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生きる理由を考えてみた結果

 短冊ちゃんと別れてすぐに5限目開始のチャイムがなった。つまり未だに中庭Aから昇降口に回って第2校舎に入ったばかりの俺は間違いなく授業に遅刻する。

 しかしまあ部員をまた一人獲得出来たのだから、先生のお小言くらいで済むなら安いものだ。おまけで憩のお小言も付いてくるかもしれないが……。


 主におまけの光景を想像して肩を落としながら2階に続く階段を上る。廊下を軽快な足取りで進み、あとちょっとで教室でのドアが見えてくるというタイミングで、進行方向右手の廊下の窓から見える光景に気を取られた。


 見えたのは人影だった。


 遠いが制服を見るに女子のようだ。

 そこまではよかった。

 だが"その先"の情報を認識した俺の心臓は、早鐘を打った。


 急遽踵を返して、特別校舎への渡り廊下へと走る。

 授業中のため人気がなく静まりかえる中に自身の靴音が響くが、それを気にしている余裕はない。


 駆け抜けた渡り廊下の突き当りの階段を一気に駆け上がり3階と4階を通り過ぎると、気付けば屋上に出るドアを思いっきり押し開いていた。


「はぁ……はぁ……よかった…………間に合った」


 俺が来たことに気づいたその女子は、離れた位置からフェンスを挟んで俺のことをキョトンとした表情で見つめている。

 陽光に照らされている金髪の髪が、キラキラと光っている。


 俺が第2校舎の廊下から見たのは、この金髪の少女だった。

 特別校舎の屋上で、落下防止のための胸辺りの高さのフェンスを乗り越えて校舎の縁に立つ少女。

 さっきは遠くて分からなかったが、可愛らしい顔立ちは少々日本人離れしているのでハーフなのかもしれない。となると金髪はリョーイと違って地毛か?


 などと悠長に考えている場合ではない。


 俺はゆっくりとその少女に近付いていく。どうやら興味を引いているようで、その間少女の視線は俺から離れることはなかった。


「こんな天気のいい日に死ぬなんて、勿体ないぞ」


 彼女にほど近いフェンスにたどり着いた俺が放った第一声はそれだった。まあ死ぬ時に天気なんて関係ないのかもしれないが、他に気の利いた声のかけ方を思い浮かばなかった。要するには、彼女がここから身を投げることを思いとどまってくれればそれでいい。

 果たして彼女は、なんていうのだろうか。

 何も言わず一歩踏み出すようなことは、本当にやめてくれ……。

 そんな思いが通じたのか、彼女の唇が動いた。


「なぜ、天気がいい日に死ぬと勿体ないのですか?」


 え、そこ?

 今気にするのそこ?

 まあ言ったのは俺だけどさ……。


 まあしかし、彼女に会話をする気はあるのはいいことだった。それはつまり彼女が冷静であることの証明だからだ。

 これなら急に中空に身を投げるような真似はするまい。

 そう思った俺は内心で胸を撫で下ろす。


 とはいえ、ここでなんて返すかが問題だ。

 何せ俺は理由など全く考えずになんとなく思ったことを口に出しただけなのだから。

 適当なことを言って彼女の興味を失ってしまったら、最悪の自体になりかねない。


 俺は息を呑みながら頭をフル回転させる。

 こんな快晴の空の日に、命を失くしては勿体ない理由とはいかにーー。


 とっても純粋で真っ直ぐな目で俺にその疑問を問いかけている少女に考えていることを悟らせないように、俺は無理矢理答えを捻り出した。


「こんなに晴れてるんだ。今夜はきっとよく星が見える」


「はい?」


「流れ星が流れるかもしれない。何かお願いしたら叶うかもしれん。な? 勿体ない気がしないか?」


 我ながら苦しい理由付けとは思う。だがーー。


「なるほど」


 金髪の少女はそういいながら顎に指を当てた。納得したような口振りだが考えるポーズを取っている。


「私に夜星を見る習慣はありませんし、流れ星に願い事をしたらそれが叶うという言い伝えに信憑性は感じないですが、確かに今日はよく星が見えそうですね」


「そうだろう。それに、信憑性がないからと言って必ずしも願いが叶わないということもないだろう」


「……というと?」


「流れ星に願って叶わない可能性はもちろんあるが、叶う可能性もあるってことだ」


「はあ、しかしそれは流れ星に願わなくても叶う願いということはないですか? もともと叶えたい願いだからこそ、叶うように行動してた結果叶っただけ、ということでは?」


「もちろんその可能性もある。だがだからといって、流れ星に願ったことでその願いが叶った可能性を否定できる材料はないと思わないか?」


「………………」


 少女は俯いて思案顔になった。

 よしよし、どうにかこちらのペースで会話出来ているな。とりあえずこの子をフェンスのこっち側に誘導しないとな……。


「確かに」


「へ?」


 彼女を思いとどまらせる方法を考え込んでいた俺は少女の呟きにハッとする。


「確かにあなたの言うとおり、流れ星に願ったことと願いが叶ったことの因果関係を完全に否定できる理由はありませんでした」


「あ、ああ……。まあ、否定できる可能性なんてこの世には存在しないからな」


「なるほどです。勉強させていただきました」


「お、おう。あのさ、勉強ついでに、とりあえずこっち来ないか?」


「こっち?」


「フェンスのこっちっていう意味。死ぬのなんて、やめようぜ?」


 考えていたわりには結局直球で言葉を投げかけた。

 決していい案が浮かばなかったわけではない。

 頭に浮かんだ疑問をすぐに口に出すこの子はどうやら素直な性格のようなので、こういう子には真っ直ぐな言葉の方が伝わると踏んでの直球勝負だ。

 しかしすぐに反応はなく、少しの間彼女は無表情で俺の目を見つめていた。


 気まずい沈黙に耐えかねた俺が息を呑んだころ。


「あ、なるほど」


 フェンスの向こうの少女は左手の掌を右手のグーでポンと叩いた。

 何に納得したのやら。


「どうやらあなたは、私がここから身投げをしようとしている、という誤解をしているようですね?」


「え、誤解なの?」


 きっと今俺はものすごくアホな顔をしていることだろう。とはいえ、誤解だというのであればこれはとてもいい情報である。


「はい、とんだ誤解です」


「マジか……。そりゃあすまない。しかし、だとしたらどうしてそんなところに居るんだ?」


「そんなところ?」


「そんなフェンスの向こう側に」


「こちらから見ればあなたの方がフェンスの向こう側です」


 いやそりゃそうだが。


「フェンスの外側ってこと。危ないだろ。落ちたら本当にこの世とバイバイすることになるぞ」


「そうなんです。だからこそ、私はここに立っています」


 あれ、やばい、この子もしかしなくてもちょっと変な子?


「えーと……その心は?」


 謎かけのようになってしまった。しかしこの子の言うことは俺にとっては謎かけそのものなので、あながち間違ったレスポンスでもないだろう。


「『生きる』ってなんだろうなって、ふと思いまして」


 あー、うん、なるほどね。まああるある、人間なら誰しも一度は考えそうなことではある。


「生きてる理由、何のために生まれて、何のために死んでいくのか。それが分からなくって。なので、死を間近に感じてみたら何か分かるかなって思いまして、こうしてここに立っています」


 いやそうはならんやろ。

 誰しもが考えそうなことを考えた果てに誰も考えなそうなことをするな。


「言ってることの意味は分かった。ただ危険だからそういうことをするのはやめなさい」


 自然とつまらないことを言う教師のような口ぶりになってしまった。


「危険、ですね。確かに」


 あまりそうは思っていなそうに、少女は屋上の端から下を見下ろす。よくそんなマネが出来るものだ。

 俺は別に高所恐怖症ではないが、それでも同じことをすれば絶対に恐怖を覚える自信がある。


「ですがーー」


 再び俺の方を見ると、どこか神秘的にも思える表情で少女は言う。


「もし私が今ここから落ちて死んだとして、あなたに何か影響がありますか?」


「あるわアホか、めちゃめちゃあるわ」


 即答した。考えるまでもなく口から言葉が飛び出していた。

 案の定、少女は首を傾げている。

 仕方ないので、俺は先輩として優しく説明してやることにする。


「いいか? もうこうして会話をしている時点で俺とお前は知り合いだ。知り合いが死んだら、俺はそれがいくら付き合いの浅い人間でも悲しいと思う。これが感情的な影響な。んで、次にここは俺の通う学校だ。そんな学校で屋上か飛び降り何されたらどうなるか想像してみろ。まあ間違いなく屋上は閉鎖されるだろう。そしたら俺どころかこの学校の生徒全員に迷惑が掛かるぞ。それに当然学校にだって迷惑が掛かる。学生が自殺したなんて話が出たらこの学校の評判は少なからず悪くなるだろうし、いろんな大人が動かざるを得なくなるだろうな。まあきっとまだまだあると思うが、これが実害的な影響だ」


「なるほど……そう、かもしれません。私は自分で思っているよりも視野が狭いようです」


「分かってもらえて何よりだ。それにな、生きている理由なんて今は分からなくていいんだ」


「……その心は?」


「俺たちは皆、生きている理由を探すために生きているからだよ」


 なんとなく、ほんの少し、目の前の少女の目が見開かれたような気がした。多少は俺の言葉に響くものがあったのかもしれない。


「生きている理由を探すために、生きている……?」


 まるで不可解な謎に直面しているような神妙な顔で、少女は俺の言葉を復唱した。


「ああ、なんで生きているか、なんて誰にも分からない。生まれた意味も知らないし、生きていく理由も分からない。それでも生きていく。それはきっと、自分の人生に意味を見つけるためだって、俺は思ってる。人生っていうのはきっと、それ自体の意味ーーなんのために生きているのか、その答えを探すための旅みたいなもんだって思うんだ」


「旅ですか……どうしてそう、思いますか?」


「そんなのは簡単だよ」


 俺は心の底からそう思う。すると自然と、笑みが溢れた。


「そう思ったほうが、人生って楽しそうじゃん」


 完全に虚をつかれたように、間抜けな顔で一瞬沈黙した後で。


「ぷっ……あはは」


 少女は初めて俺に笑顔を見せた。


「なんだよ、笑えるんじゃないか」


 せっかく可愛い顔をしているのだから、そうして笑っていた方がいい。と思うが、俺は別にこの子を口説きたいわけじゃないので余計なことは言わない。


「あなたは、とても面白いです。私がずっと悩んでいたことに、簡単に答えを出してしまいました」


「あーまあ、ただの持論だけどな」


 本当に、ただの持論である。俺がこれまで経験してきたこと。出会った人や出来事、あるいは漫画やドラマや小説や映画のような創作物。俺が生まれてから目にしてきた全てのものに影響を受け、そして生まれた持論だ。誰に誇れるようなものでもないが、それは俺にとっては大切な考え方だ。


「持論でも、すごいと思います。私にはそういうものがないですから。これまでずっとそうでした。私は不思議に思ったことをただ追究して答え求めているだけで、答えを出せたことはないんです」


「そう、なのか」


「はい。久しぶりに答えをもらえたので、今日は満足です」


 それは本当に、屈託のない笑顔だった。


「んじゃあ、満足ついでにこっちに来い」


「はい、そうですねーーあ」


 やっとフェンスのこっち側への誘導がうまくいったかと思いきや、少女はフェンスに手を掛けたところで止まった。


「どうした?」


「ひとつ、条件を出してもいいですか?」


「は? 条件? フェンスのこっちに来るのに?」


「はい」


 なんかまたおかしなことを言い出しました。ずっとそっち側じゃあ君だって困るでしょうに。しかしまあ、可愛い後輩の言うことだ。聞くだけは聞いてやるとするか。


「どんな条件だ?」


「あのですね……私の師匠になってはくれませんか?」


「は? 師匠?」


 聞きなれない響きである。なぜなら俺は何かしらの流派を立ち上げたことはないので、これまで弟子を取ったことはないからだ。


「えっと、師匠ってなんの?」


「そんなに身構えないでもらえるとありがたいです。今日みたいに、またお話してほしいなと思っています。私、友達がいないので……」


 なるほど。


「まあいいよ、そういうことなら。特別なことは出来ないけど、また話そうぜ」


「ありがとうございます。それでは、これで契約成立ですね」


 そう言うと、ようやく少女はフェンスに手を掛けて腕に力を込め、そしてーー。


「あっーー」


「ばっ!」


 フェンスに足を掛けようとしてバランスを崩した少女は、後ろへと倒れそうになる。

 地に足の付かない、後ろへ。

 俺の身体は反射的に動いて、気付くと少女の華奢な身体を抱き締めていた。


「あっぶな……」


 背筋に冷たいものが走りながら、俺は安堵の言葉を吐いた。


「すみません、助かりました」


 相変わらず淡々と響く声だが、少女の身体はそれに反して微かに震えていた。


「もう大丈夫だ、ほらこっちに引っ張るぞ」


 返事を待たずに、俺は少女の身体を抱き上げるようにして。身体を後ろに引く。

 そしてやっと、少女の身体を死の淵から呼び戻すことに成功したのだった。


「もう少しで死ぬかと思ったら、怖かったです」


「よかったな、それはお前がまだ生きたいっていう証拠だ」


「そう、ですね」


 俺の言った言葉を噛み締めるように。少女の口元には笑みが浮かぶ。


「あの」


「うん?」


「ありがとうございました、師匠」


「お、おう」


 初めて呼ばれた師匠という呼び方に歯痒い思いを感じながら答える。


「師匠のお名前を聞いてもいいですか?」


「そういえばお互い自己紹介がまだだったな」


 こういう時は男から名乗るものだとさっき短冊ちゃんに言われたからではないが、俺はちゃんと自分から名乗ることにした。


「天海夕陽だ。空の天に海、夕暮れの太陽で天海夕陽」


「素敵なお名前ですね。私は羽狩輪廻です。羽毛布団の羽に魔女狩りの狩、輪廻転生の輪廻で羽狩輪廻です。気軽に輪廻とお呼びください」


「なんかすごい名前だな。まあよろしくな、輪廻」


 そこで俺はふとあることを思い出し、目の前の少女に続けて声を掛ける。


「なあ輪廻」


「はい、なんでしょう?」


「お前新入生だよな? 入る部活とか決まってるか?」


「いえ、新入生ではありますが、入る部活は特に決めてないですね。あまり興味がなくて見てなかったです」


「そうかそうか」


 なんたる好都合だろうか。


「よければだが、俺が作る部活に入らないか?」


「師匠が部活を作るのですか? そうであれば是非入りたいです」


 即答してくれるなんて……なんて可愛い弟子!!

 俺はこの子を大事にしよう。今そう決めた。


「ちなみにですが、どういう部活動ですか?」


「あー……」


 やべえ、考えてなかった。

 勢いで部員を集めていたけれども。

 というかよくここまで集まったな。

 音無も短冊ちゃんも、よく部の名前も決まっていない申請用紙にサインをしてくれたものだ。


「うーん」


 悩む俺を、弟子の輪廻が見つめている。

 そんな弟子を見て、閃いた。


「真理探究部、とかどうだろう?」


「真理探究部……いい響きですね」


「だよな? 日常の疑問から深く重いテーマまで、ありとあらゆる真理を探究する部活だ。なんとなく生産性ありそうだし、これなら申請も通りそうな気がする!」


「さすが師匠です! 是非それでいきましょう!」


 そんなこんなで勢いに任せ、俺は真理探究部を発足することに決めたのだったーー。





 





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