部活動自宅編
「あれ、音無ちゃんが居る。まさか先輩、拉致監禁ですか?」
「警察に通報します」
午後四時前。
インターホンがなったので、昼食を食べてからも眠り続けている音無をお姫様だっこして玄関に出た俺に、例によって短冊ちゃんと神代さんが濡れ衣を着せる。
まあ音無を持って出た俺も俺だが(冷静になってみれば、客がこいつらでまだ良かった)、この二人は俺を貶めることに余念がない。
「違わい! 昨日お前らが忘れてったんだろうが」
「ああ! 学校に居ないと思ったら、昨日の帰りから居なかったんですね」
「すみません、音無さん……。無垢な少女をケダモノの巣に置いていくなど、風紀委員としてあるまじきことでした。反省します」
「べつに、へいき……」
音無、起きていたのか。
いや、なら自分で立ってくれよ。
「だれがケダモノだよ。まったく、確かに音無は存在感が希薄なところがあるけど、もう忘れていくなよな」
俺も忘れていた、とは絶対に言わない。
「すみません……ちょっと、考えごとをしていて、失念していました」
そう真面目に答えたのは、短冊ちゃんと神代さんの後ろに控えていた輪廻だった。相変わらず、元気がないようだ。一体、どうしたのだろうか。
「輪廻が考えごとなんて……まあ珍しくもないか。お前はいつも何か考えてるもんな」
「はい……」
うーん。
「で、今日は何しに来たんだ?」
「何って」
と短冊ちゃん。
「それは……」
と輪廻。
「部活ですよ」
と神代さん。
「くー……」
と音無。
「はい?」
と俺。
* * * * *
「今日もお揃いで、本当に仲が良いんですね」
半ば呆れ気味に、木陰が人数分のお茶をテーブルに並べてくる。
今日は俺と音無がソファーを一つ占領している為、輪廻と短冊ちゃん、そして神代さんは向かいのソファに3人で座っている。しかし皆身体が細い為、ぎゅうぎゅう詰めということにはなっていなかった。
「んまあ、先輩以外のメンバーは仲良しかもね」
「待てよ短冊ちゃん、俺の家に押し掛けといて、俺をハブろうとするんじゃない」
「んじゃあ、皆仲悪いです」
「そこまで俺と仲良くしたくないのか……」
ていうか、短冊ちゃんの隣で神代さんが俺よりショックを受けているようだが……まあ、見なかったことにしておこう。
「まあ、どうせお兄ちゃんも暇なので、ゆっくりしてってあげてください」
「おい木陰、余計なことを言うな」
「あれ先輩、もしかして私たちが居ないと寂しいんじゃないですか?」
うっわ、なんか短冊ちゃんがニヤニヤしててムカつくな。
「なわけねえだろ。穏やかな時間を満喫してたわい」
「うーん、お兄ちゃんが学校で良い人間関係を築けているみたいで、妹としては安心かな」
木陰が腕を組みながらしみじみと言う。
「うーん、これが良い人間関係だって思えるお前のことが、兄としては心配だな」
「あはは、だって良いことじゃない。先輩の停学中に後輩が訪ねて来るなんて、慕われてるってことでしょ?」
「ん、まあ……そう言われればそうかも……。なんだお前ら、実は可愛いところあるんじゃんか」
「可愛いなんて当たり前ですし、“私たちが慕ってる”ていう妄想くらい、他に楽しみがない先輩ですから許してあげます」
「可愛いなんて気持ち悪いですし、“私たちが慕ってる”などという酷い思い上がり、死にたくなるのでやめてください」
「やめろ、二人で二通りの貶め方を示すな。木陰、これが現実なんだ」
「その割りには、お兄ちゃん楽しそうだけど」
そんなバカなことがあるか。
「あ、私ちょっと買い物行ってくるね。ちょっと買い忘れたものあって」
「え、それなら俺行くよ。どうせ暇だし」
「いやでも、せっかく後輩さんたち来てるんだし……」
「あ、私たちのことなら気にしなくていいよ、妹ちゃん。というか私たちも付いて行こうかな」
「え……付いてくるの?」
「む。なんで嫌そうなんですか?」
「いや別に、嫌じゃないけど……」
ただ、こいつらとまとまって行動すると、どこに居ても目立つ気が……。停学中なのだし、あまり人目にはつきたくないのだが。
「じゃあ決まりで。ほら、先輩だって音無ちゃんおんぶして買い物じゃあ大変じゃないですか」
「ああ、音無も行くって決まってるのか……」
「当たり前じゃないですか、音無ちゃんだって真理探究部員なんですから」
俺は家で寝かせとく気満々だったけど。
「というか、買い物行くのに真理探究部が関係あるのか?」
「何を言ってるんですか、天海さんは。最初から言ってるではないですか、私たちは遊びに来たのではなく部活をしに来たんです」
神代さんが俺に対してお得意の呆れ顔。
「そうですよ先輩。今日は屋外で、真理探究です」
あー……。
まさか停学中に部活に駆り出されるとは、露ほども思わなかった。
* * * * *
いつも木陰が行っているスーパーマーケットは家を出て学校と逆方向に、徒歩10分ほどのところにある。
流石にその距離では真理探究するような出来事には遭遇せず、無事にスーパーマーケットに辿り着いた。
「じゃがいもにニンジンですか、今日はシチューですね」
「カレーかもしれねえだろうが」
「シチューの方が夢があります」
なんだそれ、初めて聞いた。
目的の物が2つだけということであっという間に買い物は終わった。
そして帰路につこうと思ったのだが。
「ちょっと待ってください天海さん。真理探究する事柄が見付かっていません」
「ちょっと待ってくれよ神代さん。こんな短距離でそんなことが本当に見付かると思ったのか?」
「見付けづらいものを見付けるのが真理探究なのではないですか?」
「おお、至言だな。よし、じゃあ今回の真理はそれでいいか」
「良いわけがないでしょう。部長ならもう少し新鮮に活動に取り組んでもらわないと困ります」
「“真剣に”ね。日本人ならもう少し日本語を勉強してもらわないと困ります」
「う……く、まあそれはともかく――」
「あのっ!」
俺と神代さんのしょうもないいつものやりとりに口を挟んだのは、ここのところ元気がない輪廻だった。
「輪廻、どうした?」
「私、あの……」
言い淀んでいる輪廻は、端整な顔に苦味を浮かべていた。
言おうか言うまいか、悩んでいるようだ。
「言いたいことがあるなら言うが吉、だぞ。人生は言ったもん勝ちだ」
「先輩なんですかそれ、初めて聞いたんですけど。しかし良い言葉ですね」
「短冊ちゃんは言いたいこと言い過ぎだから、少し控えるように」
と、そうは言ったものの、俺は少し心の準備をしていた。輪廻の出す問題提起は、いつだって何かの核心に迫っているのだから。
俺は先輩としてそれに対して、一つの答えを出さなければいけないのだ。
覚悟をしておくに、越したことはない。
「私、どうしても気になることがあって……」
「うん?」
そして輪廻は一拍置いて、意を決したように声を発した。
「妹さんは――天海木陰さんは、学校に行っていないんですか? つまり……不登校なんですか?」
ほらね。




