No gifted brave~贈り物なしの勇者~
生前のことはあまり覚えていない。思考がボヤけている。辺り一面白く囲まれた部屋というのもそれに拍車を掛けている気がする。覚えているのはあまり体が強くなかったということと、本で見た勇者に憧れていたことくらい。そして多分もう生きてはいないのだろう。生前という言葉が頭に浮かんだ時、なんとなく理解した。
「ご機嫌よう。こうして君と話すのも数え切れないくらいなんだけど、ここまで楽しいのは初めてだよ」
いつの間にか目の前に銀長髪の男の人がいる。俺より少し年上かもしれない。それより、死後の世界で何度も話すなんて、まるで……
「君は察しが良いね。僕はアレだよ。なんてこったって時に叫ぶアレ」
神様という言葉を言う前に目の前の男が話を続ける。もしかしたらそう呼ばれるのが好きじゃないのかもしれない。
「ビオトープって知ってる? 人の手を加えないで、ある程度生態系が安定する空間って言うのがあるんだけど、僕にとってのビオトープは君の住んでる世界そのものなんだよ」
普通だったらここら辺で話を聞くのをやめるべきなんだろうか。
「いやね、今回は君を別のビオトープに移し変えようと思うんだ。というのも、どうにも君は上手く生き延びてくれないというか、一人だけ連続して不公平を被ってる。もちろん記憶も実感も無いだろうけど、これって結構問題なんだよね」
「俺を、別の世界へ?」
死んだ後は天国か地獄へ向かうものでは無いのか。あいにく今までの記憶は無いので知らなかったが、今回はあまりに突飛な提案をされて、思わず声を漏らしてしまった。ところで、毎回消していると思われるこれまでの記憶はいつ無くなるのだろう。
「別のビオトープに移すと言っても、これはこれで特例中の特例だからね、記憶はそのままで一つくらい好きなこと言ってごらんよ。叶えて移してあげるよ。容姿でも、武力でも良いよ」
「勇者。勇者が良い」
俺にとって勇者と言うのは、スポーツ少年のプロ野球選手と言うような物に近かった。本で読んで、外に出るのもままならなかった俺の憧れの対象。
「勇者か……たまたま次のビオトープはそんな世界にしようと思ってたところだけど……あ、そうそう、君が長年苦しめられてた病気は、今度の世界には存在しないから、もうかかることは無いよ。というか、今までの延長線上にある新たな生活だと思って楽しんで来なよ」
「ありがとうございます。ところで、割と普通な見た目なんですね……その……」
俺が言いづらそうにすると、目の前の男は気さくに笑って答える。
「ああ、まあこれが本当の姿ではないからね。見せても良いけど、見ると目が見えなくなっちゃうし、それじゃ困るよね」
「は、はい」
心の底から信じられる物ではないけど、とりあえず納得しておこう。これまでのこと含めて。
「長くなったけど、目を閉じてリラックスしててね。さっき話した本来の姿に戻るから。目を開けるタイミングは……自分でわかると思うけど、ここじゃない場所に来たと思ったら開いてね」
「ここじゃない場所?」
「まま、さあさあ楽になって~」
誘導されるまま目を閉じる。間違って開いたらどうしようか。
「勇者みたいに勇ましいとか勇気があるってのは人間の感情の問題であって、感情を操作すると別の人格になっちゃうんだ。そういう意味では君には何もあげられなかったけど、身体だけは少し強くしたから頑張って生きてね」
あの人が何か喋っているが、すごく遠く感じる。別の世界とやらに行く途中なのだろうか。お陰で何を言ってるのか全く分からない。
「あのーすいません、そこを退いていただけませんか?」
「は、はい! すいません!」
声をかけられ反射的に飛び退く。同時に目を開くが、そこは前にいた白い部屋でも生前? よく見た病院の一室でもない。昼下がり、バスケットボールのコートくらいの広場のような場所だった。四方は道が繋がってて、植えられてる木の間からは二階建てくらいの西洋調の家が見える。話しかけてきた子以外にも人がちらほらいる。
話してきた人はどうやら後ろにあった掲示板を見たかったらしい。
「あれ、この掲示板を見に来たんじゃないんですか?」
「え? ……ああ、すいません。始めてここの地に来たもので、一体どういう掲示板なのか分からないんですよ」
まあ、間違えたことは言ってないよね。この地というか、この世界だけども。
「ここにあるのは魔物討伐のセミナーというか……近くの洞窟にゴブリンが住み着いたので、ベテランの冒険者が倒すのを見学できるんだ。あ、あそこにいるのが講師の武浪のベルサークさんだよ!」
広場の隅で空を眺めている無精髭の男性がいる。俺なら自分の広告を見て、目を輝かせてる子供二人がいたら笑顔で手を振っちゃうし、髭もちゃんと毎日剃るけどな。
「見学ね……それって楽しいの?」
「楽しいさ。なんなら一緒に見に行くかい?」
死ぬほど馴れ馴れしい気がするけど、同級生との関わりが少なかったせいでこれが普通なのか分からない。ベルサーク……ベルさんは掲示板の方に歩き出した。隣の子が目を輝かせてる。名前なんて言うんだろう。
「ところで君、名前なんていうの?」
「君たち、名前を聞いても良いかな?」
おっと、ベルさんと被ってしまった。まあ、先に名乗ってくれるよね。流れ的に。
「僕はクライネンって言います! 横の子は……知りません!」
待て待て、俺だって自分で紹介くらい出来るってば。俺の名は……
「俺の名は……何だ?」
「ナンダっていう名前だったんだね」
「古典的なおふざけをしないでよ。えーっと、クライネン」
クライネンと会話をしつつベルさんを見ると、一瞬驚いたような表情になったがすぐに消え去り、不敵に笑った。
「少年……家はあるのか?」
「無いぞ。無いです」
「そこは即答なんだ」
答えたは良いものの、この世界はバイトとかどう募集してるのだろうか。さっきから車の一台も通ってないけど、文明のレベルが低いのかな。俺も車の作り方なんて知らないけど。
「良かったら俺について来ないか?」
「これはチャンスだよ! 羨ましいなあナンダ君!」
「ごめんクライネンうるさい」
でも昔、知らない大人に着いていくなって親に言われたんだよね。父さん母さん先に死んでしまって申し訳ないな。生きてるけど……
「そうだな決断できないなら見学会が終わるまで考えてくれてもいいぞ。二人とも金はとらないよ。どうせお一人は金も持ってないんだろう?」
チラリとこちらを見るベルさん。クライネンは口を結びこちらをガン見している。顔がうるさいと言いたいが、我ながらそれは酷いのでやめよう。
「そうですね、待ってもらえるなら待ってもらいたいです」
「承知した。俺は用事があるので宿に戻る」
「あと少ししたら見学会だ。ワクワクしてくるなー!」
行くあても金も無いので俺はここから動く気はないので、広場の他の子を観察してみる。
「ブルーノを見てるのかい? 良い趣味してるね~」
だんまりを解除したクライネンがひそひそ声で再び喋りかけてくる。今の俺の視線の先には身長も横幅も大きい男かいる。大人と比べても遜色ない体積だが、首の上に乗る顔の幼さから、大体俺らと同年代だろうか。どうやらクライネンはあまり良いイメージは無さそうだ。
「あいつは親から甘やかされた分を全て無駄に消費したような奴で、自分も他人も足を引っ張るから近付かない方が良いよ」
知り合って浅いというか、まだ出会って間もないわけだが、クライネンがこんな物言いをするのは少し意外だった。よほど嫌な思い出でもあったのだろうか。
「こんなところにいるのもナンだし、西にある時計塔にでもいかない? というか、名前以外は忘れてない?」
どう答えようか。全て忘れたと言うのは楽だけど、家は無いことは答えちゃったからな……
「故郷がここ以外と言うのは覚えてるが、どうやってここに来たかとかは忘れた」
「えー、めんどくさい人だねえ」
お前が言うな。
「呼び方いつまでもナンダじゃ不便だし、なんか適当な名前になってよ」
ナンダは一人しか呼んでないんだけどな。実際に名前がないと不便だし、名前を考えるか……
「ギザギザで」
おかしい。どんな名前を言っても何かしら喋ってくると思ったのに、日差しに当てられたのか目頭に手を当てている。
「俺の名前は、ギザギザにします」
「やめて! ガルスとかどう? 昔のこの町の冒険者の名前なんだけど」
「えー、いかつくない?」
「ギザギザよりマシだと思うけど」
「じゃあガルスで良いや。クライネンの感性を信じよう」
ガルス。ガルスか……昔、ガルスはどんな冒険をしたんだろう。
「じゃあ時計塔に行こう! 知らないなら一回は見といた方が良いよ! でっかいからね」
「あまり興味ないけど、そう言うなら行ってみよう」
クライネンが楽しそうだし、一緒に見に行こうか。
「はい、ここが時計塔ね」
塔というだけあって流石に高い。周りの二階建ての家を五個くらい積み上げたら同じくらいかも。
「それじゃ、登るよクライネン」
「え、今から登るの? それは疲れるし、止めといた方が……」
「じゃあ一人で登ってくる」
明らかに登りそうにないクライネンを置いて、階段を駆けていく。正直のところ、この世界に来て体力が湧いてくるようだった。どれくらい持つのか自分で把握しとこうと駆け出したのだった。
「流石にずっと……やりすぎた」
階段を掛け上がり、巨大な時計の裏側に来た。だが、もうバテバテで景色をちらっと見て戻ろう。クライネンが迷子になるかもしれないからな。
『ゴーン、ゴーン』
「ひえっ!」
巨大な時計が鐘を鳴らす。鳴らすなら鳴らすと言ってくれれば良いのに。多分十二時から二時までのいつかだろうが、分からない。この世界に来てまだ浅いからしょうがないな。さて、クライネンの元に戻ろう。
「おかえり。割とタフなんだね、ガルス」
「……ああ、俺か。ごめん」
いまだに名前に反応できない。さっき決まった名前が馴染まないのも当たり前だけど。
「そろそろ時間だね、戻ろう。今度色々案内できるといいなー」
「お、お前ら来たな。始めるから、参加するならそこの木刀を持ってってくれ。正直無くても良いが、これがあるとウケが良いんだ」
少しぶっちゃけられたが、言われた通り木刀を持つ。周りを見渡すと、俺らを含めて全部で八人くらいの子が木刀を持っている。その中にはブルーノもいる。相変わらず大きい。こんなんで日銭が稼げるのだろうか。
「んじゃ、広場の東、平原に行くぞ! 魔物は対処するが、迷子になっても知らないからな!」
そう言うと、ベルさんが歩き出す。初っぱなから目立ちたくはないので、後ろの方を歩く。ブルーノは最前列でベルさんの隣を歩いている。性格の違いだろうが、すごい肝が太いな。
「こっちは町の外れで、そこから家がないだろう。ここを真っ直ぐ行ったところに天然の洞窟があるんだよ」
周りを見回す俺に説明してくれるクライネン。やっぱうるさいけど良いやつだな。
今回はその洞窟に住み着いたゴブリンを倒すのか。
「僕らは木刀だけど、ベルサークさんは真剣を持ってるね。戦いになると剣を抜いて戦うのかなあ」
よくよくベルさんを見たら、頑丈そうなロープも担いでいる。ゴブリンを縛るのかな。
「今回見つかったゴブリンは五体らしいが、完全に外敵を排除するまで俺の前にも離れもするなよ!」
歩く途中で注意喚起を促すベルさん。主に横を歩く子に気を付けてほしそうだったが、あまり意味がなさそうだ。道はレンガからただの土にかわってしばらく経つ。もうそろそろだろうか。
「あー、目的地が見えてきたが、ここでおさらいな。俺の前にも出ない、離れもしない、迷子にならない。良いな!」
みんながはーいと礼儀正しく答える。クライネンも元気よく答える。こういうところでしっかり自分を出せるのは良いことだ。
「そうそう、今回の洞窟の作りは一本道で四人掛けの椅子を二つ横に並べたくらいの広さだから迷いはしないだろうが、足場が悪くなってて閉鎖されてるところもあるから、あまり奥には行くなよ」
ベルさん、あれだけペラペラ出てくるのも大したもんだなあ。そんなこと言っている間に洞窟だ。横に差してある松明で視界は確保できるが、こんな時に誰が取り替えているのだろう。
「ガルス、洞窟内は冷えるね」
「ああ、そうだな」
実際のところゴブリンなんてもの見たことはないのだが、クライネンとか他の子は見たことあるのかな。
「クライネン、魔物って見たことあるの?」
「昔コボルトは見たことあるけど、ゴブリンはないなあ。写真だけだね」
なるほど、見たことはないんだ。っと、先頭にいるベルさんが足を止め、口元に人差し指を当ててこちらを見ている。先の方は道がうねってて良く分からないが、大方ゴブリンが見つかったのかな。そのまま横に広がって並ぶよう合図されたので、前の方で横列になるが、動物園にいても一週間で売り飛ばされそうな醜悪な生き物がいる。皮膚が緑の生物は、昆虫とか爬虫類とか小さい生き物で見慣れてるから、成人した男性より大きいゴブリンが緑色なのも、気味悪いポイントが高い。
「一、二、三……五体いるな」
左右の松明に二体ずつ興味を示していたり、奥ではコウモリを食べようとしてる奴しかいない。完璧に自室でくつろいでる感覚なのか。
「よし、しっかり見とけよ!」
弾かれるように飛び出したベルさんは、持ち手の端でゴブリンの頭と壁を激突させ、ゴブリンは手にもったこん棒を振ることなく地面に崩れ落ちた。
異変に気づいた側のゴブリンはこん棒を振りかぶったが、振り下ろす直前にフルスイングの峰打ちをくらい、倒れて痙攣している。
真ん中のコウモリを食べようとしていたゴブリンは、周りの雑音にも我関せずと言ったかんじにそのまま座って食事に入っているが、鉄の防具を着けた踵落としをもろにくらい動かなくなった。あれが最期の晩餐とか嫌だな。
「ラス二だな! 地味だが効くぜ!」
味方を倒され激昂して襲いかかってくる二体を前に、口元を覆いなにやら呟くベルさん。
「激突しな!」
突如として壁に飛んでいくゴブリン達。頭が変な方に傾いてるし、あれは即死だろうな。
「終わるときはあっけないもんだ。そうだろ、見学者のみんな」
事が終わり、一拍空いて子供の歓声が湧く。俺も子供だけど、こんなところでワーワー言うよりは大人だと思う。
「クライネン、ずいぶん静かじゃ……あ、なるほど」
お喋りなクライネンが喋らないと思ったら、目を輝かせ、口をパクパクさせてる。そんなに感動したらベルさんも本望だろう。
ベルさん本人はというと、ロープで生きている三体のゴブリンを持ってきたロープで縛り付けている。
「やはり、魔法は加減が難しいな……子供にトラウマが残ってないと良いけど。まあよし、解散! 質問がある子は来い! 広場へは自分で帰れるよな」
割と適当な終わり方をして、初めての魔物退治見学は幕を閉じた。そこで、クライネンと二人で他の子が居なくなるまで待つと、ベルさんが話し掛けてきた。
「で、着いてきてくれるかな?」
「着いていきたい。住む場所ないし」
「あらら、随分消極的な理由だ」
正直ゴブリン退治を見てテンションが上がったとかは他のもっと憧れてる子よりは少ない。
だけど、もっと色んな世界、色んな場所を見てみたくなった。本当に神様が願いを叶えてくれたのなら、勇者として、冒険者として色々な地を回ろうと思った。口には出さないけど、そんなこんなでベルさんには長らくお世話になるだろう。
「短い間だったけど、またねクライネン」
クライネンの方を見ると、なんと目が赤い。中々こみ上げてくる物はあるけど、出会って一日でそんなに悲しんでくれるなんて、こっちも泣きたくなるじゃないか……
「よろしくね、ベルさん」




