家庭の過程
いつの間にか俺達は、歩道に立ち尽くしていた。誰からともなくだったが、それくらいには我が後輩達は衝撃を受けたらしい。
俺の背中で相変わらず寝息を立てている音無を除いて、だが。
意外と気付かれないんじゃないかと思っていたのだが、俺の認識が甘かったようだ。
というか見くびっていた。羽狩輪廻の観察眼を。
輪廻の質問に答えるのは非常に簡単だ。
何故なら答えは“イエス”か“ノー”の2択しかなく、そしてそれははっきりとイエスだと分かっているのだから。
ただしかし、それは家庭の事情であり、話すのを躊躇われるのもまた事実だ。
「え、どういうことですか? 妹ちゃん、学校行ってないんですか?」
「それが本当なら由々しき事態ではないですか。天海さん、どうなんですか?」
ああ、どうして俺は、真理探究部など作ってしまったのだろうか。
今こいつらの追究を否定することは、部長として出来ない。
仕方ないか。
「まあ、そうだ……木陰は不登校なんだ。よく気付いたな、輪廻」
「妹さんは中学生という話でしたから。もし命帝大附属中学なら、いえ、そうでなくてもこの近隣の中学校では部活動は義務化されているんです。高校では自由ですが、中学では必ず部活に入らなきゃいけない。なら、高校から直行している私達よりも先にし……いえ、先輩の家に居るのはおかしいんです」
「まあ、確かにそうだよな。けど、部活をサボってるだけの可能性だってあったろ?」
輪廻は俯きがちに語る。
「恥ずかしながら、これは勘でしかないんですが、妹さんからそういう不真面目な印象は一切受けなかったので。なので、部活をサボっているより、何か理由があって不登校になっている方が、可能性が高いと思ったんです。推測でものを言って申し訳ないです……」
「いや、いいよ。真理を求めて行う推測のことを、推理って言うんだぜ。だから輪廻、お前のは見事な推理だよ」
「ありがとう……ございます」
「って、何を暢気なことを言っているのですか、天海さんは! これはどうにかしなければならない事態ですよ!」
そう言って俺のことを怒った神代さんの表情には、焦躁じみたものが浮かんでいた。
「え、どうにかって?」
「そもそも、その事をご両親は知っているのですか?」
「ああ、知ってるよ。まあその両親は訳あって今家には居ないんだけどな。けど知ってる」
「なら何故! 手を打とうとしないのですか!?」
「あー……ね、木陰の不登校は、親公認なんだよ。公認というか……超が付く放任なだけなんだが」
「は………?」
神代さんは理解が出来ないようで、露骨に不快感あらわにしていた。
「何を言ってるのですか、あなたは。それは公認でも放任でもありません。育児放棄という言葉を、知らないのですか?」
まさか、神代さんに語学力を問われるとは思わなかった。
「育児放棄って……ちょっと言い過ぎじゃ――」
「言い過ぎなどではありません!!」
思わず黙ってしまった。
後輩に怒られた。
うわ、なんだこれ、めっちゃショック……。
「まあまあ神代ちゃん、各家庭にはそれぞれのルールがあるものだからさ」
見るに見かねたのか、短冊ちゃんが仲裁に入ってくれたようだ。
ありがたいことだが、その事実もまた俺の自尊心を苛む。
ああ、この期に及んで自尊心を気にする俺は、なんて小さな人間なのだろうか。
「星宮さん……しかし」
「ほら、羽狩ちゃんも言ってたでしょ? 妹ちゃんから『不真面目な印象は一切受けなかった』って。私もそう思うよ。あの子は“不登校”ではあっても“不良”じゃない。それどころか本当に良い子だと思う。もし先輩のご両親が育て方を間違ったなら、妹ちゃんはあんな真っ直ぐ育たなかったんじゃないかな」
「短冊ちゃん……」
「“不良”じゃないけど“不登校”っていうのは、きっと何か理由があるんだと思うの。それって、本人にとってすごくデリケートな問題かもしれないし、それなら『そっとしておく』っていうのも一つの選択だよ。もちろん、本当に必要な時は手を差し伸べてあげられるようにちゃんと見てないとだけど、でもそれは先輩が居れば大丈夫でしょ?」
「お、おう! 任せとけ!」
「本当ですか? 非常に頼りない気もしますが……」
神代さんが、分かりやすく疑った表情で俺にジト目を向ける。
「す、すみませんでした……」
「輪廻?」
急に謝罪と共に頭を下げた輪廻に目を向ける。
頭をあげてからも、金髪の後輩は申し訳無さそうな表情で、俯きがちに俺の方を見ている。
「私は、その……別に天海木陰さんを糾弾するつもりなんてなくって……ただ、気になってしまって……」
「大丈夫だ、分かってるよ。長い付き合い、ではねえけど、弟子であるお前のことはある程度分かってるよ。それくらいには、濃い時間を過ごしてきたろ?」
「え?」
何故だか、輪廻はキョトンとした。
「な、なんだ? 俺今おかしなことを言ったか?」
「あ、いや! いえ、なんでも……」
歯切れが悪いな。
本当になんなのだろうか。
「さてさて、それはそうとじゃあ、やりますか」
短冊ちゃんが仕切り直したように言うが、その言葉の意味が俺には分からない。
「やるって、何をだよ?」
「あーもう、話の流れで分かりませんか? そんなの、決まってるじゃないですか」
「しんりたんきゅう」
「うお!?」
さっきまで眠っていたはずの音無の声が耳元で聞こえ、身体がびくんとしてしまった。ちなみに、夕方で紫外線が弱まっているので、今の音無は外でも外套無しだ。
しかし、真理探究?
「さっすが音無ちゃん、部員だもんね。なんで部長である先輩が分からないのかが分からないけど」
「分かるかよ。だって、真理探究するような気になること、別に無いだろ?」
「はあ? 本当、何を聞いてたんですか? さっき羽狩ちゃんが言ってたじゃないですか、妹ちゃんが不登校のなのかどうか、気になるって」
「いやだから、それは今話しただろ? 不登校なんだって」
「そうですが、そうなるともう一つ、気になりません?」
「は? だから何が――」
「気になりますね」
不意に神代さんが口を挟んだ。その表情はいたって真面目だ。
「どうして木陰さんが、不登校になったのか」
「そうそれ! 神代ちゃんもさっすが部員。ウチの部で無能なのは部長である先輩だけですね」
「おい無能言うな、俺は先輩だぞ。てか待て、それは話しが違わないか?」
俺の言葉に短冊ちゃんが首を傾げるが、そうしたいのはこっちだ。
「何がですか?」
「さっき短冊ちゃん自分で言ったじゃねえか。『不登校っていうのはデリケートな問題だから、そっとしておくのも一つの選択』みたいなことをさ」
「言いました。それは嘘じゃないですよ。ですから内緒で調べるんですよ。妹ちゃんにバレないように、裏を取るんです」
え……。
こいつ、しれっとすげーことを言いやがる。
「先輩だって、気になっているんじゃないですか? 妹ちゃんが学校に行かない理由」
「そりゃあ……気にならないわけがねえけど……」
というか、ずっと気にしてはいた。
表に出さなかっただけで、知りたいという気持ちはずっと心の奥にあった。
「なら、しましょう、真理探究」
「しかしだな、バレないようになんて、そんなこと出来るのか?」
「ふむ。まあその話しは後にして、とりあえず帰りましょうか。これだけの買い物でこんなに時間が掛かっては、それこそ妹ちゃんに怪しまれてしまうかもですし。続きは、先輩の部屋でしましょう?」
「ん、まあそうだな。しかし短冊ちゃん、今の最後の言葉、なんだかエロいな」
「最低ですね」
「最低劣です」
「さ、最低……です」
「さいてー」
短冊ちゃん、神代さん、輪廻、音無の四人に順々に罵られながら、ようやく俺は後輩達と共に、再び帰路についた。




