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爆弾が発見されました

 俺の名前である『夕陽』と、妹の名前である『木陰』には、ある共通の意味が込められている。


 それはもちろん、当たり前に当然のごとく、両親の独断と偏見によるものなのだが、ある種俺と妹の心をその共通項が繋いでるような気がしないでもないので、俺は自分の名前とその由来を気に入っていた。


 夕陽は――これは俺のことではなく、夕暮れ時のお日様のことだ――その柔らかい光で、悲しむ人の心に寄りそうことができる。そんな優しさがある。


 木陰は――これは妹のことではなく、木によって生じる影のことだ――その穏やかな影で、疲れた人の心を癒やすことができる。そんな優しさがある。


 らしく、つまり俺達の名前に込められた共通の想いは、『優しさ』だった。


 両親曰く、一番優しい光が『夕陽』で、一番優しい陰が『木陰』なんだとか。


 確かに、こうして下校――といっても通っている高校からではなく潜入していた中学からだが――していると、傾いてきた日の光が、まるで連れだって歩く俺と輪廻と、短冊ちゃんと、下校時刻になってようやく合流した神代さんと、妹の親友である恋藤、それぞれの心の中にある闇や傷を、ほんのりと照らしているような気さえする。


 そんな空気をみんな感じているのか、道中は終始無言だった。そんな中、何故か神代さんが一番暗い顔をしていたのが気にはなったが、この後のことを考えるとそれに触れる気にはならなかった。

 まあ、神代さんにもいろいろあるのかもしれない。

 いや、神代さんだけじゃない。

 誰でも、いろいろあるのだ。

 生きてさえいれば。


 そんなこんなで我が家に到着した。

 いつもなら気の抜ける瞬間のはずだが、今日ばかりはむしろ肩に力が入った。


 家の敷地に入る小さな門を開け、玄関のドアを解錠して、そしてゆっくりと、開く。


 もはや今の状況では俺の外出が木陰にバレずにはいられないが、それでもなんとなく、少しでもバレるのが遅くなるように無意識に思ってるらしい。俺はチキンだった。


 玄関先に、愛する妹の姿はなかった。あるいは白い後輩が寝相をこじらせてここまで転がって来ている可能性も少し考えたが、それもどうやら杞憂だったようだ。


 抜き足差し足、俺は靴を脱いで家に上がると、

付いてきていた恋藤に手招きをする。

 ここからはもう木陰と恋藤の問題なので、輪廻たち真理探求部の面々は外で待っていることになっていた。


 恋藤が靴を脱ぎ終わるのを見届け、リビングの入り口まで一緒に移動すると、恋藤にはそこで待つように手振りで伝えた。


 深呼吸し、息を飲む。

 鼓動が否応なしに早まるのを感じるが、ここで止まるわけにはいかない。

 意を決して、リビングへのドアを開いた。


「あ、お兄ちゃんおかえり」


「え、あ、おう……」


 いかん、リビングのソファに座る妹に思いの外普通に出迎えられて、俺の返答が普通では無くなってしまった。


「あーいや……おかえりって、俺が出掛けてるの気付いてたのか?」


「ん、え? 朝、家を出てくときに普通に気付いたよ? 勉強してるって言ってたけど、急用でも出来たの?」


「あ、ああ、そう……」


 なんてことだ!

 音無を監視役に置いていった意味がまるでなかった!

 これは完全に俺の落ち度だ。

 ただまあ、 俺が外出してたことを木陰が咎める気はないようで、そこは安心するところではあるが……。

 見れば、俺が無意味に監視役にしてしまった音無は、木陰の膝ですやすやと眠っているようだ。

 その可愛らしい寝顔を見れば、無意味ではあっても無価値ではなかった、とも思えるのは俺が自分に甘いだけだろうか。


「ああ、そんなことよりお兄ちゃん」


 相変わらずの淡々とした口調で良いながら、木陰は『ソレ』を眼前に掲げてみせた。


「コレはなに?」


「なっ!?」


 何も言えない。

 何も言えないのは、俺には『ソレ』がなんなのか分かっているからだった。


 木陰の右手人差し指と親指の間にその一端を挟まれ、重力を受けて垂れ下がるそれは、純白――ではなく空色の。


 輪廻のパンツだった。


「私はこんなパンツ持ってない。だとすれば、このお兄ちゃんの部屋にあったパンツは誰のものなんだろうね。お兄ちゃん、どこで盗んできたの?」


 まずい。

 外出したことを咎められないと安堵している場合ではなかった!

 木陰はそんなことよりも、俺が隠し持っていたパンツをネタに糾弾する気が満々のようだ。

 しかし、自分の罪に対しての責任を放棄する気こそないが、今がそんな場合ではないことも事実だ。

 何せ、後ろのドアの向こうでは、新しい可愛い後輩の恋藤が、俺と木陰の会話を聞いているのだ。

 パンツの話を聞かれたくない。

 そもそもの第一印象が良くないというのに、俺がどこかからパンツを盗んできたなどと誤解をされた日には、冗談抜きで通報されかねない。


「パンツの話はやめよう」


「え? いやいや、やめられるわけ――」

「やめろって言ってるんだ!!」


 俺は叫んだ。

 しかしこれは決して保身のためではない。

 これは、木陰のためなんだ。

 自分にそう言い聞かせながら、放心状態の妹に言う。


「パンツがなんだよ、そんなのどうだっていいだろ? それよりも、俺はお前が心配なんだ」


「お兄、ちゃん?」


「今まで追求しなかった俺も悪かった。木陰、お前がどうして学校に行かないのか。その理由を、俺は知ろうともしなかった。木陰を信じてる、その気持ちに嘘はなかったが、信じてもなお、お前のことを俺はちゃんと知ろうとするべきだった」


「どうしたの? 急に……」


「信じてるからって、放っておいていいわけじゃなかった。任せていいわけじゃなかった。話を聞いてやるべきだった。寄り添ってやるべきだった。それが出来なかった俺は、兄貴として失格だ。それでも俺は、お前の兄貴なんだ。今からでもちゃんと、兄貴としてお前のことを考えたい」


 真剣に、木陰の目を見つめる。

 木陰も瞳を揺らしながらも、逸らすことはしない。

 頃合いだろう。


「だから、勝手だと思ったけど、今日俺はお前の学校に行った」


「お兄ちゃんが、私の学校に?」


「ああ。不登校の理由なんか、学校にしかないだろうからな」


「……そっか」


 木陰の表情はなんとも言えないものだった。

 おそらく本人の中でも複雑な感情が渦巻いているのだろう。

 今では木陰の手の中にクシャリと握られた輪廻のパンツが、それを物語っている気さえする。


「それで俺は、ある人を連れてきた」


 俺の言葉に、それまで伏せられていた木陰の目が見開いた。


「ある、人って……?」


 今度は分かりやすく不安そうな顔だ。

 担任が来たとでも思ってるのかもしれない。

 しかし、兄を見くびらないでほしい。

 俺は、自分の生徒の悩みに対して親身になれる先生ばかりじゃないことを、知っている。


「入ってくれ」


 扉の向こうにいるはずの恋藤に声を掛ける。

 少し間が空いてからドアノブが傾き、木陰の視線がそちらに動いた。


「木陰?」


「聖歌!?」


 我が妹の名を呼びながら恐る恐るといった様子で入ってきた恋藤に、木陰は立ち上がりそうになったが、膝の上に音無の頭があるのを思い出したようで名前を呼び返すだけに抑えた。

 枕が揺れて、ソファに横たえる音無は身動(みじろ)ぎするが、起きる気配は全くなく、その寝顔は無邪気だった。


「木陰、久しぶり!」


「うん、久しぶり……」


「いや、じゃなくて! なんで急に学校来なくなったの!? ……って聞きたいんですけど、その前に、お兄さん!」


「へ?」


 いきなり呼ばれ、俺は間抜けな声を出した。多分顔も間抜けだった。


「パンツ、盗んだんですか!?」


「いやいやいやいや、なんで君がその話に触れるかな? せっかく俺が、話の軌道を修正したって言うのに!」


 努力が水の泡、とはこのことだ。


「修正した? 逸らしたの間違いでしょう、お兄さん! 女の子にとって大切なパンツを盗むなんて、言語道断です! どこの誰から剥ぎ取って来たんですか! ささっと白状してください!」


「お兄ちゃん、盗むどころか剥ぎ取ってきたの!?」


「木陰、恋藤の妄想を真に受けるな! 剥ぎ取ってねえよ、どんなレベルの変態なんだよ俺は。盗んでもないし。それは、ちゃんとお願いして渡してもらったというか……」


「お願いですか? 脱いでくださいって、女子にお願いしたんですか? それはそれで変態です!」


「恋藤さん恋藤さん、本来の目的を見失うんじゃない! 君はここに何をしにきた? パンツの話をしにきたのか? 違うだろ!?」


「目的は忘れてませんし、ちゃんと話しますよ木陰と。けどその前に先輩がパンツを盗難した話を片づけないと本題に集中できません!」


 くっそう、こいつもなかなか厄介な後輩だぜ……。


「落ち着け恋藤、大体、どうしてそんなにパンツ執着するんだよ」


 そんな質問を俺が投げ掛けた途端に、恋藤さんの目の色が変わった。いや、光を増した、とでも言うべきか。


 そしてここから、無駄に長いパンツに対する議論を女子中学生と交わすことになることを、この時の俺はまだ知らなかった。




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