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第十幕 フレッタ、覚醒す!?

「ほら見てほら見て、ヴァインも大外しよ」

 仲間の失敗に、妙に嬉しそうな声を上げたのはフレッタである。


「珍しいな。ミューズほど百発百中ではないとはいえ、ヴァインの魔法も結構狙いは正確だったはずだが」

 と意外そうに呟いたのはエスメルだ。


「ホゲホゲペッ!!」

 二人の声を聞きながら、俺はもう一度呪文を唱えた。

 しかし、またしても蒼白い魔方陣はバーズドにはまるで届きそうもない位置に出現した。


「何だろう、空中の敵って狙いづらいな。はじめてっていうのもあるけど、それだけじゃなく──」

 これまでの対象はすべて地上にいた。そしてそこには何かしらの風景があった。つまり俺と対象との間には、常に木とか草とか岩とか石とかが存在していたわけである。


 ところが、空にはそういったものが一切なかった。


「距離感がすごく摑みづらい……」

 俺は対象との距離を目測で割り出していたが、その際、周囲の風景が重要だなんて思ったことは一度もなかった。しかしいざそれらがなくなってみると、距離感を摑むために意外と利用していたらしいことが判明したのである。


 厳密に言えば、バーズドの背後には幾筋かの白い雲が浮いているわけだけど、むしろこれが厄介だった。俺の目と知識ではその白い雲がどれくらい上空にあるのかが解らず、そのためにかえって距離感に迷いを生じさせるのである。


「くそ、もう少し低く飛んでくれればいいんだけどな」

 そうなれば、畑の間に立っている木や農家の屋根などが俺の視界に入ってくるのでいまよりは狙いやすくなるだろう。


「そうよね、もう少し低く飛んでくれれば当てられるんだけど」


「いや、フレッタの場合、低かろうが高かろうが当たらないだろ」


「ひどい! いまヴァインがひどいこと言った!」


 ブーブーと文句を垂れはじめたフレッタを無視して、俺はあらためて空を見上げた。

 俺たちのことを舐めているとはいえ、さすがに無警戒ではなく、バーズトは現れた時よりも高度を上げていた。そこで弧を描くようにして飛びながら、下界の様子を窺っている。


「様子見して、向こうから攻撃してこないのはありがたいんだが……」


 俺の呟きに、エスメルが応える。


「ああ。しかし、このまま見上げているだけでは埒が明かんぞ。首が痛くなるだけだ。それに『一刻も早く退治する』というのが報酬上乗せの条件になっていることも忘れないでくれ」


「解ってるよ……」


「なら早く、ヴァインにはバーズドの動きを拘束してほしいのだが? というか私の予定では、とっくに地上へと落とされたバーズドにとどめを刺しているはずだったのだが?」


「勝手なことばかり言うなよ。思ってたより空中の敵って狙いづらいんだよ」


「それはさっきも聞いたが──しかし、そこはヴァインにがんばってもらうしかないな。私に遠距離攻撃はできないし、あの二人に敵の注意を引く以上のことができるとは思えないしな」


「ファイラッシュ! ──どうして!? 右に飛んでいくように修正したはずなのに左に飛んでいくのはどうして!?」


「ウォーリューム! ──ああっ、さっきより集中したつもりなのに、さっきより平気な顔されてますぅ」


「……がんばってみます」

 俺は三たびバーズドに向かって両手をかざした。


 しかしながら、やはり違和感は拭えない。このまま呪文を唱えてもまず間違いなくバーズドを拘束できないだろう。どうしようか……と一瞬考えたあと、俺はさっきから標的を正確に捉えつづけている仲間に相談してみることにした。


「なあ、ミューズ。空中って何か狙いづらくない? 俺、背景が空と雲ばかりだと標的までの距離が測りづらいみたいでさ」


「えっ、そ、そうですか? 私はいつもと変わりを感じませんけど……」


「そ、そうなんだ……」

 どうやら地上、空中という条件の違いはミューズには関係ないらしい。さすがと言うべきだろうが、正直、これでは何の解決にもならない。もうちょっと示唆らしいものがほしかった。


「えーっと……ミューズの狙いっていつもすごい正確だよね。あらためて訊いたことはなかったけど、何かコツとかあるの?」


「こ、コツですか?」


「うん」


「いえ、あの、特別なことはしていないと思います。モンスターまでの距離を見た感じで測り、それから自分なりモンスターがどう動くのかを予測して魔法を放っているだけですから」


「なるほど……確かに特別なことはしてないな」

 俺が普段やっていることと大差がなく、特に参考になるようなことはなかった。


「す、すみません」


「いや、謝る必要はないよ。でもそれで、あれだけ正確に標的を捉えられるんだからやっぱり才能あるんだな」


「そ、そんな才能なんて……」


「まあ、威力の才能は皆無だけど」


「……ひどいです。さっきのエスメルさんもそうだけど、持ち上げておいて落とすのはひどいです。格闘技の技でも掛けられたみたいです」


「ご、ごめん。悪気はなかったんだ。つい……んんっ」

 つい本音を漏らしてしまった──とは言えず、俺は咳払いでごまかした。

 しかし、こうなると仕方がない。とにかく魔法を放ちつづけ、標的が捉えられるようになるまでその都度修正を加えていくしかないか。


「……」

 やだなぁ。だってそれって、いつもより多くあの呪文を唱えなければいけないってことでしょ? ただでさえ超拘束魔法の効果を維持するためには呪文を唱えつづけなければならないってのに、今回はその前段階から呪文を唱えつづけることになるわけだ。イジメかな。


 超拘束魔法を手に入れてから三ヶ月。多少は慣れたけれど、俺は相変わらず自分の魔法が嫌だったし恥ずかしかった。


「ファイラッシュ! ──ああっ、もうっ! どうしてそんなとこにいるのよ。目の前に降りてきて、あたしの魔法に当たりなさいよ!」


「ウォーリューム! ──あれっ!? 嘴を大きく開けて……私の魔法を飲んでます!? 水分補給してます!?」


 ……とはいえ、やはりここは俺ががんばるしかないようだ。


「ホゲホゲペッ!!」

 俺は呪文を唱える。しかし、蒼白い魔方陣はやはり標的を捉えることはできなかった。その位置をもっと上方に修正する必要があるようだ。バーズドは悠々と上空を旋回しつづけたままである。その姿はこちらの苦労を嘲笑うかのようだった。ちくしょう、あとで泣きを見ても知らないからな。


「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!!」

 俺は呪文を連呼し、魔方陣の位置を修正していく。すると──


「アハッ」


「クスッ」


「ワハハ」


 女性陣からいつもの失笑が漏れはじめた。



 ……泣きを見るのは俺のほうが先だった。



「あー、いや──ヴァイン、いいよいいよ、その調子。どんどん標的に近づいているよ」

 どよんとなった俺の気配に、いち早く気づいたらしいフレッタが半笑いながらもそう執り成してくる。


 そんなフレッタに対し、肩をすくめて見せたのはエスメルだ。

「確かに、ヴァインの狙いはどんどんよくなっていくな。──それに引き換え、フレッタのほうはどんどんひどくなっていくばかりではないか。もういっそ目を閉じたほうが当たるのではないか?」


「きいっ、バカにしないでよ」


「いやいや、バカにしているわけではないぞ。実際、剣の達人の中には物事の本質は心眼──すなわち心の眼でこそ見極められる、と言う者もいるからな。両目に映るものはかえって物事の本質を見誤らせる場合もあるらしい」


「達人……心眼……」

 エスメルの口振りは明らかに冗談半分だったのだが、それを聞いたフレッタは妙に真顔となった。いくつかの単語が彼女の心の琴線に触れてしまったようである。


 嫌な予感を覚えた俺は、呪文を唱えるのを中断して注意する。

「おいおい、エスメル。フレッタに変なことを吹き込むなよ。目を開けていても当てられないのに、目を閉じたら余計に当てられなくなるのが普通だろ。フレッタも真に受けるなよ?」


 しかし、俺の言葉は届かなかったらしい。フレッタは自分の両手を見つめながらブツブツと呟いていた。

「そうか……私のような才能ある者が、普通のやり方をしていたのがそもそも間違いだった……?」


「いやいや、落ち着け? たぶん、これからフレッタがやろうとしていることのほうが間違いだぞ?」


「ウフフ……ねえ、ヴァイン。あたしいま何かを摑んだみたいよ。ううん、悟った。覚醒したわ」


「いやだから落ち着けって」


「見てなさい、これがあたしの本当の力よ!」


 俺の話を聞かず、フレッタは一方的に意味不明なことを口走った。つづいて、片手を空高くかざしたかと思うと、ぎゅっとその両目を閉じる。


「うわぁ、やめろって。ただでさえ当たらないのに目を瞑ったらどんなひどいことになるか──」


「ファイラッシュ!」


 俺の制止も虚しく、魔法の火炎弾が放たれた。



 そしてそれは──バーズドに命中した。



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