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彼女vs妹

 気付かない内に合流していた(なにそれ怖い)雪禰初夏を加え、自己紹介もせずに駅近くの小洒落たカフェに雪崩れ込んだ俺と妹と後輩達は、端っこの席を陣取ることに成功した。


 4人掛けのテーブルを2つも占領してしまった。


 俺の右隣に音無(俺に寄りかかってうとうとしてる)、向かい側に初夏、その隣、つまりは音無の向かい側に木陰が座る。そして隣のテーブル、俺の左隣に輪廻、その向かい側に短冊ちゃん、そしてその隣に神代さんという布陣だ。


 改めて女子率が高過ぎる。

 贅沢なことを言うようだが、俺としてはもう一人くらい男子が欲しい。リョーイとか、今から呼んだら来ないだろうかと思うが、彼女との初デートに友達兼幼馴染みを誘うのは流石に気が咎めた。今さら感はハンパじゃないが。


 それよりも、そこまで広くない店内の3分の1を占領してしまったことが気に掛かる。


 時間としては微妙な時間帯であるし、そもそもこの街には日常的にカフェを利用するようなお洒落な人間はあまりいないようで(偏見だが)、見回してみれば空いているどころか俺達以外の客が居なかった。


 メンバーを見ると騒がしいことは間違いないので、他のお客に迷惑にならないのはありがたい限りだが、半面このカフェの経営が本気で心配になった。


 バーカウンターの向こうをチラ見してみれば、このカフェのマスターである初老と思わしきメガネを掛けた男性が、どこか遠くを見つめて哀愁を漂わせていた。


「このカフェ大丈夫なんですかね?」


 静かな店内に短冊ちゃんの声が響く。


「おいおい、待て待て! 短冊ちゃんはもっと気の利く子だと思ってたぞ、俺は」


「え? それはありがとうございます先輩。でも私、思ったことは結構言っちゃうタイプの人間です」


 まあ、それも確かにそうなんだが。


「いつかSNSで炎上するぞ……」


「あ、キャンプファイヤー割りと好きですよ」


 短冊ちゃんの的外れな言葉に、怒る気もすっかり無くなる。


 ひとまずマスターを呼んで、各々ドリンクを注文する。

 マスターは特に怒ってる様子はなかったので一安心だ。もしかしたら聞こえなかったフリをしてくれているだけかもしれないが。……うん、今後はたまにこのカフェを利用させてもらおう。


「さて、それじゃあとりあえず自己紹介でもしておきましょうか」


 と、初夏さんが口火を切る。


「私は雪禰初夏と申します。初雪の『雪』に宿禰(すくね)の『禰』、初潮の『初』、そして冷夏の『夏』で雪禰初夏です」


 自己紹介の癖が強えー。


「お、おおー……」


 パチパチパチ、と、短冊ちゃんだけが拍手をした。


「なんかすごいね! なんかよく分からないけど!」


 というバカっぽいコメントも飛び出した。


「あの……」


 おずおずと、輪廻が手を挙げる。


「すくね? というのは何でしょう?」


「おや、羽狩さんが知らないとは驚きですね」


 そうカットインしてきたのは、聞かれた初夏さんではなく、歩く国語辞典(誤字脱字多数収録)の神代さんだった。

 嫌味ではなく、本当に驚いたようなニュアンスだったが、神代さんは輪廻を歩く広辞苑とでも思っているのだろうか。俺だって知らない言葉だというのに。


宿禰(すくね)というのは、古代の日本で使われていた称号のようなものですよ」


 と、神代さんが説明する。ほー、なるほどなるほど。


「初夏さん、本当の意味を教えてくれ」


「どういうことですか! 私が説明したのに!」


 神代さんが激昂する。


「いや、間違った知識をそのままに出来るほど俺は愚かじゃないんだ。許してくれ」


「あ、いや、夕くん。その方の説明で合ってますよ」


 初夏さんが肯定する。


 え?

 ん?

 なんだって?


「だから言ったでしょう」


 とドヤ顔で胸を張る神代さんが憎たらしい。


「嘘だ。そんなわけあるか。神代さんが正しい言葉を、しかもそんな難しい単語を知っているはずがない!」


「天海さん、あなたはどれだけ私を見下しているのですか……」


 神代さんは怒りを通り越して悲しそうだった。


「いや見下してるとかじゃなくって! だって神代さんだよ!? あの、口を開けば誤字脱字のオンパレードの神代さんだよ!?」


「せ、先輩、その辺にしてあげて。神代ちゃん泣いちゃうから……」


「え、あ、ごめん……」


 短冊ちゃんの指摘に神代さんを見てみれば、確かに目を潤ませていた。危ない危ない。

 俺とて女の子を泣かせるのは本意ではない。

 しかし、目の前の現実は認めるのが難しかった。


「じゃあ神代さん、一つ聞かせてくれ。どこでその言葉を覚えたんだ?」


「どこでって、家でですが。私の家は神社なんです。それでまあ、直接関係はないですが歴史について学ぶことを半ば強調されるんです、親に」


 嫌そうな顔で言いながらも、ちゃんと安定の誤字を含ませてくる神代さんは流石だった。


「強要な。へー、家が神社ねぇ。……ん? てことは神代さんて……」


 俺が思ったことが伝わったらしく、神代は頷く。


「はい、巫女として家の手伝いをしています」


「へー巫女さんなんてすごいね、神代ちゃん。今度コスプレしてるところ見せてね」


「いや、それほどでもないです。良かったら今度星宮さんも着てみますか?」


「え、いいの? わー、やったー」


 なんか、今日は短冊ちゃんのおバカな発言が目立つなぁ。調子悪いのか?

 まあ本物の巫女さんも気付いてないようだし、あえて言わないけど。


「なるほどな、それで神代さんは大和撫子感があるわけだ。ん、つうことはもしかして、前にリョーイが言ってた『排他的大和撫子の巫女』って神代さんのことか?」


 思い当たり口に出してみるが、当の神代さんはキョトンとしながら、


「排他的? なんですかそれは」


 そう言った。

 どうやら本人は知らない称号のようだ、宿禰とかいう称号は知ってるくせに。これが灯台もと暗し、ということだろうか。

 いや違うか。

 しかしまあ、知らない内にリョーイが言っていた1年生の有名人が揃っていたとは……うーん、どおりで癖の強い後輩達だと思ったぜ。


「あの、もう一つ質問良いですか?」


 空いた間を縫うように、輪廻が言葉を挟む。


「あの、しょちょ――」


「待て輪廻、それは聞いちゃいけない」


 反射的に輪廻の言葉を遮る。

 ふう、危ないなぁ、変な空気になるところだった。

 ん?

 なんだ?

 なんか皆、俺のことを見てる?


「師匠、どうして聞いてはいけないのですか?」


「え、いや、それは……その意味を聞くのはちょっと、ねえ?」


 と、みんなに同意を求めるが、一様に冷たい視線を向けてくるだけだった。

 え、どゆこと?


「初潮のことですか? それなら私はもう知っていますよ。自身も経験していることですし。ちゃんと周期的に生理も来ています」


「お兄ちゃん……羽狩さんになんてこと言わせてるの?」


 木陰がドン引きといった表情で俺を見ている。


「え! いや違う! 俺が言わせたわけじゃない! むしろ俺は止めようとだな……」


「大丈夫ですよ、師匠。私は師匠の言うことだったら何でも従います。皆さんも、師匠を責めないでください。私は師匠に聞かれて恥ずかしいことなんてありません。師匠に見られて恥ずかしい場所もありません。私は身も心も師匠に捧げているので」


「な、な、な! まさか天海さんあなた! 羽狩さんの兵装を奪ったのですか!?」


「なんで輪廻が兵装を纏ってるんだよ! 奪うとしたら貞操だろ!」


「そうなのお兄ちゃん!?」


「先輩もなかなかやりますねー」


「ていそう?」


 神代さんにあらぬ疑いを掛けられ、それをある意味で間違って訂正し、木陰はパニックに陥り、短冊ちゃんが楽しそうに囃し立てる。誤解を招く発言でこの状況を生んだ輪廻はというと、『貞操』という言葉が分からないらしく首を傾げていた。

 なんだこのカオス空間は……。

 いやまあ、このメンバーが揃えば、こんな感じになるであろうことは分かっていた。

 分かっていたのにみすみす踏み込んだ俺が愚かなだけだった。


 ああ、どうにか抜け出す策は無いものかと頭を悩ませていると。


 くすくすくす、と。


 鈴虫が鳴くような笑声が聞こえ、騒いでいた後輩達も気を取られ静まる。


 その音は微小だったが、出所はすぐに分かった。

 俺の目の前に座る雪禰初夏が、不自然に前傾姿勢をとっていたからだ。

 左手で口元を押さえ、肩をプルプルと震わせている。

 と思いきや。


「く、くくっ、ふふ、ふははっ! あーはっはっはっは!」


 急に爆笑した。

 他の後輩達と妹、そして俺はというと、それぞれ引いているのか恐怖を感じているのか戸惑っているのかは分からないが、皆一様にリアクションを取れないでいた。

 その間に爆笑を収束させた初夏さんが一つ咳払いをして、取り繕うわけでもなく話し始めた。


「良いですね、面白いですねぇ、あなた達は。夕くんは簡単に心を乱す人ではない。にも関わらず、あなた達と居ると夕くんの心の中はぐっちゃぐちゃに掻き乱されています。なんですか、これ。この感情が嫉妬というものですか? 私も夕くんの胸の中も頭の中もドロッドロにしたいです。だから私は、夕くんとお付き合いすることにしたんです」


 怖い。

 素直に感じた感情はそれだったが、何故か皆が初夏さんから俺へと視線を移してくるので、俺も黙っているわけにはいかないようだった。


「しょ、初夏さん、ちょっと落ち着こうか?」


「あれ、夕くん? いつから私のことをさん付けで呼んでいるんですか? 私のことは初夏、と呼ぶようにと言いましたよね?」


 目が怖い、口調が怖い。


「いやまあ確かにそう言ってはいたけどさ、ただ俺としては初夏さんていうのが呼びやすいなーって……ね?」


「そう……そうですか。じゃあまあいいです」


 あ、いいんだ。


「ちょっと、天海さん」


 神代さんが無駄にウィスパーボイスで声を掛けてくる。

 静かな店内ではどんな小声だろうと全員に筒抜けだというのに。


「この方は大丈夫なんですか?」


 もちろんこの言葉も初夏の耳に届いているだろう。

 しかし初夏はまるで聞こえていないかのように平然としていた。


「まあ大丈夫か大丈夫じゃないかでいうと大丈夫ではないな」


「ありがとうございます」


 お礼を言ってきたのは初夏さんだった。

 え、嬉しいのか?

 この女子のことがますます分からん。


「え、えっと、雪禰ちゃんは先輩と交際してる、でいいんだよね?」


「ええ、そうですよ?」


 短冊ちゃんの問いに初夏さんが即答する。


「あのさ、ちょっと待ってくれないかな」


 そう切り出したのは後輩の誰でもなく、ということは妹の木陰だった。

 敬語でないのは恐らくその言葉が、隣に座る同学年の初夏さんに向けられたものだからだろう。


「なんですか? 天海さん」


「うん、あのさ、私もこんなこと言いたくはないんだけどね。でも私はお兄ちゃんの妹だからここはちゃんと言っておかなきゃいけないなって」


 そう前振りをする木陰はいつになく真剣な表情だった。


「はっきり言って、雪禰さんにお兄ちゃんは合わないと思う」


「どうしてそう思うんですか?」


 特にショックを受けたようには見えない初夏さんが聞き返す。


「お兄ちゃんは、特別カッコいいわけでもないし頼りがいがあるわけでもないし、見切り発車なところあるしわりと変態だし、正直言って頭おかしいんじゃないかって思うこともある……」


 え、言い過ぎじゃない?


「……けど、お兄ちゃんは優しいの。私が知ってる他の誰よりもお兄ちゃんは優しい。世界に誇れる優しさなの。低反発枕くらい優しいの」


 お、おお、そこまで言われるとこそばゆいな……。落としてから上げるなどというテクニックを、木陰はいつになくどこで習得したのやら。

 隣で俺に寄りかかる音無が密かに「たしかに」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 低反発枕に反応したのだろうか。ていうかこいつ、寝てるようで結構起きてるよな。


「はあ。まあ天海さんがそう言うなら、そうなのかもしれませんね。それで、何故私と夕くんが合わないと思うのですか?」


 初夏さんの口調にトゲは無いが、闇があった。

 しかし我が妹は勇敢ながら、目の前の闇に臆することなく斬りかかる。


「雪禰さんは控えめに言っても良い子ではないから、正直お兄ちゃんには近寄らないでほしい」


 短冊ちゃんが「おおー」と感嘆の声を上げる。

 俺も木陰がここまで言ってくれるとは、兄冥利に尽きるなぁ。


「なるほど。結局は『私のお兄ちゃんに近付かないで』ってことですか。合う合わないの話ではなかったのですか? はっきり言って、相性で言えば私と夕くんの相性はこれ以上ないほどに良いです。それをあなたが証明したんですよ? 天海さん」


 不適に笑う初夏さんに、木陰の顔が強張る。


「夕くんのことを、あなたは優しいと言いましたよね? そして私のことを良い子じゃない、と。そんなぬるい表現やめてもらえますか? 私は『良い子じゃない』のではなく、『悪い子』なんですから」


 自分で認めちゃったよ。

 いや、初夏さんはそういう人か。


「ですが、悪くて何がいけないんですか? 世の中十人十色ですし、人間は千変万化です。悪い人も良い人も、平等に生きてはいけないのですか? 好きな人を好きと言ってはいけないのですか? そしてそんなあなたは本当に良い子ですか? 今良い子だとして、死ぬまで良い子でいられると、本気で思って居ますか?」


 初夏さんの言葉には妙な説得力があり、誰も口を挟むことはできなかった。


「確かに夕くんは酷いお人好しですよね。登校拒否の妹の為に中学校に潜入までするんですから」


「初夏さん待てよ」


 これだけは黙ってられず、俺は反射的に声を発した。


「木陰は『不登校』だった。『登校拒否』じゃない」


 どっちが良いとかでもなく、どっちが悪いということでもないが、大事な妹について誤解されているのは我慢が出来なかった。


「ふむ、そうでしたか。私としたことが情報を違えていたようです。更新しましたから、許してください」


 お、初夏さんにしては素直だな。


「話を戻しますが、そもそも天海さんがちゃんと学校に通っていれば、夕くんは私に出会わなくて済んだんですよ。その辺り分かっていますか?」


「初夏さん!」


「これは事実です」


 そうかもしれないけど、それは言ってほしくなかったことだ。


「大丈夫、お兄ちゃん」


 木陰は俯いていた顔を上げた。


「雪禰さん。私、分かってるよ、ちゃんと。私がどれだけお兄ちゃんや、先輩達に迷惑を掛けたのか。でもだからこそ、今度は私がお兄ちゃんを守りたいの。雪禰さんとお兄ちゃんの交際を、私は認めない」


「そうですか。素晴らしい兄妹愛ですね。感動です。ですが、私と夕くんは既に恋人です。せいぜい別れさせることが出来るよう、頑張ってくださいね」


「分かった。がんばるよ」


 隣り合って座る木陰と初夏さんの視線がぶつかり、この世界がマンガかアニメだったら火花でも散っていそうだなと、呑気に思った。


「それで、ですね」


 ふいと木陰から視線を逸らし、初夏さんは切り出した。


「皆さんの馴れ初めを、是非とも聞きたいのですが」


「なれそめ?」


 代表して短冊ちゃんが首を傾げる。


「はい。夕くんに付随するあなた達にも、私は非常に興味を持ちました。というわけで情報として、あなた達真理探究部が結成された日の話を、教えてくれませんか?」


「あ、それは私も気になる!」


 と、同調する木陰。

 いや、お前ら喧嘩してたじゃんか。

 女子はよく分からんなぁ。


「師匠、私もその話聞きたいです」


「え、輪廻も?」


「はい。私も皆さんがどういう理由で師匠の旗の元に集ったのか興味があります」


「それは私も気になるかも。よく考えたら何でこのメンバーになったのか、知らないもんね」


 と、短冊ちゃん。


「私は天海さんが美少女を集めて好き放題するつもりなんだと思ってましたが、違うのですか?」


「神代さん、そんな風に思ってたのか……」


 普通にショックだ。


「分かった、それじゃあ語るとするか。忘れもしない、あの運命の1日のことを――」


 と大仰に言ったところで、皆の期待に満ちた視線が集まる。

 が、正直期待する程のことでもないんだがな。

 何せ、ただの部活動設立の話だし。

 しかもたった二週間前の、懐かしくもない。

 だからまあ、思い出すレベルのことでもないが、しかし話のネタくらいに、ちょっと回想するとするか。


 というわけで、次回は回想回です。


 次回って、なんだろ?




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