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それぞれの思惑

 ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 




 私が、『羽狩輪廻』という名を受けてこの世界に生まれてきたことにどんな意味があるのか、ということをずっと考えてきた。


 幼い頃から、何か分からないことがあれば分かるまで追究しなければ気がすまない性格で、そんなハッキリとした記憶があるわけではないけれど、よくドイツ人の祖母に質問をしていた気がする。


 私はお婆ちゃん子だったようで、どんな疑問にも答えてくれる博識な祖母のことが、本当に大好きだった。もう今では会うことは難しくなってしまって、それが少し寂しく感じる時もあるけれど、私は人生というものが出会いと別れの連続だということを知っている。


 お母さんだって、お父さんだって。

 例え血が繋がっていようとも、ずっと一緒に居れるなんて、そんなことはない。

 繋がる時があるなら、離れる時も絶対にある。

 時間の経過が、そうさせる。


 “時間”というものを、私はまだ漠然としか理解していない。

 私の中で“空間”と並んで不可思議な概念だった。

 出来れば私がこの世界から去るまでに解明したいと思っているけれど、きっと無理なんだろうなとも思ってる。

 人生は短いし、テーマが人智を越えている。


 そう、こうやって、私には簡単なことを難しく考える悪癖があるのだ。



 世界が単純なのは知ってる。複雑なのは人間の方だ。



 それを分かっていて尚、思索にふけってしまうのだから、人間は――私は度しがたい。


 そんな私に、敬愛する人が出来たのは最近のことだ。



「はー、校舎入れないでどうすんだよ……休み時間に外うろついてるやつなんて居るのか?」


 その人は今まさに、路頭に迷っている。

 こんなときこそ、私が彼の手助けになりたい、のだが。


「…………あの」


 私は今、彼のことを呼べない。

 私は、彼の弟子だった。

 だったということは、今はもう弟子ではないということだ。

 とても嬉しいことに弟子になれたのだが、とても悲しいことに破門されてしまった。

 心非(こころあら)ずと書いて『悲しい』とは、昔日の日本人にも、きっといろいろあったのだろう。


 破門されてしまったのは、誰のせいでもなく自分のせい、つまりは自業自得である。

 数日前、師匠だった彼の言うことを、私は聞けなかったのだ。

 破門にされると分かっていながら、羞恥に耐えることが出来なかった。

 

 文句の言い様もない。

 そもそも師匠だった彼に、文句など言えるわけがないのだけれど。


 というわけで、私は彼を『師匠』と呼べない。

 なら名前で呼べば良いじゃないかときっと思われるんだろうけど、残念なことに私は、人を名前で呼ぶことが得意じゃないというか、苦手なのだった。

 呼ぶにしても、まるで物のように無機質に、フルネームで呼んでしまう。

 何故そうなってしまうのかというと、それは私も明確な答えを持ち合わせていないけど、きっと今言ったままで、私は人を物として見ているんだと思う。


 けれども、自分がそんな人間だと思いたくないから、思われたくないから、私は人を呼ぶことを嫌っている。

 のだと思う。これも推測でしかないけれど。



「ご一緒させてください……」



 今はこれを言うのが、精一杯だ。


「え? 輪廻は上履き持ってきたんだろ? 付き合わせるのは悪いし、いいよ。俺一人で外にいるよ」


 ああもう、私なんかに遠慮しないでほしい。


「いえ、一緒が、いいです」


 こんなことを言うのは本当は恥ずかしいというのに。


「ん、そうか? ならいいけど……。つっても、今からどうするかなぁ。もう一時間目始まってるし」


 本当に、私はどうするべきなのだろう。

 破門されたなら、もうこの人から離れるべきなのか。出来ることなら、もう一度――。



「あ、そういえば輪廻、最近お前元気無くないか?」



 なんでこの人はこんなにも簡単に、真理を解き明かすのだろうか。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




 はてさて。

 私は何がなんでも、否が応でも、是が非でも、先輩の妹ちゃんこと天海木陰ちゃんの、不登校の理由を暴いてみせる。

 はー、なんで私――星宮短冊がこんなにもやる気になっているのか。

 まあね? これが他人の、単なる同じ学校で同じ部活の先輩の妹だっていうなら、わざわざこんな、下手すれば犯罪にも取れる行為を私はしたりしない。


 そこまでバカじゃあない、つもり。

 じゃあなんで、こんなバカみたいなことをしているのかといえば、その答えは明確だ。



 『天海木陰』が、恩人の妹だからだ。



 先日のストーカー騒動にあの先輩を巻き込んでしまったことを申し訳ないと思ってるし、私の為に身体を張ってくれたことを本当に有り難いと思ってる。

 まあ、そんなこと、今さら直接言ったりしないけど。こっぱずかしいし。


 まあだからね、せめてもの恩返しをしたいと思っているんですよ、私は。


 家族が、肉親が、可愛い妹が何らかの理由で不登校になっている。


 そんな状況、あのお人好しの先輩が悩んでないはず無いんだから。


 せめて、理由くらいは知らせてあげたい。

 出来ることなら、状況そのものを改善してあげたいけど、ただのアイドルでしかない私にはちょっと難しそうだ。


 当てがないというのは、ちょっと嘘だった。


 学校での問題なんて、概ね所属しているクラスで起こるものだろう。だったら、妹ちゃんのクラスメイトに話を聞けば、何か分かるかもしれない。


 恩返しをするために恩人に嘘をつくとか、流石に私はひねくれてるなぁ。


 けど、道理は通ってる。

 クラスに見覚えのない人間が複数人押し掛けたら明らかに不審だろう。別のクラスの人間を装って、一人で行くのが安全策。


 それでもまあ、危険は危険だろうから私が行くことにした。まあ最悪、不法侵入がバレそうになっても、口八丁で切り抜けられる自信はあるし。

 他の3人は……そういうの下手そうだもんなぁ……。

 良いことなんだけどね。口が達者じゃないっていうのは。

 そんなの世渡りの役にしか立たないし、嘘がつけない人間の方が私は好きだ。

 生きづらい分、がんばって生きている感じがするから、かな?


 私は足早に、校舎に入ってすぐ近くのトイレへと入った。

 別にお花を摘みたかったわけじゃなくて、授業が終わるまで、ここに身を潜めるつもりだ。

 いつも思っているけれど、休み時間は短い。


 効率的に使わなくっちゃ。




 卍 卍 卍 卍 卍 




 別に私――神代破魔矢は、天海さんのことなんてどうでもいい。

 あの失礼極まりない風紀の乱れの根源、あるいは温床、もっと言えば化身のような男に、私は特に思い入れなど無いし。


 そもそも私は、男子が好きではない。

 特にあの年頃の男子はというと、兎角女子を嫌らしい目で見る傾向があることを私は知っている。

 そこから生じた風紀の乱れを、中学時代から風紀委員だった私がどれだけ解散? あれ改装だっけ?

 まあいいや、どれだけ取り締まってきたことか。


 不純異性交遊。

 学生は(みだ)りに淫らに乱れるべきではない。

 大体、判断力の熟成していない時期に性に狂ってしまうから、現に大人の形成している社会は汚いのだろう。


 あの男――天海夕陽だって、きっと同じだ。

 その証拠に、彼の作った部活には女子しかいない。

 しかも外見の愛らしい女子ばかり集めている。

 下心があるに決まっている。


 だから私はあの部活に参加することにした。

 星宮さん達の貞操は、私が守らなければ!


 というわけで、天海さんのことは本当にどうでも良いのだが。

 しかし、『不登校』と聞いては風紀委員の私が放っておけるわけがない。

 それが今は通っていない中学校だとしても関係ない。いやむしろ、私が3年間守ってきたはずの風紀が、今乱れているのだ。

 なんて嘆かわしいことだ。


 まったく、今の風紀委員は何をしているのだろうか。いや、そもそも今風紀委員はあるのだろうか?


 中学の3年間を私はたった一人の風紀委員として過ごした。

 それでなんら不都合はなかったし、他人のことを当時の私は面倒に思っていたから、むしろ居心地が良いように感じていた。


 しかし、我ながら浅はかなことに、卒業してからのことをまったく考えていなかった。


 私が卒業して、新しく風紀委員に入った人が居なければ、今この学校に風紀委員は居ないことになる。


 それならば、風紀も乱れようというものだ。


 学園には風紀委員が必要だ。

 数多の学生が闊歩するこの空間は、兎角に乱れが生じやすいのだ。

 他ならぬ私が、それをよく知っている。


 ふむ。


 ならまずは、現風紀委員を訪ねてみるとしましょうか。居るならば、ですけど。

 休み時間に聴き込みをするしかないですね。


 命帝大学付属中学校、か。

 別段、懐かしくもないですね。


 まあ、当たり前ですけれど。




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