告白
「はい、あーん」
金髪の後輩が、俺の口にパステルピンクの箸を突っ込んでくる。
その先に刺さった唐揚げを俺は歯でキャッチし、輪廻が箸を引っこ抜いたのを確認して咀嚼する。
「はい、あーん」
そしてほどよいタイミングで、今度は白いご飯が投入される。
つぶ立ちが良くしっかりとした噛みごたえにほのかな甘味があり、先程の油っこくなくも肉々しい唐揚げにとてもよくマッチしている。
簡単に表現すると、めっちゃうまい。
俺が目を閉じるまでして深く輪廻の弁当を味わっていると、その間に輪廻も自分でお弁当を摘まんでいるようだった。
もともと大きくないお弁当を二人で分けるというのは申し訳ない気持ちもあったのだが、しかし輪廻の好意を無下にするのはもっと申し訳ないし、それに何より普通に嬉しかった。
好意には素直に甘えるのが、礼儀ではなかろうか。
一つの箸が俺と輪廻の口を行き来してる、ということを考えるとやはりちょっと、というかかなり心拍数が上昇してる気がするが、先輩と後輩ならきっとそれくらい普通にする。
と、思い込むことにした。
「お口に合うでしょうか?」
不安げな表情で輪廻が俺の顔を覗き込んでくる。
「お口に合うもなにも、めっちゃ美味しいぞ。輪廻の親御さんは料理が上手なんだな」
それでも俺にとっては木陰の料理が一番だとは思うけれども、それは慣れ親しんだ味だからで、お袋の味ならぬ妹の味だからで、輪廻の弁当だってお世辞抜きでそこいらの飲食店よりも美味と言える。
「あ、いえ、これは私が作りました」
輪廻の言葉に、俺は少し耳を疑った。
「え、輪廻、お前って料理出来んの?」
「出来てます、よね?」
お弁当を掲げて、逆に聞いてくる。
「うん、出来てる……。いや待て待て、出来てるってレベルじゃなくね!? これはもう特技じゃん!」
俺が声を張り上げると、輪廻は慌てたように掌を振って否定する。
「いやそんな大層なものでは。一時期料理の奥深さに興味を持っていた時期がありまして、その時に培ったものというか……」
「あ、そう……」
こいつの知的好奇心は本当に恐ろしいな。これが好きこそものの上手なれってやつか…………いや、ちょっと違うか。
「それよりも、さあ、もっと食べてください」
「んや、けどあんまり俺が食べちゃうとお前の分が無くなっちゃうから……」
「いいんです、私の分なんて無くっても。あなたが喜んでくれるのでしたら、私はそれで満腹満足です」
「そ、そうか?」
俺に褒められたことが嬉しかったのか、輪廻はにこにこしながら俺に食べ物の乗った箸を突きだしてくる。ここのところ元気が無さそうで心配だったのだが、杞憂だっただろうか。
うーん、けどなんか、おかしい気がするような……。
違和感の正体を掴めないまま、輪廻の差し出してくるお弁当を咀嚼する。
なんだ? なんだろう……何かが、引っ掛かる……。
自分の中の疑問を解こうと必死で頭を働かせていた、その時だった。
「こんなところでイチャイチャしてていいんですか? 大事な目的を忘れていませんか?」
聞いたことのない少女の声が、間近で聞こえた。
声のした方を、間抜けにもモグモグしながら振り向くと、そこには長い黒髪の少女が立っていた。
いや、黒いのは髪だけではない。長い睫毛も、シャツの上に着ているベストも、感情のこもらないその目も、全てが漆黒だった。
「んくっ……えっと、君は?」
「相手に名前を尋ねる時は、先に自分で名乗るものでは? 情報を求めるなら情報を差し出しなさい。もっともあなたたちの名前なんて私はとっくにしっていますけど。ね、天海夕陽さん、そして羽狩輪廻さん」
「なっ!?」
なんでこの子は俺達の名前を知ってるんだ!?
この子の制服を見る限りではちゃんとここに通う中学生のようで、決して俺達のような不法侵入者ではないだろう。
木陰の知り合いとか?
まさかあのクールな妹が学校でお兄ちゃんの写真を見せびらかして喜んでいるとは思えないが、そうじゃなきゃこの面識の無い少女が俺の名前を知ってるとは思えない。
輪廻にいたってはつい最近までこの中学に通っていたわけだし、何分こいつは目立つからな。顔が知られてても何ら不思議はない、かもしれない。
「えっと、木陰の知り合いか?」
「まあ、そうですね」
無愛想にそう答える少女。
「ですが、別に彼女から聞いてあなたのことを知ってるわけではないですよ。あなたの妹に会うより前から、私はあなたを知っていました」
安堵したのも束の間、正体不明の少女は俺の想像を見事に否定してきた。
じゃあ、一体なんなんだ、こいつは。
「もしかして、俺のストーカー?」
一瞬ポカンとしてから、少女はクスクスと笑った。
「発想が愉快ですね。失礼ですけど、あなたはそんなにモテそうには見えませんが」
本当に失礼だな……俺のことを知ってるということは、俺が先輩ということも知ってるんじゃないのか?
その上で言ってるなら俺はこの子が怖い。
と、俺が萎縮していると、今まで黙って見ていた輪廻が口を開いた。
「お言葉ですが、この人を悪く言うのはやめてもらえませんか?」
下級生に対しても敬語を用いるのは輪廻の性格ゆえだろう。そういう丁寧なところは、嫌いじゃないどころか好感すら覚える。
「あらまあ、羽狩輪廻さん。あなたはこの人の恋人か何かなんですか?」
誤解が酷い。
確かにさっきの状況を見ればそう誤解しても仕方ないとも言えるが、この俺を見たら後輩に手を出すような人間だとは普通思うまい。
「こ、ここここここここ恋人なんかではありません!」
輪廻がニワトリのように否定する。
「私にとってこの人は…………この人は……」
んん?
何故かそこから先が続かない。
どうしたんだ輪廻。
俺はお前の師匠じゃないのか?
……いや、待て。
そうか、違和感の正体は、これだったんだ。
「とても、大切な人……です」
どうにか絞り出したように言って、輪廻は俯いてしまった。
そうだ。
いつからかは分からないが、俺は輪廻に師匠と呼ばれてない。
けどなんでだ? 俺は師匠失格になったのか?
そりゃまあ……この間輪廻をノーパンで家に返してしまうという過失はあったが……。
いや、絶対それじゃん。
しかも俺はまだ輪廻にパンツを返せてない。
完全に私物化されたと思っているのだろうか。
そりゃあ、軽蔑されるわなぁ……。
「ふうん、まあどうでもいいですけれど。サービスで私の名前は教えてあげます。私は雪禰初夏。あなたの妹、天海木陰の元クラスメイトですよ」
「雪禰、初夏」
変わった名前だと思った。
しかしよくよく考えると、俺の周りには変わった名前のやつが多いな。
「雪禰でも、初夏ちゃんでも、好きに呼んでください」
こいつ、高圧的なのか気前がいいのか、よく分からないやつだな。
ちゃん付けで呼ぶような間柄でもないし、ひとまず名字で呼ばせてもらうことにしよう。
「雪禰」
「はい、なんでしょう」
「二つ、聞かせてくれ」
「構いません。が、条件があります」
「条件?」
「質問の数だけ、あなたには私の言うことを聞いてもらいます」
「おいちょっと待て……俺のリスクがでかくないか?」
「そうかもしれませんね。ですが私は条件を出しているだけです。あなたが飲まないのならそれはそれで、交渉が決裂になるだけです」
確かに、雪禰が言うことは筋が通ってはいる。
理には叶っているが……しかし初対面のこいつが俺に対してどんな要求をしてくるのか、さっぱり予想がつかない。
「ふふ。そんなに警戒しなくてもよいですよ。私のお願いは、法に触れるようなものではありません」
俺の表情から考えてることを読んだのか、雪禰はそんなことを言ってくる。
「信用しろってか?」
「それは自由ですけど、約束はしますよ。私はあなたに、法外な要求はしません」
嘘をついてる風ではない、か。
「分かった。条件を飲もう」
「交渉成立ですね 。では、質問をどうぞ」
淡々と話を進める雪禰の姿勢は、まるで感情が無いみたいだ。
「まずは……雪禰、お前は俺と輪廻がここに居ると知ってここに来たのか?」
「あら、そんなことですか」
「そんなことって……」
俺にとっては大きな疑問点だ。こんな場所を普通の生徒が通るとは考えづらいし、何よりそんな理由が思い付かない。
「それに対する答えはノーです。私はあなたたちがここに居るということは知りませんでした。が、誰かがここに居るんじゃないかと推測をして、ここに来ました」
「推測? どうして……」
「それが二つ目の質問でいいですか?」
「え……いや……」
え、これカウントされんの?
最初の質問の続きってことになんないの?
「仕方ないですね。サービスしておきましょうか。こう見えても私、サービス精神は旺盛なんですよ」
どう見てもそうは見えないけどな。
「簡単なことです。『朝、昇降口に不審な生徒が居た』という情報を得ましたので。新しく転校生が来るなんていう話はありませんでしたし、だとしたら不法侵入者、と考えるのが普通でしょう」
普通か?
「そう考えれば、その人物はどこかに潜伏しているはず。潜伏しているとすれば人気の無い場所。なので私は、休み時間の度に人気の無い場所の心当たりを一つずつ潰していたのです」
「暇人かよ……」
「いえいえ、気になるじゃないですか。“未知”を放置しておけるほど、私は怠惰な人間ではありませんから。だから、あなた達のことも知ってるんですよ。卒業生の顔は生徒会に保存してある卒業生名簿ですべて記憶してますから」
怖……いかと思ったが、よく考えたら似たようなやつが身近にいるんだよな……。
「と、サービスが過ぎましたか」
「まあ、とりあえずそれは分かったよ」
「では、二つ目の質問をどうぞ」
こっちが本題だ。
俺はその為に、ここに来たのだから。
「もしお前がこれにイエスと答えられるなら、俺たちの目標は達成なんだ。だから、心して聞いてくれ」
「はあ」
気のない返事だなぁ。
「妹が……天海木陰が不登校になっている理由を、知っているか?」
俺が、そして俺の後輩達がどうしても知りたい質問を、雪禰に聞く。
すると雪禰は、不意ににまりと笑みを浮かべた。
「ふふ、面白いですね」
「あ? 何がだよ?」
「あまりにも、想像通り過ぎて」
「想像通り?」
何を言ってるんだこいつは?
「私は、あなたを見た時点で天海木陰の兄であることに気付き、ですからきっと、妹が不登校になっている理由を探りに来たんだなと推測していたんです。だから、その質問がされることも、予測してました」
「なら、さっさと答えてくれ」
前置きはいらない。
簡潔に、シンプルに、率直に教えてくれ。
「まあまあ、焦る男はモテませんよ?」
「あいにく、モテたいと思ったことがないんだよ」
「あら、世の男性は多かれ少なかれ女性にちやほやされたいものだと思っていましたが……」
「世の中は広いんだ、そうじゃない奴もいるさ」
「なるほど、では情報を更新しておきましょう。さて、それで質問の答えですが――」
雪禰はまだ俺を焦らしたいらしく、言葉の合間に一息入れてから、感情のこもらない目のまま言う。
「イエス」
イエス、はい、肯定。
雪禰の答えに、俺と輪廻は顔を見合わせた。
輪廻の表情は目的に辿り着いたことへの喜びよりも戸惑いの意図が濃かったが、その理由もなんとなく分かる。
都合が良すぎるのだ。
こんな簡単に、校舎裏に潜んでいるだけの俺達の元に、情報の方からやってくるなんて、話がうますぎる。
何か裏があるのでは、と勘ぐってしまうのも当然だ。
きっと俺も、怪訝な顔をしているだろう。
と思っていたら、雪禰の言葉がそれを証明してくれた。
「ふふ、訝しげな顔をしていますね。もっと喜ぶかと思いました」
「残念ながら、人間はそんな単純じゃない」
「そうですね、そうです。だから人間は、見ていて面白い」
雪禰は愉悦に満ち足りた笑みを見せた。
それは狂乱的であり、純粋なようでもあり、美しいとさえ思えた。
しかし、明らかに、あからさまに歪んでいる。
「人間の感情が動くのはとても面白い。精神が揺さぶられ、魂が乱れる様は、見ていてとても心地よい」
危ない、と思った。
いや、誰だって思うはずだ。
こいつは、多分結構おかしい。
価値観が、捻れている。
「だから私は、ここに来たんですよ」
「どういうことだ?」
雪禰の言葉の意味がまったく分からなかった。
そんな察しの悪い俺を嘲るように、雪禰はクスクスと笑った。
「んー、もういいですかね? 言ってしまっても」
だから、何がだよ。
そう思いながら、無言で雪禰の言葉を待つ。
静かに状況を見守っている輪廻の膝上にある弁当箱にはまだ半分くらい中身が残っているが、さすがにそれを食べながら聞けるような話ではないだろう。
「天海夕陽さん」
「あ?」
「あなたの妹、天海木陰さんの不登校の原因は――」
また焦らす。そんな間は、全然いらないというのに、一拍おいてから雪禰は言う。
「雪禰初夏、つまり、私です」
その突然の告白に、俺も輪廻も、しばらく声を発することが出来なかった。




