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第十三幕 あぶれ者たちの魔法事情

「それにしても、魔法っていえばさ──」

 決意を新たにするのは悪いことじゃないが、あまり思い詰めてもらっても困る。ミューズの気分を和らげようと、俺は意図的に明るく訊いてみた。


「ミューズはウォーリューム以外の魔法とは契約しないの?」


「えっ?」


「変種魔法とは違って、ミューズが使う水魔法には初心者でも契約できるものがいくつかあるんだろ?」


「は、はい」


「だったら、こう言っちゃなんだけど、もっと威力のある水魔法と契約してみようとは思わないの?」


「い、いえ、それが、あの……」


「ん?」


「ウォーリュームが一番威力があるんですよ。初心者が使える水魔法の中では……」

 消え入りそうな声でミューズが呟いた。


 魔法と契約するには、まず魔法管理局で識別検査を受け、自分の魔法適性がどの魔法にて適しているのかを調べなくてはならない。俺の場合、それが変種魔法であり、その変種魔法には超拘束魔法しかなかったわけだけど、ミューズの場合はそれが水魔法であり、その水魔法には初心者でも使えるものがいくつかあったそうだ。


 担当の職員がミューズに薦めたのは、水玉魔法「ウォーラム」。威力も命中率もそこそこだが、魔法適性の消耗が少なく初心者でも長時間使えて連射も可能であるらしい。水の魔法師の九割方がはじめての魔法にはこれを選ぶらしい。俺と違い、事前にある程度の魔法の知識を持っていたミューズもそれは知っており、自分も他の初心者と同じ選択をしようと考えていたので、担当の職員の薦めに素直に頷いたそうである。


 そこまでは順調だったのだが、ウォーラムと契約し、魔法管理局の練習場にていざそれを発動してみたところで問題が生じた。


「え……あれ? いま当たりましたよね。的はぴくりともしませんでしたが。え? 当たりませんでしたか?」

 魔法管理局に勤めて二十年余の職員が目を疑ってしまうほど、ミューズが放ったウォーラムの威力がしょぼかったのである。


 魔法というものは、使用者の体調や集中力によってその効果が少なからず左右されてしまう。なので、はじめての魔法の発動に思うような効果が出せない者も珍しくはないそうだが……ミューズの魔法の威力のなさは、それで説明できるような程度ではなかった。彼女が威力を出す才能に恵まれていないのは明らかであったのだ。


 そこで次に契約することになったのが、初心者向けの魔法の中ではもっとも威力があるとされる水流魔法ウォーリュームだった。一応初心者向けに分類されているが、威力がある分、その扱いが難しいのであまり積極的には薦めないものらしい。ただ、ミューズの魔法の威力のなさを補うにはそれしかなかったのである。幸い、ミューズは魔法の制御の才能には恵まれていたので、ウォーリュームを発動しても事故などは起こらなかった。


「でもまあ……『これ本当にウォーリューム?』と担当の職員さんが再び目を疑ってしまうくらいに威力はなかったんですけどね……。たぶん私のウォーリューム、世界で一番弱いんじゃないでしょうか。ウフフ」

 最後にそう苦笑したミューズだったが、その目は死んでいた。まずい、思い詰めないようにと振った話題だったのに、さらに彼女を追い込んでしまったようである。


「そ、そんなことないんじゃないかな……」

 何か上手いことを言わなきゃと焦っていると、ふと視線を感じた。振り返ってみれば、フレッタがこちらを見つめていた。


「聞かれる前に言っておくけどー、あたしの火弾魔法ファイラッシュもー、中級者が契約できる魔法の中ではー、一番命中率があるとされているものよー。文句あるー?」

 酒で目が据わった火の女魔法師はジトッとした声で告げた。


 ……助け舟でも出してくれるのかと期待したのだが、むしろ俺を沈めにきたようであった。


「い、いやっ、ないよ、文句なんか。──そ、それよりも、もう一杯いっとく?」


「いっとく!」

 我ながらかなり苦しい話題の変え方だと思ったが、酔いの回ったフレッタはあっさりと乗ってくれた。


「ミュ、ミューズもどう? もう一杯くらいなら奢るよ?」


「──では、せっかくなので御馳走になります」

 フレッタと違い、ミューズの言い方には何処か引っ掛かりが感じられたが、それでもここは俺の顔を立てて話を合わせてくれた。


「ふむ。私もせっかくなので御馳走になろう」

 こういう時だけはちゃっかり話を聞いているエスメルが当たり前のように混じってきた。


 おまえは関係ないだろ、と言い掛けたが彼女だけ仲間外れにしても面倒臭いことになるに決まっている。仕方がないので、俺は黙って彼女らの酒を追加注文した。


 それにしても一口に魔法と言うけれど、やはり個人差があるのだなとあらためて思った。俺にもそういったものがあるのだろうか。しかし超拘束魔法の場合、他に使っている者がまったくおらず、またアスト支部の人たちも資料上でしか知らず実際に見たことは一度もなかったので比較しようがないのだった。


 つまり俺の超拘束魔法がまともなのか、それとも何かしら偏ったところがあるのか、いまのところ誰にも解らないのである。ただ、いままでそれで困ったことはないし、何より俺は超拘束魔法とはできる限り早くおさらばしたかったので、正直あまり気にしてはいなかった。



 □ □ □



「お待ちどうさまー!」という給仕の掛け声とともに運ばれたきた追加の酒を、女性陣が嬉しそうに飲みはじめる。


 経費を抑えるために自分だけ注文しなかった俺は、ぼんやりと店内に視線をやっていた。すると、俺たちの近くの席に座ったばかりの男二人が次のように話し出すのが聞こえてきた。


「最近、辺境地に出没するモンスターの数が増えてるって話、聞いたか?」


「いや。そうなのか?」


 興味の湧く話題だったので、俺はつい耳をそばだてる。


「冒険者たちの一部でそういう噂が出はじめているんだと。それなりに名の知れた冒険者パーティーがそう話してたのを聞いたから信用できるんじゃないか」


「へえ。じゃあ、いま辺境地はモンスターが溢れていて稼ぎ時ってことか。まあ、数が増えてるってことはそれだけ危険度も増すってことだけどな」


「確かに。──ただ増えた中には、たいして強くないけど高値が付くモンスターってのも混じっているらしい」


「どういうことだ?」


「普段はモンスターの生息域の奥に引っ込んでいて、めったに辺境地には出てこないモンスターが目撃されているんだとよ。そういうのは希少だから、強さに関係なく高値が付きやすいってわけだ」


「なるほど。──けど、そもそもどうしてモンスターの数が増えてるんだ?」


「さあな。今年は特に異常気象とかではなかったから、モンスターたちが餌を求めて生息域から辺境地のほうにまで出てきたとは考えにくいんだが……」


「まあ、いいか。その辺はお偉いさんたちが調べるなり何なりするだろうよ。俺たちはせっかくの機会を逃さず、じゃんじゃん稼ぐとするか」


 ──これは耳寄りな情報を得た。それにちょうどよくもあった。次の依頼をどうするのかという話をしようと思いつつも、結局だらだらと世間話しかしていなかったのである。ここらで真面目な話もしておくべきだろう。俺は早速仲間たちのほうに向き直った。


「なあみんな、どうやらいま稼ぎ時らしいぞ」


「ヴァイン、おつまみが欲しい」


「あれー、ヴァインはもう飲まないのー?」


「ふ、フレッタさん、そんなふうに杯を持ったら零してしまいますよ」


「……人の話を聞けよ」

 俺が溜息をつくと、その頬に向かってフレッタが自分の杯を押しつけてきた。


「なーによー。ヴァインはあたしの酒が飲めないって言うのー!?」


「そんなこと言ってないだろ。それにその酒は俺の奢りだ」


「フレッタさん。だから、そんなことしたら零してしまいますって」


「ヴァイン、おつまみが欲しい。何なら料理の追加でもいい」


 ……駄目だな、これは。

 俺はあらためて溜息をついた。すると、唯一俺の話を聞いていたらしいミューズがフレッタの世話をしつつ応えてくれた。


「つ、次の依頼の話ですか、ヴァインさん?」


「そうなんだけど……」


「きょ、今日はもう無理みたいですね。明日の朝なら、私が責任を持ってフレッタさんを冒険者ギルドに連れていきますけど、どうでしょうか?」


「……そうだな。そうしようか。じゃあ、フレッタのほうはよろしく頼むよ」


「はい」


「エスメルのほうは俺が首に縄をつけてでも連れていくから。明日の朝、冒険者ギルドで落ち合おう」


「解りました」


 ──その後はフレッタを筆頭にもっとグダグダとなり、何やかんやで俺は予定していた以上の出費を強いられることになったのであった。


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