パンツの神様
「どうして? そんなに? はー、お兄さんは本当に分かってないんですね。分からない男なんですね。見損ないました! フッてくれて良かったです! ありがとうございました!」
どうやら俺のパンツに対する姿勢が恋藤の反感を買ったようだ。いや、そんなことを言われてもね……。
「いいですか!? パンツが女の子にとってどういうものなのか、お兄さんにちゃーんと! 教えてあげます!」
「は、はぁ……」
「返事は『はい』です!」
「は、はい……!」
まったくなんなんだこの状況は。俺は今日一日、妹の不登校を改善する為に行動していたはずだ。それが何故、今こうしてその妹の友達にパンツのことで説教をされてるんだ。
知ってるよ。
自業自得だよ。
諦めの表情で木陰を見れば、優しく苦笑していた。
「聖歌はパンツに対する情熱がすごいんだよね。お兄ちゃん、がんばって」
はい、完全に他人事ですね。
お前の親友だろ、止めてくれよ。
そんな含みを持たせて再度妹の目を見てみる。
さすが兄妹だけあって意味は伝わったようだが、残念なことにジェスチャーでお手上げポーズが返ってくるだけだった。
「よそ見をしないでください! お兄さんは女子のスカートが風でめくれたときもそうやってよそ見してるんですか? しませんよね!? それと一緒です! 今はパンツを見る気で私を見てください!」
「えっと……興奮しろってこと?」
「ひやあ! なんでお兄さんに欲情されなくっちゃならないんですか! そういうところがダメなんですよお兄さんは!」
ずっと昔から俺を知っているかのように言うなあ。
「パンツをいやらしい目で見ているから劣情を催すんです! パンツとはもっと清廉で、神聖で、神々しいものなんです!」
「う、うん……」
なんだこの子、結構ヤバイぞ。
パンツを神聖視しろって、普通に無理だろ。
どこの新興宗教の回し者だよ。
「いいですか、お兄さん。私は今から自分でスカートを捲ってパンツをお見せします。が、お兄さんはそれを見て興奮したりはしないでください。ただの聖なる布と思ってください」
「え、えー……」
「ちょっと待って、聖歌」
おお、この行き過ぎた状況にはさすがに木陰も黙ってはいられなかったようだ。
「聖歌が見せるの? パンツ」
「そうだよ、お兄さんの性根を叩き直してあげないと」
「聖歌がそこまでする必要はないよ。だったら私が見せる」
ん?
「な、何言ってるの木陰! 木陰がそんなはしたない真似するなんて嫌だよ!」
自分はいいのかよ。
「いいんだよ。それにほら、聖歌だったらお兄ちゃんはパンツじゃなくって太ももに欲情しちゃうかもしれないでしょ?」
「あ……確かに」
納得するのかよ。
「私なら妹だからね。さすがのお兄ちゃんも妹の身体に欲情したりはしない、よね?」
急にこちらを見る木陰。
その目には凄まじい圧力があった。
「あ、ああ、妹に欲情なんてするかよ」
圧力なんてかけられなくても。
「分かった……じゃあそれでいいよ。木陰のパンツを見て欲情しなければ、お兄さんの更正に成功した、ということにしてあげます」
「うん、ありがと……」
感謝を口にはしたが、この返答が合ってるのかすらもう分からない。
「じゃあ、お兄ちゃんちょっと場所変わってもらえる?」
「ああ、分かった」
木陰がソファーから立つために、俺は音無の頭を支え、木陰の居なくなった位置に自分が入って膝枕を替わった。
しかし本当にまあ、よく寝てるなぁ、こいつは。
俺が音無の寝顔を見て和んでいる間に、木陰の準備が整ったようだ。
「それじゃあ、いくよ? 聖歌、お兄ちゃん」
「うん……」
「おう……」
俺達が頷くと、木陰は自分が穿いている私服のスカートの裾に手を掛ける。
指先で摘ままれたそれが、次第に重力に逆らっていくさまは、何か神秘的な現象でも目撃しているかのような錯覚をしてしまう。
しかしそれでも、俺は目の前の光景から目を逸らすわけにはいかなかった。
ここで目を逸らすのは、木陰のパンツに対して後ろめたさを感じた、つまりは欲情したことと同義だからだ。
しかと見届けなくては。
木陰の太ももがすべてあらわになり、そしてすぐに、それは現れた。
乙女の大事な場所を守る最後の砦。
それはまるでイージスの盾のような厳格さを持ってそこに存在していた。
純白の、聖布。
その奥地にはきっと、鬱蒼とした黒樹林があるのであろうが、それを少しも感じさせずに霊験あらたかにすべてを包みこむ様は、本当に神器なのかとさえ思える。
また、木陰の引き締まった肢体は、それこそが神に選ばれし御身であるかのように艶やかで、神器たる聖布を纏おうとも邪が浮き立つことはなく、むしろその清廉さが聖布と一体となって清らかなハーモニーを奏でている。
これで興奮するなというのは、むしろ無理な話だ。
何故なら俺は今、誰も目にしたことの無い神秘中の神秘を、目撃しているのだから。
「どう? お兄ちゃん」
聞き慣れた妹の言葉で我に返る。
「え?」
気付けば、見慣れた家のリビングで、妹がスカートを捲って俺に見せていただけだった。
うん、まあ、ある意味なかなか見れない光景ではある。
「大丈夫だ、全然興奮しないぜ!」
自信満々に言い放つ俺を、恋藤が怪訝な表情で見てくる。
「本当ですか? その割にはお兄さん、目が血走っているような……」
「馬鹿を言うんじゃない、恋藤。俺の目は木陰のパンツの後光に焼かれただけさ。むしろこの目こそが木陰のパンツを神聖視した証だ」
「じゃあ聞きますけど今木陰のパンツに宿っている神が、お兄さんには分かりますか?」
な、な、何を言っているんだこの少女は!?
まさか本当にパンツに神が宿っていると思っているのか、この子は。
そんなバカな。
どこでどういう勉強をすればそんなファンタスティックな発想に辿り着くっていうんだ?
いや違う。
妄想とかそういう次元じゃない。
まっすぐに俺を見つめる恋藤の目、あれは本気の目だ。
俺を試さんと、まるで弓矢で射るかのように俺に照準を合わせている。
「さすがにパンツ初心者のお兄さんには難易度が高いですかね。じゃあ、4択にしてあげましょう」
パンツ上級者の余裕なのか、情状酌量気味に難易度を下げてくれるようだ。まあ4択ならばどんな選択肢だろうと4分の1の確率で当たるはずだ。
パンツ初心者の俺でも、まだチャンスはある!
……てか、パンツ初心者ってなに。
「じゃあ、行きますよ? 1.セクメト、2.エロース、3.ニュクス、4.ティアマト、はいどれでしょう?」
え…………神がマニアックすぎない?
神様に対してこんなことを言うのは罰当たりなのかもしれないが、マイナーすぎてそれぞれがなんの神様なのかすら分からない……。
俺が無知なのか?
これくらい世間では常識なのか?
くっそ、こんなことになると分かってたらもっと神話を勉強しておいたのに! ……と思うが、パンツに宿る神を当てることになるなんて、だれが想像出来ようか。
「ほらほら、どうしましたお兄さん、制限時間が迫っていますよ?」
「いや待て、いつから制限時間あるんだよ!?」
「何を言ってるんですか、クイズに制限時間は付きものでしょう? ほら、あと10秒ですよ。9……8……7……6……」
「あー分かった分かった! 答えるから!」
以下の思考を、俺は約2秒間で行った。
セクメト、エロース、ニュクス、ティアマト。
この神々がどういう神なのか分からない俺に、この4択問題は荷が重いと言えるが、しかしそれでも回答を避けられない以上、何らかの答えは出さなければいけない。
そうなれば、頼りになるのは名前のニュアンスとか語感だけになるが、これは割りと当てになるのかもしれない。
なぜならば日本神話では太陽神は天照だし、月の神は月読だ。ということは神様はその名前が存在自体を表すことが多いんじゃなかろうか。
だとすれば木陰のパンツを神聖視しなければいけない今、セクメトは下手すればエロいし、エロースはあからさまにエロい。そうなると消去法で残るのはニュクスとティアマトだが……。
ニュクス。
ティアマト。
よし、決めた!
「答えはティアメトだ!」
「ん、ティアメト? ティアマトですか? セクメトですか?」
あ、噛んだ。
「てぃ、ティアマトだ!」
「お兄さん、噛みましたね? 神の名を噛みましたね!? なんて罰当たりな! 神々を噛み噛みするなんて!」
「かみかみかみかみうるせえ! 俺は神じゃなくて人間なんだから噛むことだってあるわ! それより今はパンツの話だろ!」
「ふむ、まあ、そうですね。神よりもパンツの方が大事です」
恋藤の方がよっぽど冒涜的だろ。
「答えはティアマト、で、本当にいいんですか?」
「ああ」
これ以上考えようが、俺の答えは変わらないだろう。
「そうですか、その答え……」
恋藤がまるでクイズ番組のように焦らしてくるのを、俺は固唾を飲んで見守るしかなかった。
「残念!! 不正解です!!」
「な、なん、だと……」
俺は愕然として突っ伏したが、突っ伏した先に音無の可愛い寝顔があって危うくチューしそうになってしまったのですぐさま顔をあげた。
「はー、やっぱしお兄さんは分かってない男でしたね。煩悩まみれの低俗な人間です」
こんな意味不明な問題を外しただけで何故こんなに貶められなければならないんだ……。
この短時間でだいぶ恋藤に対するイメージが変わったぞ。もちろん悪い方に。
「じゃあ、正解はなんなんだよ?」
「知りたいんですか? 低俗なお兄さん。まあ私も鬼ではありません、答えくらいは教えてあげますよ」
え、なに? 最近の後輩って上から来るもんなの?
先輩に対する敬意っていうのが欠落してないか?
「正解は、エロースです」
「エロース!? バカな、一番ないと思ってたのに!」
「本当に愚かな先輩ですね。ほら、もう一度よく見てください」
そう言って恋藤は、律儀にスカートを上げたままにしていた木陰の背中をずいっと押し、俺の目の前に木陰のパンツを持ってきた。
「見てくださいよこのレース、そしてほんのり透け感。どう見てもエロエロのエロースでしょ。それに、気づきませんか? よく見ると木陰の生えてきたばかりの陰も――」
ずしゃっ!!
という音と共に、俺の視界を埋め尽くしていたパンツが消えた。
厳密には、スカートが隠した。
そしてスカートの裾と同時に、なぜか恋藤の頭が床に落ちていた。
という表現をすると首を落とされたみたいに思われる可能性があるので補足すると、全身ごと床にダイブしていた。
「聖歌、調子に乗りすぎ」
「ご、ごめんなさい……」
俺は木陰のパンツを注視していて何が起きたのか分からなかったが、恐らくは我が妹によって恋藤は重力の奴隷となったようだ。
ざまーみろ。
「パンツに神なんて宿ってないからね。盗んだのか盗んでないのかはちゃんと私が後で聞くし、ひとまずお兄ちゃんのこと許してあげて、ね?」
「わ、分かったよ……」
地面から起き上がりながら、すっかり怯えた様子で頷く恋藤。
ふう、木陰のお陰でどうにか、パンツの話が終わりを迎えそうだ。
と、その時。
「ん、んん……」
仰向けて俺に膝枕されていた音無が、どこか寝苦しそうに顔をしかめ、そしてやがてその目を開いた。
「あれ、禊ちゃん起きちゃった? ちょっとうるさかったかな。ごめんね、禊ちゃん」
相変わらず木陰は音無に甘々だな。
「そういえば、気になってはいましたが、その人は誰なんですか?」
音無が目を擦りながらのそのそと身体を起こす間に、恋藤さんがそう聞いてきた。
「ああ、こいつは俺の可愛い――」
「私の可愛いペットの禊ちゃんだよ!」
後輩という言葉を妹に遮られた。
はあ、本当に参るな。パンツの後輩の次は妹がおかしなことを言い始めてしまった……。
「え? え? この人、人間だよね? ペットってどういうこと?」
「何言ってるの聖歌、禊ちゃんは天使! 我が家に舞い降りてくれた天使ちゃんなの! 人間界に降りてきたばかりで拠りどころないから、うちで飼ってあげることにしたんだよ」
「………………やば」
「おい木陰落ち着け、やばい親友にやばいって言われてるぞ。音無はペットじゃない。都合のいい設定を捏造するな。俺の可愛い後輩だよ、音無は」
「んん、うるさい……」
音無がつぶやいた。
「ああ、ごめんねごめんね、禊ちゃんの眠りを妨げちゃって……」
妹が後輩に腰を低くして平謝りしてるのは、見ててちょっと複雑だな。
「ううん……おきたのは、ちがう」
音無が首を横に振る。
ん? 俺達の奏でる騒音で起きたわけじゃないってことか?
「えっと、じゃあなんで起きちゃったの?」
まるで子供に聞くように目線を合わせて、木陰が問うと。
「うん……なんか、あたまのしたにかたくてあついのが、あった」
頭の下に、固くて、熱いの?
俺がその意味を解釈するよりも先に、木陰と恋藤さんの視線が一点に集中していた。
そう、俺の股間に。
「お兄ちゃんはやっぱり――」
「お兄さんはやっぱり――」
うん、言われなくたって、自分でもそう思うよ。
「「最低」」




