第001話 懐で温めておきました
「……猿! 猿は、おるか!?」
ははっ! ここに、おりますです! 一体、どのような御用件でしょう?
「どのようなも、何も! 余の宝が盗まれたのだ!」
なな、何と!? それは緊急事態では、御座いませぬか!?
くっ!? 一体だれが、そのような大それたことを!! 大それたことを!!
……して、その宝とは?
「南蛮渡来の『あいすくりいむ』に、決まっておろう!」
なななな、何ですとぉ!? あの『あいすくりいむ』ですと!?
あらゆる乙女を骨抜きにする、あの『あいすくりいむ』ですか!?
「そうだ! その『あいすくりいむ』だ! 三時のおやつに、取っておいたやつだ! 余が、楽しみにしておったものだ!」
場合によっては、城すら傾く『あいすくりいむ』! あの『あいすくりいむ』!?
……それなら、ここに有りますよ?
「なん、……だと? どこだ! どこにある!?」
あぁ、信長様! 慌てて庭を見回す信長様も、かっこよいです!
その子供っぽい所も、かっこよいです!
「何故、二回言った? それと、言葉遣い」
大事な事だから、二回言いました! 言葉遣いは、信長様を見習いました!
「何を見習った!? 何をだ!? いや、それはどうでもよい! 大事なのは『あいすくりいむ』の方だ!」
そうですよ、信長様! 『あいすくりいむ』以上に、大事なものなど有りませぬ! 有りませぬったら、有りませぬなのです!
「……猿! 『あいすくりいむ』の在処を知っておると、言っておったな?」
ふっふっふっ! よくぞ、聞いて下さいました!
こんなこともあろうかと! 懐で温めておきました!!
ささっ! どうぞ、お召し上がり下さいませ!
「……溶けておるのだが? それ以前に、殆どないのだが?」
……はっ!? 中身なら、ここに有りましたよ! 信長様!
秀吉の懐に有りますとも!
ささっ! どうぞ、お召し上がり下さいませ!
(……え? ほわい? これひょっとして遠回しに、余に『ぷりん』を献上してるの? 『でざあとは、わ・た・し♪』ということなのか!?)
どうしたのですか? 信長様?
……はっ!? そうか、そう言うことなのですね!!
少々、お待ち下さい! 信長様! 直ちに、毒見を致します!
──ぴちゃぴちゃ♪ ぺろぺろ♪
「…………ぶふぅ!?」
の、信長さまぁ!? 一体、どうなされたのですか!?
毒ですか? 毒を盛られたのですか?
「毒と言えば、毒かもしれぬ。……がはっ!?」
の、信長さまぁ!? ……こ、これは!?
信長様の本能寺が、変になっていらっしゃる!?
このままでは、炎上確実!
……はっ!? 確か、聞いたことがあります!
殿方は、その身に毒を宿すものだと! 定期的に、毒抜きをせねばならぬと!
それを怠れば、永劫無窮の苦しみに身を焦がすことになると!!
……まさか? 毒とは、そのことなのですか!?
「い、いや……。そう言うことではなく──」
……承知しました。
この秀吉。全身全霊で、本能寺を鎮めて見せましょう!
「ま、待て! その必要は無い!」
……信長様!? 何と、奥ゆかしい!!
ご遠慮なさらずに! この秀吉、覚悟完了形で御座いまする!
その汚濁! 全て、飲み干して見せましょうぞ!!
「飲み干す!? 何を飲むつもりだ!? それと、言葉遣い!!」
この秀吉! 信長様の家臣として、清濁併せ吞む覚悟は出来ております!
「清濁とは、そう言うことではないぞ!?」
こんなにも、本能寺が変になっていらっしゃるのに……。
そうまでして、この身を案じて下さるとは!
「いやいや!? 余は、そんなつもりは──」
この猿めを慮って下さるのですね! あぁ、御労しや……。
ですが、もはや猶予はありませぬ!
このままでは、第六天魔王が降臨してしまいます!
それでは、六道天魔の天下となりましょうぞ!
早急に、本能寺を鎮めなければ! ……なければ!
こ、これが……信長様の本能寺!? なんと、逞しいのでしょう!?(戦慄
「や、止めろ! 止めるのだ、猿! 着物越しでも、それは『あうと』と言うものだ! ……くっ!? このような所、お市に見られでもしたら──」
「お兄様? 先程から、何を騒いで……」
「…………お、お市!?」
おや? お市殿では、御座いませぬか?
……ええっと? ご機嫌ようで御座います?
「えぇ、ご機嫌よう。ところで……、秀吉? これは、何の騒ぎですか?」
「あ……いや……、これはだな? 深いわけが、あってだな?」
「吉子? 何があったのか、詳らかにしなさいな」
ええっとですね? 信長様が本能寺で、毒抜きで『あいすくりいむ』をですね?
……お市様? どうなされたのですか!? お市様!?
まるで、塵でも見るような瞳で信長様を……。
「女子に……? 本能寺で……? 毒抜きで……? 『あいすくりいむ』を……? ふふっ……、うふふふ」
「お、お市?」
「黙りなさい。この愚兄が。……誰が、口を開いても良いと言いましたか?」
「あ、はい。黙ります」
お市様? ……はっ!? ひょっとして『せえりつう』という奴ですか!?
秀吉は軽う御座いますので、良く分かりませぬ!! 分かりませぬ!!
「よしよし、吉子。お馬鹿さんの吉子。お前は、後で御仕置きだ。……ほら、喜べ♪」
わ~い! 後で、お仕置きだ~! ……ところで、お仕置きって何です?
秀吉には、分かりませぬ! 分からないったら、分かりませぬ!
「今の内に──」
「何処へ行こうと言うのかしら? ……お・に・い・さ・ま?」
「ひぃ……!?」
あのぅ? お市様? 秀吉は、どうすれば?
「……吉子。お前は、全裸待機だ♪」
全裸、……待機? 全裸で……? 待機……?
なるほど! 湯殿で、待機すれば良いのですね! 背中を御流し致します!
「……来い! 日吉丸!」
ははっ! ここに、おりまする! 目の前に、いるじゃないですかぁ!
さては、南蛮渡来の『じょうく』と言うものですね?
「そっちでは、ありません。お猿さんの方です」
だから、ここにいますよ? お猿さんは、秀吉ですよ?
大丈夫ですか? お市様?
「おい、秀吉!? 余の妹だからとて、天才とは限らぬのだぞ!?」
────ブチィ!
「もう、良い。猿の手は、借りぬ。この私が、手ずから葬って差し上げます♪(にっこり」
「あっ……やめ……!? 引きずるな!? 血が出る!? 尻から、血が出るから!?」
信長様~! お市様~! 御達者で~!
後で御背中、流し合いっこしましょうね~! お市様~~!
──ちょ!? おまっ!? アァァァァァッ!?