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かすり傷

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




「なーんだ、ただの痴情のもつれですか」


 お昼休み。

 運良く見つけた妹ちゃんの友達とおぼしき女の子の机に頬杖をつきながら、私は自前のお弁当を挟んでその子を見ていた。


「ちょっと、なんだとは何? 私にとってはそんな軽い問題じゃないんだけど。それと行儀悪いよ」


 最後の指摘はとりあえず無視して、私――短冊ちゃんこと星宮短冊は箸を宙に浮かせたままでなおも軽口を叩く。


「そりゃまあ、恋藤先輩当人からすればそうなんでしょうけど」


 半ば私は呆れていた。

 なぜかと言えば、妹ちゃんの不登校の理由をこの目の前の少女――恋藤聖歌(こいふじせいか)ちゃんに聞いたところ、どうやらよくある色恋沙汰だということが判明したのだ。


 えー。

 くっだらな。つまんない。

 いやいや、まあね?

 別に私はもっと大層な理由があってほしかったわけではないですけどね?

 そんな、人の不幸を手放しで喜べるほど私性格歪んでないんで。


 ただ、なんというか。

 私はとかく、恋愛事に疎い。

 これまで生きてきて、といってもそんな何十年も生きてきたわけではないけれど、まだまだ人生始まったばかりだけど、それでも幼稚園、小学校、中学校というプロセスを経て今はJKをやらせてもらっているそんな人生で、私は未だに恋というものをしたことがない。

 冗談でもなんでもなく、初恋のときめきが未経験なのだ。


 であるから、私は恋バナというのが得意ではない。

 冷めてしまうところがある。

 ほら、人間て自分の興味があることには積極的かつ意欲的になるけど、興味がないことには消極的どころか無関係を決め込むものじゃん?

 それと一緒。

 え、偏見?

 うっそだー、絶対そうだよ。客観的で冷静な分析だよ。


「正直、妹ちゃん……じゃなくって、木陰さんがそれで不登校になるっていうのはよく分かんないですねー」


「そう……そうなんだよ」


 そう。

 そうなのだ。

 恋藤ちゃん――ああ、表向き敬語使ってますけど実際には私の方が年上なんで、モノローグでは『ちゃん付け』で呼ばせてもらいます。まあそれはともかく。

 恋藤ちゃんから聞いた話を要約すると、こうだ。



 妹ちゃんと恋藤ちゃんは親友と呼べるほど仲がいい。

 ある日、恋藤ちゃんには好きな男の子ができた。

 だがしかし、その男の子は妹ちゃんのことが好きだということが判明する。

 結果、その翌日から妹ちゃんは学校に来なくなった。



 因果関係がさっぱりだ。

 恋藤ちゃんも、どうして妹ちゃんが不登校になったのかが分からずに悩んでいるらしい。


「連絡とか、してみたらいいのでは?」


 私がそう言うと、恋藤ちゃんはチラッと私を見ると深々と溜め息を吐いてうつむいた。


「そんなの、したに決まってるでしょ。けど木陰、全然電話に出ないし、送ったメッセージも読んでないみたいでね」


「あー、無視されてるんですね」


「ハッキリ言わないで!」


 この子、感情の起伏が激しいなあ。

 直情的って感じ。

 まあ嫌いではないね、こういうタイプの人。

 恋藤ちゃんが怒っている間に、私はまったく手をつけていなかったお弁当をようやく食べ始めた。


 ふむ、まあともかく。


「恋藤先輩」


「なに?」


「放課後って時間ありますか?」


 理由が分かったのだから、1回“本当の”先輩に会ってもらおう。




 * * * * * 




「なるほど、分かった」


 俺が頷くと、木陰が不登校になった要因を話し終えた雪禰は、やはりどこかつまらなそうだった。


「あの、怒らないんですか?」


「ああ」


 俺は当然のように頷く。


「話を聞いて、余計に怒る気は無くなったよ」


 雪禰の語った悪行を要約するとこうだ。



 木陰には親友がいる。

 その親友に好きな男の子ができた。

 しかしその男の子は、木陰のことが好きだった。

 それを知っていた雪禰は、木陰とその親友に、噂話の様相でそれを知らせたのだ。

 木陰の親友がその男子のことを好きだと知っていながら、知らないフリをして。



「雪禰、お前がしたことは悪意はあったがそこまで悪いことじゃない」


「師匠!」


 『何を言ってるんだ』と、輪廻の目が訴えてくる。輪廻が言いたいことは分かるが、俺の気持ちはもう決まっている。

 輪廻の感情をなだめようと、頭を撫でる。すると輪廻は諦めたように、暗い表情でうつむき。


「すみません、間違えました……それと出過ぎました」


 何を間違えたのかは謎だが、今はとにかく分かってくれたならそれでいい。


「悪いことじゃない、とはどういうことですか?」


 釈然としない様子の雪禰が聞いてくる。


「だってお前は、事実を言っただけだろ。その男の子が木陰のことを想ってるっていうのは嘘じゃない。人を傷つける為に嘘を吹き込むのは悪いことだと思うが、それが事実なら、それは遅いか早いかの問題だろ」


 情報というのは、簡単に拡散するものだ。

 特に学校というある種閉じられたコミュニティの中では、情報の交換こそが会話の大半を占めていたりする。

 最近流行りのアーティスト、駅前にできた新しい店、ファッションのトレンド、面白い漫画。

 あの先生の授業は楽しい、あの先生はムカつく、あの先輩は優しい、あのクラスメイトは病気で休んでいる、隣のクラスの彼が好きなのは――。

 世間の流行から周囲の状況まで、ありとあらゆる情報が行き交うこの場所では、『知らないこと』の方が難しい。

 どれほど、一匹狼を気取っていたって、ある程度の情報は嫌でも耳に入ってしまう。


「だから雪禰、お前が言わなくたって、いつかはこういう状況になったはずなんだ。それが少し早まっただけだ。ならむしろ、俺はお前に感謝するべきなのかもしれない」


「はい?」


 雪禰は眉をひそめて首を傾げた。


「青春ていう時間は短いんだ。なら、厄介な問題事は早期解決が望ましい。つまり、お前はその発生を早めてくれたんだ」


「…………」


 俺の言うことを、雪禰は黙って聞いていた。かと思えば。


「頭がおかしいんですね」


 いきなり酷いことを言う。


「そうかもしれない。けど、理にかなってるだろ?」


「私が言わなければ問題は起きなかった……とは思いませんか?」


「思わない」


 果断に言い切る。


「恋愛は、相手に想いを伝えるまで終わらないんだ。木陰の親友だっていう女の子が想いを伝えるとする。そしたらその時に男の子は言うかもしれない。好きな人がいて、それが木陰だってことを。そうじゃなくても、いつかその男子も告白するときが来たら、おのずと知れるだろ」


「可能性を見誤っています。恋愛では、相手に想いを伝えずに終わる人だっています」


 表情をひとつも変えない雪禰の指摘は、間違ってない。だから、認める。


「そうかもな。だからこれは、俺の願望なのかもしれない」


「願望? どういう意味ですか?」


「人は、相手に想いを言葉で、伝えるべきなんだ。だって、想いは思ってるだけじゃ伝わらないんだから。伝えたい想いがそこにあるなら、それはぶつけるべきだ」


「それで相手が喜ぶとは限りませんよ。困惑するかもしれない。不快かもしれない。心を痛めることもあるかもしれないし、怒ることだってあるかもしれない。そうしたら、伝えた自分だって傷ついてしまうかもしれない」


「かもしれなくたっていいんだ。傷ついたっていい。ていうか、生きてたら無傷でなんていられないだろ。そう考えれば木陰もその親友も、その男の子だって、誰かは傷ついたはずだ。いや、傷つくべきだった。だから雪禰、お前は悪くないよ」


「何を、バカなことを言って……」


 雪禰が初めて困惑した表情を見せた。

 肯定されて戸惑うなんて、変なやつだ。


「私が悪いんです。私があの人達の人間関係を壊したんです。私が天海木陰を不登校に追いやったんです」


 そうであってほしい、そういう願いを神に捧げるように、雪禰は言葉を紡ぐ。しかし。


「お前は優しいな、雪禰。そんなに自分を責めなくていいんだ。誰も悪くない……つうか、悪いことなんて起きてねえんだよ。恋わずらいも、友情の綻びも、不登校だって、そんなのはただの、青春の擦過傷に過ぎねえんだからよ」


 俺の言葉に、雪禰は更に口を開こうとし、しかし言葉は出てこなかった。

 ほんのすこし悔しそうな顔で艶のある唇を引き結ぶと、あとは何も言わずに俺達に背を向け、校舎裏から去っていった。




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