若くてイケメンの校長先生があらわれた!
第二校舎内を練り歩くこと10分がたった頃。
「ところで天海さん、私達はどこへ向かっているんですか?」
「は? いや、俺達は神代さんに付いていってるだけだけど……むしろ目的地があって歩いてたんじゃないのか?」
黒髪美人こと神代破魔矢は、分かりやすく呆れた表情をしたが、どうして呆れられているのかはまったく分からなかった。
「詳しい事情を知らない私に、目的地があるわけないでしょう? そんなことも分からないなんて、あなたはバカですか?」
「おい待て、もし俺達に行く宛があるなら先に言うと思わないか? それすら疑問に思わず先頭を自信満々に歩いてたのはどこのバカだっけか?」
「む……バカはあなたです! バカと言う方がバカなんです!」
「なら3回言ったお前の方がよりバカだな!」
「何を言いますか! あなたは――」
「あーストップストップ!」
醜い言い合いをする俺と神代さんの間に、短冊ちゃんが割って入ってきた。
「先輩も神代ちゃんも、子供じゃないんだからさ。今時小学生だってそんなケンカしないよ?」
「うむ……」
まったくその通りで何も言えない。
「か、神代、ちゃん……?」
俺と短冊ちゃんを挟んで反対側に居る神代さんが、何故か驚愕の顔でそんなことを呟いた。
「ん? あれ、神代“ちゃん”じゃあダメだった? 私、名字にちゃん付けで呼ぶのが好きだからそうしちゃったんだけど。もし嫌だったら“さん”にしよっか?」
短冊ちゃんのその趣向は初耳で新鮮だったが、同時に疑問も覚えた。そしてその疑問を、俺はすぐに口にする。
「え、俺のこと天海ちゃんて呼ばないじゃん」
「なんで先輩をちゃん付けしなきゃいけないんですか。先輩は先輩でしょ。別にそんなに仲がいいわけでもないし」
「…………」
な、なんか、すげー傷ついたんだが……。
いや別に俺も仲がいいと思ってたわけじゃないけど、改めてそう言われるとな……。
パンツを探してやってるというのに。
「嫌では、ないです。別に……。神代ちゃんで、構いません」
「うわーなんか神代さん嬉しそー。もしかして友達居なくてそういうあだ名で呼ばれたことないから最初は面食らったけど、じわじわと初めて友達出来たように感じてきて照れつつも嬉しいんじゃないのー?」
「う、うるさいです! 私の心の詳細を語らないでください!」
おお、短冊ちゃんの傷つけられた腹いせに適当なことを言ってやったのだが、どうやら図星だったらしい。
「あの師匠」
今まで黙っていた輪廻が、急に俺に話し掛けてきた。
「ん、どうした?」
「次の目的地はどうしましょう?」
「お、おう、そうだな……」
『羽狩輪廻』と言う名前は変人ということで有名らしいが、俺からするとこいつが一番まともである。
本題から脱線した話を軌道修正するのは、いつもこいつなのだから。
「どこか、心当たりはないのですか?」
平静を取り戻した神代さんが聞いてくる。
「んー、可能性がありそうなところは大体回ったんだよな……」
「厠は行きました?」
「厠? ああ、トイレか。古くさい言い方をするなぁ」
「あ、すみません家の癖で……」
ふーん、神代さんちは古式ゆかしい家柄なのだろうか。
「けどなんでトイレ?」
「え? だって、学校で下着を脱ぐ場所なんてトイレくらいではないですか?」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………zzz」
神代さんのもっともな言葉に、俺達は黙り続けた。
そういうわけで、次の目的地は短冊ちゃんが利用しているであろう第二校舎四階の女子トイレに決まったのだった。
* * * * *
「寄り掛かることもできずに立ち尽くすのはなかなか辛いな……」
というのは俺の独り言である。
輪廻、短冊ちゃん、神代さんが女子トイレを探索中なので、俺は廊下に待ちぼうけである。
本当は壁に背を預けたいところなのだが、音無を背負っている為そうはいかない。
可愛い後輩を潰すのは俺としても不本意なので、ここは我慢である。
「おや、こんなところで何をしているんだい君は」
と、大人びた低い男の声が聞こえたのでそちらを向くと。
「うわ、校長」
「『うわ』とは、私も化け物じみたものだな……」
とか言いながら傷ついた表情をしているのは、この高校の校長先生であった。『大人びた』というか大人である。
校長先生といえば初老の男性をイメージするのが普通(だと俺は思っている)だろう。しかしこの命帝大学附属高校の校長はというと、20代後半くらいに見える茶髪のイケメンなのである。
「いや、すみません。いきなり声を掛けられたもので……」
「女子トイレの前で白い少女をおんぶしている男がいたら声を掛けずにはいられないよ」
「あっはは……」
そりゃそうか。
ちなみに、『20代後半くらいに見える』というだけで、実年齢は不明である。
立場的なものなのか、外見に反して話し方はいたって大人大人している。
「あー、いや……連れがちょっとトイレにこもってるんで待ってるだけですよ」
「そう、なのか。ならいいが、あまり珍妙なことをしているとたった一人の風紀委員に目を付けられかねないから、気を付けた方がいいぞ」
「ああ……はい」
もう目を付けられている。
というか神代さん、一人で風紀委員やってんだ……。本当に友達居ないのかもな。
「それでは私は失礼する。少し急いでいてね。……ああそうだ、君、名前は?」
学校長といえども、どこぞの生徒会長のように全校生徒のプロフィールを把握しているわけではないらしい。まあそれが普通である。
「天海です。天海夕陽」
「ふむ、天海くんか。天海くん、もし星宮短冊さんを見掛けたら…………いや、やはりなんでもない。気を付けて下校してくれ」
「はあ……お気遣いどーも」
俺の言葉に軽く頷くと、校長は足早に去っていった。
短冊ちゃんが、なんなんだ?
俺が首を傾げたのと、ほぼ同時に。
「こうちょー……はじめて、みた」
背中から声がした。
「音無、起きてたのか」
「うん、さっきから……こうちょー、だよね? さっきの」
「そうだよ。って、入学式で見たろ?」
なんかデジャヴな会話だな。
「ううん……わたし、ほけんしつでねむってたの……」
「お前らってそんなんばっかりか……」
「え?」
「いや、なんでもない。まあ確かに、校長がこんなところに居るなんて珍しいけどな」
「うん。ねぇ……こうちょーのなまえ、なんだっけ?」
「おいおい、この学校に通ってて校長の名前も知らないのかよ。校長の名前はな、えっと……」
あれ?
えーっと確か……。
校長の名前は……。
うーん。
「校長の名前、なんだっけ?」
俺が音無の言葉をなぞるようにそう口にしたとき、女子トイレのドアが開き、輪廻と短冊ちゃんと神代さんが中から出てきた。
誰も彼も俺も。
分かりやすく浮かない表情だった。