまりの掌返しに、俺はドン引きせざるを得なかった。


 そして別の意味で、残ったミッグドーグたちもドン引きしていた。こうもあっさり、しかも圧倒的に、同胞の首が斬り飛ばされてしまっては無理もないことだろう。


「ハッ!」

 ここぞとばかりに、女剣士が次のミッグドークに駆け寄っていく。再びズバンッ! という小気味よい音が響き、モンスターの首がまた一つ宙を舞った。


 ビッと刃に着いた返り血を払ったあと、エスメルが満足げに言う。

「フフフ、さすがは我が聖剣、五十二代ホメイロス……。見事な切れ味だ」


 ちゃっかり、鉄剣を自分のもののように扱っている。借りものなのに。


 それはともかく、状況は完全に変わっていた。


 恐れをなして、ついにミッグドーグの一体が尻尾を巻いたのである。すると、残りのやつらもそのあとを追うようにして逃げ散りはじめた。俺とミューズが加勢するまでもなく、こうして危機は去ったのであった。


「たいしたものだな、エスメル。大活躍じゃないか」

 ややあって、俺は肩から力を抜くと、素直に女剣士に称賛を贈った。


「ふふん。まあ、それほどでもあるがな」

 エスメルは謙遜することなく、胸をそらした。


 俺は肩を一つすくめて見せてから、馬車の後部へと向かった。

「ミューズも、よくがんばってくれたな」


「い、いいえ、それほどでも……」

 そう言ってはにかんだミューズはまだ完全には立ち上がれないらしく、車内の壁に半身を預けていた。


 直接見たわけじゃないけれど、エスメルが馬車の後部から俺たちのところに駆けつけられたのも、その彼女を追って馬車脇まで敵が来なかったのも、そこで俺とエスメルが戦っている間に馬車の後部が襲われなかったのも、すべてミューズの魔法のおかげだということを俺は察していた。身体が痛かっただろうに、本当によくやってくれた。


「ねーねー、あたしも誉めてよー」

 ずりずりと這いずる音がしたあと、フレッタが車内からひょっこりと顔だけを覗かせた。強く打った腰がまだ回復しておらず、満足に歩けないらしい。


「そうだな。えーっと……」

 そこで俺は首を傾げた。


「ん? フレッタって何かしたっけ?」


「ひどい! いまヴァインがひどいこと言った! ミッグドーグの包囲を破ったのはあたしの魔法でしょ。だから馬車で脱出できたんじゃない!」


「ああ……」

 でもあれは、狙ってそうなったわけじゃなく、結果的にそうなっただけだったはずだが──と思ったものの、ケガ人はいたわってあげるべきだろう。


「ごめん、そうだったな。フレッタもよくやってくれた」


「ふふ~ん」

 車内に這いつくばったままながら、フレッタがご満悦な表情をした。ケガの具合が気になっていたのだが、この様子なら大丈夫だろう。


 それから俺は二頭の馬を連れ戻しにいった。



 □ □ □



 飼い主に従順なのか、単にどうしていいのか解らなかっただけなのか、いずれにせよ馬たちは先ほどとたいして変わらない場所に立ち尽くしていた。馬車はもう使いものにならないし、ケガ人も大勢いる。そして徒歩では時間が掛かりすぎるので、これに乗って助けを呼びにいこうというわけである。


 目指すはアストの町。俺たちと同じ冒険者ギルドのパーティーが辺境地の何処かにいるはずではあったが、その正確な位置は解らない。それに、ミッグドーグ戦で魔法やら事故やら戦いやらであれほど騒がしかったにもかかわらず様子も見にこなかったことから、近くにはいないと考えられたのである。


 二頭のうち、速そうな見た目のほうを選んで、俺は跨った。馬車用の装備なので、手綱はあるものの、鞍と鐙がない。ただ、壊れた連結用の部品がまだあちこちに付いていたので、それらを無理やり代用品とした。


「じゃあ、いってくる。ここからアストまで徒歩なら一、二時間は掛かるが、馬ならあっという間だ。エスメル、それまでここは頼むぞ」


「うむ。──アストまでの帰り道は大丈夫か?」


「ああ、たぶん。そんなにややこしくなかったからだいたい憶えている」


「そうか。では、気をつけてな」


 エスメルの言葉に、俺は小さく頷いた。

 ……口ではああ言ったものの、正直アストまでの道順はうろ覚えであった。騎乗しているとはいえ、辺境地をたった一人で進まなければならないことにも不安はあった。また、ここにケガ人たちを残し、その守りをエスメルだけに任せることにも心配があった。しかし、他にいい方法がない以上、やむを得ない。


「やっ!」

 俺は馬腹を蹴り、馬を発進させた。あまり乗り慣れていない上に、鞍も鐙も代用品なので乗り心地は最悪だったが、どうにかこうにか迷わずにアストまで辿り着いた。


 そして、まずは俺たちが所属するギルドに助けを求めようとそこに向かったのだが、途中、妙に慌ただしくしている身なりのいい男たちに出くわした。何となく勘が働いて声を掛けてみたところ、果たして、あの金髪の少女の関係者であった。到着の時刻を過ぎてもいっこうに姿を現さない彼女たちを心配して、捜索を開始していたそうである。どうやらあの金髪の少女は、アストの町でも名高い大商人のご令嬢だったらしい。


 事情を説明すると、その身なりのいい男たちは瞬く間に二十人以上の人員と必要な装備を整えて、俺に付き従ってくれることになった。


 かくして、辺境地の調査から一転、ミッグドーグ戦となった今回の出来事は収束に向かったのである。


 同行した医者によれば、護衛二人と御者は入院しなければならないようだったが、フレッタとミューズはこのまま安静にしていれば治るらしい。一安心といったところだ。


 俺たちのパーティーは、大商人の家の者たちが用意してくれた馬車で送ってもらえることになり、すでに女性陣は幌が掛かった荷台の中に座っていた。俺も一息ついたら乗り込むつもりでいたのだが、そこに声を掛けられた。


「あ、あの」


 振り向くと、金髪の少女が立っていた。


 その彼女の後ろには貫録のある初老の男が控えている。確か、身なりのいい男たちの中で一番偉い人だった。彼が品のいい笑みを浮かべる。


「お嬢様が、貴方様にもう一度お礼を申し上げたいと仰っておりまして」


「俺に?」

 先ほど一段落した時、俺たちはすでに金髪の少女と大商人の家の者たちに揃ってお礼を言われていた。この初老の男に、「今回の件はかならず我が主人にお伝えしますので、後日あらためてお礼をさせていただくことになりましょう」とも言い添えられていた。


「お嬢様は、特に貴方様にお世話になったからと申しておりまして」


「はあ……」

 金髪の少女を守ることができたのは俺一人の力ではなかったが、幼い彼女の視点から見れば、ほぼ一緒いた俺が特別に映ったとしてもおかしくはないだろう。


「あの……」

 金髪の少女がひたむきな目を下から向けてきたので、俺はしゃがんで目線の高さを合わせた。


「ホゲホゲペッのお兄さん。馬車が転んだ時も、お外で犬のモンスターに襲われた時も、助けてくれてありがとう」


「……どういたしまして。ケガがなくってよかったね。──ところでお兄さんの名前は、ヴァインっていうんだよ」


「わ、私はナーシャ」


「ナーシャ。綺麗な名前だね」


「うん、ありがとう。ホゲホゲペッのお兄さん」


「あ、いや、だから……」

 そう呼ばないでほしいんですけれど……。


「お嬢様、そろそろ出発しませんと」

 初老の男が静かに促すと、金髪の少女──ナーシャは俺のことをもう一度まっすぐに見て、愛らしく微笑んだ。


「それじゃ、いくね。ホゲホゲペッのお兄さん、元気でね」


「……あー、うん、ナーシャちゃんも元気でね」

 何度も手を振りながら去っていくナーシャの姿を、俺はしゃがんだまま見送った。そこはかとない虚しさに、すぐには立ち上がれなかったのである。すると──


「アハハ」


「クスッ」


「ワハハ」


 幌の中から失笑が漏れ響いてきた。どうやらいまのやり取りを聞かれていたらしい。


 俺はちょっと泣きそうになった。


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