私、死んだのか
彼女の目の前には奇妙な光景が広がっていた
「あれ?、私が…倒れてる?」
自分が床に仰向けに倒れ
飲みかけのペットボトルから
こぼれたであろう茶色い液体が
床に広がっいた
彼女は明らかに倒れてるいるであろう
己の姿を鏡などに映し出された
物でなく
はっきりと第三者目線から見ていた
不思議な夢を見るもんだと少し考えて
いるがどうもおかしい…
夢にしては意識がはっきりしているし
見渡す限りたしかに自分の部屋だと
確信が持てる
これが白昼夢ってものか?
「まぁ、疲れてたしなぁ…」
ぼそっと呟いたその言葉は
鎮まりかえった深夜の部屋に
嫌に重たく響いた
「四條あやねさん…ですね」
「!?」
突如玄関から物音立てずに
入ってきた何者かに
声が出なくなっていた
黒いスーツを見に纏った
若い男性だった
彼は少しニコッと微笑み
話かけてきた
「あぁ、突然で驚かれましたよね…
すみません…怪しい者ではございませんので
ご安心ください」
自分の部屋に突如現れた
何者かを
どう怪しむなというのだと
内心思っているが
多分夢だろうという気持ちが
彼女を少し冷静にさせた
「あ、はい私は四條あやねです
えと…どちら様でしょうか?
そしてこれはいったいどういう
状況なのでしょうか?
何かご存知でしたら教えて
頂きたいのですが…」
夢だとしても
我ながら冷静な質疑だなと
関心していると
黒スーツはニコッと笑いながら
答えた
「まずは一つ目の質問からお応え致します」
「この度四條あやねさん
貴女の死出の旅支度をサポートさせていただきます
死神協会から派遣されました
『天草』と申します」
「はぁ…死神協会の天草さん…」
ふと彼女は疑問に思った
死神協会?
死出の旅?
シデノタビ?
聞き間違いか?
「二つ目の質問にお答えしても?」
「あぁ、えと、すみません、お願いします」
「では、単刀直入に申し上げますが…」
「四條あやねさん…貴女は死にました」
少しの沈黙が続いたあと
彼女はふと思った
私が?死んだ?
私が死んだことを私自身が告げられた?
「死んだって言うのは…どういう…」
「文字通りの意味ですね
貴女の肉体が生命活動を止めました」
「じゃあ、身体がそこにあるってことは
今の私は幽霊かなんかってことですか?」
「そうなりますね、厳密には魂と言い換えたほうが
いいですが…」
「そっか…私、死んだのか…」
「…」
「え?私死んだの?…」
「はい、たった今」
「ほんとに?」
「ほんとです」
「夢とかでなく?」
「まぁ、信じがたいことではありますが」
「てか、何で私倒れてるんだっけ?
あれ?色々思い出せないな…」
「亡くなられてすぐは記憶に混乱が
見られるのはよくあることです
少しずつ、思い出してみてください」
何か冷静に己が死んだことを
突きつけられると
少しイラッとしていたが
彼女は冷静に質問した
「えと、天草さん?でしたっけ?
因みに私の死因ってなんでしょうか?」
「あぁ、はい…ではお伝え致しますね
四條あやねさん
貴女の死因は
『過労死』です」
「過労死…そっか、過労死か…」
なるほど過労死ね
彼女は何か、納得したように
諦めたようなそんな表情を
浮かべていた
自分が死んだことを告げられたにしては
割と冷静でいられたのは
恐らく思い当たる節があったのだろう
「あー、段々思い出してきたわ」
今日も遅くまで
仕事してから
そうか、死んだのか…
今日、私は…
「死んだのか…」
『四條あやね』26歳
大手広告代理店勤務
死因 過労死
1日前
午前5時半
アラームの音に無理やり身体を起こし
鏡の前に座る…
昨日も終電で自宅に戻り
就寝したのは2時間前
ここ数ヶ月はこんな日々を送っている
彼女の目の下には疲労の痕迹がくっきり
浮かび上がっている
「はぁ、眠い…」
玄関の郵便受けには
公共料金の支払いの紙やら
最近できたピザ屋のチラシやらで
ごった返していた
そんな中一際目立つ小綺麗な
封筒が1枚
「あぁ、あの子結婚したんだっけ」
式へのお誘いはありがたいが
今は他人の幸せを祝福する
体力も精神も持ち合わせてない
彼女には少しも
気持ちを動かされない
紙切れにすぎなかった
「祝ってやりたいのはやまやまだけどね
今は……やばっ、時間だ…」
疲労の痕迹を化粧で何とか誤魔化し
睡眠不足の身体を引っ張り
玄関を出た
通勤片道1時間
駅の改札を抜け少し歩き会社に着いた
「すでに帰りたい…」
ネガティブ発言を一人呟き
オフィスに入りスイッチを切り替える
「おはよーございまーす!」
我ながら見事な切り替えだなと
思っていると
「あやねちゃん、昨日の任せた資料
できてる?」
ここのところ
ほぼ、毎日のように聞きたくないなと
思っている声に呼ばれた
「あっ、はい昨日作成しておきました
こちらになります!
確認お願いします…課長」
「うん、ありがとね…」
課長に資料を渡しデスクに着いた
溜まってる仕事を今日も頑張って
減らしていこう…
そんなことを考えていると
「あやねちゃん…ちょっといいかなぁ…」
あー、まただ
課長の無駄に長くて人格否定からはいる
説教タイムが始まる…
彼女の1日は基本的にここから
始まる
午後6時
「じゃあ、帰るけど資料直しておいてねー」
課長がオフィスを出て
自分一人になり
賃金の発生しないボーナスステージが
始まる。
「また残業かぁ…」
今日帰れるかなぁ
とりあえずがんばろ…
意気込んでコーヒーでもと自動販売機のある
休憩室に向かおうとしたとき
ガタンッ
突如足に力が入らず後ろに
尻餅をつく形で転んでしまった
「っつー…あれ?、寝不足が足にきたかな…」
一時的なものだったのか
さっきの一瞬だけ力が抜けたが
普通に立てる
「そろそろ疲れが溜まってきたかな」
今日頑張って早く終わらせて
睡眠時間を確保したいところだ
午後11時
「んーっ終わったぁ…」
誰もいないオフィスに彼女の呟きが
響く
「帰ろ…」
パソコンの電源を落とし
帰路に着く
電車の中で
招待状一応欠席で返送しておくか
せっかく誘ってもらっておいて
無視はよくないかな
なんて今朝のことを少し思い出しながら
暫し眠りについた
午前1時
「ただいまー」
もちろんおかえりなんて誰にも
言われることなく彼女の
言葉は虚空に消えた
「今日も1日ご苦労様、私」
スーツを脱いで
メイクを落とし
シャワーを浴び
今日はなんだか
いつもより身体が重たいな
食欲もないし
夕飯はいいかなどと考え
冷蔵庫から飲みかけのお茶をとり
一口飲んだ
「あれ?」
ふと足に力が入らなくなる
直後彼女は意識を失い
その場に倒れた…
飲みかけのペットボトルから
こぼれたお茶が
トクトクと静かに
床に静かに広がっていた
午前2時
四條あやね
彼女は26の若さで人生の幕を閉じる