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水面鏡

作者: 織部 深雨

 僕は小さい頃お祭りが好きだった。沢山の屋台や花火も勿論大好きだったが、それ以上に祭りの雰囲気が大好きだった。みんなが祭りを楽しむためにやってくるという一体感。みんながみんな笑っていて、僕も母も、いつもあまり笑わない父でさえご機嫌なのが手に取るように感じられた。


「三つだけね」


 それが僕ら家族のルールだった。食べ物とは別に、屋台には様々な遊び場所がある。あたりっこないくじ引き、あたっても落ちない射的、そして金魚すくい。僕は必ずこの三つをすることに決めていた。そして僕は金魚すくいが一番好きだった。


 それが覆ったのは中学一年生の時。僕は両親と三人で毎年の家族行事になっている近所の夏祭りに向かった。いつも通りくじ引きをして、射的をして、最後に金魚すくいのところへ行く。かれこれ十年近く同じ店を利用しているので、すっかり店のおじさんとも顔見知りだ。


「今年もしっかり掬っていけよ。十匹以上掬ったらおじさんが景品をやろう」


 おじさんはそういいながらニッと笑った。これは僕にだけの特別ルール。金魚を持って帰りたいと毎年のように駄々をこねる僕に、母親が一貫して


「拓也が大人になって、命に責任を持てるようになったらね」


 という言葉を投げかけているのを見かねたおじさんが、三年前から僕にだけこっそりこのルールを適用してくれている。だから僕はそれ以来金魚を飼いたいとは言わなくなった。


 さあ、掬うぞ。おじさんからポイを受け取り身構えた瞬間、世界が歪む感覚がした。何が起きたのかはわからない。ただ、何故か無性にこの生き物たちが可哀想に見えたのだ。


「おじさん、このお祭りが終わったら金魚たちはどうなるの?」


 なぜこんなことを聞いたのかはわからない。でも、なぜか聞かずにはいられなかった。おじさんは少し困った顔をしながら、それでも誤魔化すことなく答えてくれた。


「全部捨ててしまうんだ。来年の夏まで育てることもできないしね」


 やっぱりな、という気持ちと共になんともいえない嫌悪感が込み上げた。こんな狭い水槽に入れられて、同じところを泳ぎ続け、突如現れる人間に逃げ惑う。金魚はこの水槽を狭いとは感じていないかもしれない。同じところを泳ぎ続けていることに気付いていないかもしれない。人間に怯えているわけではなく、「未知のなにか」に怯えているのかもしれない。まるで人間みたいだなと思った。


 僕らはこの地球を狭いとは思わず、地球という限られた空間の中で生き、「未知のなにか」に怯え続けている。僕は救わねばと思った。この狭い場所から金魚を救わねば、と。


 その日は一匹だけ金魚を持って帰ることになった。母に頼んだところ、少し気まずそうにしながら静かにうなずいた。


 家に帰って洗面器に金魚を移す。翌日にはもっと広い水槽を買いに行く予定だった。明日になれば持って帰ることができなかった金魚たちは捨てられ死んでしまうのだろう。でも、こいつは違う。選ばれ、生き延びることができる。僕はこいつの名前を考えながら眠りについた。



 翌朝、金魚の様子を見に行って絶句した。金魚は腹を水面にだし、ぷかぷかと浮いていた。死んだのだと、一目でわかった。僕より先にそれを知っていたらしい母は、僕を見るなり


「お祭りの金魚の寿命はこんなものなのよ」


 と悲しそうに言った。


 僕は庭に穴を掘った。野良ネコに荒らされたりしないよう、少し深めに。そしてそっと、金魚を埋めた。


「結局は逃げられないんだね、拓也」


 僕は彼に向ってそう言った。


Fin.


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