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第十八幕 あぶれ者たち、調査要請を受ける

「冒険者ギルドから調査要請が出されたわ。依頼じゃなくて、要請、ね」


「──それって、何が違うんだ?」

 フレッタが言った「要請」という聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。


 ユニトウモたちを退治してから、すでに数日が経過していた。そろそろ次の依頼を受けようかと前日に連絡を取り合った俺たちは、今朝こうして冒険者ギルドに集まったのである。


 そして、一番先に来ていたフレッタに、冒険者ギルドより調査要請の話がもたらされたらしい。あとに到着した俺たち三人は、ギルド内にある広間の一角で彼女からそれを伝え聞いているところだった。


「普段、あたしたちが受けてる依頼ってのは、こっちでどれをやるか選べるじゃない? でも要請は違う。冒険者ギルドに所属している以上、受けなくちゃならないものなの。正当な理由もないのに断ったりしたら、それなりの罰則をもらうわ」


「つまり、強制力があるってことか」


 俺がふうんと頷くと、隣の席でエスメルが訝しげな顔をした。


「しかし、要請とは珍しい。めったに出されるものじゃないからな。いったい何があったんだ?」


「ほら、あたしたちがユニトウモの退治にいった前後に話題になりはじめてたでしょ? 最近、辺境地に出没するモンスターの数が増えてるって」


「ああ」


「その件を、お偉いさんたちが専門家を派遣していろいろと調べさせてたらしいんだけど、結局、何も見つけられなかったんだって」


「ふむ」


「でも出没するモンスターの数は確実に増えているから、やっぱり何かしらの原因があるはずだってことで、今度は大々的に人手を増やして調査するってなったみたい」


 そしてお偉いさんたち──すなわちアストの町の指導者たちは、すべての冒険者ギルドに働き掛けをおこない、それが俺たちのところまで回ってきたという流れらしい。


「えっ、大々的って……アストの町にあるすべての冒険者ギルドに要請が出されたってことなのか。ちょっと大げさじゃない?」


 俺は呆気に取られながら訊いた。すると、フレッタが頷く。


「あたしも最初そう思った。だって、あたしたちがユニトウモを退治しにいった時、まったく他のモンスターに遭遇しなかったからね。でも、調査要請の話を持ってきたギルドの担当者によると、やっぱりモンスターの数は増えてるらしいのよ。お偉いさんたちが看過できないくらいに。──あたしたちは、たまたま運がよかっただけみたい」


「そうなのか……」

 どうやら事態は、俺たちが思っていたよりも深刻なものであるらしい。


「でね、お偉いさんたちがモンスターの出没数が増えている原因として考えているのは、大きく分けて二つあるそうよ」


 一つ目は、モンスターの生息域で何かが生じたために、モンスターたちが辺境地に移動しているのではないか、ということ。二つ目は、辺境地に何かが生じたために、モンスターたちがそれに引き寄せられているのではないか、ということだった。


「当然、モンスターの生息域のほうが危険だから、そこを調査するのは実力も実績もある大手の冒険者ギルドたちってことになった。辺境地のほうは、残る中・小の冒険者ギルドたちで担当するってわけね」


「ふむ。ということは、ここのギルドは辺境地の担当だな」


 エスメルの言葉に、フレッタが肩をすくめる。


「まあ、そういうことね」


 俺たち四人が所属している冒険者ギルドは規模も小さく、有名な冒険者がいるわけでもない。どちらかといえば影が薄い存在であったのだ。


「それで、辺境地の調査だけど、それぞれが好き勝手な場所にいっても効率が悪くなるだけだから、冒険者ギルドごとに持ち場を分けるって話になったそうよ」


「ここのギルドの持ち場は何処になったのだ?」


「辺境地の──南ね」


 辺境地における危険度は、モンスターの生息域に近づくほど──つまり、辺境地を北にいくほど高くなるとされている。言い換えれば、辺境地の南のほうが危険度は低いわけである。そして、そこが持ち場になったということは。


「まあ、ここのギルドがたいして優秀ではないとは知っていたがな。その評価は下の下だったということか。ワハハ」


「……エスメル、そこで笑わないほうがいいわよ。この話にはまだつづきがあるんだから」


「つづき?」


「いまさら言うまでもないと思うけど、辺境地はとても広大よ。ここのギルドの持ち場になった南だけでも相当な面積になる」


「確かにそうだが、それがどうした?」


「だから、ここのギルド内でも効率が悪くならないように、パーティーごとに持ち場を分けるって話になったのよ」


「……私たちのパーティーの持ち場は何処になったのだ?」


「南の中でもさらに南──辺境地の最南端よ」


「むう……」


 と呻いたきり口をつぐんでしまったエスメルに代わり、俺が溜息交じりに言葉を吐く。


「危険度が低いとされる場所の中でも、さらに危険度が低いとされる場所か……。つまり、俺たちパーティーの評価は下の下の、さらに下だったというわけだ」


 ──俺たち四人がパーティーを組んでから数ヶ月。その間に、ドーグ、バーズド、ユニトウモなどのモンスターを退治しており、これは少人数パーティーの成果としては決して悪いほうではない。

 では、どうしてこんなにも評価が低いのかといえば。


 パーティー内に魔法師が三人もいるからだろう。


 ここの冒険者ギルドに限らず、何処のギルドにおいても魔法師に対する期待は大きい。誰もが持っているわけではない魔法適性を持ち、自然界に存在しながらも目には見えない「精霊」という神秘に干渉し、さまざまな超常現象を人為的につくり出すことができるのだから、当然といえば当然だ。


 実際、このアストの町にいる魔法師の大半はその期待に応え、素晴らしい活躍をしていると聞く。パーティーにたった一人加わるだけでも百人力であるらしい。


 ということは、魔法師が三人もいる俺たちのパーティーは三百人力くらいの活躍をしていてもおかしくはない……はずなのだが、現実には魔法師が加わっていない少人数パーティーとたいして変わらない成果しか出していなかった。これでは、その評価が低くなっても仕方ないだろう。



 要するに、「魔法師が三人も雁首揃えて何やってんの?」と呆れられているわけである。



「そ、それにしても、調査って何をすればいいんでしょうか?」

 いつの間にかみんなして遠い目になっていたのだが、ミューズが気を取り直すように質問を発した。


「辺境地にモンスターが増えている原因を見つけろと言われても、正直、見当もつきません……。そもそも専門家の方でも解らなかったことが、私たちにどうにかできるのでしょうか?」


「ああ、その辺はあんまり深く考えなくてもいいみたい。『とにかく普段とは違ったものを見つけたら何でもいいから報告してくれ』って言われた。分析とか鑑定とか小難しいことはお偉いさんのほうでやるから、あたしたちはひたすら情報を集めればいいそうよ。──で、たとえばあたしたちが何かしらの報告をして、それがあとになってモンスターが増えている原因とはまったく無関係だったと解ったとしても、別に文句は言われないって。真面目にやってさえいれば大丈夫みたい」


「そうなんだ。要請なんて言うからもっと堅苦しいのかと思ったけど、案外そうでもないんだな」


「もちろん堅苦しい場合もあるんだけど、今回の要請はそうじゃないってことね」

 と、俺に対して応えてから、フレッタはゆっくりとギルドの広間内を見回した。


「それにしても……未完の大器たるあたしのことを、ずいぶん低く評価してくれたものね。今度の調査要請で見返してやるんだから」


 すると、エスメルが皮肉っぽく笑った。

「未完の大器か。ここ二年くらい聞かされつづけているが、微塵も完成する気配がないけどな」


「ふん、言ってなさいよ。誰が信じてくれなくても、あたしはあたしの才能を信じてる!」

 フレッタが右手をぎゅっと握った。


 おお、何だかいい台詞を聞いた……と感心しそうになったが、俺はふと我に返り、フレッタに問い掛けてみた。

「それで、その未完の大器様は、自分の才能を開花させるために最近ではどんなことをしてるんだ? まさか惰眠を貪ってばかりいないよな」


 フレッタが目をそらした。そして、ひゅうひゅうと鳴らない口笛を吹き出した。


 ……図星だったようである。



 □ □ □



 翌日。俺たちは、アストの町から北上すること一、二時間ほどの場所を歩いていた。


 しばらく前にアストの町の北部と、東隣の町の北部とを結ぶ街道を横切ったのを最後に、人間たちの生活の匂いは漂わなくなっていた。周囲の風景が岩と低木ばかりに変わっていく。


 やがて冒険者ギルドに任された調査場所──辺境地の最南端に辿り着く。俺たちは取り敢えずその辺を調べてみることにした。


「……なんにもないな」

 俺は立ち止まってこめかみの辺りを手で拭う。汗ばむくらいの時間を探し回ってみたのだが、特に変わったものは見つけられなかった。辺境地とはいえ最南端のせいか、出没数が増えているというモンスターの姿を見掛けることもなかった。


「しかしあれだな、辺境地にモンスターが増えている原因なんて見当もつかないから絶対とは言わないけど……たぶん、こんな辺境地の端っこを調査しても意味ないんじゃないかな」


「わ、私もそんな気がしています……。そもそも、町の偉い方々がこの辺りを重視しているなら、私たちではなく、それにふさわしいパーティーに任せるでしょうから。ウフフ」

 俺の意見に、ミューズが半分死んだような目で同意した。


 すると、フレッタが腰の横に片手を当てて口を開いた。

「何言ってんの、二人とも。まだ解んないわよ。最近のあたしたちはツイてるんだから、周囲がびっくりするようなものを見つけちゃうかもしれないでしょ」


「俺たちがツイてる?」

 フレッタの謎の自信に、俺は首を傾げざる得なかった。


「思い出してみなさいよ。バーズドとユニトウモの時のことを」


「?」


「ほら、バーズドの時は、エスメルにすごく都合のいい条件で、しかもすぐに依頼が見つかったわけでしょ。ユニトウモの時は、モンスターの数が増えていたはずなのに、どんぴしゃで見つけられたわけじゃない。これをツイてるって言わなくてどうするの?」


「ああ……確かに、そうかもしれないな」

 と一度は頷き掛けた俺だが、その動作は途中で止まった。


「いやでも、その前のドーグの時は当てが外れて四日間も探し回ったじゃないか」


「ちょっとー、少しは空気を読みなさいよ。せっかく人が気分を盛り上げようとしてんのに」


「え? ああ、ごめん」


「これで運気が下がったらヴァインの」

 せいだからね──と、たぶんフレッタはつづけようとしたのだろう。しかし、その言葉が発せられることはなかった。



「うわぁあああっ!!」



 さほど遠くない場所から、誰かの悲鳴が響いてきたからだ。

 それも、かなり切羽詰まった感じである。よからぬことが起こっているのは簡単に想像がついた。


「ほ、ほらっ、ヴァインが余計なこと言うから!」


「た、たまたまだろ」

 フレッタの文句にたじろぎながらも、俺は悲鳴が響いてきた方角を見やった。たぶん、ここから少し東にいったところだろう。この辺りの調査は俺たちに任されているので、近くに他の冒険者パーティーは来ていないはずなのだが……。


「と、とにかくいってみよう」

 そう言うと、俺は東に向かって走りはじめた。


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