第一幕 あぶれ者たちのプレリュード
「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペ~~ッ!!」
俺は両手をかざし、呪文を唱えた。
すると、五十歩ほど離れた地面に魔法陣と呼ばれる特殊な円が現れる。その上には、俺たちの今回の標的である犬に似たモンスター。魔方陣から放たれた蒼白い光が、その四つ足のモンスターを足元から包み込んでいく。
「ウオオオォン!?」
犬に似たモンスターが咆哮した。それは突然、蒼白い光によって身体の自由を奪われたことに対する驚きの声だったに違いない。
「いいわよ、ヴァイン。その調子!」
「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペ~~ッ!!」
「それっ、ファイラッシュ! ……アハハッ」
赤毛の長い髪と赤い軽装の女魔法師──フレッタが景気よく魔法の火炎弾をばら撒きはじめる。
「わ、私も、か、加勢します」
「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペ~~ッ!!」
「ウォーリューム! ……クスッ」
何処かおどおどした様子を見せながらも白い長衣をまとった女魔法師──ミューズが白塗りの杖を掲げると、その先から水流が溢れ出す。
「よし、とどめは任せろ!」
「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペ~~ッ!!」
「この聖剣ホメイロスの威力をとくと見るがいい! ……ワハハ」
全身を甲冑で覆った女剣士──エスメルがそう叫び、火と水の魔法が飛び交う中をためらうことなく駆けていく。
そして、魔法陣の蒼白い光によって身動きが取れなくなった四つ足のモンスターに迫ると、渾身の力を込めて斬撃を放った。
ボキッと折れた。
「ぬわぁああっ、私の聖剣が真っ二つにぃっ」
エスメルが大きな声で嘆く。
「……」
しかし俺にしてみれば、それはさして不思議なことではなかった。
だって木なんだもん。聖剣などとうそぶいているけれど、彼女の剣は手づくりの木製だった。モンスターの分厚い皮膚を斬るのに適していないことは一目瞭然。ちなみに彼女の甲冑もすべて手づくりの木製である。
「ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペッ!! ホゲホゲペ~~ッ!!」
「おのれドーグ! よくも私の聖剣を折ってくれたなっ」
明らかな言い掛かりを叫びつつ、エスメルは剣を逆手に持ち替えた。そして、ささくれだった剣先を犬に似たモンスター──ドーグへと叩きつける。
一回、二回、三回。ささくれの部分はすぐに鋭さを失ってしまったが、エスメルは構わず連打する。七回、八回、九回。
ガゴッ、とひときわ鈍い音がドーグの体内から響く。次の瞬間、その四つ足から力が抜けていくのがはたから見ているだけでも解った。
俺は呪文を唱えるのをやめた。魔法陣と蒼白い光が消え、これによりドーグは身体の自由を取り戻したはずだったが、ただくずおれていくばかりでその四つ足が動くことは二度となかった。
「討ち取ったり!」
エスメルが高らかに宣言した。
……およそ剣士らしくない倒し方をしておきながら、えらく得意げであった。
「よくやったわ、エスメル。にしても、斬るんでも刺すんでもなく叩き殺すって、剣士としてはどうなの? まあ、いまにはじまったことじゃないけどさ」
どうやら思うことは俺と同じだったらしく、フレッタが少し呆れた声で言う。
「前回の報酬はどうしたのよ。それで鉄の剣と甲冑を揃えるんじゃなかったの? どうせまた、男同士がいかがわしいことをする本に使い果たしちゃったんでしょ」
「ワハハ、そのとおり」
エスメルが胸を張る。まったく反省もしていなければ、その趣味を恥ずかしいとも思っていない様子だった。
そんなんだから何処の冒険者パーティーにも入れてもらえなかったんだぞ……と言い掛けたが、それは何もエスメルに限ったことではなかった。
俺はふと周囲を見渡した。よく晴れた午後の陽射しの下、荒れた大地が何処までもつづいている。
岩と低木ばかりのここは、ワイゼット王国北東に広がる辺境地。人間の生活圏とモンスターの生息域──それらが接する境界線のような場所である。
一番近い町の名はアスト。ここから南に数時間ほど下ったところにあり、冒険者の町とも呼ばれている。モンスターと関わる機会が多い土地柄のため、それらを生業とする者たちが寄り集まってくるからだ。町にはいくつもの冒険者ギルドが存在し、冒険者パーティーも数えきれないほどあった。
俺たちもそこで暮らす冒険者の端くれである……のだが、エスメルをはじめ、フレッタもミューズもこの俺ヴァインも、それぞれの理由から何処の冒険者パーティーにも入れてもらえなかった『あぶれ者』だったのである。
「それしても、相変わらずヴァインの魔法の拘束力はすごいよねー。……アハハッ」
フレッタが言った。しかし、その褒め言葉とは裏腹に彼女の表情は失笑気味であった。赤毛の長い髪がかすかに揺れている。
「はい。ドーグは脚力がすごいと言われているモンスターのはずなのにまったく動けなくなりましたからね。……クスッ」
白い長衣をまとったミューズがすかさず同意を示す。しかし、彼女も白い杖で口元の笑みを隠していた。
「ああ、いつ見てもたいしたものだ。……ワハハ」
木の冑を脱ぎながらエスメルが大きく頷いた。何処か野性味を漂わせる凛々しい顔立ちが露わになり、肩までの茶色い髪がはらりと零れる。彼女に至ってはもう笑いを隠そうともしていなかった。
「それで何て言うんだっけ? ヴァインの魔法の名前は?」
悪戯っぽくフレッタが訊く。
「え、えーと、何と言うんでしたっけ?」
ミューズがわざとらしく目をそらす。
「あー、何て言ったかなー、思い出せないな―」
エスメルが棒読みで言う。
「……」
憶えていないわけがない。フレッタとエスメルとはかれこれ三ヶ月も一緒にいるのだし、ミューズとだって二ヶ月になるのだ。というか、いまの戦いの中でも聞きつづけていただろう? そしてみんな、それをちょっと笑っていただろう?
しかしそう主張したところで無意味なのは、ここ数ヶ月の間に経験済みだ。俺に無理やりその名前を言わせるまでのやり取りが、どうしてだか彼女たちのお気に召してしまったらしく、これは何回もくり返されていることなのである。下手に抵抗してもややこしいことになるだけなのである。
……仕方がない。そんなに知りたいのなら教えてやろう。聞いて驚け、見て慄け。いくつかある拘束魔法の中でも「超」拘束魔法と呼ばれるその名前を!
「ホ……ホゲホゲペッ」
フレッタとエスメルは思い切り噴き出し、ミューズは顔をそむけ小刻みに肩を震わせた。
俺の頬は羞恥に染まった。