もうひとりの幼なじみ(男)は生徒会長(変人)
命帝大学附属高等学校の敷地はそこそこに広い。
その中にある主な建造物は五つ。
南側にある校門をくぐってまず見えるのが三つの校舎。これは北を上として川の字に並んでいて、向かって左側から第一校舎、第二校舎、特別校舎となっている。
第一校舎には主に第三学年の教室がある。他には職員室、校長室、図書室、それから学食などの校内の主要施設が組み込まれている。
第二校舎のほとんどは第一学年と第二学年の教室で埋まっている。他には幾つかの空き教室があるのだが、今のところは使われていないようだ。
そして特別校舎。ここには美術室、書道室、家庭科室、音楽室、コンピューター室などの特殊な用具や設備が必要となる授業のための教室のほとんどが組み込まれている。
我らが真理探究部の部室として借りている第二科学室もこの特別校舎の三階に位置しているのだった。
各校舎は四階建てになっており、各階には隣の校舎に繋がる渡り廊下が設けられている。
川の字に並ぶ三棟の東側に校庭があり、そのさらに先に、今は通常の授業では使用されない四つ目の建造物――旧校舎がある。
そして最後、五つ目の建造物はというと、これも学校には欠かせない体育館である。
命帝大学、そしてその附属の学校では近年スポーツに力を入れているらしく、まだかれこれ数年前に建て直されたばかりの真新しくばかでかい体育館が、三つの校舎と校庭の北側に鎮座している。
ちなみに夏になれば体育の授業で使われるであろうプールも、体育館内に配備されており温度調節が自由自在なので、冬でも水泳部がジャバジャバと泳いでいる。
「へー、旧校舎なんてあったんですね。全く気付かなかったです」
短冊ちゃんが特に感慨深くもなさそうに言う。
「まあ、新入生は知らないのが普通だよな。この高校に一年在籍してる俺だって入ったことがあるのは一、二回くらいだし」
「恥ずかしながら、私も知りませんでした……」
と、肩を落とす輪廻。
いや別に、何も恥ずかしいことはないのだが。
どうやら輪廻は、自分の無知に対して厳しいようだ。
「して師匠、まずはどこに向かいますか?」
「まあそうだな、とりあえずは近くて可能性のある第一科学室だろ。お隣だしな。……よっこらせっと」
俺は足に力を込めて椅子から立ち上がる。
と、少しよろけた。
「大丈夫ですか、師匠。代わりましょうか?」
「平気平気、思ったよりも軽すぎてバランスをミスっただけだよ」
「なら良いのですが。疲れたらいつでも言ってください」
「はいよ、さんきゅーな」
そして俺は歩き出した。
音無禊をおぶって。
いや、本当は置いていこうと思ったのだが、どうやらいつの間にか俺は音無の寝具になってしまったらしく、椅子にそっと寝かせて立ち去ろうとした矢先、服の袖を掴まれてしまったのだ。
なんとなく振り払うことも出来ずに溜め息を一つ吐いて、俺はそのお荷物を連れていくことにした。
身長が低いくせに俺の背中にはなかなかの柔らかな感触があったが、後輩に対して劣情を催したくない、という先輩としてのプライドで、俺はそっち方面の思考を一切遮断することにした。
「先輩、なんでちょっとにやけてるんですか? 気持ち悪いんですけど……」
短冊ちゃんはおかしなことを言う。
平常心を心掛けている俺がにやけているわけがない。
「本当ですね。師匠、何か嬉しいことでもあったのですか?」
バカな、本当ににやけているというのか?
何故だ、嬉しいことなんて何一つないのに。
柔らかいとか思わないし、良い匂いとか思わないし。
俺の意思に反して勝手に表情筋が動くなんて、世の中不思議なこともあるもんだな。
「まあ、理解できないことがあるからこの世界は面白い、ってことさ」
「おお……さすが師匠、深いお言葉……」
「いや……私にはその発言が理解不能なんですけど……」
どうやら短冊ちゃんは輪廻に比べて修行が足りないらしい。
と、そんな話をしながら歩いている間に、第一科学室のドアの前に到着した。
「さすがお隣、あっという間だな」
「輪廻、俺は手が空いてないから代わりにノックしてくれ」
「はい」
俺に従順な輪廻は、一歩前に進み出るとすかさずドアをコンコンとノックした。
「ん、第一科学室って放課後誰か使ってるんですか?」
「なんだよ短冊ちゃん、そんなことも知らないのか」
「いや、入学したばっかなんで」
それもそうか。
「ここは天文部が部室として使ってるんだよ」
「へぇ、天文部。いいですね」
「星座とか惑星とか、興味あるのか? 意外だな」
「そりゃまあ星宮ですから。昔から結構好きですよ」
名字が理由になるのか? と一瞬疑問に思ったが、まあ確かに自分の名前にまつわるものに意識が向くということもあるのかもしれない。
そんなことを考えている内に、目の前の扉がガララと音を立てて開いた。
「なんだ、誰かと思えば夕陽じゃないか」
ドアに手を掛けたまま中からそう声を掛けてきたのは、金髪のくせに(偏見だが)いかにも優しそうな雰囲気を持った男だった。
「おう、邪魔して悪いな。リョーイ」
「先輩、お知り合いですか?」
言葉を交わす俺と金髪男子を見て、短冊ちゃんが後ろから尋ねてきた。
「ああ、幼馴染みで親友の地牙領域だ。俺はリョーイって呼んでる。っていうか、入学式があったんだから短冊ちゃんも見たことあるんじゃないのか?」
「へ? いや、私遅刻したんで入学式は出てないんですけど……。どういうことですか?」
「とんだ不良アイドルだな……」
「あっはは! いやいや、自由な思考でいかにもここの生徒らしいじゃないか」
俺の呟きに対し、リョーイが軽快に笑う。
「それ、褒められてます?」
短冊ちゃんはどこか不服そうだ。
「もちろん褒めてるよ。いや申し訳ない、挨拶が遅れたね。僕は天文部の部長なんだけど、同時にこの学校で生徒会長もしているんだ。だから入学式で挨拶もさせてもらったというわけさ」
「へぇ、生徒会長さん。真面目なイメージあるのに金髪なんて、結構ぶっ飛んでますね」
「あはは、ここは校風として“自由”を重んじているからね。生徒会長である僕が端的にそれ示すためにあえてこの色に染めているんだ」
「端的というよりかは短絡的という感じがしますが……。変わってますね、さすが先輩の親友」
「あはは、手厳しいね」
「おい、さりげなくリョーイと一緒に俺を貶めるんじゃない」
「えへ、バレました?」
短冊ちゃんがあざとい笑みを浮かべている間に、リョーイは背筋を正した。
「まあとにかく、ようこそこの学園へ。星宮短冊さん、と、羽狩輪廻さん、そして音無禊さんかな?」
「し、師匠! 知らない人に私の名前が知られています!」
脇に控えていた輪廻が驚愕の表情で俺のブレザーの裾を引っ張ってくる。
「落ち着け輪廻。こいつは生徒名簿を暗記しているんだ」
「うわ、凄いけど怖っ」
短冊ちゃんが素直に引く。
「そう言わないでやってくれ。確かに普通じゃないが、真面目で良い奴なんだよ」
「真面目をこじらせている気がしますけど」
短冊ちゃんは可愛い顔をして容赦がない。
「確か、皆夕陽の部の部員だったよね? こんな美人ばかり集めて、夕陽は何をするつもりなんだい?」
短冊ちゃんの言葉をしれっとスルー出来るあたり、こいつのメンタルもなかなかのものである。まあそうじゃなきゃ生徒会長なんかやってられないのかもしれない。
「奇人ばかり、の間違いじゃないのか?」
「あはは、上手いこというなぁ、夕陽は」
「いや先輩には言われたくないですし、上手くもないですから」
「まあ奇人はともかく。新入生の中で有名人ばかりなのは間違いないけどね」
「そうなのか?」
俺は全くこいつらのことを知らなかったが。
「ああ、夕陽は情報に疎いからね。有名も有名だよ。ハーフで不思議な言動の金髪美少女に、歯に衣着せないアイドル、そしてアルビノの眠り姫。ここに排他的大和撫子の巫女が揃ったらもう新入生の四大有名人が揃い踏みだよ」
「へー」
俺と後輩二人は同じようなリアクションだった。
どうやら、本人達も自覚はなかったらしい。
つうかなんだ、その排他的大和撫子の巫女って。クセモノ感が半端ねえな。
「その様子だと、意図的に集めたわけじゃなさそうだね。僕は部活の登録用紙を見て驚いたものなんだけれど。これが合縁奇縁というものなのかもね」
一人で感慨深く頷いている金髪生徒会長だが、俺達は別に挨拶に来たわけじゃない。
急ではあるが、本題に入らせてもらおう。
「ところでリョーイ、パンツを見なかったか?」
「は、パンツ?」
リョーイは分かりやすく怪訝な表情を浮かべた。
まあ当然ではあるが。
「ちょ、先輩……事情を説明するところからじゃないですか? 普通は」
「事情を説明するもなにも、お前がパンツを無くしたってだけの話だろ? だったら探し物があるかどうかを聞いた方が手っ取り早いだろ」
「パンツを無くした?」
リョーイは尚も首を傾げている。
「ちょっと聞きたいんだけど、パンツというのはズボンのことかい? それとも下着のことかい?」
「下着です」
その質問には、別段恥じらうでもなく短冊ちゃんが答えた。さすがは処痴女で売ってるアイドルといったところか。
「なるほど……つまり、必要があって持ってきていた替えの下着を紛失した、ということだね?」
うん、普通はそう思うよな。
仕方ない、ここは俺が先輩として、可愛い後輩のために親友の誤解を解いてやるとするか。
「違う違う。替えのじゃなくて、穿いていたパンツを紛失したんだよ、短冊ちゃんは」
リョーイの目が点になる。
まったく、生徒会長のくせに状況把握の遅いやつだ。
そんなだから『真面目をこじらせてる』、なんて言われるんだぞ。
「穿いていたパンツを紛失する……。ってそんなことあり得るのかい?」
「あったんだから、あり得るんだろうよ」
「い、いや、それはそうだが……。失礼を承知で聞くけど、ということは今星宮さんは――」
「「ノーパン」です」
リョーイの言わんとするところを察した俺と短冊ちゃんが同調する。
「そう……なのか」
リョーイは何故だかショックを受けたような面持ちだった。
しかしすぐに気を取り直したらしく、
「いや、分かった。世の中何が起きても不思議じゃないからね。ここでは、女性ものの下着は見ていないが、もしどこかで発見したらすぐに知らせよう。落とし物だったら生徒会室に届くかもしれないしね」
そう言って爽やかにはにかんだ。
「おう、悪いけどよろしく頼むよ」
とはいえ、落ちているパンツを拾って届けるやつが居るとは思えないけどな。
俺だったら見て見ぬふりか、懐に入れるかする。
「先輩みたいな人が拾わないといいなぁ」
と、短冊ちゃんが俺の心を読んだようなことを言うのでギクリとする。
とはいえ、そんなはずはないので俺は平静を装って、
「どういうことだよ?」
と尋ねた。
「え、先輩だったら見て見ぬふりか、最悪懐に入れそうじゃないですか」
「……………………」
図星すぎてなにも言えない。
短冊ちゃんめ、まだ短い付き合いだというのに俺のことを理解してやがる……。
伊達に芸能界に居るわけじゃないな。
人を見る目はしっかりと養われているようだ。
「星宮さん、夕陽は一見嫌なやつだけど、心根は真っ直ぐな男だからそんなことはしないよ」
リョーイ、庇ってくれるのは嬉しいが、旧知の友であるお前が俺のことを理解していないというのは複雑な気分だよ。
あと『一見嫌なやつ』は余計だ。
「じゃあ、俺達はもう少し校内を探してみるから。またな」
「うん、分かった。ああ夕陽、失せ物探しもいいけど、部活の方もちゃんと活動してくれよ。じゃないと承認した僕の責任も問われるんだからさ」
「はいはい、感謝してるし分かってるって」
というか絶賛活動中なのだが。
しかし、パンツ探しが最初の活動ということは、やはり言うことを躊躇われた。
そんな複雑な想いを抱えながら、俺と三人の後輩は天文部の部室を後にした。