恋愛と友情
とりあえず、いろんな意味で一旦落ち着こう。
ということで、俺も木陰も恋藤も、それぞれ自分の暴走をひとまず納めて、ともすればいつ入れるか分からなかった本題にようやく入ることが出来そうだった。
さすがにこれ以上輪廻達を外で待たせるのは忍びなかったので、木陰に事情を説明して家に招き入れた。
「え、今から本題なの?」
「何をしていたのですか? まさかいやらしいことではないでしょうね?」
「まあまあお二方、時には遠回りをすることも必要ですよ」
不満そうな短冊ちゃんと怪訝な顔の神代さんを、例によって器の大きな輪廻がなだめてくれる。
問題の当事者である木陰と恋藤をダイニングのテーブルの方に座らせ、そして愛すべき後輩達を音無と一緒にソファーへと座らせてから、俺も木陰の隣に座ろうかと思ったのだが、
「お兄さん大丈夫です。ここからは木陰と二人で話します」
「うん。大丈夫だから、禊ちゃんに付いててあげて」
自分より若い女子二人にそう言われてしまうと、何となく黙って頷くことしかできず、窓側のソファーに座る短冊ちゃんと神代さんの対面、輪廻の横の音無を抱っこする形で、俺もソファーに収まった。
そしてようやく、木陰と恋藤の、恋バナが始まる。
* * * * *
「ねぇ木陰、まず聞きたいことがあるんだけど」
切り出したのは恋藤だった。
「なに?」
「どうして急に、学校に来なくなったの?」
「うん……やっぱりそう思うよね。でも、それに答えるのは難しいんだ」
「難しいって、どういうこと?」
「私もよく分からなくって」
「分からない?」
「うん。聖歌が好きな人が、私を好きだって、雪禰さんに聞いたでしょ?」
雪禰初夏の名前が出て、なんとなく俺の身体も強張る。
「うん……」
「それで私、どうすればいいのか分からなかった。聖歌がどう考えてるのかも分からなかったし、その男の子に対して私がどうすればいいのかも分からなかったの」
「木陰……」
「だからとりあえず、私が居なければいいのかと思った。恋模様の中に私が居るから、複雑になるんだと思った。私が居なければ、その男の子の好きな人は居なくなって、その男の子を好きな聖歌が居るだけだから」
―――――
「妹ちゃんて、頭良さそうで結構バカなんですね」
不意に短冊ちゃんが言う。
「なっ! 人の妹を捕まえてバカとはなんだ。後輩とはいえ看過できないぞ」
「む、先輩は可愛い後輩よりも可愛い妹の方が大事なんですか?」
「それは普通そうなのでは? 天海さんの刀を持つわけではないですが」
短冊ちゃんの謎の疑問に、神代さんが安定の間違った言葉で切り返す。刀だけに。
「俺の刀を持つってなんだよ、下ネタか。『肩を持つ』だろ」
「ぬあっ……! なな、なんてことを言うのですか! やはり天海さんは変態ですね!」
「え、今のが下ネタ? とはどういうことですか?」
輪廻が俺の顔を見ながら首を傾げる。綺麗な金髪が窓から差し込む夕日に煌めいた。
「ああ、そうだよな、神代さんと違って輪廻はピュアだから分からないよな。いや、分からなくていいんだ。これが分かってしまうのは汚れてしまった証なんだから」
「ふむ……心を汚泥に沈めなければ見えない真理もある、ということですね」
優しく諭してやれば、輪廻は得心したようで頷く。
「そうだ。逆に、輪廻のように澄んだ目でなきゃ見えないものもある。だから輪廻は今分からなくてもいいんだ」
「なるほどです。私は今のままで知れる全てを知りつくし、それから闇に目を向ければいいのですね」
キラキラした目を俺に向けてくる輪廻に頷いてやると。
「ちょっ、天海さん、それでは私の心が汚れているみたいではありませんか!」
「今更気付いたんですか神代さん。そりゃあそうだろう、いやらしいことを嫌うんだから」
「いやらしいことを嫌ってるんですから、私の心は綺麗なはずです!」
「分かってないなぁ神代さんは。『いやらしいこと』を嫌ってるってことは、『いやらしいこと』がなんだか知ってるってことだろ? ○○○とか××××とか●●●●●●●とか」
「ひ、卑猥なことを言うのをやめなさい!」
分かりやすく狼狽える神代さん、少し可愛らしくもある。
「ほらな。輪廻、ひとつでも意味が分かったか?」
「いえ、まったくの未知でした。面目ないです……」
肩を落とす輪廻の頭をくしゃくしゃ撫でてやる。
「わふ……」
輪廻が仔犬みたいな声を出した。
「いいんだ分からなくて。この言葉の意味が分かったら魂が汚れちまうからな」
言いながら神代さんを見てやると、悔しそうな顔で、
「ぐぬぬ……」
と言っていた。
ぐぬぬ、とかリアルで言う人初めて見たな。
「ほら先輩、神代ちゃんも、向こうの話ちゃんと聞こうよ」
こういう時、短冊ちゃんは意外としっかりしているのだった。
―――――
「バカじゃないの?」
「え?」
「『私が居なくなれば』? いやいや、木陰は居るじゃん」
「えっと……」
「だーかーら!学校に来なくなったくらいで、あんたの存在が消えるわけないでしょ! それは私にとってもそうだし、霧丘くんにとってもそうだよ」
霧丘、というのが恋藤が好きだった男子生徒なのだろう。
「けど、じゃあ私はどうすれば良かった? 私がそのまま居たら何かが変わった? 聖歌とあの男の子は、上手くいった?」
「木陰って、頭良いくせにほんとバカ」
「さっきからバカバカって、聖歌の方がよっぽどバカじゃん!」
「知ってるよ」
恋藤は動じない。 瞳に宿る光も、ハーフツインも揺れない。
「私らって、バカなんだよね」
「聖歌……?」
「中学生にもなって、なに色恋に振り回されてるんだって。そんな一時の恋患いより、もっと大事なものがあったのに。私がバカだったのは、木陰に気を使ったこと。木陰、あんたがバカだったのは――」
その先は、木陰が引き継いだ。
「聖歌に、気を使ったこと、だよね。そうだね。そうだった。いつも気兼ねなく話せる相手だったのに、聖歌の好きな人が私を好きって知って、私は尻込みをした。聖歌に申し訳ないと思った。聖歌と顔を合わせずらくなった。だから逃げた。聖歌とあの男の子が上手くいく為、なんてただの建前で、本当は私が聖歌と向き合うのが怖くて逃げる為の口実だった」
そこから先は、自白の応酬だった。
「私も逃げてた。本当は早く木陰に会うべきだったのに、そうしなかったのは木陰がどう思ってるのか分からなくて怖かったから。木陰が霧丘くんのことを好きになったらって、そう思ったら怖かった。木陰のことは大好きだし、霧丘くんのことも好きだったけど、そんな二人がもし結ばれたときに、私はちゃんと祝福出来ないんじゃないかって、自分がそんなクズみたいな人間なんじゃないかって思ったら、怖かったよ」
「好きじゃないよ、その霧丘くんのことは。好きになるほど彼を知らない。だから、申し訳ないって思った。彼のことを好きな聖歌じゃなく、彼のことをよく知らない私が好かれていることが、心苦しかった。それに意味が分からなかった。私は彼を好きになるほど知らない、だったら彼も私を好きになるほど知らないはずなのに」
「そんなもんなんだよ、恋って。私も霧丘くんのことはよく知らないんだ。ただなんとなく良いなぁって思っただけ。木陰にはまだ、分からないかもしれないけどね」
「ちょっと、大人ぶらないでよ。私だって――」
「え、居るの? 好きな人」
「それは……」
――――――
「青いですねー、青春ですねー。今時の中学生ってこんな感じなのかぁ」
特に感慨深くもなさそうに短冊ちゃんが言う。
「いや短冊ちゃんもちょっと前まで中学生だろ?」
「まーそうなんですけどね。私は恋愛とか無関係の学生生活を送ってたので、ちょっと羨ましくもあります」
「へー、意外だな。短冊ちゃんモテそうだけど」
「そりゃモテましたよ。アイドルですもん。けど、好かれはせよ、特定の男子を好きになることはなかったんですよねぇ。どういう感覚なんですかねぇ」
「興味深い、ですよね……」
輪廻が同調する。
そういや輪廻も恋愛をしたことないって言ってたっけ。俺の直近の後輩らは思いの外、初心なのかもしれない。
「何を言ってるんですか、学生の身分で色恋に興じるなどもってのほかです。そういうところから風紀は乱れるんですよ、まったく……」
呆れたように言う神代さん。いや、興じるて。こいつの場合は、初心というか潔癖すぎるんだよな。
じゃあ音無はどうなのだろうかと膝上に鎮座している少女を見ると、まんまと船を漕いでいた。
こいつはどんだけ寝るんだ。
よーし、ちょっと脅かしてやろう。
ちょっとした悪戯のつもりで、俺は目の前にある音無の小さな耳に、『ふー』と息を吹き込んだ。
「ひゃっ………な、なに?」
俺の上で音無の小さい身体がピクンと跳ね、同時に可愛らしい鳴き声、さらに同時にすごい罪悪感がやってきた。
「天海さん! あなた今耳をな、ななな、斜めましか?」
「あーもう! 否定しづらいから間違えんじゃねえよ神代さん! 斜めてもないし、舐めてもない!」
「そうだよ神代さん、いくら先輩でもそんなことしないよ」
おお、珍しく短冊ちゃんがフォローを……!
「先輩は音無ちゃんの耳の匂いを嗅いだんだよ」
「お、おぞましい……!」
「おい待て短冊ちゃん! 俺をさらにマニアックな変態に仕立てるんじゃねえ! 神代さんも真に受けるんじゃない!」
「なるほど、そういうのが好きな人も居るんですね。勉強になります」
「輪廻、勉強しなくていい。そんなハイレベルで特殊な人間はそうそう居ない。大体俺は、嗅ぐなら髪の匂いを嗅ぐ――ん、みんなどうした?」
どうしてそんな、軽蔑に眼差しで俺を見る?
え、髪の匂いが好きなのって、普通じゃないの?
―――――
「どうしたの木陰? 急にお兄さん達の方見て」
「あ、ううん……なんでも。好きな人は居ないよ」
「そうだよね、ふう、びっくりした。危うく人を一人消さなきゃいけないところだった」
「ええっ!?」
俺が引かれて静寂漂う中に、物騒な言葉が飛び込んできた。暗殺か?
「え、な、どういうこと?」
「あはは、冗談だよ木陰。けど、相手によっては私が許さないし、相手とか関係なくお兄さんが許さないだろうから、木陰は恋愛しない方がいいかもね」
「な、なに言ってるの? さすがにお兄ちゃんだってそんな過保護じゃないよ」
いや過保護だけど。
「それはどうかなぁ。だって妹の為に中学校に忍び込むんだよ? もうシスコンてレベルじゃないよ。えーと、言うなれば……うーん」
「変態じゃない?」
悩んでいた恋藤さんに助言をしたのは木陰ではなく、部外者の短冊ちゃんだった。
「こら短冊ちゃん、口を挟むところじゃないぞ」
「あ、そうですそうです! あれはもう変態だよ、木陰」
「ほら、合ってたみたいですよ」
短冊ちゃんはどや顔だ。
バカな、俺が変態……だと?
ショックを受ける俺を尻目に、話は進んでいく。
「まあ……お兄ちゃんが変態っていうのは否定しづらいけど……。って、今そんなことはどうでもいいよ」
俺の扱いが本当に酷い。
「そう……どうでもよかったんだよね」
急に真面目な声色で木陰が言う。
「うん、どうでもよかったんだよ」
同じ調子で恋藤さんも返す。
「恋愛なんて、どうでもよかった。聖歌が彼のことを好きでも、そんなの私には関係がなかった。私と聖歌の関係には、なんの関係もなかった」
「恋心なんてどうでもよかった。彼が木陰のことを好きでも、そんなの私には関係なかった。私と木陰が友達っていうことには、なんの関わりもなかったのに」
「私は勝手に恋愛を絡めた。二人から離れなきゃって、逃げた。聖歌を応援すれば良かったのに。彼の気持ちにちゃんと答えをあげれば良かったのに」
「私も恋心を絡めた。彼が木陰を好きなら諦めなきゃって、逃げた。ちゃんと想いを伝えれば良かったのに。彼の恋もちゃんと見届ければ良かったのに」
木陰と恋藤さんは、お互いの目を見つめ。
「「バカだよね、私達」」
そう言って笑い合うのだった。




