第十四幕 あぶれ者たち、希少モンスターを狙う
俺たちはいま、アストの町から数時間ほど北上した辺境地にいた。
猪のモンスターやドーグを倒した周辺がそうであったように、広大な辺境地の多くは岩と低木ばかりの地形をしている。ただし、すべてが荒涼としているわけではない。俺も全容を把握しているわけじゃないけれど、部分的には森や泉、そして草原などが存在しているそうだ。
「あらためて言うけど、今回の標的はユニトウモというモンスターだ。冒険者ギルドの話によれば、そいつは辺境地の西南辺りで目撃されたらしい」
「というわけで、その西南にある草原地帯に来たんだけれども……ここ、意外と起伏に富んでいて見通しが悪いのよね。前に何度か来たことあるから知ってるのよ」
小岩の上に立ち、向こう側を見渡しながらフレッタが応じた。
確かに一見するとここは、短い草がまばらに生えるだけの広々とした平地のようだった。しかし実際は違う。辺り一帯が同じような緑色をしているために起伏の線が溶け込んでしまい、そのように見えているだけなのである。よくよく目を凝らしてみれば、ところどころで大地が盛り上がっていたり急に下っていたりするのが解った。フレッタがいま立っているような小岩も散見されるが、それらがなかったら何だか平衡感覚が狂ってしまいそうだった。全体的な印象と違い、入り組んだ場所である。
「角がとても立派なモンスターということでしたね」
周囲に標的の姿がないかと気を配りつつ、ミューズが確認してくる。
「見た目は馬に似たモンスターってことだったけど、その頭には二本の角が生えていて、それがかなり大きいって。ものによると、こんくらいあるって言ってたな」
俺は両腕を思い切り左右に開いてみせた。
「でも、気性の荒いモンスターではないんでしょ。草食で、単独あるいは少数で行動するから危険度も低いほうだって」
フレッタが草原のほうを見たままで言った。
「そう。普通だったらそれほど高値の付くモンスターじゃないんだけど、ユニトウモはモンスターの生息域のみで生活していて、この辺境地に出てくることはめったにないらしい。だから危険度が低いわりに高値が付くってわけだ」
「ヴァインさんが仕入れた情報どおりでしたね」
ミューズの言葉に、俺は頷く。
今朝、俺は目を覚ますとすぐにエスメルの部屋の扉を叩いた。まだ寝ぼけていて状況のよく解らない彼女を適当になだめすかしつつ、冒険者ギルドへと向かった。そして、昨夜の料理屋にて偶然仕入れた情報の信憑性を確かめてみたところ、受付の男に「耳が早いですね」と驚かれた。実際、辺境地に出没するモンスターの数は増えており、その中には普段お目に掛かれない希少なものもいるとのことだった。
しかし、どうしてそのような現象が起こっているのかは冒険者ギルドでもまだはっきりしたことは摑めておらず、もう少し情報を集めてから近日中に調査や退治などの依頼を出すつもりだったらしい。そこに無理を言って、俺たちのような少人数パーティーでもこなせそうな依頼を紹介してもらったのである。それがいま探しているユニトウモというわけだ。
「ただ気をつけないといけないのは、いまこの辺境地にはユニトウモのような希少なモンスターだけじゃなく、そもそも全体的にモンスターの出没数が増えているらしいってことだ」
「──つまり、お目当てのモンスターを見つける前に、他のモンスターに遭遇する確率も普段より上がっているってことですね。小物ならいいですけど、私たちの手に負えない相手になる場合も十分考えられますね」
俺の注意喚起に、ミューズが素直な反応を見せる。
一方、エスメルは軽く肩をすくめた。
「まあ、その時はその時だ。いざとなったらフレッタを餌にして逃げればいいさ」
「ま~た、あんたはそれを言う? いい加減にしなさいよ」
小岩の上でくるりと向きを変え、フレッタは腰の横に手を当てる。
「餌にするならあたしより、食べ応えのありそうなミューズのほうでしょう?」
「仲間を餌にするのはいいのかよ!?」
フレッタの発言に、俺は目を剥かざるを得なかった。
そりゃ、俺とフレッタは正直食べ応えのなさそうな身体つきをしている。エスメルはなかなか好い線をいっていると思うけど、如何せん、ミューズの抜群の身体つきにはちょっと及んでいないのは事実だったが……。
「ひ、ひどいです、フレッタさん……」
「やーね、冗談に決まってるじゃない。いざという時はあたしに任せればいいのよ!」
フレッタはそう言って胸を叩いた。
俺には「あたしに任せれば──」という台詞もまた冗談か何かに聞こえるわけだが……フレッタはどうも本気で言ってるらしい。まったく何処から湧いてくるんだ、その自信。彼女は少々、独自の脳内設定を持っているのだった。
赤毛の長い髪の女魔法師に、ミューズは曖昧な笑みを浮かべ、俺とエスメルは生暖かい視線を向けたのであった。
「あっ、そうだ。さっき角の話が出たけど、ユニトウモで一番高値が付く部分は皮でも肉でもなく、その角って言ってたな。だからエスメル、とどめを刺す時は上手くやってくれよ。角を避けて、急所の頭部や頸部を狙うってのは難しいとは思うんだけど……」
「ああ……気をつけよう」
とエスメルは応えたものの、その言葉の節々から「面倒くさっ……」という内心の声がだだ漏れていた。
なので俺は言い直す。
「ユニトウモの角が無事なら、それだけおまえの趣味に費やせる金が増えるってことだぞ?」
「気をつけよう!」
同じ言葉だったが、そこに込められた意志は二倍くらいの差がありそうだった。
俺は呆れの混じった溜息をついた。すると、フレッタが両腕を胸の前で組んで頷く。
「じゃあ、あたしも角に魔法が当たらないように気をつけなきゃね」
「あー……、うん」
「ちょっ、何よその曖昧な返事は。『どうせおまえの魔法は当たらないだろ』って言いたいわけ!?」
「いや、そんなことはないけど。ただ、どうせおまえの魔法は当たらないだろ」
「言ってるじゃない!!」
フレッタは地団駄を踏んだ。
「まったく失礼ね。当たるわよ。ていうか当たったじゃない。こないだバーズド戦の時に!」
「あれはまぐれ当たりだろ。それをそんなに力説されても……」
「きいっ。いいわよ、あとで見てなさい。──この数日間、あたしは惰眠を貪っていただけじゃないんだから!」
「惰眠は貪っていたんだな……」
「さらなる高みに登るための秘策を編み出したのよ!」
フレッタがぐっと拳を握ってみせた。
「そうか、それは悪かったな。期待しているよ」
──その言葉とは裏腹に、俺はまったく期待していなかった。ただ、これ以上仲間のやる気を削いでも仕方ないので、ここは適当に折れることにしたのだった。
「わ、私も間違って角に当てないようにしますね」
と、ミューズがおずおずと言ってきた。
「え? ああ……そうだな。気をつけてくれ」
ユニトウモの角の強度がどれほどかは知らないが、たぶんミューズの魔法が命中したところでびくともしないだろう……と思いつつも、取り敢えず話を合わせておいた。
しかし本音が顔に出ていたらしい。ミューズは俺から視線を外すと、死んだ目で呟く。
「いえ……一応言っただけですから……。そう言ってみたかっただけですから……。解ってます、私の魔法なんかが当たってもどうにもなりはしませんから……」
「いや、そんなことは……」
と口にしてみたものの、俺はそれ以上の取り繕う言葉を見つけられず、強引に話を変えた。
「ま、まあ、とにかくいまはユニトウモを探すとしようか」
それからしばらく俺たちは、草原のあちこちを歩き回ってみたのだが──
「何よー、猫の子一匹いないじゃない。モンスターの出没数が増えてるって話は何処いったのよ?」
フレッタが愚痴をこぼしたとおり、ユニトウモはもちろん、他のモンスターの影も形も見つからなかった。
「確かに。けどまあ、まだ半日も探してないし、ここも広いからな。これからだよ、きっと。……とはいえ、そろそろ少し休もうか」
すぐ近くに、小岩が連なって日陰をつくっている場所があった。俺が促すと、誰も異論はなくそこに向かって歩きはじめる。と、その時──
ホゲェエェッ、ホゲェエェッ。
何処からともなく奇声が響いてきた。
「ちょっとヴァイン、モンスターもいないのに何で呪文を唱えてるのよ?」
「俺じゃないよ!?」
「どうした、ヴァイン?」
「ど、どうしました、ヴァインさん?」
「だから、俺じゃないって!」
明らかに声質が違うし、そもそも傍にいるんだから声の出どころは俺じゃないって解るだろうに。仲間の本気なのか冗談なのか判別しづらい反応に戸惑いつつも、俺は小岩の連なりの上によじ登った。いままさに休憩しようとしていたその向こう側から、奇声が聞こえたように感じたからだ。周囲に目を凝らす。
「あっ……」
遠くはないが、近くもない距離に馬に似たモンスターの姿を見つけた。その頭部にはまっすぐに伸びる二本の大きな角が確認できる。
「間違いない、あれは──」
俺が思わずそう呟いた瞬間、ホゲェエェッ、ホゲェエェッとまた奇声が響いた。
「ヴァインの兄弟か?」
「種族違うよ!?」
隣によじ登ってきたエスメルの言葉を、俺は即座に否定した。
「しかし、よく似たことを言っているではないか」
「いや、俺の呪文をあんな奇声と一緒にしないでくれよ。全然違うだろ」
「えー、結構似てるわよ」
やや遅れて小岩の上に現れたフレッタが言った。
「いい加減にしてくれよ、二人とも。いくら何でも俺の呪文はあそこまでおかしくはないはずだ。──なあ、ミューズ?」
「え? ……ええ。そ、そうですね」
と、最後に小岩の上に顔を出したミューズは同意を示してくれたものの……その大きな双眸は思い切り逸らされていた。
「……」
マジか。俺の呪文はあんな奇声とたいして変わらないのか。ちょっと泣いてもいいですか?
「ともかく、どんぴしゃで標的を見つけられたのはツイてるわ。あとはあいつを倒すだけね」
不敵な笑みを浮かべると、フレッタが小岩の上で立ち上がった。いつものように先陣を切るつもりらしい。
「……」
実際のところ──効率だけを考えるならば、先陣の役目を負うべきなのはフレッタではなく、この俺なのかもしれない。
どうしてかと言えば、フレッタの魔法はまず当たらず、モンスターを混乱させるのがせいぜいだからだ。
そんな彼女の魔法に比べれば、俺の魔法のほうが命中率は高いわけだし──まあ、バーズド戦のように上手くいかなかった時もあるとはいえ──何より、命中してしまえば標的を完全に拘束することができるのだ。
どちらのほうがその後の展開が楽になるのかは説明するまでもないだろう。いまのようにこちらがまだ標的に気づかれておらず、不意を衝ける状況であるならばなおさらだ。
にもかかわらず、このパーティーで先陣を切るのはいつもフレッタであった。それには深い意味がある──わけではなく、効率うんぬんということよりも、彼女がその独自の脳内設定のままに行動しているにすぎなかった。
たぶんフレッタは、今日こそは仲間の前で華々しい活躍ができるはず、と信じているのではないだろうか。そのための努力はろくにしてもいないのに。
それを俺たち三人が黙認、というか放置してしまっているのは、言ったところでどうせ聞き入れはしないだろうと思っているからである。
ともあれ、今日も今日とて火の女魔法師は、その赤毛の長い髪を俺たちの前でなびかせたのであった。




