彼女との初デートwith真理探究部featuring妹
「お兄ちゃんただいま」
「おう、お帰り」
今日久しぶりに登校した可愛い妹が帰宅し、そのタイミングで停学を処されている兄である俺は、料理をしながら努めてラフにその妹を迎えた。
「どうだった、久しぶりの学校は」
「うん、割りと普通だった。思ったよりみんな、普通に接してくれたし。気を使わせてる気がして、気を使っちゃったけどね」
「そうか、木陰らしいな。まあその内慣れるだろ。青春は短いんだから、ちゃんと楽しめよ」
「お兄ちゃんが言うと説得力あるね」
木陰はそう言いながら、俺との会話を楽しみたいのか制服のままダイニングテーブルに備え付けの椅子に腰掛けて、俺のエプロン姿を眺めてくる。
「まあ、俺は説得力の塊だからな」
「そこまでは言ってない。というか褒めたつもりはなかったんだけどね」
え、そうなの?
「それより、お兄ちゃんの方はどうだった? 一人でちゃんとお留守番できた?」
「俺は子供か」
「子供みたいなものでしょ。で、何か変わったことはなかった?」
変わったこと、ねぇ。
とびきりのがあるなぁ。
「あー、彼女ができた」
「は?」
どうせ隠しててもすぐに情報は漏洩するんだろうし、なら先に言っておく方が懸命だろう。後で騒がれる方が面倒だしな。
「待って待って、お兄ちゃん、彼女って何? どういう意味の彼女?」
ガタッという音がして振り向くと、立ち上がった木陰は前のめりになってテーブルに手を付いていた。
「え、えっと……文字通りの彼女ではなくて、恋人という意味の彼女」
背後の妹から感じる圧力に多少言葉を詰まらせながらも、俺ははっきりと言った。
そしてまたキッチンに向き合う。
「彼女? 恋人? え、Lover? それってカップルってこと? 今風に言うとアベックってこと? 未来語で言うと懸想人ってこと?」
「木陰落ち着け、時間が逆行しているぞ」
英語から死語から古語まで、語彙の多いやつだな。ていうか未来語ってなんだよ。
「なんでどしてどゆこと? 家に引きこもっててなんでそんなことになるの!?」
ご指摘はごもっともだ。
「うーん、まあ、説明するのも難しいからなぁ」
「難しくても説明して!」
おお、木陰にしてはいつにも増して語気が荒い。
とはいえ、俺から説明するのが憚られるのも事実だ。
「日曜日さ、初デートってことになってるんだけど、お前も来るか?」
「え、行く!」
即断即決とはまあ、流石は俺の妹だ。
妹同伴で初デートなんて普通の彼女なら怒るところだろうが、あろうことかこれは雪禰初夏当人からの提案なのだった。
* * * * *
で、憂鬱な日曜日。
なんてことだ、普通なら「ひゃっほーい!」と言って跳びはねるほど嬉しいはずの日曜日を学生の内からこんな気持ちで迎えようとは!
いや、彼女との初デートなんて、普通ならドキドキワクワクもののはずだが、どうしてこうも気分が乗らないのだろう。
答えは簡単だ。
その彼女が、あの雪禰初夏だからだ。
出会って間もない彼女が、俺の恋人になったという事実はとてもエキサイティングではあるが、だからといってそれを手放しで喜ぶほど俺は愚かではない。
初デートだろうがなんだろうが、気を引き締めて行かなければいつ足下を掬われるか分かったもんじゃないしな。
「うーん……ねえお兄ちゃん! この服とこっちの服、どっちがいいかな?」
「いや、どっちでも可愛いぞー」
「もう、真面目に答えてよ。いや、お兄ちゃんに聞いた私が愚者だったけど」
愚者て。
タロットにでもハマってるのか?
ていうか木陰のやつ、デートする当人の俺よりも気合い入ってる気がするのは気のせいか?
ま、なんでもいいけど。
「おい木陰、そろそろ家出る時間だぞ。いつまで下着でウロウロしてるんだ」
「うるさいなぁ、こっちの身にもなってよね!」
怒られた。
いや俺が妹だったら兄のデートなんか付いていかないけど。
まあ、木陰の初デートだっていうなら、それは是が非でも行くけど。
別に遅刻しようが死ぬわけではなし、もうしばらく下着姿で悩む妹を、こうしてリビングのソファでゆっくり眺めるのも悪くはないか。
しかし木陰は我が妹ながら、結構良い身体をしてるよなぁ。
つい最近まで引きこもり生活を送っていたとは思えない。
出るところは出てるし、締まるところは締まってるし。
最近の中学生はこんな感じなのだろうか。
ふぅ、時代の変化を感じて、ちょっとエモーショナルだな。
「ちょっとお兄ちゃん」
「ん?」
「妹を視姦するのやめてくれないかな?」
「おま、どこでそんな言葉を……」
「私は読書家なんだからそれくらい知ってるよ」
「嘘つけ、普通の小説にそんな言葉が出てくるか」
「出てくるよ、普通の官能小説にはね」
「……兄として言うけど、法律は守らなきゃダメだぞ」
「じゃあ私も、妹として無知なお兄ちゃんに言うけど、小説には年齢制限てほとんどないんだよ。だから私の歳でも普通に官能小説を買えるし、読んでも法には触れない」
「そうなのか……」
「まあ、モラル的にどうかっていう話にはなるけどね。私は純粋な文学として楽しんでるだけだから心配しないで。知的好奇心を満たしているだけで、性的欲求を満たしているわけじゃないから」
そうか、知らない間に妹っていうのは成長していくもなんだな。ちょっとだけ寂しさを感じなくもない。
「話がずれちゃったけど、だからお兄ちゃんは私を視姦しないように」
「あのなぁ、妹を視姦なんてするか。発育具合を観察してただけだ」
「同じじゃん。じゃあ今度から定期的に写真付きのレポートでも提出しようか?」
「え、マジで!?」
「これで喜ぶなんて、お兄ちゃんは本当に変態だなぁ」
木陰は呆れたように溜め息を吐く。
「べ、別に妹の身体に興味があるわけじゃないからな、妹に興味があるだけだぞ!」
血を分けた大事な妹だからな。知れることは知っておきたいんだ、これからはちゃんと。
「え?」
「な、なんだよ……」
「あ、ううん……なんでもない」
また糾弾されると思ったが、特に嫌な顔をせずに木陰は服選びに戻った。
変なやつだなぁ。
まあ、俺としてもそろそろ着る服を決めてもらいたいところだし、助かるけど。
ちなみに、とっくに着替えを終えている俺の服装はというと、普段の普段着だ。
特筆することはない。
世間一般の高校生の休日を思い浮かべてもらえれば、多分そんな感じだ。
ピンポーン。
と、インターホンの音がなる。
げ、このタイミングで来客か……。
長引かなきゃ良いけどな。
「ごめんお兄ちゃん、出てくれる?」
「言われんでも下着姿の妹を人様に見せられるか」
と、ひとりごちりながらソファから立ち上がり玄関に向かう。
しかしなんだかここのところ、来客が多いなぁ。
「はーい、どちらさま……」
鍵を開けた途端、目の前の扉が勝手に開いた。
まったくマナーのなってない来客だ。
そう思いながら、差し込んできた日光に目を細める。
その絞った視界の中に居たのは。
「デジャブだ……」
気付けばそう呟いていた。
* * * * *
大通りの歩道を歩く俺の後ろに、なぜか女子の団体が続いていた。
というか、そのうちの一人は俺の背中で『いつも通り』眠っている。
「まさか先輩に彼女が出来るなんてね。奇跡みたい」
と、短冊ちゃん。
いや言い過ぎだろ。
「本当ですね。そこまで趣味の悪い人間が居るとは、世の中というのはヒレカツですね」
と、神代さん。
奇天烈な。
「いやあの、お兄ちゃんは確かに良いところはないかもしれないですけど、そこが逆に良いというか……」
と、木陰。
妹よ、フォローになってない。
「ちょっと待ってください。師匠を人間の枠に当てはめて評価することがそもそも間違ってるんです」
と、輪廻。
お願いだから人間として扱ってくれ。
「しんぐとしては、さいこう……」
と、音無。
だから人間として……ていうか起きてたのか。
というわけで俺と妹と、マナーの悪い来客改め可愛い後輩たちがぞろぞろと、日曜の街中を闊歩している。
端から見ればハーレムにでも見えるかもしれないが、実質は俺のことを見下している妹と、馬鹿にしている後輩と、危険視している後輩と、所有物と思っている後輩と、崇拝している後輩の集まりなので、見てくれに騙されないでほしいものだ。
というか、年下ばかりなのに尊敬されてなさがすごいな、俺。一人て。
おかしいなぁ、後輩には先輩の威厳と寛大さを存分に見せ付けてきたはずなのに。
「ていうか、なんでお前らまで来てるんだよ……」
「何言ってるんですか先輩、私たちは誘われたから仕方なく来ただけですよ。ほんとは今日はみっちりレッスンの予定だったのに、先輩のデートなんていう面白そうなイベントがあるって聞いたら、そりゃ行きますよ」
「短冊ちゃん、前後で言ってることがチグハグじゃないか?」
「いえいえ、気のせいです♪」
ちっ、営業スマイルで誤魔化しやがった。
「ん? てか、誘われたって誰に?」
俺と初夏さんがデートするって知ってたのは昨日話を聞いていた輪廻と、俺が声を掛けた木陰くらいのはずだが……。
どっちも面白がって知り合いを呼ぶようなタイプじゃないと思うんだけどなぁ。
「私は羽狩さんに聞きましたよ?」
「私もー」
「わたしも」
神代さんが言うと、短冊ちゃんと音無が同調した。
え、まさか本当に輪廻が?
意外過ぎて、身体ごと捻って俺のすぐ後ろを歩いていた輪廻を見遣る
今日は先日とは違って白いワンピースにパステルブルーのニットを羽織っていていかにも“清楚可愛い”といった感じだった。
「すみません師匠、勝手なことをして。しかし、実はショッカーさんから連絡がありまして、『是非お友達を連れて来てください』と言われたもので」
なんとまあ、俺の恋人がこの現状の黒幕かい。
思いもよらなかったが、分かってみれば意外でもなんでもねえな。
「ショッカーさんて?」
俺が大きく溜め息を吐いていると、輪廻の後ろを神代さんと並んで歩く短冊ちゃんが疑問に思ったことを口にした。
ちなみに短冊ちゃんの今日のコーディネートは、上はレースのブラウスで下はジーパンと、露出を最小限にしつつ女子らしさを演出しているあたり、さすがにあざとい。
「悪辣非道な師匠の恋人です」
うん、輪廻の中で初夏さんのイメージが悪いということは分かってたけど、思ったよりも酷いみたいだな。
まあ俺の中でも同じだから初夏さんを庇ったりはしないけど。
「悪辣非道? なるほど、それは天海さんにお似合いかもしれないですね」
「どういう意味だ神代さん」
さすがに聞き捨てならんぞ。
俺が質問すると、呆れ顔を向けてくる。
ストライプのシャツに花柄のロングスカートで品がありそうな装いなのに、表情に品がないのが残念だ。
まあ、それが神代さんらしいとも言えるが。
それにしても、神代さんにいたっては髪型もいつもとは趣が異なる。いつもは後ろの髪を大きな一つの三つ編みにしているというのに、今日に限っては後ろに一本で括っていて、綺麗さが2割くらい増していた。
おまけなのかメインなのか、名前に因んでいるのかは不明だが、矢を模した髪飾りのようなものがくっついていた。
括った髪をよく見ると、前の長さよりも少し短くなっているような気もするな。心境の変化か?
失恋でもしたのだろうか。
「む、何か失礼なことを考えてはいませんか?」
「嫌だなあ、根拠なく疑うのはやめてくれよ」
さすが風紀委員だけあって敏感だな。
「あなたを疑っておいて間違いはありません。あなたは脳内の風紀が乱れているのですから」
酷いことを言うなぁ。
「そういう意味で、あなたには悪辣非道な恋人がお似合いだと言ったのですよ」
「まあ、神代さんの考えそうなことは分かってはいたけどさ」
確認はしていないが、多分神代さんは俺を睨んでいるであろう。背中に、音無を貫通して視線が刺さっている気がする。
「でもあの女子は、俺からみても闇でしかないぞ」
「それはなんというか、邪悪な天海さんがそこまで言うというのは恐ろしいものがありますね……」
神代さんの語気が弱まったところをみると、どうやら本当に恐怖したようだ。どれだけ俺の評価が悪いのだろうか。
「まだ、つかないの?」
すぐ近く、というか耳元で声がする。
音無を背負っていると自然とこの距離感になるが、音無の声は綺麗で心地いいので、密かに俺は音無が話すのを期待していたりする。
「おお、今日は起きてるんだな」
ちなみに音無の服装は分からない。
というか傍目には日光対策で黒いポンチョを頭から被っているので、その中に何を着ているのか判断できないのだ。
下手すれば全裸の可能性すらある、と言いたいところだが、流石に俺が支えている細い脚は黒いタイツを纏っているので、最低限それは身に付けているであろう。
「うん、すこし、てんしょんたかめ」
うわ、めずらしっ!
と内心では思うが、それを声に出したりはしない。
下手なことを言って、可愛い後輩の気分を害したくはない。
「そうか。えっと、もう少しで到着だ」
「わかった。あの、つかれない?」
音無はよく背負われているが、それを当然のように思ってないのが可愛げのあるところだ。
「全然。ていうか音無おぶってて疲れることなんてないから安心しろ。俺はもうお前のこと身体の一部くらいに思ってるし」
これは結構冗談ではない。
音無を背負っていた方が、身体が安定するとすら思っていた。
「うれしい」
「うれしいのか? 正直結構引くこと言ってると思うんだけど……」
「ひかないよ。わたしも、ずっとこうしてたいっておもうから」
やば。
可愛いなぁおい。
俺は音無にはちょこちょこ心をくすぐられるんだよなぁ。
ありがたいのは、音無との会話は他のやつらには聞こえないボリュームで行われているということだ。
これを短冊ちゃんやら神代さんに聞かれた日には、何を言われるか分かったもんじゃない。いや、目に見えて分かる。
「お兄ちゃん? なんか嬉しそうだけど、どうしたの?」
げ、横を歩いている木陰が俺がニヤニヤしていることに気付いたようだ。
めざとい妹め。
木陰が結局一人で選んだ服装は、白いシャツに白いスカート、その上にグレーのコートという、俺の主観ではこの中で一番大人っぽい格好に見える。
我が妹ながら、ませた中学生である。
「あ、まさか禊ちゃんの身体が背中に密着してるからって変なこと考えてるんじゃ……」
「そんなことないわ! お前はお兄ちゃんをなんだと思ってるんだ!」
「なにって、お兄ちゃんは変態だよ?」
「当たり前のように言うんじゃない!」
妹と後輩の共通認識にでもなってんのか?
「お兄ちゃん忘れたの? この間聖歌とパンツの話をしていたとき――」
「その話はやめろ!」
危ない!
それこそ共通認識にしてはいけないエピソードだ。
「え、なになに、なんですか先輩、そんなに慌ててどうしました?」
意地の悪そうな笑いを浮かべた短冊ちゃんが俺の弱味を嗅ぎ付けたらしく、後方から前に出しゃばってきて絡んでくる。
「ナンデモナイヨ、タンザクチャンニハカンケイノナイハナシサ」
「片言も度が過ぎると怪しいを通り越して気持ち悪いですね」
歯に衣を着せないのが短冊ちゃんの良いところであり悪いところだ。
「なあ、少しはプラスな表現をしてくれないかなぁ……」
流石に心が痛い。
「だったらプラスな言動をしてくださいよ」
ごもっともだ。
「で、妹ちゃん。先輩がパンツでなんだって?」
短冊ちゃんが木陰に向き直る。
「あー、ええと……」
一応良識のある木陰は、言っていいものか悩んでいるようだ。人の気持ちを考えるのが苦手と言っていた木陰だが、少し変化したところもあるのかもしれない。
「なー、もうパンツの話はやめようぜ? 正直部を設立してからパンツの話しかしてない気が……」
「え、お兄ちゃんの部ってなんの部活なの? 下着部とか?」
若干の引き気味で木陰が聞いてくる。
「そんないかがわしい部が存在するか。言ってなかったっけ、真理探究部だ」
「普通に怪しげな部だね」
それこそ真理だな。
「まあ正直まともな活動してないですよね」
「短冊ちゃんが言うなよ」
誰のせいでパンツ探しなんぞする羽目になったと思ってるんだ。
「へえ、真理探究部、ですか」
と、急に和やかな空気に冷気が入り交じった。
それは同道していた誰の声でもなく、とはいえ聞き覚えがないわけではない。
「ふふ、それはさぞ面白そうな部活動ですね。是非とも、活動内容を教えていただきたいものです」
振り向くと、隊列を組んで進んでいた俺達の一番後ろに。
真っ黒なドレスを着た少女が居た。
雪禰初夏は、不適に笑っていた。




