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校舎裏会議

「音無ちゃんの方は、上手くいきました?」


 人気の無い校舎裏についた途端に、振り向き様に短冊ちゃんが聞いてきた。


「ああ、まあ、なんとか……」


「ん、歯切れが悪いですね?」


「いや別に、そんなことはねえよ……」


 本当はそんなことあった。

 ただ単に俺は、先輩として見栄を張っているだけである。

 見え見えの見栄だが。

 いやしかし、歯切れも悪くなろうというものだ。

 音無を説得する為に、俺がどれだけ身を粉にして心を砕いたことか。


「音無さん、木陰さんと一緒にお留守番してくれているんですよね?」


 神代さんが状況を確認してくる。

 まあ、端的に言えばそうだけれども。


「留守番というか、お目付け役というか?」


 俺が首を傾げながら言うと、短冊ちゃんが補足してくる。


「まあ、監視ってことだけどね。音無ちゃん、納得してくれたんですね」


「うん……まあ」


 またしても歯切れ悪くそう言いながら、俺は今朝方の音無との会話を思い出していた。




 * * * * * 




「おはよ……」


「という割には眠そうだなぁ。まあ相変わらずだけれども」


 我が家の玄関先で目を擦る白い女子に呆れるのもほどほどにし、俺は単刀直入に用件を告げることにした。あまり時間がないのだ。

 外套の下にちゃんと中学校の制服を着てきた音無には、少々酷だが。


「音無、お前は今日、ここで留守番だ」


「ん? あれ……じっちちょうさは?」


 いつも寝ぼけているような音無だが、記憶力はちゃんとあるらしい。


「それもちゃんとやるよ。だが音無には、別の大事な任務があるんだ」


「にんむ?」


 そう言って小首を傾げる音無は、まるで奇妙な人工物を発見した小動物のようだ。


「そ。お前には、木陰のお守りをしてもらいたい」


「ふーん……どして?」


 特に驚いた風でもなく聞いてくる。


「俺は今停学中だろ? それなのに俺が普通に外出してたら木陰に怪しまれる。だから木陰には、『今日一日部屋で勉強してるから入るな』って言ってあるんだ。で、念のため、木陰が俺の部屋に本当に入らないようにお前に見ていてほしい。お前は木陰に気に入られてるから注意を逸らしやすいだろうしな」


「うーん……」


 あれ?

 おかしい。音無はアクティブな方じゃないだろうし、素直に引き受けてくれるかと思ったんだが、どうやら悩んでいるようだ。


「ダメか?」


「だめじゃない。けど……ほんとにそれだけ?」


「どういうことだ?」


 音無は無表情で、その感情は読み取れそうにない。


「りゆう。わたしをおいてく」


 音無を置いていく理由。


「ハハハ、何を行ってるんだよ音無。他に理由なんてあるわけないダロ?」


 うおお……我ながら白々しい……。

 声は裏返りそうだし、音無の目を見れないし……。

 音無が気付かないことを祈るしか!


「うそ」


 ですよねー。


「わたしが、おにもつだから?」


 いや、近いけどそうじゃないんだ!

 しかしこれはどうするべきだ?

 音無は大切な部員で後輩だし、お荷物だなんて別に思ってない。音無は俺が一生背負ってやるって決めてるし。

 ふむ、ここはやっぱり……。


「分かった、正直に言おう」


「じゃあ、やっぱり……」


 音無が少し肩を落とすが、俺はすかさず両手でその華奢な肩を掴んだ。


「お前は全然、お荷物なんかじゃねえよ。確かにいつも寝てるし、何を考えてるのかもよく分からないが、お前は俺の大切な後輩だ。お前のことなら、人生ごと背負ってやってもいい」


「ふぇ?」


 ん、カッコつけすぎか? まあいいや。


「けど今回は場所が場所だ。中学校に潜入だからな。流石に俺がお前をおんぶしてたら目立っちまう。それにさっき言ったのも嘘じゃない、木陰を見ていてもらうなら、お前が一番適任だって思うんだ」


「ほんと?」


「ああ、木陰はお前のことが大好きみたいだから――」


「それじゃなくて」


「え?」


「わたしを、じんせいごとせおってくれるって」


「ん? そういう気持ちはまあ、あるけど?」


「ふふ……」


 笑った! 音無が笑った!

 え、なんで? めっちゃレアじゃん!

 ていうかやっぱり、笑うと可愛いな。

 じゃなくて、なんで笑われた? 俺、なんか変なこと言ったか?


「うん、わかった」


「え? あ、じゃあ、引き受けてくれるのか?」


「ただ、じょうけんがあります」


 条件?

 なんだろう。

 まあなんであれ、出来ることなら望みを叶えてやりたいところだが。

 それに音無のことだ、無理難題をふっかけてきたりは――。


「きょう、わたしとねて」


「無理だろ!?」


「じゃあ……かえる……」


 そう言って音無はトボトボと……って、そういうわけにもいかないんだよ!


「ああもう! 待ってくれ! 落ち着け、寝るっていうのはちょっと……音無ももっと自分の身体を大事にするべきだろ!? それに俺たちはまだ高校生だぞ? そういうのに興味があるのは分からんでもないけど……俺はそんな簡単にお前のことを……」


「ん? すいみんだよ?」


「へい?」


 呆気に取られ過ぎておかしなリアクションをしてしまった。


「もしかして……えっちなことかんがえた?」


「………………」


 うわ、マジか……。

 最低じゃん、俺。後輩相手に何をバカなことを考えているんだ、俺は。

 “寝る”って言ったら、普通は“睡眠”だよなぁ……。これが若気の至りってやつか。


「まあ、わたしをじんせいごとせおってくれるなら、それでもいいのかも……ね」


「ん、なんて?」


 音無にしては珍しく、聞き取れない声で何かを言った。

 いや、音無の声はか細いし、いつも微かなのだが、不思議と聞き取れないことは無いのだ。音無が絶妙に調節しているのかもしれないが。


「なんでもない。で……どうするの?」


「分かった、寝るよ、一緒にな。それでお前が満足するなら。俺が何もしなければ良い話だもんな」


 という俺の言葉を聞いて、ようやく音無は満足げに頷いた。

 丸く収まったことにほっとして溜め息を吐く。

 この時の俺は、しばらく後の俺が酷く後悔することを知らない……なんていうのは嘘で、もう既に確信していた。




 * * * * * 




 校舎裏会議。

 それは始業のチャイムと同時に始まった。


「では、状況を再確認します。まずこの命帝大附属中学に来た目的が、妹ちゃんの不登校の理由を探る為。その妹ちゃんは今音無ちゃんが監視中、万が一不穏な動きがあれば、先輩のスマホに連絡が入るんですよね?」


「そういう手筈になってる」


 まあ、音無がちゃんと起きていればだが。

 年中無休で惰眠を貪っているようなやつだからなぁ、あの可愛い後輩は。


「しかし、不登校の理由を探るのはいいとして、何か当てはあるのですか? やみつきになって探すだけでは真実にたどり着ける気がしませんが……」


 と、安定的に間違った言葉を使っている神代さんは、もちろん間違いに気付くわけもなく不安そうな顔を浮かべている。


「闇雲な。やみつきだったらむしろ見つかりそうだよ」


 うわ、訂正してあげたのに睨まれた……。


「うーんまあ、当てはないよね。誰か中学に親しい知り合いとか居る?」


 短冊ちゃんの言葉に、俺と輪廻、そして神代さんは顔を見合わせる。


「俺は妹以外居ないぞ」


「私も居ないです」


「同じく」


 俺に引き続いて輪廻と神代さん同調してくる。短冊ちゃんはというと苦笑いだった。


「みんなコミュニティが乏しいなぁ」


「そういう短冊ちゃんは居るのか? 知り合い」


「居るわけないでしょ。私は中学生からアイドルやってて忙しかったんで、後輩と関わることはほとんど無かったですね」


 俺らのこと言えねえじゃねえか。


「んま、とりあえず手分けして情報を探しますか。くれぐれも騒動を起こさないように気を付けてくださいね。私達はアウェーだと言うことを忘れないでください」


「なんで俺の方を見て言うんだ……」


「先輩が一番アウェーだからですよ。老けてるんですから」


「学年が一つ上なだけでそんなに変わるか!」


「はいはい、五月蠅いです。そういう声を荒らげるのとか、やめてくださいね。それじゃあ、放課後またここに集合ってことで。あ、授業中にうろうろしていると悪目立ちするんで、行動は授業間の休み時間に起こした方が良いですよ。んでは!」


 俺を軽くあしらい、注意事項を説明した後で、短冊ちゃんは意気揚々と校舎裏から立ち去っていった。いや、今こそ授業中なんだが。


「行ってしまいましたね……」


 そう呟く神代さんは、心なしか少し寂しそうに見える。


「なんか、中学校に来てるからかテンション高めだったよな、短冊ちゃん」


「やる気に満ち溢れていましたね」


 しばらく静かだった輪廻が同調してくれる。流石は我が弟子である。

 さて、俺はこれからどうするか……と考え始めた時。


「あ、天海さん。あなたは校舎には上がらない方が懸命だと思います。上履きがないんですから」


「え? いや、スリッパぐらい借りれるだろ?」


「本当にバカなんですから。さっき星宮さんも言っていましたが、ただでさえアウェーな天海さんがスリッパなんて履いていたら、どう見たって不審者でしょう?」


「いや待て、スリッパ履いただけで不審者ってどんな人間だよ? 確かに悪目立ちするかもしれないけどさ……」


「目立ってしまった時点でアウトなんですよ。私達は侵略者なんですから」


 侵略してどうする。それを言うなら侵入者だろ。


「とにかく、天海さんは校舎に上がらないでくださいね。それじゃあ、私も行きます」


「え、神代さん行く当てがあるのか?」


「当てはないですが、少し調べたいことがあります。天海さんも、何か有益な情報を得られるように、尽力してくださいね。それでは」


 力を尽くせ、と来たか。そこは普通に『がんばってください』でいいんじゃないのか?

 まあ、俺を応援したくないんだろうけどさ……。

 そんな俺の内心のモヤモヤ知らない神代さんは、長い脚をしなやかに動かして去って行った。

 さてさて、校舎に上がれない俺に、一体何が出来るのだろうか?




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