背中の後輩が可愛い、ただそれだけのお話
「なあお前達、気付いたか?」
とりあえず短冊ちゃんの教室に向かうことになったので、俺と、俺に背負われている音無と追従する輪廻、そして短冊ちゃんは、特別校舎三階の渡り廊下を通って第二校舎へと移動中だった。
渡り廊下を渡りきったところで、先程の天文部で気になることがあったので、それについて眠っている音無以外の後輩二人に意見を聞こうと思ったのだが。
「なんのことでしょうか、師匠」
「羽狩ちゃんに同じ」
「はあ……」
肝心の後輩共はどうやら役に立ちそうにはなかった。
「ほら、さっき天文部でさ、リョーイと話してるとき、なんか感じなかったか?」
んー、と十数秒唸った挙げ句。
「エセ金髪、って思いました」
「確かに天然物のお前からすればそうなんだろうけど、言い方が結構失礼だぞ、輪廻。いや別にいいんだけどさ」
別にあいつに礼を尽くす義理はない。
「顔はカッコいいけど、なんかモテなそうだなこの人って、思った」
「うん、ホントにそうで俺もひそかに憐れんではいるんだが……。ねぇ、お前らって失礼なことしか言えないの?」
やはり短冊ちゃんの人を見る目は確かなようだが、それは別としてさすがに幼馴染みの親友が可哀相になってきた。
「まあ良いじゃないですか先輩、事実なんですし本人に言ってるわけじゃないですし。それより、他になんか気になるところありました?」
「よくぞ聞いてくれた短冊ちゃん。俺が言ってるのはリョーイのことじゃないんだ。その奥、部屋の中からめっちゃ視線を感じたんだ」
「視線? 誰のですか?」
輪廻が小首をかしげながら聞いてくる。
「さあ? ただ、地味だけど可愛い女の子だったから、もしかすると俺に気があ――」
「それはないですね」
「せめて最後まで言わせろ!」
なんで食い気味で否定してくるんだよ、この痴女系アイドルめ。
「いやいや、笑わせないでくださいよ先輩。視線を感じたから気があるのかも? そんなわけないじゃないですか。それ、モテない男子共通の勘違いってやつです。はー、やっぱ類友なんですねー。あー痛い痛い。いいですか? 先輩は別に不細工ではないです。が! けっっっっっっして! イケメンではないです。凡です。それとちょっと目付き悪いです。あと性格は結構クズです。そんな男子が、見ず知らずの女子に好意を持たれるなんてそんな奇跡、明日地球が滅びるよりも起こる確率低いですからね?」
「………………」
ひどい……。
なにも言えない、酷すぎて。
こいつ、本当に俺と知り合って一週間かよ……。
「輪廻、フォロー頼む……」
かろうじて言えたのはこれだった。
「えっと、確かに師匠には男性としての魅力が全然ありません。しかし私は思想家として師匠を尊敬しています!」
「うん……まずお前は、その言葉が俺にトドメを刺していることに気付くところから始めようか。あと俺は別に思想家ではない」
「んん…………うる、さい……」
急に背中からか細い声が聞こえて驚く。
いや違う、俺は音無をおぶっていたんだった。
軽すぎて本当に忘れてしまう。
「悪い音無、起こしちゃったか?」
「うん……まあ、いいけど……。あの……」
「ん?」
不意に背中で音無がみじろぎしたかと思うと、吐息が耳に掛かりドキッとする。
「わたしは、すきだよ。ねごこち、さいこー……です。……おやすみ」
おー……。
うん、なんていうかその、ちょっとときめいた。
寝具感は否めないけど。
でも、悪くはねえな……。
「はい、おやすみ」
「ん? 先輩、なんか嬉しそうじゃないですか? 音無ちゃん、なんて言ったんですか?」
「いい、気にするな。胸の中に留めておきたいことだってあるんだ」
「はあ。まあ別に、そこまで興味はないですけどね」
いやそこは興味持てよ。
「さて、第二校舎に来たわけだけど。短冊ちゃんのクラスは何階にあるんだ?」
「あ、四階です」
「はー、上かよ。なんで上なんだよ。階段昇りたくねえよ」
と言っている俺の目の前に、まさに上に続く階段があるのだが。
「何を年寄りくさいことを言っているんですか、先輩。さっさと行きますよ」
俺のケツを叩きながらそう言うと、さすがに自分のパンツの命運が懸かっている短冊ちゃんは颯爽と階段を駆け上がっていく。
「師匠、私たちも行きましょう」
「輪廻、何気にお前もやる気だよな」
「真理のためです。レッツ部活動です!」
と、綺麗な金髪を揺らしながら意気揚々と階段を上がっていく。
パンツの在り処も、真理の内なのだろうか。
今やっていることが本当に部活動になるのかどうか、甚だ疑問ではあるが、しかしもはや乗り掛かった船か。
ここまで来たら、可愛い後輩の可愛いパンツを探してやるのも、先輩としての役目なのかもしれない。
そうは思いつつも、つい溜め息を吐いてしまう。
背中で寝息を立てている白い少女を一瞥してから、俺はようやく階段の一段目に足を掛けた。
この時に感じていた違和感の正体に、俺はまだ気付こうともしていなかった。