俺の幼馴染が可愛すぎる件
授業をサボって後輩の女子と保健室のベッドで同衾する。
なんて文字で羅列してみると、とんでもなく素行の悪い生徒のようだが、実際には俺はこれまで在学していて問題を起こしたことのない優良児だし、過去に授業をサボったことなどほとんどない。
今回の件だって、故意にサボったわけではなく、部活動という学生にとって青春の代名詞とも言える活動をするために必要なメンバーを集める、という崇高な目的の為に致し方なく、小一時間の授業を潰してしまったというだけのことだ。
しかしそれでメンバーを一人獲得することが出来たのだから、それは補って余りある結果ではないかと思う。
もちろん音無と添い寝をしただけで、おかしなことなど何もしていない。女子高生の貞操は守られるべき、というのが俺の考えなのは言うまでもないことだ。
だから音無の身体には指一本と触れてない。俺からは。
という説明を、2時限目の終了とともに意気揚々とクラスに舞い戻った俺を待ち構えていた憩に、音無にサインしてもらった部活動の申請書を見せながらしたのだが、残念なことに幼馴染みは幼馴染みらしい理解を示してはくれなかった。
というか、なんで律儀に俺を待ってるんだ、この幼馴染みは。別のクラスだというのに、まるで忠犬のようだ。
今や学年どころか学区内の有名人になってしまった風原憩さんがそんな風にしてくれるというのは他の人か見れば恐れ多いことなのかもしれないし、羨ましがる人も居るのかもしれないが、しかし幼稚園から知っている俺からすればそのことにはなんの感慨もない。
憩は当たり前のように俺のところに来るし、俺も当たり前のように憩と絡む。それは当たり前に当たり前のことだ。
空気があることを普段人間が意識しないのと同じくらい、俺も憩も無意識でお互いに関わっている。だからこそその関係が心地いいのだ。
例えこんな風に、不機嫌であっても。
「夕ちゃん、学生の本文は勉強ですよ?」
「いや、それは分かってるんだけどさぁ」
まったく反省の色を見せないまま席に着いた俺に、憩は目の前に立って頬を膨らませている。滅多に怒らないが、怒ったときは敬語になるのが憩の変わった癖だった。
しかし憩は基本的に優しいので、なんというか怒っても凄味がなく、俺は飄々としているのがいつものパターンだ。ここにもう一人の幼馴染みのリョーイが居れば、丁度間に立って俺を注意しながら憩を宥めるのだろうが、しかしあいつは憩と違ってわざわざ休み時間に俺に会いに来たりはしない。
まあ生徒会長に加えて天文部の部長もすることになったらしいし、忙しくしているのだろう。
「本当に分かってます? 夕ちゃんが分かったって言って分かってないことの方が多いですけど?」
「さすが幼馴染み、俺のことを分かってるなぁ」
「もう、そんなに褒めても何も出ないよ」
なんか朝も聞いた台詞だな。こいつの褒められセンサーはちょっと特殊なようで、こちらが意図していないことで褒められていると思ってくれる。
こちらとしては冗談めかして言ったのだが、何故かそれで憩の怒りは少し収まったらしく、敬語を脱したようだ。俺のことを分かってるということが褒め言葉になるとは到底思えないが。まあ機嫌を直してくれたならいいか。
「で、あと3人だよね。あてはあるの?」
憩が言っているのは部活動のメンバーのことだ。そしてその問いに対する俺の答えは簡単だ。
「いや、全然」
まったく、皆目検討もつかなかった。
あと3人、俺は目的も未定な俺の俺による俺の為の部活動を創立するために勧誘しなければならないが、それはもう無策にがむしゃらにしらみ潰し的にやっていくつもりだった。
俺一人でできることなんて、たかが知れてるのだし。
いや待て、というか俺が一人でやる必要はないのか。
「あの、憩さんさぁ……」
「嫌だよ」
「まだ何も言ってないけど!?」
「言わなくても分かるよ。どうせ人数集めるの手伝えって言うんでしょ? 夕ちゃんが私をさん付けで呼ぶ時は何かお願いしてくる時だもん」
さすが幼馴染み、俺の癖も熟知しているようだ。しかし俺だって知っている、風原憩が押しに弱いということを。
「なあ頼むよ、ちょっと手伝ってくれるだけでいいからさ」
「じゃあ仮に手伝うとして、私は何をすればいいの?」
「うん、どうすればメンバーが集まるか考えてくれ。あるいは誰か知り合いが居れば紹介してくれてもいいけど」
「えー、確かに1年生にも知り合いは居るけど、夕ちゃんの怪しげな部活に勧誘するような無責任な真似、私には出来ないよ。その子が酷く後悔することになったら私も後悔するし」
「俺に部活をやれと焚き付けておいて酷い言い様だ……」
「焚き付けたっていう方が酷い言い様だよ。私は夕ちゃんが死んだような目で退屈を謳ってたから、建設的なアドバイスをしただけ」
「なるほど。つまりお前は俺にとってのアドバイザーというわけだ」
ニヤリと笑みを浮かべながら言った俺の言葉に、憩はしまったというような顔を浮かべる。だが時はすでに遅い。憩は既に、俺の手の内だ。将棋で言うなら王手を掛けたと言っていい。
「なら最後までアドバイスするのが、お前の責任なんじゃないかと俺は思うんだが、その辺どうだろう?」
「うぐっ……!」
憩は気管に何か入ったような変な声を出した。
俺は知っている、憩は押しにも弱いが、責任という言葉にもすこぶる弱い。
俺は生まれてこのかた、憩が責任を放り出したところを見たことがなかった。まあそれが憩がいろんな人から慕われている理由でもあるのだが、しかし同時に弱点にもなっている。これも幼馴染みとしてやってきたから出た一つの結論だ。そして幼馴染みなので容赦なく、俺はそれを突く。
「嗚呼、このまま憩に見捨てられてしまうと、俺の部活動は白紙……ひいては俺の学生生活は退屈なまま終わってしまうのかぁ。もうそれってある意味、俺の青春を憩が握っていると言えるよなぁ?」
ゴミみたいな理屈だが、しかし憩には効果覿面、のはずだ。
それから少しの間、俺の目を恨めしそうに見たあとで憩は観念のため息を吐いた。
「はあ……もう仕方ないなぁ、夕ちゃんはずっこいんだから」
諦めと呆れが混じった表情で文句と承諾を口にする憩が、それでも俺には言っているほど嫌ではなさそうに見えるのは幼馴染のエゴだろうか。
なにはともあれ交渉は成った。
風原憩は陥落した。
ふっふっふ。
こいつはハイスペックなモテ女ではあるが、内面的には結構チョロい。高嶺の花などと思われているのは周囲の奴らの勝手な思い込み何じゃないかと思えてくる程にチョロい。
「でさ、どうよアドバイザーの憩さん? なんかいい案はないかね?」
「うーん、そうだねぇ……」
少しの間思案顔になった憩を見つめる。するとすぐに。
「あっ」
「お、なんか思いついたか?」
「うん、まあ、アドバイスっていうほどのことでもないけど……」
相変わらず謙虚なやつだ。でも俺は知っている、こういう時の憩の言うことは大体的を射ている。
「職員室、行ってみたら?」
「職員室? 俺が探しているのは顧問じゃなくてじゃなくて部員だぞ?」
つまり先生じゃなく生徒だ。
まあ顧問も探さなければならないが、それはまず部員が集まらなければ話にならない。
むしろ部員さえ集まれば、顧問なんて暇そうな先生を捕まえれば済む話だ。
「うん、分かってるよ。でももしかしたら入る部活が決まらなくて先生に相談に来てる一年生とか、居るかもしれないよ? それにそういう子を知ってる先生も居るかも」
「おお……流石は憩先生……俺には浮かばない案だ」
「いつの間にか私を教職に就けないで。まだそんな歳じゃないよ」
「じゃあ、憩様」
「様呼びかぁ……悪くはないけど、私そこまで自分のこと偉いと思ってないからちょっとこそばゆいなぁ」
無償で人助けしてる人は充分偉いと思うが。
「だったらなんて呼ばれた嬉しいんだよ? 名案を出してくれたお礼に、今日一日なんでも好きな呼び方で呼んでやるそ」
我ながらお金の掛からないお礼を考えたものだ。もっともお金が掛かるお礼をしようものなら憩の方が断固拒否してくるだろうが。こいつはそういうやつだ。
「え、うーん……いつもどおりでいいかな」
「なんだよ、欲のないやつだな」
「ううん、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「夕ちゃんには、憩って呼び捨てにされるのが一番嬉しいなって」
…………………。
「あれ夕ちゃん、どうしたの? 固まってるよ?」
「あーいや、可愛いな思って……」
「へ!?」
あ、やべ、フリーズした後遺症でつい本音を口走ってしまった。俺が憩を可愛いと言うことなんて滅多なことでは無いというのに!
いや、憩のことは素直に可愛いと思ってはいるけれども、なんというか幼馴染みという関係性がそれを口に出すことを拒否させるというか……。
「ふ、ふーん、夕ちゃんが私を可愛いって言うなんて、珍しいね」
憩は目を逸らす。
そこはかとなく頬も赤くなっているようだ。
憩がこんなふうに照れるのも珍しい。
それこそ俺が憩を可愛いと言うことくらい珍しいことだ。
「ま、まあたまにはな。けど、憩ならそんなの言われ慣れてるだろ?」
なにせみんなが憧れる高嶺の花的存在なわけだし。
「まあ、言ってくれる人は多いけど」
と言いつつ、憩の表情はあまり嬉しくなさそうだった。
「好きでもないっていうか、よく知らない人に言われても、あんまり嬉しくないんだよね」
「そういうもんか」
「けど、夕ちゃんに言われるのは、ちょっと嬉しかった……ありがと」
きゅん。
ってなんだ今の!?
胸がぎゅってなったぞ!
普段こういうやり取りをしないからなんか変な空気だ!
このあとなんて言ったらいいのか分からない!
「じゃ、じゃあ、そろそろクラス戻るね! 授業始まっちゃうから!」
憩も居づらい空気に感じたのか、慌てた様子でそう言うとそそくさと教室を出ていった。
残された俺は放心状態。
クラスの男子たちの突き刺さる視線が痛覚を刺激したが、それすらも今は気にならなかった。




