第002話 敵は本能寺にあり! 壱之巻
あぁ、……信長様。信長様。お慕いしております、信長様。
その威容。その才覚。最早、人にあらず。まさに魔王の如し。
天下人になるのは、確定的に明らか。
その様な御方には、それ相応の者が必要になるのです。
例えば……、優れた臣下。優れた参謀。優れた剣豪。優れた伴侶。
あら、いけない。全部、私のことではありませぬか!?
立てば芍薬。座れば牡丹。歩く姿は、百合の花。
健康的で。安産型で。忠義者で。安産型で。多芸者で。安産型で。
このわたくし以上に、伴侶に相応しいものなど──
「猿~! 猿は、おらぬか!」
「ははっ! 暫し、お待ちを! ……もぐもぐもぐっ!」
さ、さぁる~ぅ!? 私の人生設計を邪魔しないでくれるかしら!?
信長様を蔭から護衛しつつ、桃色の人生設計を立てていたと言うのに!
「何を食っておるのだ、秀吉?」
「草で御座います! ……食べられる草で御座いまする!」
……!? あいつ、草食べても平気なの!?
何て、健康的な奴なのかしら!?
……い、いいえ! 私の方が、健康的ですとも!?
く、草なら私だって……たべ……たべっ……食べられるわけないでしょ!?
「何故、言い直した。いや、まあ良い。供をせよ。お忍びである」
「お忍びですか? お市様もですか? それとも、二人っきりですか?」
「……いや、二人っきりだ。お市は、ちょっとな」
「そうですか……。それは、残念無念です」
二人、……きり? 二人っきり? 信長様と、二人っきりぃ!?
ちょっと、猿! そこ、代わりなさいよ!
「信長さまぁ……。二人っきりじゃ、寂しいですぅ」
「……と言われてもなあ。誰か、おるか!?」
居ります! ここに、居ります! お願い、気付いて! 信長様!
影ながら護衛に努める、お光がここにいますよ!
「いませんねぇ……。まるで、幽霊屋敷です」
「ふむ……? 本当に、誰もおらぬのか?」
「そう言えば……。何やら、お市様がしていたような?」
「……ん? 何か、言ったか?」
「いいぇ、何も。……そう言えば、口止めされてましたですよ」
信長様と、あんなに密着して!
猿の癖に! 猿の癖に! 猿の癖に! ……それと、言葉遣い!
……少し、落ち着きましょう。
こういう時のために『予定帖』を付けているのですから!
見てなさいよ、秀吉!
あんた何て! ああして……そうして……、こうしてやるんだから!
「……お市か。いや、まあ良い! 厩へ、行くぞ!」
「は~い! 信長様の為なら! 例え、火の中! 水の中! 本能寺の中ですよ!」
「いや、壊れるから。そんなことしたら、壊れるから。余の本能寺が、壊れるから」
……あら? 信長様は、何処へ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
──城下町
「信長様? そう言えば、目的地はどこなのですか?」
「号外に載っておった、新進気鋭の茶屋だ。勿論、南蛮渡来だぞ?」
「ほほぅ? それは、楽しみで御座いますです!」
はぁ……はぁ……っ。やっと……、追いつい……た。
それと、猿……。あんた、また……言葉遣いが……変に……。
信長様は……兎も角、猿にも追いつけないなんて。
あ……、あの猿。前より……も、馬を……乗りこなしてる……わね。
その所為で、追いつくのに……。時間が、……掛かったわよ。
それよりも、今の話……。茶屋か……。茶屋ね……。
調度、良いわね……。護衛任務で、私も喉が……渇いたわ。
「頼もう! 魔王信長の来訪である!」
「頼もう! 家臣秀吉の来訪である!」
「おや? どこぞのフール殿では、ありませぬか? お久しぶりデース!」
「……む? 誰かと思えば、河童ではないか!?」
「お下がりください! 信長様! こやつめは、妖でありまする! どう見ても、化生の類でありまする!」
……ふっ。猿の癖に、やるじゃない。あれは確かに、妖よ。
それを見破るとは、あっぱれだわ。
この私が信長様の伴侶となった暁には、飽きるまで可愛がってあげるわ。
うふ、ふふふっ。あはっ、あはははっ!
「おかあちゃん? あの人、どうして高笑いして──」
「しっ! 見ちゃいけません!」
……喉渇いて、頭おかしくなりそぅ。
竹筒……、竹筒。……無い。あぁ、そうだったわねぇ。
急いで追いかけたから、無いんだったわねぇ……ふふっ。
……あそこにあるのは、南蛮渡来の『さんぐらす』では無かったかしら?
変装には、持ってこいよね。
御釣りは、いらないわ。これを頂戴な。
……いらないって、言ってるでしょ? あぁ、なら竹筒を寄越しなさい。
勿論、水入りでね。
……はぁ? まだ、足りない? ならそれで、栄養のあるものでも買いなさいな? あんたの嫁さん、身籠ってるんでしょ?
……ちょっと、男泣きなんてしないでよ? 嫁さんに笑われるわよ?
お忍び中だから、名前は呼ばないでよ。……光子って言うな!
……え? 何で、嫁さんのこと知ってるのかって?
信長様の家臣なら、これ位の情報収集は普通でしょ?
早く戻らないと、信長様が危ないわね。
あぁ、まだ睨み合いの途中みたいね。どうやら、間に合ったようね。
「とにかく落ち着け、秀吉よ? こ奴は確かに河童だが、妖では無いぞ?」
「いいえ! 妖で御座いまする! 蒼き瞳に、白き肌! 金色の髪に、人外の胸! ……人外の胸! これを妖と言わずに、どう言いましょうぞ!?」
えぇ、えぇ! その通りよ、猿! 良く分かってるじゃないの!
あの乳こそ、化生の証! 魔道に堕ちた、乳! 即ち、魔乳!
気高き益荒男をも魅了する、天上の乳上!
我ら大和撫子が、砕くべき物!
「河童よ。こ奴は、脳みそまで猿なのだ。あまり、気にするな」
「大丈夫デース! 日之本人は、日傘を差してるだけで『河童』呼ばわりシマース! これ位、どうってこと無いデース! それと、ワタクシのことは『フランソワ』と御呼び下サーイ! 前にも、言ったはずデース!」
「はっはっはっ! そうであったな、フランソワ!」
あ……あぁ? 信長様? 信長様!?
魔王たる御方が、魔乳に屈したとでも言うの? ……嘘、嘘よぉ!?