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第十六幕 あぶれ者たちのディソナンス

 エスメルの身体が宙を舞う。



「きゃああっ!」


「エスメルっ!?」


「ホゲホゲペッ!?」


 バラバラと木の甲冑の破片を撒き散らしながらすっ飛んでいく仲間の姿に、俺たちは叫び声を上げた。


 冒険者ギルドから、ユニトウモは単独あるいは()()で行動すると説明を受けていた。しかし、ここまでまったくモンスターに遭遇しなかったこともあって、ようやく見つけたユニトウモを単独だといつの間にか思い込んでしまっていたのである。


 二体目のユニトウモがたまたま死角にいたのか、それとも隠れていたのか、あるいは同胞の危機に何処かから駆けつけてきたのかは知らないし、どうでもよかった。いまだ空中に軌跡を描く女剣士のほうがよっぽど心配だった。


 やがて、ドンッという重く鈍い音と共にエスメルの身体が落下した。その反動で、再び低く宙を舞ったあと、彼女の身体はまばらに生える草の上をゴロゴロと転がり──ようやく止まった。


 一瞬、誰も口を利けなくなる。


「エスメルさんっ」


「エスメルっ!?」


「ホゲホゲペッ!?」


 ややあって、弾かれたように俺たちは声を発した。……もちろん俺だって、もっとまともな言葉を掛けたかったのだが、何ぶん最初の一体目を拘束中なのでそういうわけにもいかなかったのである。



 草原に俯せとなった女剣士の身体は、ぴくりとも動かなかった。



 嫌な予感が頭の奥から湧いてくる。


 魔法には、治癒もなければ蘇生もない。仮にあったとしても、人に対してはまったくの無意味だ。現在、魔法の契約も発動もすべて「ゼレの大縮図」を介しておこなわれている。そしてその「ゼレの大縮図」には、人体及びそれに付随するものには影響を及ぼすことができないという制限があるからだ。


 脂にまみれたような数瞬が過ぎ──


「くっ、私としたことが油断してしまった」

 草原に両手を突いて、むっくりとエスメルが起き上がった。


「だ、大丈夫なの、エスメル!?」

 フレッタが不安と安堵が入り混じったような声で叫ぶ。


「──大丈夫ではない」

 半身だけ起こしたエスメルが、自分の身体を見やりながら言った。


「ど、何処かケガした!?」


「この木の甲冑、つくるの結構めんどくさいんだぞ……」


「──え?」


「だから、この木の甲冑、つくるの結構めんどくさいんだ」


 エスメルは、稼いだ金のほとんどをいかがわしい本の購入に充てている。よって、剣と甲冑はその辺で適当に木材を仕入れて自作しているわけだけど、いまはそんなことより──


「そ、そんなことより、け、ケガはないんですか!?」

 俺とフレッタの内心を代弁するように、ミューズが心配そうな声を上げた。


「ああ。やつの突撃こそ避けられなかったが、損傷は負わぬように甲冑と身のこなしでいなしたからな。落下の際もちゃんと受け身を取った。──ただ、さすがにあちこち痛むが」


 すごい。簡単に言っているけれど、普通の人間であったならやられてしまっていてもおかしくはなかったはずだ。


「よかった。──でも、いつまでも喜んでいられる状況じゃなさそうよ」

 フレッタがホッと息をついたあと、すぐに表情を硬くした。


 エスメルを突き飛ばしたユニトウモは、そのまましばらく草原を駆けたあと、こちらの様子を窺うようにして振り向き、立ち止まっていた。しかし、エスメルがどうやら無事らしいと知ると、再び攻撃する姿勢を見せたのである。


「また来るわよっ。エスメル、気をつけて!」

 フレッタが注意を促す。


 その声を聞きながら、俺は迷っていた。超拘束魔法は、同時に複数は発動できない。なので、このまま最初の一体目を拘束していたほうがいいのか、それともエスメルに向かって走りはじめた二体目のほうを新たに拘束したほうがいいのか、咄嗟に判断がつかなかったのである。


「ヴァインはそのまま!」

 俺の迷いを察したらしく、フレッタが指示を出した。


「二体目は、あたしとミューズでどうにか足止めする。その間にエスメルはヴァインが拘束している一体目をやっちゃって。そのほうが確実でしょ。それからみんなで二体目を倒せばいい」


 なるほど。俺が一体目の拘束をやめてしまったら、そいつがどう動くか解らない。だったら、このままでいたほうがいいってわけだ。


「いくわよ、ミューズ!」

 二体目のユニトウモを狙いやすくなるからだろう、フレッタが連なる小岩のもっとも高い位置へと移動しはじめる。


 ──それにしても、迷っていた俺とは違って、フレッタは冷静だった。ことなきを得たとはいえ、エスメルが標的の攻撃を受けてしまったことが彼女の心を引き締めでもしたのだろうか。あるいは、冒険者としての経験の差か。いずれにせよ、いまのフレッタはとても頼もしい。


「喰らえ、ファイラッシュ!」

 高みに立ったフレッタが、颯爽と魔法を放った。


 外れた。


「おい、フレッタ! おまえの魔法はまったく足止めになってないぞ」

 草原を走りつつ背後を見やったエスメルが呆れたふうに言った。


 とても頼もしい……くもなかった。


 いまエスメルは、フレッタの指示どおり、俺が拘束している一体目のユニトウモのほうへ向かおうとしていた。そして二体目のユニトウモはエスメルを追っており、その足止めをするはずのフレッタの魔法は、相変わらずヘッポコのままであった。標的とはまったく無関係の場所に着弾しつづけている。冷静に指示を出せたところは素晴らしかったんだけどな……。


 実質、二体目のユニトウモの足止めをしているのは、フレッタと同じく連なる小岩のもっとも高い位置に移動したミューズの魔法だけであった。その彼女が焦った声を出す。

「こ、このユニトウモ、さ、最初のに比べて、あんまり怯んでくれないですぅ」


 一体目のユニトウモは、フレッタやミューズの魔法が周囲に着弾するたびに、ホゲェエェッと鳴いて逃げ惑っていた。


 しかし、この二体目のユニトウモは様子が違った。行く手を阻むようにミューズの魔法が水飛沫を上げれば、もちろん急いで回避するのだが、それは慌てふためくような動きではなかった。ホゲェエェッ、と悲鳴を洩らすこともない。多少の方向転換を余儀なくされつつも、エスメルのあとを執拗に追いつづけている。そこには同胞を助けようという強い意志が感じられた。このユニトウモたちはつがいか親子なのかもしれない。


 何にせよ、そんな追われ方をされたら、いくらエスメルが卓越した運動神経と身体能力の持ち主であってもそう簡単には振り切れない。結果、右や左に余計に走らざるを得なくなり、俺が拘束している一体目のユニトウモのところへはなかなか辿り着けずにいた。


 せめてフレッタの魔法がもう少し役に立ってくれたなら状況は改善したであろうが、彼女の火炎弾は何もない草原の上を吹き飛ばし、黒焦げをつくりつづけるばかりであった。


 にしても……まずいな、これは。長期戦になりそうじゃないか。そしてそうなってしまった場合、俺には大きな問題が発生することになる。


「えーっと。ホゲホゲペッ。お取り込み中に。ホゲホゲペッ。申しわけないんだけど。ホゲホゲペッ。残念なお知らせです。ホゲホゲペッ」


「な、何よ? こんな時に」

 みんなを代表するかのように、フレッタが不審そうな声で聞いてきた。


「口が疲れました。ホゲホゲペッ」


「え──?」


「さっきから。ホゲホゲペッ。呪文を唱えっ放しで。ホゲホゲペッ。口が痛くなってきました。ホゲホゲペッ。てか、限界です。ホゲホゲペッ」


 そう。俺は一体目のユニトウモを拘束しつづけるために、休むことなくずっと呪文をくり返しつづけていたのである。


 これまでは、俺が標的を拘束さえしてしまえば、エスメルがだいたい速やかに倒してくれていた。こんなに長引くことはなかったのである。魔法適性のほうはまだ余裕がありそうなのだが、口のほうはかなりつらくなってきていた。


「ちょっ!? がんばってよヴァイン、あともう少しでエスメルがあんたのところに辿り着くから。たぶん!」


 ──いや、たぶんって言うなよ。フレッタの励ましのようでありながらそうではなかった言葉に、俺の口の疲労感が増した。


「わ、私からもお願いしますぅ。がんばってください、ヴァインさん。私はこちちだけで精一杯です。いまそちらのユニトウモまで動き出してしまったら、とても手には負えません」

 ミューズが本当に困ったような声を出した。


 役に立っていないヘッポコ女魔法師の「がんばって」はあまり胸に響かなかったが……そのヘッポコの分まで補いつつ二体目のユニトウモの足止めをしている後輩の女の子からの「がんばって」は無視し得ないものを感じた。ここはいっちょ、(おとこ)を見せるべきだろう。


「解った。ホゲホゲペッ。もうちょっと。ホゲホゲペッ。がんばってみるよ。ホゲホゲペッ。ホゲホゲペッ。もう無理かも。ホゲホゲペッ」


「ちょっとすぎます!?」

 俺のヘタレっぷりに、ミューズが大きな双眸をさらに大きくした。


「無理とか言うな、ヴァイン。いまおまえが魔法をやめてしまったら、最悪、私は二体のユニトウモに挟み撃ちにされるかもしれないんだぞ」

 こういう時だけは人の話を聞いているエスメルが、ユニトウモに追い掛けられつつも文句をつけてきた。


「なるほど。ホゲホゲペッ。この三ヶ月。ホゲホゲペッ。世話になったな。ホゲホゲペッ。ありがとう。ホゲホゲペッ」


「いや待て、ヴァイン!? どうして別れの挨拶みたいなことを言いはじめてるんだ!?」


 もちろん、冗談である──半分は。しかし、そんなことを口にしておいて何だが、別に余裕があったわけではない。むしろ余裕がないからこそ、気を紛らわそうとしただけなのである。


「覚えておけよ、ヴァイン。もし本当に挟み撃ちになったらその時は化けて出てやるからな」

 エスメルがそう毒づいたあと──不意に、思案顔になったのが遠目からでも解った。


「挟み撃ち……か」


 草原を走りながら、エスメルがしきりに頭を左右に振りはじめる。何かを探しているような、あるいは確認しているような素振りだった。


 どうしたんだろう? と俺が訝っていると──


「ヴァイン、あと少しだ! ユニトウモたちは私がどうにかしてみせるから、おまえもあと少しだけがんばってみせろ!」


 どうやらエスメルには考えがあるらしい。であれば、ここはいっちょ、踏ん張ってみせるべきだろう。


「解った。ホゲホゲペッ。あと少し。ホゲホゲペッ。がんばってみるよ。ホゲホゲペッ。ホゲホゲペッ。もう無理かも。ホゲホゲペッ」


「少しすぎるぞ!?」


 エスメルがそうツッコんできたが、喉の渇きも顎の軋みもすでに限界を超えつつあったのは事実だった。


 とはいえ、仲間を見捨てるわけにもいかない。表向きの言動とは裏腹に、俺は必死に呪文を唱えつづけた。


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