表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/49

読書の音と間接キス

 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 




 世界が、とても穏やか。

 リビングに響くのは時計の秒針の音と、本のページを捲る音、それに時折外から聞こえる遠目のエンジン音。


 私――音無禊が今滞在している天海家は広い通りに面していないから、社会の喧騒とはあまり関り合いがないらしい。


 とってもいいことだ。


 家の匂いは住む人に似るのだろうか。どこか温かみのある、お日様のような匂いに気持ちが安らぎ、まどろみを促進させる。


 私、音無禊に与えられた任務はあの人の妹――天海木陰の監視。

 秘密で外出してるあの人が、部屋で勉強しているという嘘をバレないようにする為の予防線。


 けど。


 すごい楽な仕事だなぁ。


 最初は、私は除け者なのかと少し悲しくなったけれど、よくよく考えると長時間の行動はやっぱり辛いし、あの人達に迷惑を掛けることになっただろうから、これで良かったのかもしれない。


 というか、そういうのも思慮した結果、こういう役割を与えられたのかな?


「すー……すー……」


 本当、眠るのって気持ちがいい。


 いや、別に監視を怠ってるわけではない。


 天海木陰は一通りの家事を終えて、今は私に膝枕をしているので、ちゃんと身動きが取れなくなっている。


 寝ながら仕事が出来るなんて、最高。


 それにしてもこの兄妹は本当に、寝心地がいい。

 身体に触れていると何故か気持ちが安らいでぐっすり眠れる。ベッドがわりのソファーも絶妙な柔らかさで、まるで私が眠ることを想定して用意されたのではと思ってしまう。

 まあ妄想だけど。


 寝返りをうち、横に向けていた身体を仰向ける。

 私としては珍しく眠気に抗いながらうっすらと目を開くと、そこには本の表紙が背表紙と一緒に見えた。

 天海木陰は、どうやら私の上で読書を嗜んでいたらしい。

 そういえば、そんな音が聞こえていたっけ。紙の擦れる音は割と好きだ。


 この子読書家なんだなぁ、と何となく思っていると、不意に目の前の本が横にずれて天海木陰の端整な顔が目に入る。


 というか、目が合ってしまった。


「あれ、禊ちゃん起きた?」


 この子は年下なのだが、気安く“ちゃん付け”で呼んでくる。別に嫌ではないけど。


「うん……ねむいけど」


 二度寝……どころではなくもう何度目かは分からず、まだ眠る気満々ではあるけど、膝を貸してもらっている恩もあるので一応答えておく。


「そっか、いいよ、好きなだけ寝てね。あ、けど丁度良いからお手洗いだけ行っていいかな?」


 行っていいかなもなにも、行ってほしい。

 なんでこの子は自分の家で他人の為に我慢してるのだろうか。

 ………………。

 やっぱり、血筋なのかな……。


「ん、いいよ」


 私はのそのそと、といっても私にとっては普通の速度で一旦身体を起こす。

 ソファーの背もたれに背中を預け、ひと息。


「ありがと。じゃあちょっと行ってくるね」


「ん」


 天海木陰がリビングから出ていく。

 ふわぁ……ねむ。

 ……………………。

 ん…………?

 あれ……。


 行かせちゃって……大丈夫だったかな?

 うーん……まあ、トイレに行かせないなんて不自然極まりないし、トイレは確か1階にしかなくて、あの人の部屋は2階だから、問題ない……はず。

 ん……大丈夫。

 私はちゃんと……役に……立てる。


 眠い……すごく眠い。


 あの子が戻ってくるまで、もたないかも……。


 ふわぁ……ふふ。


 今日の夜が、楽しみだなぁ。


 すー…………すー…………。




 * * * * * 




 何度目かのチャイムが鳴る。

 チャイムの数を数えてはいなかったが、スマートフォンの液晶上に表示される時間をみると、恐らく昼休みに入ったのだろう。


 命帝大学附属の中学校は、その上位たる高校とは校舎の形状が異なる。高校の校舎が『Ⅲ』なのだとすれば、中学は『凹』だった。

 へこんでいる部分が校門や昇降口とは逆方向にあり、そこに校庭がある。だとすれば校舎裏など存在しないように思われるが、しかし生徒間で認識される校舎裏は確かに存在していた。

 それがどこかというと、『→凹←』この両サイドである。


 体育の授業などで校庭に出るときには、生徒は皆校舎内から隣接する体育館を経由し、その昇降口から出る為、基本的に校舎の両サイドを人が通ることはない。

 そのシステムは俺が卒業してからなんら変わりないようで、俺と輪廻は安心して授業中をやり過ごすことができた。


 まあはっきり言って、上履きを忘れ校舎に上がることのできない俺は、午前中でなんの情報も得ることはできていないのだが……。


 何しに来たんだ、俺は。


 はあ、とついつい溜め息を吐いてしまう。

 その直後、それに連動したように腹の虫が泣いた。

 ああ、昼休みだもんなぁ。

 腹も減るわけだ。

 しかしまあ……。


 なんということか、俺はまんまと弁当も忘れたわけだ。


 ぐぎゅるるるる……。

 そんな轟音が鳴り響く。

 まるで準備の至らない俺を責めているようだ。

 しかし仕方ないとも言える。

 いつも学校に行くときには木陰が弁当を用意してくれるのだが、今日に限っては俺は家に居ることになってるのだから、弁当なんてあるはずがない。


 コンビニとかで買っとくんだったな……。

 と思うが、今更遅い。この中学校では給食というものがないため、弁当を持参するか学食を利用する人が大半だった。その上購買もあって品物も豊富なので、昼休みにわざわざコンビニに出掛ける生徒なんてまず居ないのだ。


 目立つことができない以上、校門から外へ出るのは避けたい。しかし上履きも無いので、購買や学食へ行くこともできない。


 はー……飯抜きかぁ。

 自然と肩が落ちる。

 そんな風に、落胆に打ちひしがれていると。


「あの……」


 アスファルトの段差に腰掛ける俺の隣に並ぶ輪廻が、恐る恐るといった感じで俺の目の前に何かを差し出してくる。


「私のお弁当、良かったら半分こしませんか?」


 布に包まれた四角いそれは、どうやらお弁当箱らしい。


「え、いいのか? いや、ていうか、なんで俺が弁当忘れて落ち込んでるって分かったんだ?」


「いや、ししょ……じゃなくて、あなたが手ぶらなのは火を見るより明らかなので」


 ああ、そうだな……そりゃ鞄もなにも持ってなけりゃ、弁当なんて持ってるわけないって思うか。…………ん? なんか今おかしかったような……。


「それじゃあ、お言葉に甘えて少しいただくとしようかな」


 本当に空腹なので、本当にありがたかった。

 輪廻は本当にできた後輩だなぁと、内心で感動する。


「はい。あ、ですが、お箸が一膳しかないので、その……世に言う間接キスのようになってしまいますが……嫌ではないですか?」


 包みを広げながら輪廻が聞いてくる。

 うーん、『のように』ではなく間接キスだなぁ、それは。


「俺は嫌なわけがないけど、輪廻の方が普通嫌じゃないのか?」


「え? 嫌じゃないです。私は……あなたに身も心も捧げてますから」


 不意に、心の奥が疼いた。

 うわあ、なんだこの感覚……。


「そ、そういうことを簡単に言うもんじゃないぞ! ほら、そういうのは結婚する相手にとかだな……」


 俺は赤くなっているだろう顔を輪廻からちょっと逸らしながら、説教じみたことを言う。


「そう、なんですか。申し訳ないです」


「いや……申し訳ないことはねえよ。むしろ、ありがとうな、輪廻」


 そう、しなきゃいけないのは説教じゃなく感謝だった。照れ隠しが過ぎたな。

 俺は右手を輪廻の頭に乗せ髪をくしゃっと撫でる。艶やかで肌触りのいい髪が指に絡むことなくスッと抜けた。輪廻はまるで猫みたいに、目を細めていたが、俺の手が離れると上目遣いにこっちを見てくる。


「私は……やっぱりあなたが好きです」


「へ?」


「ふふ……なんでもないです。さあ、食べましょう?」


 びっくりした……告白されたのかと思った。輪廻のことだから、師匠としてってことだよな……多分。勘違いしないように気を付けないと。


「あ、私が食べさせてあげますね」


「お、おう」


 お箸が一膳しかないのだから、確かにそれが効率的ではある。が、俺はなぜか胸がドキドキしていた。おかしい……輪廻は後輩、ただの後輩だ。よし。

 何を意識してるんだろうか、俺は。

 輪廻はただ優しいだけなのに、先輩として情けないよな。しっかりしないと。


 そして俺達の昼食が始まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ