強行案
「ふー、いやあ、妹ちゃんの料理は本当に美味しいですね。満足、満足です。やっぱりシチューには夢がありましたね」
短冊ちゃんがお腹をさすりながら、俺の部屋のドアを潜る。それに続いて、他の後輩達もぞろぞろと入ってくる。
昨日とは違い、さも当然のように図々しく食卓に並んでいた後輩達は、更に図々しく俺の部屋へと上がり込んできたのだった。
「おー、ここが先輩の部屋ですか。思ったよりも綺麗にしてるんですね」
「まあな。あんまり散らかってるのは好きじゃねえから――――ってうわ!」
俺は部屋の隅に引っ掛かっていた布を、目にも留まらぬ早さで懐にしまった。
「な、なんですか天海さん、急に。びっくりするではないですか」
本当に鼓動が速くなっているらしく、胸元を押さえながら神代さんが抗議してくる。
「あ、あはは、すまんすまん……」
あっぶねー!
輪廻のパンツ干しっぱなしだった。
さすがにみんなが居る前では渡せないよな。
輪廻の名誉にも関わるし。
「先輩今、何か隠しました?」
「い、嫌だなあ短冊ちゃん、ただちょっと叫びたくなっただけさ。ほら、自分の部屋に可愛い女の子がいっぱいでテンション上がっちまったんだよ」
「うーむ、だいぶ嘘臭いですが。まあそういうことにしておきましょう。思春期の男の子には見られたくないものの一つや二つ、あるものですからね」
短冊ちゃんは知ったようなことを言っているが、絶対に何か誤解をしている。
しかしその誤解を解くのも、それはそれでややこしいことになりそうだからやめておこう。
ふう、俺も大人になっちまったぜ。
「ま、先輩の趣味趣向よりも、今は妹ちゃんの話です」
「そ、そうだな。まあ適当に座ってくれ」
俺がそう言うと、短冊ちゃんは迷わず奥のベッドへと腰掛け、遅れて音無がその後ろに寝そべる。輪廻は部屋中央の丸テーブルに沿って入り口近くの床にペタンと脚を崩して座り、神代さんがその横に綺麗に正座する。
俺はテーブルを挟んで、空いていた神代さんの向かい側に座った。
そんなに広くない俺の部屋が、まあまあの人口密度だった。しかも俺以外は女子である。
まさかこんな日が来ようとは、思ってもみなかった。
「そういや短冊ちゃん、会議するのはいいんだが、今日はレッスンの方はいいのか?」
「まあ、本当は良くないんですけど、お休みするって連絡を入れました。その分ここから走って帰るので、それでチャラってことにします」
「走るって、夜だぞ? 女子一人じゃ危なくないか?」
時刻はもう、夜の7時を回っている。
当然だが、帰る頃にはもっと遅いはずだ。
「おや、心配してくれるんですね。だったら先輩も一緒に走って、送ってってくださいよ」
「えー……」
とは言ったが、善処しておこう。
短冊ちゃんは冗談めかして言っているようだが、俺は冗談じゃなく心配なのだ。
「さてさて、あまり遅くならないように、ちゃっちゃと話を進めますよ」
「はい。木陰さんの不登校の理由を、いかに本人にバレないように調査するか、ですよね?」
神代さんが議題の確認をする。
「そうそう。まあ私には考えがあるにはあるんだけど、それは最後に言おうかな」
「勿体ぶるなあ」
「違うよ先輩。もしかしたら私のより良い案が他の人から出るかもしれないでしょ。そしたらわざわざ場を乱す必要もないかなって思って」
「はあ……」
どうやら短冊ちゃんの意見は場を乱すものらしい。
いや、そんなの普通に脚下じゃねえか?
「ほいじゃあ、まずは羽狩ちゃん。何か良いアイディアある?」
いつの間にか議長に就任したらしい短冊ちゃんが、輪廻に話を振る。
その輪廻は少し面食らったようにあたふたとしていた。
「わ、私ですか? そう、ですね……、人道に悖りますが、天海木陰さんの不在中に彼女の部屋を調べる、とかでしょうか。すみません、これくらいしか浮かばないです。しかしこれは、実行するべきではないと思います」
自分で言っておきながらすみません、と、輪廻は再度謝った。
そんな輪廻に、短冊ちゃんが優しい声を掛ける。
「謝んなくていいんだよ。アイディアと感情は別物だもんね。確かに倫理的に、あまりやりたくないね」
「風紀も乱れますし」
神代さんも同意のようだ。
「じゃあ神代ちゃんは? 何かアイディアある?」
短冊ちゃんがそう聞くと、神代さんは得意気に笑った。胡散臭い。
「風紀委員の私には名案がありますよ。本人に聞けばいいんですよ」
やっぱ馬鹿だな。
「あのなぁ神代さん、『本人にバレないように』って、さっき自分で確認してたよな?」
「そんなことは分かっています。天海さんは馬鹿ですね」
「君には本当に言われたくない」
「でしたら恫喝力を磨いてください」
「洞察力な」
俺に人を脅すような悪趣味はない。
「……はい、では説明します。まあ簡単なことなのですが、要するにバレないように、本人に聞けばいいのではないかと」
「うーん、言うのは簡単だけど、それって難しいんじゃないかな? 聞いた時点で『何か探ってる』って思われそうというか、自分からそう言ってるようなもんだし」
まったく短冊ちゃんの言う通りだ。
「ですから、そこはあくまでさりげなく、日常会話の中でしれっと聞き出すんです」
出来んのか? そんなこと。
そんな意味を含めるように、俺は言葉を発する。
「例えばどんな感じで?」
「『おはよー、ご飯まだ? え、もう出来てる? あ、本当だ、めっちゃうまそー。やっぱり味噌汁に豆腐はマストだよなぁ。いやあしかし、最近は物騒なニュースが多いよな。やだやだ、世も末かな。あ、そういえばさ、なんで学校行かないの?』みたいな」
「………………」
この部屋の誰もが、しばし言葉を失った。
何故だろう、ツッコミたい気持ちはあるのに、声帯が働かない。
目の前の大和撫子と関わることを拒否しているかのようだ。
だがしかし、諦めろ。
もう既に手遅れなんだ。
俺はこいつと、関わり始めてしまった。
そう思った途端、不思議と喉の筋肉が弛緩し、声が出せる気がした。
まず言いたいのは。
「なぁ神代さん、そのバカっぽいのってまさか……俺の真似?」
「当たり前です。こんなバカっぽいのは天海さん以外この世界に存在しません」
言い過ぎだろ。
「えっと……てことはつまり、それを実行するのは俺ってことか?」
「当然です。赤の他人で知り合ったばかりの私達よりも、ずっと一緒に居て身近な存在である天海さんの方が心を開きやすいに決まってますから」
まあ、それは言い過ぎじゃないな。
だがしかし……。
「いくら俺でも自然に聞くのは難しいと思うんだが……」
「ですから、私が今見本を見せたではないですか。この通りに会話を進めれば必ずいけます!」
だから、その見本が不自然極まりないんだって。
どこから出てくるんだよ、その自信は。
「あのなぁ、兄妹っていうのはそんな単純じゃないんだよ。そもそも俺の家族っていうのは皆、家族でもその内面に踏み込んだりしないんだ。あくまで放任、あくまで自己解決。そういう家庭環境で育ったんだよ、俺も木陰もな。だから相手の悩みに気付いても、それに触れたりはしない。それが当たり前になってるんだ。だから、俺がそのことを話題に出した時点で、木陰は何かおかしいって気付いてしまうんだ」
「……それって、寂しくないんですか?」
神代さんにそう問われる。
何も迷うことはない。
俺は即答する。
「寂しくなんてねーよ。俺が木陰を大好きなことに嘘はねえんだからよ」
「私には、よく分かりません……」
………………。
「まあまあ、要するに各家庭にはそれぞれルールがあるってことだよ、神代ちゃん。さっきも言ったけど。だから先輩のご両親は、知ってて妹ちゃんのことを放置してるんだね。あ、放置っていう言い方は良くないかな」
重くなりかけた空気を、短冊ちゃんが明るく軽快なトーンで吹き飛ばした。
もしかしたら短冊ちゃんは、シリアスな空気があまり好きじゃないのかもしれない。
「けど、そうなるとやっぱり、神代ちゃんの案も難しそうだね。音無ちゃんは――眠ってるし、じゃあ私の案を言わせてもらっちゃお」
ああ、場を乱すって言ってたやつか。
怖くもあるが、どうせ採用されないような内容なのだろうし、ひとつのアイディアとして聞いておこうじゃないか。
「私のアイディアはね、実地調査です」
「「実地調査?」」
俺と神代さんの声が重なった。
神代さんが睨んでくる。なんでだよ。
「そ。不登校の理由なんて学校にあるに決まってるんだから、現地で関係者に聞き込み調査を決行します。異論は無いよね? それじゃあ決まりで。明日、私達は命帝大附属中学校に乗り込みます!」
かくして議長である星宮短冊によって、強行採決が行われた。
場が乱れたかはともかく、間違いなく俺と輪廻、そして神代さんの心は掻き乱されたのだった。




