姉と妹
短編「姉に突き落とされて記憶喪失になった私が幸せになるまで」のシリーズです。
一年の婚約期間は瞬く間に過ぎ去り、ついに婚儀はひと月後となった。
国王は長年使われてきた王太子宮を改装して若い二人が過ごしやすいように整えた。王妃は庭に手を入れさせ、噴水を新しくするなどして華やかな空間に作り変えた。
ペンブルック公爵は『最高の嫁入り道具を揃える』と言っていた通り、メアリの私室用に豪奢な家具や調度品を揃えた。公爵夫人は美しい衣装を何十着と新たに誂え、衣装部屋をもう一つ作らなければならないほどだった。
放っておくとどこまでも競い合ってエスカレートしていきそうな両方の親達の結婚準備にメアリは戸惑ったが、
「本人達が嬉しそうだからありがたく受け取っておこう」
とアーネストが言うので感謝して受け入れた。
国内外の招待客の調整も終わり、後は本番を待つのみである。
メアリはお妃教育も終え、近頃は家族や友人との時間を大切に過ごしていた。
その日は、急に思い立って聖メアリ通りにある洋品店にハンカチを買いに行くことにした。
ガードナーではそういうしきたりは無いようだが、エルニアンでは貴族令嬢は自分と相手のイニシャルを刺繍した白いハンカチを式の当日に渡す。『永遠にあなたと添い遂げます』という意味があると言われている。
エルニアンを捨てたメアリではあるが、幼い頃憧れていたこの風習をやってみたいと思ったのだ。
メイドのジェーンについて来てもらって聖メアリ通りで馬車を降りた。この通りは相変わらず広く美しい。歩いて買い物をするのがとても楽しく感じられる。
馴染みの洋品店では、シンプルだが上質な白いハンカチを選んだ。
「そうだわ。お父様やお母様、みんなにも贈りましょう」
この一年の感謝を込めて、それぞれのイニシャルを自分の手で刺繍して贈ろう。そう思い、十枚のハンカチを購入した。
洋品店を後にし馬車に戻る途中、一人のみすぼらしい女性が道端にうずくまっていた。メアリと目が合ったジェーンは、女性に声を掛けた。
「もし。どうかなさいましたか? ご気分でもお悪いのですか」
フードを被って俯いていた女性はしゃがれて苦しそうな声を出して言った。
「もう三日も何も食べておりません。貴婦人様、お情けをかけていただけないでしょうか」
「まあ、お可哀想に。ジェーン、ちょうどそこにパン屋があるから買ってきてあげてちょうだい。持って帰れるようにたくさんね」
「わかりました、メアリ様。行って参ります」
ジェーンは小走りにパン屋へ向かった。そして紙袋いっぱいにパンを買って、すぐにメアリの元に戻ったのだが。
「……メアリ様? どちらですか?」
メアリも、うずくまっていた女性も見当たらない。辺りを見回したが大通りにそれらしき人影はいない。
「メアリ様!」
細い路地を見つけ、覗いてみた。路地の向こう側に聖メアリ通りに並行に走る道が見え、馬車の音が聞こえた。ジェーンは急いでその方向へ走った。
路地を抜けると、幌のかかった馬車が走り去って行くのが見えた。そしてジェーンの足元にはメアリの買ったハンカチが落ちていた。
「大変だわ。早くお知らせしなくては」
ジェーンはペンブルック公爵邸へ急いだ。
ひどい揺れに身体が痛む。気分も悪い。徐々に頭がハッキリしてきたメアリは、ようやく目を開けた。
(板の上に寝ている……? それに、この揺れ。荷物用の馬車かしら)
辺りを見回そうと首を動かすと頭が痛い。
(そうだわ。物乞いの女性を追いかけて、路地を抜けたところで何かを嗅がされた)
後ろから変な臭いのするハンカチを鼻と口に押し当てられたのだ。
(手は後ろで縛られている……自由が効かないわ)
その時、人の気配を感じたメアリは後ろを見た。驚いたことに、同じように縛られた少女が四人、座っていた。寝かされていたメアリはなんとか身体を起こして座った。
「あなた達、どうしたの? 攫われたの?」
猿ぐつわを噛まされている少女達は頷いた。一様に疲れた表情である。攫われてから日が経っているのだろうか。
「声がするわね。起きたのかしら」
しゃがれた女の声がした。そう、しゃがれてはいるが、聞き覚えのあるーーー
「いい格好ね、ベアトリス」
御者台から振り返ったのは姉・デボラだった。日に焼けて雰囲気は変わっていたが、右目の泣きぼくろはそのままだった。
「驚いた顔をしているわね。私が外に出てきているのが信じられないってとこかしら。そう、私はあと二ヶ月は収監されているはずだったものね」
(思い出した。さっき、ジェーンがパン屋へ向かった後、女性が急に立ち上がり路地へ向かったので思わず追いかけたら……振り向いたその顔がデボラだった)
顔を見て驚いた瞬間身体が固まってしまい、やすやすと捕まってしまったことをメアリは激しく悔やんだ。
「牢屋なんてね、看守次第なのよ。入ってみてよーくわかったわ。私はね、看守にとても気に入られたから模範囚として恩赦を受けられたのよ」
エルニアンではひと月前に王太子夫妻に男子が生まれた。世継ぎ誕生という慶事のため恩赦が行われたというのだ。
「半年間の苦役で身体はボロボロになったわ。貴族籍も剥奪され帰る家も無く、恩赦で牢を出たところで野垂れ死ぬだけ。そう思っていたけれど、私はこの人に拾われた」
デボラは馬を御している男にしなだれかかった。
「この少女達はどうしたの? まさか攫って来たんじゃないでしょうね」
「この子達は親に売られたのよ。貧しい親から口減らしのためにね」
「人身売買は大罪だわ。わかってるの?」
デボラはふん、と鼻を鳴らして言った。
「子供を売る親が一番悪いんじゃないの。私達はむしろ貧乏人を助けてやってるんだわ。これからエストール国に行って全員奴隷市場で売り捌いたら、そのままエストールで暮らすつもりよ。もう、この大陸には戻らないわ」
(エストールというと、闇の奴隷市場を国が主導していて、他の国々から非難され孤立している国だわ。犯罪が蔓延っていて無法国家だとも言われている)
「ではこの子達を売るつもりなのね?」
「そうよ。向こうに着いたら綺麗に着飾ってやって、高い値段で売れるようにするわ」
「私も売るつもり?」
「そうねぇ。エストールに行く前にチャンスがあればあんたを攫ってやろうと思っていたら、まんまと引っかかってくれたわ。でも市場で売るにはあんた歳を取り過ぎてるのよ。高値で売れるのは十二、三歳の少女だけ。だから、奴隷として二束三文で叩き売るしかないわね」
ケラケラと楽しそうにデボラは笑った。
「あなたは……私を一度殺そうとした。それだけでも信じられなかったのに、まだ足りないの? どうしてそんなに私を憎んでいるの」
メアリは真っ直ぐにデボラを見据えた。記憶を取り戻した時、真っ先に思ったことだ。なぜデボラは、妹を殺すことに抵抗がなかったのか。
「妹なんて、ただ同じ家に生まれただけのこと。姉妹愛なんて幻想よ。私は昔からあんたが嫌いだった」
デボラもメアリを見つめた。その目には何の迷いもなかった。
「あんたなんて、お父様お母様の愛を奪っていく嫌な奴でしか無かったわ。特にお父様は私よりもあんたを可愛がっていた。自分に似ているからってだけで」
「違うわ。それはあなたに姉らしく模範であって欲しいという思いから厳しくしていたのよ。お母様に似ているあなたをお父様は愛していたわ」
「今さら何とでも言えるわ。あんたが優秀だっていつも比べられていた私の気持ちがわかる? お父様もあんたも大っ嫌い。私が家族の中で愛していたのはお母様だけよ」
「でも、そのお母様をあなたは……」
デボラはキッとメアリを睨みつけた。
「あれは事故よ。それにお母様は私を疑った。自業自得だわ」
そう言ってメアリの身体を押し、床に転がした。
「もうすぐ国境に着くわ。隣のタチアナ国の港からエストール行きの船に乗るの。そしたらあんたの人生はもう終わりよ。王太子妃なんて短い夢だったわね。これからは苦しいだけの日々が待ってる。私が味わった肉体労働の辛さを、一生味わうといい」
デボラは荷台と御者台の間のカーテンをサッと閉め、話を終わらせた。
メアリはそっと音を立てないように起き上がると、少女らの近くへ寄って小さな声で話した。
「あなた達、ガードナーの子?」
全員、首を横に振った。
「では、エルニアンから来たの?」
今度は全員が頷いた。
「そう。辛かったわね。おうちに、帰りたいでしょう?」
一番小さな少女は頷いたが、残りの少女は首を振った。恐らく、家でも辛い生活をしていたのだろう。
「それでも、エストールに行ってはいけないわ。あの人達は甘い話をしたでしょうけれど、エストールに売られた人はほとんどがひどい目に遭っているの。絶対に逃げなければいけないわ」
国境で止まる時が唯一のチャンスだろう。そこで何とか衛兵にこの事を知らせなければ。
「何をコソコソやってるのよ」
デボラがカーテンを開け荷台に入ってきた。
「あんた達、さっきもやったからわかってるわよね。国境の越え方」
そう言いながら少女達の猿ぐつわと後ろ手の紐を外していった。そして一番小さな少女の首にナイフを突きつけ、大きな少女に命令した。
「ほらあんた。この女の足を縛りなさい。それから猿ぐつわを噛ませて。でないとこの子、刺すわよ」
大きな少女はのろのろと動き、メアリの足を縛ろうとした。
「とろくさいわね。早くやりな」
イライラしたデボラは少女を蹴って促した。
「あんたは動かないで。動いたらこの子の命は無いわよ」
メアリに向かって脅しをかけ続けた。
縛り終わると、メアリを荷台の一番奥にうつ伏せに転がして毛布を掛けた。そして、その背中の上にドッカリと座った。
(うっ……!)
突然のことにメアリは息が詰まった。そして、デボラはメアリの足の上に一番小さい少女を座らせた。
「じゃああんた達、さっきと同じように答えるのよ。わかったわね」
やがて、馬車は関所に差し掛かった。
「止まれ!」
という衛兵の声が聞こえた。御者台の男と話しているようだ。
「どこから来た?」
「エルニアンでさあ、兵隊様」
「通行許可証は?」
「ここに、タチアナのがありますで」
「タチアナの港までか。よし、不備はないな。荷台を調べさせてもらうぞ」
「へえ、家族がおりますんで、どうぞご覧下さい」
荷台の幌の中を衛兵が覗き込んだ。
「開けるぞ」
「はい兵隊様、ご苦労様です」
デボラがしゃがれた声を精一杯高くして答えた。
「名前を言え」
「私はアイクの妻、デビーです。この子達は娘です。ほら、みんな名前を言いなさい」
少女らは順番に、名前を答えていった。声は少し震えていた。手も震えているのか、荷台の床に爪が当たる音が聞こえた。
「大した荷物は無いな。武器など隠している物はないか」
「ご覧の通り、貧しい家族です。財産と言えば子供達くらいですわ」
「よし、いいだろう。通って良し」
デボラがホッと息を抜く気配がした。
アイクは出発しようとしたが、衛兵が声を掛けた。
「馬が随分疲れているようだな。少し休ませたらどうだ」
「へえ、でも先を急ぎますんで」
「だがこのままだとこの先の峠でへばってしまうぞ。あそこの飼い葉桶で少し食べさせてやれ」
アイクはしばらく考えたが、確かにガードナーで寄り道した分馬は疲れている。通行の許可は出たのだし、少し休ませようと決めた。
「へえ、じゃあありがたく」
「子供達にはパンでも渡してやろう」
「ありがとうございます。ガードナーの兵隊さんはお優しいですな」
アイクは馬を外して連れて行った。デボラはナイフを突きつけたままイライラしていたが、衛兵が覗くとにこやかな顔を作った。
「馬が休んでいる間、これでも食べなさい」
衛兵はそう言って小さなパンを紙に載せて少女らに渡した。
「ありがとうは?」
デボラが促すと、少女らは小さな声で
「ありがとうございます」
と言った。その間も、一番大きな少女はずっと爪で床を鳴らしていた。
「あんた、それうるさいからやめなさい」
少女は青ざめたが、衛兵が頭に手を乗せて
「癖なんだな。気にすることないぞ」
そう言って出て行った。デボラはため息をついた。
「早く行きたいのに。何やってるのかしら」
だが少女らがパンをじっと見ているのに気がつき、
「いいわ。食べなさい」
すると少女らはすぐにパンを取り、ガツガツと食べ始めた。
やがて、アイクが馬を連れて戻って来た。
「たくさん餌を貰ったから港まで持つだろう。そろそろ出発するぞ」
そう言って馬を馬車に繋ぎ始めたその時、遠くから早馬の足音が聞こえた。
そして馬から一人の青年が降りるとツカツカと馬車に歩み寄り、幌を覗き込んだ。
「……デボラ!」
「ひっ」
突然アーネストが現れたことにデボラは怯んだ。その後ろから衛兵が馬車に乗り込み、少女達を外へ連れ出した。
「やめて! 私の子供に何するの?」
「私の子供だと? お前は自分の子供にナイフを突きつけるのか」
隠していた筈のナイフが、驚いた拍子に見えてしまっていた。
「あっ」
アーネストは素早く近付き、少女を抱き上げた。
「メアリはどこだ」
少女を奪われ、焦るデボラをアーネストが詰問した。外では、アイクが衛兵に取り押さえられているようだ。
唇を噛んだデボラは、もはやこれまでとナイフを両手で持ち直し大きく振りかぶった。そして座っていた毛布に思い切り突き立てようとしたが、その腕をアーネストに強く蹴られて馬車の床に倒れ込み、手からナイフがこぼれ落ちた。
「衛兵!」
「はっ!」
すぐに衛兵がデボラを掴み、外へ引き摺りだした。
「やめろ、触るな! 衛兵ごときが私に……伯爵の私に触るなあ!」
デボラの声が遠くなって行く。
「メアリ!」
アーネストが毛布を剥がすと、そこには縛られて上に座られていたことで息も絶え絶えになって倒れているメアリがいた。
「大丈夫か、メアリ!」
アーネストが縛っていた紐を解いていく。
「……アーニー……」
「良かった……無事で……!」
アーネストはメアリを抱き締めた。肩が震え、涙がメアリの頬に落ちた。
(アーニーが泣いている……)
「ごめんなさい……」
「喋らなくていい。さあ、一緒に帰るぞ」
メアリを抱き上げ、額にキスをした。
(もう一度アーニーに会うことが出来て本当に良かった。それに、皆無事で保護された。ありがとう……)
安堵したメアリはそのまま気が遠くなっていった。
目覚めると、王太子宮のベッドで寝ていた。
エミリーが覗き込み、涙を浮かべた。
「メアリちゃん、無事で良かった! 今、殿下にお知らせしてくるわね」
エミリーはパタパタと部屋を出て行った。
「メアリ様、本当に申し訳ございません……!」
ベッドの横にはジェーンがひざまずいていた。
「私がお側に付いていながらこんな事になってしまって。ご無事で本当に良かったです……!」
「私こそごめんなさい、ジェーン。迷惑かけてしまって。私が油断していたせいなのよ」
「でも……! 私は侍女失格です。どうかお側から下がることをお許しください」
「だめよ、ジェーン! あなたはこの一年ずっと公爵家で私の面倒を見てくれたわ。これからもずっと側にいて欲しいの」
「そうだぞ、ジェーン」
アーネストが部屋に入って来て言った。
「ジェーンがいなくなったメアリを素早く探し、馬車の立ち去った方向を見ていてくれたお陰で、捜索範囲がかなり絞られたんだ。礼を言う」
「そんな。勿体ないお言葉でございます」
ジェーンは頭を下げた。
「ジェーン、父も褒めていた。そしてこれからもペンブルック家で働いて欲しいと」
アーネストと共に入って来たイーサンも言った。
「ありがとうございます……!」
ジェーンは泣きながら感謝して部屋から下がって行った。
「メアリ。気分はどうだ?」
アーネストが優しく訊いた。
「ええ、大丈夫よ。ちょっと起きてみるわ」
アーネストに手を添えてもらいながらメアリは背中を起こした。
「目立った外傷は無いようだ。手を縛っていた紐はきつく食い込んでいたが、口と足は緩めに縛られていた」
(あの少女が、優しく縛ってくれたのね)
「そうだわ、アーニー。あの少女達はどうなったの?」
「エルニアンの子供たちだから、エルニアンに引き渡すことになるだろう。だが、もし本人達が希望するならばガードナーで引き取っても良いと伝えておいたよ。虐待の跡も見られたからな」
「良かったわ。あの子達のお陰で私は助かったのだもの。命の恩人です」
「そうだな。メアリが教えた『助けて』という信号を、ずっと指で音を出して伝えてくれていた。それで、衛兵が怪しいと気付く事が出来たのだから」
メアリは少女達に話し掛けた時、軍で使われている救難用信号のリズムを教えていたのだ。デボラに気付かれずに衛兵に助けを求める手段として。
「あの子達はちゃんと覚えて実行してくれた。とても賢い子達です」
一方、メアリがいなくなった後、間を置かずペンブルック公爵からの報告が王宮と軍に伝えられた。すぐに各地の国境警備隊に伝書鳩を飛ばし、怪しい馬車を調べるよう指示が出された。
そしてアーネストはジェーンの証言から馬車が向かった可能性が一番高いパームという関所へサムに乗って走った。
パームでは警戒を強め、馬車を隈なく調べていた。そこへ、やって来たのがデボラの馬車であった。
一見、家族しか乗っていない普通の馬車であり、許可証も持っていたが、少女達の怯えた目、そして軍用の信号音。衛兵はすぐにこれだと確信した。
急いで伝書鳩を本部へ飛ばして報告し、馬車を引き留める作戦に出た。怪しんでいる事がわかれば出発してしまう。タチアナに入られたらもう追跡することは出来ない。馬を休ませ、子供に食べ物を与えて時間稼ぎをしていたところへアーネスト達が到着したのだ。
「まさかデボラが外に出ているとは、私も思っていなかった」
アーネストが言うと、イーサンが頭を下げた。
「申し訳ありません。エルニアンからの報告ではデボラとドナルドに恩赦は適用されない筈でした。しかし看守がデボラと不適切な仲になっており、書類を偽造して外に出したのだそうです。エルニアン王宮と軍には厳重に抗議しておきました」
イーサンは書類を見ながら報告した。
「そして、アイクとデボラの処分ですが……」
アーネストはメアリを見た。
「メアリ。君には辛い話になるかもしれないが」
「いえ、アーニー。覚悟しています」
アーネストは頷いてイーサンを促した。
「ガードナーでは人身売買は重罪です。しかも相手は子供。その上、王太子殿下の婚約者を誘拐、傷害、殺人未遂。よって、二人とも即刻死罪が言い渡されることになります」
「……仕方ありません。更正の機会があったのに、それをしなかった。外に出したらきっとまた同じ事をするでしょう」
メアリは表情を変えずに言った。
「エルニアンも、迅速な処分を望んでいます。自国の醜聞を早く消し去りたいのでしょう。二人は来週にも死罪の囚人専用の塔へ移されます。その後、王宮に知らせる事なく死刑は執行されます」
「わかりました、お兄様。ありがとうございました」
アーネストはメアリの肩を抱いた。
「これからも、王族として生きていく上でこういったことはあるだろう。国の為に、親しかった人を切り捨てることもある。それでも、ついてきてくれるか」
メアリは、自覚が足りなかったことを痛感していた。
今回はメアリ個人を狙ったものだったが、政敵に攫われてアーネストへの脅しに使われる場合もある。
護衛も付けずに気軽に出掛けるようなことは、犯罪を誘発してしまうのだ。
「ええ、アーニー。私、覚悟が足りなかった。ごめんなさい。ガードナーのために、もっとしっかりと王族としての自覚を持つわ。そして、どんなことが起きてもあなたについていきます」
王子様と結婚してめでたしめでたし。現実ではそんな風には終わらない。
辛いことも苦しいことも全て引っくるめて最後には幸せな人生だったと笑えるように、アーネストと共に歩んでいきたい。そう願うメアリだった。