学生アイドルの悩み
そして昼休みがやってきた。
部活動を発足するのに必要な最低人数は5人なので、俺、音無の他あと3人は集めなくてはならない。
憩が出してくれた案を実行に移すため、木陰の作ってくれた見た目も味も良い弁当をよく噛んで味わいつつもなるべく早く胃の中に納めた俺は、一目散に職員室へと向かった。
普段中々足を運ぶ場所ではないので、多少の新鮮さを覚える。
自然と足早になって進んでいると、あっという間に職員室の入り口が見えた。
俺は速度を落とさないまま手近な入り口に入ろうとするーーと。
「ぅわっぷ!」
可愛い悲鳴と一緒に、タイミング悪く一人の女子生徒が俺の胸に飛び込んできた。いや、厳密に言うとその女子生徒の目の前に急に俺の胸が飛び出してきてぶつかった、というところだろう。
「あ、すまん」
俺が軽く謝罪している内に、その茶髪の女性徒は鼻を押さえながら後ずさる。
俺と彼女の間に距離が生まれ、ようやく俺も彼女の顔を認識出来た。
うわー、なんだこの子、やたらと顔が整ってるなぁ……。緩く巻かれたセミロングの茶髪も艶々で手入れが行き届いているのを感じる。うーむ、これが今どき流行りの意識高い系の女子か。
と、我ながらアホみたいに呆けていると。
「すまんじゃないですよ、どこ見て歩いてるんですか、先輩。私の顔に傷が出来たらどうしてくれるんですか? これでもアイドルなんですけど」
どうやらネクタイの色を見て学年を判断したらしい。
ちなみに学年ごとのネクタイやリボンの色は、中学での学年カラーを引き継ぐようになっている。
つまり俺は中学での学年カラーは赤色だったので、高校に上がってもそれは変わらず、結果としては計6年間を同じ学年カラーで過ごすことになるのだ。
目の前の女の子はというと胸元に青いリボンを着けているので、彼女が俺を『先輩』と呼んだ通り、俺にとっては下級生である1年生のようだ。
というか……。
めっちゃ睨まれてるなー……。
目つきが人間を見るそれじゃない。
何この子、初対面ですごい怒るじゃん……ちょっとぶつかっただけなのに。
「いやそう言われても、俺は君みたいなアイドル知らんしなぁ……」
「あら、意外ですね。先輩みたいなあからさまな童貞顔はアイドルとか詳しそうなものですけど。どうせ彼女も居ないんでしょうから、疑似恋愛の相手探しに躍起になっているかと思いました」
「………………」
ひでえ言われようだな……。
この子本当に下級生か?
先輩への態度とは到底思えないのだが。
いやここは、俺が先輩として目上との接し方というのを教えてやらねばならんな。
「君、ちょっと時間ある?」
流石に職員室の前での立ち話は危険だ。場合によっては教職員に目撃され俺が下級生をいじめているという誤解をされかねない。
「は? なんですか? 急にナンパですか? 気持ち悪いですね」
「ちげえわ。態度の悪い後輩にお説教だ」
「あーなるほど。お説教と称して私の身体を弄ぶ気満々ってわけですか。ちょっと先生に言ってきます」
「あー! ちょっと待って待って!」
本当に踵を返して職員室に逆戻りしようとする後輩の肩を掴んで引き止める。
「あ、先輩、触りましたね? これはセクハラですよ。もう言い逃れは出来ませんね」
「いや、そういうつもりじゃなくてだなあ……」
くそ、なんて頭と口の回る厄介な後輩なんだ!
「ふふっ……あはは!」
かと思うと。
俺を睨んでいた目が緩み、その女の子は急に笑い始めた。
俺はもう、何が何やらである。
とりあえず、目の前の美少女がひとしきり笑い終えるのを待った。
「あーおかしかった。先輩、すみませんね。ちょっとイライラしてたので八つ当たりしてしまいました。けど先輩のお陰でいいストレス発散になりました。ありがとうございます」
さっきとは打って変わって礼儀正しい態度になると、軽く頭を下げられる。
「君は、先輩をからかうことでストレス発散になるのか?」
だとすればそこそこ歪んだ性格だな。
「ええ、もちろん。だって目上の人をバカにするのって気持ちいいじゃないですか?」
訂正。かなり歪んだ性格のようだ。
「さて先輩、そんなことより」
自身の性格の問題をそんなことよりと言いやがった。
「私先生と話してたのでお昼がまだなんですよ。なので購買でなにか奢ってくれませんか? それでさっきぶつかってきたこととセクハラはチャラにしてあげます」
「え、さっきのって冗談じゃなかったのか?」
「半分冗談ですね」
「半分本気なんかい」
「えへへ」
笑顔が怖い。ここで断ったら本気に全振りしそうな気がする……。
俺は肩を落としながら、先輩らしく後輩にメシを奢ることを決意した。
* * * * *
「よし、ここら辺に座りましょっか」
第一校舎の入り口近くの購買で俺が奢らされたパンと紙パックの牛乳が入ったビニール袋を揺らしながら、自称アイドルの少女がベンチを指差す。
「わざわざ靴履き替えて中庭まで来る必要あったか?」
ここはこの学校に2つある中庭の1つ、第一校舎と第二校舎の間に位置する通称『中庭A』だ。そして第二校舎と特別校舎の間に位置するのが『中庭B』。誰が呼び始めたのかは知らないが、面白味も洒落っ気もないネーミングである。
「ありますよ。先輩みたいな男の人と一緒に居るところを他の人に見られたくないじゃないですか」
まあ確かにこの辺りは奥まっているため人気がなくて穴場ではあると思うが。
「確かに、本当にアイドルだったらそうかもしれないけど……。でもだとするなら別に俺と一緒に居ないで教室で食べたらいいだろ?」
何せ俺は教室で木陰のお手性弁当を食べてきているので、今食事をしようとしているのは自称アイドルのこの少女だけだ。俺がここまで付いてきた理由が分からん。
購買で奢ってさっさと職員室に戻ろうとした俺を呼び止めてここまで連れてきたこいつの意図は、一体なんなんだろうか。
「本当にって、まだ疑ってるんですか? 私がアイドルだってこと」
「まだも何も、証拠がないから信用する理由がないんだよなぁ」
「証拠ですか……。んー、どうです? 私の顔」
「は?」
ずいっと、距離を詰められたかと思うと、まるで今からキスでもするような角度に傾けてきた。その顔はそこはかとなくドヤ顔だ。
「アイドルみたいじゃないですか?」
「あー……」
いやまあ、言わんとすることは分からないでもないが……普通自分でそういうこと言うかね。
「まあ、可愛いとは思うぞ」
嘘ではないので正直に言っておく。あと変に否定したらそっちの方が面倒くさそうだ。
「えへへ、ありがとうございます」
くっ……不覚にもこの笑顔にぐっときてしまった!
こいつの性格が歪んでいることは分かっているっていうのに!
「まあまあ先輩、細かいことは置いておいてとりあえず座りましょ。いいじゃないですか、こんな可愛い女の子と一緒にお昼休みを過ごせるんですから」
「うーん……まあここまで来といて今更引き返したりはしねえよ」
そう言いながら俺は、一足先に腰掛けた自称アイドル女子の右隣に座る。
よくよく考えれば中庭も普段あまり来る場所ではないので、この学校に一年以上通っておきながらこの木製のベンチに座るのは初めてかもしれなかった。
デザインは洒落ているし、意外と悪くない座り心地だ。
「ところでお前の名前は?」
ふとまだこの少女の名前を知らないことに気付き、そう口にしたのだが。
「はー、先輩」
「なんだよその呆れ顔は」
「いえ、そんなんだからモテないんだなって思って」
「前から俺を知ってる風に言うな。それに、これでも中学の時は彼女が居たりもしたんだぞ」
「えええええええ!!!?」
「いや驚きすぎだから。お前どんだけ俺のことを非モテだと思ってんだ」
「うーん、そのお相手も一時の気の迷いだったんでしょうねぇ」
「ひでえ言いようだな!?」
「まあ、今は別れているということがその証拠ですね。ご愁傷様です」
「御葬式ムードを持ち出すな」
「あははは」
「あははは、じゃねえよ。それで、名前を聞いたんだが?」
俺の話を聞いているのかいないのか、少女は思い出したように手に持ったビニール袋からパンを取り出す。
買わされた時には気付かなかったが、練乳入りフランスパンだった。
練乳入りフランスパンに牛乳って、乳製品好きなのか?
と、俺が思っている間に開封したばかりのパンをぱくり。
ゆっくり咀嚼、そして嚥下した後。
「先輩、女の子に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るものですよ」
「一見正しそうなことを言ってるけど女の子に限定するな。相手が誰であれそうだよ。俺は天海夕陽だ」
「わお、思いの外ロマンチックな名前ですね」
「思いの外で悪かったな!」
「あはは、まあそう怒らないでください。馬鹿にしてしまったお詫びに私の名前を教えてあげますから」
「馬鹿にされてたんだ! そこまで思ってなかったのに!」
しかもお詫びじゃなかったら教えてもらえないんかい。
「先輩めちゃめちゃツッコミますねー。女の子には突っ込めないのに」
「うるせえよ!」
「何をとは言ってないですが」
冷静にそう言うと楽しそうにニヤニヤしてる自称アイドル。
クソがあああああああ!
と内心では荒ぶっているが、俺はこいつよりも一学年上の先輩なので、そんな大人気ない怒りかたはしない。
そう、こいつは後輩なんだから寛容な心を持たねば!
「で、名前は?」
何回聞かせるんだ、これじゃまるで俺がめちゃめちゃこいつの名前を知りたいみてえじゃねえか。
「あ、私は星宮短冊です」
そんであっさり言うんかい。
「へー、短冊ねぇ。変わった名前だな」
「そうですか? 七夕生まれってことで安直に付けられてる名前なので、結構居るかと思ってました」
「いや、居ないだろ……。少なくとも俺は初めて会った名前だ。星宮さんだって、自分以外に会ったことないんじゃないか?」
「うーん」
考える必要もないくらい居ない名前だと思うが。
「先輩、私のことは短冊ちゃん呼びでお願いします」
いや全然違うこと考えてるし。
「一応聞くけど、なぜ?」
初対面で名字にさん付けは普通ではなかろうか。
「あんまり堅っ苦しいの好きじゃないので。せっかく仲良くなれたんだし、ラフにいきましょ?」
「はー……」
俺は頭を抱える。
「先輩?」
牛乳の入った紙パックのストローに口を付けながら、『星宮さん』改め『短冊ちゃん』が覗き込むようにしてくる。
「君みたいな女子が居るから男子はみんないらぬ勘違いをしてしまうんだぜ? 短冊ちゃん」
「勘違い?」
「そう、男はちょっと女の子に気安く話しかけられたら、『あれ、もしかしてこの子俺に気があるんじゃ……?』って恥ずかしい勘違いをしてしまうんだ。だから俺は全国の女子の皆さんに言いたい。なんとも思っていない男子に不用意に近付くな、と」
「それを私一人に言われましてもねぇ」
ごもっともだ。
「まあともかくそういうことだから、短冊ちゃんも気を付けるように」
「あっはは、そう言いつつちゃんと『短冊ちゃん』て呼んでくれてるのがじわりますね、先輩」
短冊ちゃんは本当に楽しそうにはにかんでいる。
「別に、そう呼んでほしいなら断る理由がないってだけだ」
「なるほどー。まあとは言っても先輩、私は別に、不特定多数の男子に恋愛感情を持たれることを、悪いとは思わないんですよ?」
「はあ? 普通自分が好いてもいない異性から好意を向けられたって、嬉しくないだろ」
それどころか人によっては気持ち悪いとさえ感じるかもしれない。
「いえいえ、私はちゃんと嬉しいですよ。だって、アイドルですから。むしろ好いてもらわなきゃ困るんです。いろんな人に好きになってもらって、私を見て幸せになってもらうのが私のお仕事ですから」
「へー」
「む、興味なさそうですね。もしかしてまだ私がアイドルって信じてないんですか?」
可愛い顔が不機嫌そうに歪む。
「あーいや、うん、信じた」
「ほぇ? これまたなぜ急に?」
今度は驚いた表情。ころころ変わるのがなんとなく面白い。
「アイドルって仕事を理解してるんだなぁって思ったからな。確かにアイドルっていうのは短冊ちゃん言うように、ファンから愛を受け取ってそれをいろいろな形で返すのが仕事みたいなもんだ」
「ふーん」
また表情が変わる。今度はにやりとした笑みを浮かべている。
「なんだよ、その顔は」
「いやあ、先輩もなんかアイドルに思い入れがありそうだなーと思いまして。どうですか? 私のファンになりませんか?」
「別に、思い入れがあるってほどじゃない。それに俺は短冊ちゃんのファンにはならねえよ」
「ちぇ、釣れないですねぇ」
「だって、ファンになったらこういうふうに楽しくお喋り出来なくなるだろ? せっかく知り合えたんだし、普通に先輩後輩で頼むわ」
「ふふ、楽しくお喋り、ですか。それもそうですね。先輩がファンになったら気軽にご飯を奢って貰えなくなるし、これからも先輩後輩でお願いします♪」
「おい、ちゃっかりまた奢らせようとするな!」
「まあまあ。そんなことより、聞いてくださいよ先輩。先輩らしく私の愚痴を聞いてください」
そんなことで片付けやがった。絶対また奢らせる気だろうがそう簡単にはいかんぞ。
と、心の中で決意を固めつつ、俺は内心短冊ちゃんの愚痴というのが気になってはいた。
アイドルの抱える悩みとはどんなものだろうか。やはり芸能の世界に片足を入れていると一般人とは違う悩みを抱えていするのだろうか。
「愚痴ねぇ。まあ聞くだけならいいけど」
「さっすが先輩。そう来なくっちゃ」
大袈裟なやつだ。
「私全然その気ないんですけど、どこか部活に所属しないといけないらしくって。私がアイドルやってることは学校にも言ってあるんですけど、その活動もあるから欠席が多くなるって話をしたんですよ。それに理解はしてくれたんですけど、でも欠席した分内申点はやっぱり下がっちゃうらしくて。だからなにか部活動に所属していれば若干その分の内申点をカバー出来るとかなんとか言われましてね。ただですね、一通り見てはみたんですけど、私本当に入りたい部活とか全然ないから困ってるんですよねぇ」
………………。
なんともまあ、俺にとって好都合な話だ。このチャンスを俺が逃がすはずもない。
「短冊ちゃん」
「はい?」
「ちょっと紙にサインしてくれるかな?」
「……………………はい?」
よーし、あと二人がんばって見つけるぞ!




