「男」と「私」
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「ん…ここは…」
ふと、目を覚まし、起き上がる。
辺りは真っ暗で、自身が先程まで横になっていたベッドと見知らぬ大きな鏡。
それ以外は何も見えず、混乱しそうになる。
「……落ち着け…さっきまで…何をしてた…?」
呼吸を整え、記憶を巻き戻していく…
まず名前からだ、俺は…「柏木 思楼」…
…大学から自室に戻ってレポートを書いていた…
…そこから……そこから……?駄目だ…思い出せない…
…そうだ、鏡を見よう、何か思い出せるかも知れない…
そう思い、ベッドから立ち上がり、鏡へ歩いていく、一歩踏み出すごとに「ねちゃ」という少しヌメリ気のある音が聞こえる。粘性がある液体が溢れてるのだろうか…?
気にせずに、とにかく鏡を見る。
鏡に映っていたのは…「理想の自分だった。」
透き通るような白い髪、しなやかな猫の耳、鋭い猫のような赤い瞳、黒を基調としたスーツを身に付け、白い手袋をつけた青年。名前は…「ヘヴン・デエス=ソルセルリー」。
……そう、鏡に映ったのはあくまでも理想でしかない、ましてや、その理想は多感な時に考え付く「厨二病」としか言えないもの…俗に言う「異世界転生」だとでも言うのだろうかと思い、自身の手と衣服を確認する。しかし、そこには手袋は無く、野暮ったいジャージ、ポケットにスマートフォンとメモ帳があるのみだった。
……「不思議だ…」そう思い、目の前の鏡に触れる。すると、鏡が輝きだし、目を開けられなくなる。
「…待ってたよシロウ」
輝きの中からそんな声が聞こえた。
目を開けると、鏡と自分の間に「男」が立っていた。『透き通るような白い髪、しなやかな猫の耳、鋭い猫のような赤い瞳、黒を基調としたスーツを身に付け、白い手袋をつけた青年。』その「男」は、笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。
…誰だ?どちらにせよ、眼前の人物が危険であるとは考えられた。高確率で「自分をここに閉じ込めた人間」であるのは明白だ。
とりあえず数歩下がり、身構え、眼前の「男」に問いかける。
「誰だ、あんた…」
そう聞くと、目の前の「男」は、少し悲しげな表情をした後、取り繕うように笑みを浮かべ
「…そうか、やっぱり忘れちゃったか…ポケットのメモ帳、最初のページを見てごらん。」
「男」はそう言うと、更に離れた位置に下がった。あの位置ならばすぐに手は出せないだろう。
ポケットの中にあるメモ帳を開く、そこに書かれていたのは「キャラクターシート」だった。そこに書かれていたのは「ヘヴン・デエス=ソルセルリー」という魔法使いの詳細と自分との関わりについてだった。どう言うことかと聞こうとした時、「男」が語りかけてくる。
「そこに書いてあるヘヴン…それが僕だ、僕は君の理想であり、決して叶わぬ夢…そして、君を案内するため、世界に選ばれた選定者なんだ。」
…何がなんだか分からなかった。もし、このメモ帳の内容と「男」が同一であるならば、自分はその「男」の事を知っているはずだ、メモ帳の書式や筆跡は確実に自分のものであり、挿絵に使われた雑な絵も自分が書いたものだ。確かに、容姿は完全に一致する。しかし、魔術を使うだなんて非常識だ。魔術などありはしないはずだ。それに、案内?世界に選ばれた?何を言っているのだ…!?
「……はは…混乱するよね…でも…説明は後だ、ここから出るよ」
「男」がそう言うと、何もない空間が引き扉の様に開く、再び目がくらみ、目を閉じてしまう。
目を開く、そこには広大な平原と「私」が知る建築物があった。