自称悪
自分で自分の罪を認めるということは、きっと大人になったとしてもそうすることに抵抗があるだろう。
といっても学生身分の俺としてはそんなもの臆測でしかなく、推測の域を出ないが。ただそう思うのには理由があって、それはなんということはない、今の俺――天海夕陽が自分の悪事を罪と認めることに、結構な嫌悪感を感じているからだ。
例えばそれは、直近のことで言えば、愛すべき後輩の羽狩輪廻を、学校から家までノーパンで歩かせてしまったこととか。
不可抗力だと言いたい。わざとじゃない。ケアレスミスなんだ。
まあ、不可抗力だろうが、わざとじゃなかろうがケアレスミスだろうが、それがたとえ意図したものじゃなかったとしても、その状況を引き起こしたのは他でもない俺なわけで、そう考えればやはりその罪は俺のものなのだろう。
ほら、ここまで理屈をこねなければ自分の過失を認めることすらできない。
人間は、だから愚かだというのだ。
と無理矢理、種族全体を巻き込んでみたところで、愚かなのは俺でしかないのだけれど。
ただまあ多かれ少なかれ、人間にはそういう面があるというのも、また現前とした事実ではある。
それが良いか悪いかは置いておくとして。
『潔い 』という言葉があるのだから、そういう人間も居るには居るのだろうが、俺はあまり見たことがない。
だから少し、意外だった。
この見るからに精神を歪ませ、人格を拗らせ、感情を捻らせている雪禰初夏という少女が、自分から、自分の口で、つまるところ「私がやりました」と言ったのだ。
中学生の後輩が自首してきた。
というとまるで俺がお巡りさんのようになってしまうので、『自白してきた』というのが適切かもしれない。
しかしきっと、いや、絶対。
こいつは、潔いというわけではないだろう。
「どういう、ことですか?」
沈黙に堪えかねたのか、口を開いたのは俺でも雪禰でもなく、状況を静観していた輪廻だった。
「どういう、というと?」
輪廻が問いたいことを恐らく分かっているだろうに、わざとらしく雪禰は聞き返す。本当に性根が悪そうだ。あったばかりでこんなマイナスの感情を抱かせられる相手は俺としても初めてだった。
「あなたが天海木陰の不登校の原因とは、どういう意味かと聞いています」
嫌味な雪禰の態度に感情を揺らすことなく冷静に、輪廻は俺の聞きたいことを代弁してくれる。
「どういうも何も、そのままの意味です。私が、諸悪の根源です」
自分自身をそんな風に称する人間を、俺は生まれて初めて目にした。
「それはつまり、故意にそういうアプローチをした、ということですか? それとも何らかの過失があって、結果そうなってしまったのですか?」
輪廻がそう聞くのも頷ける。
木陰の不登校の原因が雪禰にあるとして、それが故意なのか過失なのかでは大きく意味が変わってくる。
ただ、雪禰の態度を見ると、恐らくは……。
「過失? そんなつまらないこと、私がするわけないじゃないですか。人の感情、関係、輪が、勝手に乱れるのを待てるほど、私の気は長くありません」
故意であると、酷く遠まわしに雪禰は言った。
それで俺の感情が動くかといえば、意外にもそうでもなかった。というのも、雪禰を見た時点でこいつの剣呑な雰囲気を感じていたし、こいつが原因だと自白した時点で、『なんかやったな』と思っていたからである。
と、割りと俺は冷静だったのだが、輪廻は違った。
「あなたは……あなたという人は! 人の心を……なんだと思っているんですか!」
これにはさすがに俺もちょっと動揺した。いつも俺に忠実なこの後輩が声を張り上げるところを、初めて見てしまったからだ。
この短時間でどれだけ俺は初めての経験を
してるのだろうか。
「なにって、私を楽しませてくれる玩具でしょう?」
くすくす、と。
輪廻の激昂などまるで意に介さないように、雪禰は不適に笑った。それどころか。
「ふふ、いいですね。あなたのその怒った顔。そう……そうです。私はそういう顔が見たいんです。人の心が乱れ、気持ちが揺れ、感情が動くのを見たいんです。それを肌で感じたとき、私は本当に楽しい。ゾクゾクするんですよ」
イカれてる。
そう、思った。
こいつは――雪禰初夏は。
まごうことなき人格破綻者だ。
「自分の快楽の為なら、人が苦しんでも良いって言うんですか、あなたは。人の人生の貴重な時間を、潰しても良いって言うんですか! 天海木陰の青春を、汚しても良いって言うんですか!」
「そう、それが良いんです。私は苦しんでほしい。泣いてほしい。怒ってほしい。妬んでほしい。堕落してほしい。絶望してほしい。天海木陰に限らず、誰にでも……ね」
「あなたは――!!」
「まあ待て、輪廻」
このままだと輪廻が雪禰に掴みかかってしまいそうだったのでさすがに止めた。
手を置いた輪廻の肩は、震えていた。
『中学校に不法侵入の上、下級生に手を出した』なんてことが学校に知れたら、きっと輪廻も俺と同じか、或いはそれ以上の処分を下されてしまうかもしれない。
それは嫌だ。
俺の為に輪廻が問題を起こしてしまったら、それこそ俺は輪廻の師匠として失格、どころか先輩としても失格だ。
これは俺の、俺の妹の問題なんだから、俺がちゃんと話をつけなくっちゃな。
後輩に任せておくなんて、先輩のすることじゃない。
「あら、あなたは怒っていないんですか? 私のことを」
本当に意外そうな、それでいて幾らか残念そうなニュアンスで雪禰が言う。
「怒っていない。いや……怒りたい気持ちはあるけど、お前を怒ったって木陰が学校に行けるわけじゃない。それはもう済んだことだからな。大事なのは木陰がまた学校に行ける方法を考えることだ。だからお前のことなんてどうでもいい。俺は木陰が心配なだけなんだ」
「ふうん」
つまらなそうに、雪禰は溜め息を吐いた。
「聞きたくないんですか? 天海木陰の不登校の理由を」
「いや、それは教えてほしい。それが分からないとどうしようもないからな。約束する、俺はお前を怒ったりしない。だから正直に教えてくれないか?」
「私は、怒ってほしいんですけどね」
それだけ聞けばまるでマゾフェストみたいな物言いだが、そういう意味ではないだろう。
「まあ、いいですけど。ただ、ここからは三つ目の質問としてカウントしますよ?」
「それはつまり、お前の言うことを聞くのも一つ増えるってことか?」
「察しがいいですね、その通りです。さ、どうします?」
法を外れるような要望はないと言っていたし、二つも三つもそんな変わらないだろう。こいつの思考回路が謎だから何を要求されるのかはまったくの未知だが、しかし背に腹は代えられない。俺は一刻もはやく、木陰が学校に行かない理由を知りたい。
「いいよ、分かった。三つ、お前の言うことを聞く。だから、木陰の不登校の理由を教えてくれ。細かくだ」
「契約成立ですね。それじゃあ――」
それから、雪禰初夏は話し始めた。
それはもう楽しそうに、自分の悪行を。




