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昼下がり、穏やかな談笑の時間

 自室に入り、音無をベッドに降ろす。


 女の子をベッドに寝かせるというのはやはり、思うところが無くもないが、しかしそんな微かな気の迷いのようなものは、音無の無垢な寝顔を見れば吹き飛んでしまうのだから不思議だ。


 音無の華奢な身体を支えながらベッドの中央に寝かせ、布団を掛けてやる。

 まるで介護をしているようだが、その相手が可愛い女の子ともなれば、健全な男子高校生としてはなんの不満もない。


「ん……いいにおい、する……」


 横たわった音無が、うっすらと目を開けた。


「あ、悪い、起こしちゃったか」


「ここ……どこ?」


「俺の部屋だよ」


「そう……いいへや。おちつく」


「そうか? まあそれなら良かったけど。こんなところで良かったら好きなだけ寝てていいぞ」


「ありがと」


 うーん。

 音無は手が掛かる分、素直でいい子だなぁ。

 なんか、親心みたいなものが芽生えてきそうだ。


「じゃあ、俺は下に戻るよ。なんかあったら言ってくれ」


「ねぇ……」


 部屋から出ようと身体を反転させようとした俺の手首を、布団から出てきた音無の小さな手が掴んだ。その力が思いの外強くて、少し驚く。


「どうした?」


「いっしょに、ねない?」


「あー……うーん、それはいろいろ問題があるな……。神代さんにも殺されそうだし」


「そう……ざんねん」


 音無は一瞬切ない表情をしたかと思うと、 手を引っ込めて俺に背を向けるように寝返りを打った。

 そんな音無の頭をポンポンと軽く撫でてやって、俺は部屋を後にした


 その先に修羅場が待ってるとも知らずに。




 * * * * * 




 なんて言ってはみたが“修羅場”というのは大袈裟だった。

 よくよく考えてみても、可愛い妹も後輩達も、変人であっても人当たりは良い方なのだ。まあ、俺に対する場合を除いてだが。


「あ、お兄ちゃん。私が買い物に出ている間に女の人を連れ込んでるなんて思わなかったよ。そんな風に育てた覚えはないのに」


 リビングに隣接するダイニングのその向こう側、キッチンの隅にある冷蔵庫に買ってきた物を納めながら、妹の木陰が辛辣にそう言ってきた。

 いや、俺も妹に育てられた覚えはない。


「本当だよ先輩。先輩にこんな可愛い妹ちゃんが居るなんて知らなかった。なんで隠してたの? そんな風に育てた恐れはないんですけど」


「恐る恐る俺を育てるな。っていうか育ててないだろ」


「あ、先輩を育成するアプリとかあったら面白いですね」


 面白くねーよ。あったとして、そのアプリやってる奴、絶対どっか歪んでるか病んでるよ。


「あと別に隠してもないし。聞かれなかったから言わなかっただけだ」


「チンゲン菜がなってないですね」


「神代さん、それってもしかして、『報告、連絡、相談』を略して『ほうれんそう』って言おうとしてるの?」


「ち、ちがいます! 『賃上げ、減給、最適』を略して『ちんげんさい』です!」


「なんで経営者目線なんだよ」


 とまあ、そんなこんなで、俺が音無を寝かし付けている間にタイミング良く(悪く?)木陰が帰ってきたらしく、自慢の妹が残念な後輩達と対面してしまっていた。


「しかしお兄ちゃんにこんな美人揃いの後輩さんがいたなんて、私も知らなかったよ。はい皆さん、粗茶ですが」


 いつの間にか淹れてきたお茶をテーブル並べていく木陰。後輩達も口々にお礼を言う。あれ、俺の分がないんだけど……。


「奇人揃いな。言ってなかったっけ? ほら、部活始めたって……」


「そうとしか聞いてない。女の子の後輩が居るって話は無かった」


 そう……だったっけ。


「ねえねえ、妹ちゃんてもしかしてブラコン?」


「はい!?」


 不意打ち気味な短冊ちゃんの発言に、木陰が珍しく声を荒らげる。


「あ、いや、なんか私達が先輩と関わってるのが不服なのかな? って思って。別に変な意味じゃなくてね」


「ち、ちがいますよ……ただ急だったので驚いただけで……」


 まあ、そうだよな。

 木陰がブラコンだなんてあるわけがない。

 むしろどちらかといえば、俺に対して塩なところがあるくらいだろう。


「ていうか急といえば、お前らうちに何しに来たんだ? ていうか何故うちの場所を知ってる?」


「『何しに』と聞かれればそれは部活動です」


 と、両手で湯呑みを取りながら神代さんが答える。

 いやいやいや。


「神代さんはうちの部員じゃないでしょうが」


 しかしすかさず、短冊ちゃんが言葉をぶつけてくる。


「あ、神代ちゃん今日正式に入部したんですよ?」


「へ?」


「私が誘ったら快く入ってくれました」


「何を勝手なことを……」


「部員は少ないより多い方がいいじゃないですか」


 まあ確かにそうだが、それが『神代破魔矢』となると話は別だ。


「神代さんも、よく入ってくれたな?」


「まあ、星宮さんに誘われたというのもありますけど、この真理探究部が風紀の乱れの根源として認可いたしましたので」


「決して根源ではないけど、もしそうだとしたら認可しちゃダメだろ、認定にしておけ」


「…………。まあとりあえず! 監視するのであれば内部に潜入するのが手っ取り早いということで入部を希望しました。決してっ! 初めて出来た友達に誘われたからじゃないですよ!?」


 なるほどそれが本音か。

 まったく、可愛いのか可愛くねえのか分からねえな。


「しかし、それって普通、まずは部長に話が来るもんじゃないのか?」


「いや、その部長が停学になってしまっていたもので」


 と、神代さん。


「………………」


「だから神代ちゃんと一緒に顧問のところに行ったら、二つ返事でオーケーしてくれたんですよ」


 と、短冊ちゃん。

 あの教師め、見た目通り適当な人だな……。


「というわけで天海さん、一応、これからお世話になりますので、よろしくお願いします」


「お、おう……一応は余計だけど、もう入ってしまったなら仕方ない。こちらこそよろしく。……それで、何しに来たって?」


「だから、部活動ですよ?」


 木陰が気を利かせて用意したお茶菓子に手を伸ばしながら、短冊ちゃんが答えた。


「部活動ねぇ……」


「遊びに来たようにしか見えないですけどね」


 俺の言いたかったことを木陰が代弁してくれる。


「まあそういう面もあるね」


 結構な嫌みを含んだ言葉も、短冊ちゃんには通用しなかった。いやいや、お前は風原憩か。


「まあいいや……で、なんでうちの場所知ってんの?」


「ああそれは、風原さんに聞いたのです」


 短冊ちゃんに釣られたのか、神代さんもテーブルの上のお煎餅に手を伸ばしながら答える。


 ていうか憩かよ。

 いやまあ考えてみれば、俺の家を知ってるのなんてリョーイか憩しかいないけどさ。

 憩のやつめ、人助けをしたつもりが誰か他の人の迷惑になる可能性があるということを今度ちゃんと教えてやろう。


「あ、憩さんも同じ部なんだっけ?」


 知ってる名前を聞き逃さなかった木陰が聞いてくる。


「まあ、名前だけ貸してくれてるって感じかな」


 しかし、神代さんが正式に入部したっていうことは、もう憩に名前を借りてる必要もなくなったのか。憩を除いても5人になったのだから。


「流石の聖人ぶりだね、憩さんは。私ならお兄ちゃんには何も貸したくないもん」


 嘘をつけ。さっき本を貸してくれただろうが。

 人前ではお兄ちゃんと仲が良いと思われたくないのだろうか。我が妹も思春期だなぁ。


「妹ちゃんも風原先輩のこと知ってるんだね」


「まあ、共通の幼馴染みって感じだからな」


「ふーん。ん?」


 そこで短冊ちゃんが何かに気付いたように首を傾げた。俺を見たまま。


「あの先輩、不思議なことがあるんですけど……」


「うん?」


「真理探究部としては、やっぱり謎を謎のままにしておけないというか、疑問があればそれを追究せずにいられないのは仕方ないことですよね?」


「まあ、そうだな。そうじゃなきゃ真理探究部員失格だ」


「流石先輩ですね。では、私の真理探究に力を貸してくれませんか? というか、先輩であればすぐに分かってしまう案件だとは思うんですが」


「ふ、仕方ない。先輩であれば後輩のために尽力することはやぶさかじゃあないさ。言ってみろ」


「では」


 それから一拍置いて、笑顔で短冊ちゃんは問い掛けてきた。


「どうして先輩は制服を着てるんですか? 停学中なのに」


 …………あー。

 やべえ、着替えるの忘れてた。

 いや違う。そもそもこいつらが来るなんて露ほども思っていなかったのだから、着替える気なんて別に無かったのだ。

 くそう! どうしたらいいんだ!

 間違えて学校に行こうとしたなんて知られたら絶対にバカにされる!

 どうにか、どうにか誤魔化さなくては!


「いやだなあ短冊ちゃん。もしかして俺が朝間違えて学校に行こうとしたと思ってるなら、それは全然お門違いだぜ? まあ確かに、家に居ながら制服を着ているのは違和感があるかもしれないが、それは意味のあることなんだ。俺は停学中の身だがそれでも命帝大付属高校の生徒なわけで、ならば停学中の身だからこそその意識を強く持たなきゃいけない。そうじゃなきゃ謹慎の意味なんてないだろ? そうつまり俺は、家に居て制服姿で過ごすことで、自分の犯してしまった過ちをこの精神に刻もうとしているんだ」


「これ全部嘘ですよ」


「俺の決死の努力を無駄にするんじゃないよ木陰!」


 まったく酷い妹だ。

 言い切るまで泳がせといて言い終わったら即否定するなんて、性格が悪すぎる。

 誰に似たのやら。


「いやまあ妹ちゃんが否定しなくっても、話が長すぎてあからさまに嘘っぽいので分かってましたけどね」


「はっはっは…………前々から思ってたけど、短冊ちゃんは俺を貶めるのが上手いね」


「わー、褒めてくれてありがとうございます。まあ、『好きこそ物の上手なれ』ってやつですよ」


「なんで俺を貶めるのが好きなんだよ……」


 短冊ちゃんに神代さん、それに木陰までもが笑っている。まあ賑やかで良いことか。


「あ、私夕飯の支度しなくちゃ。皆さんも食べていきますか?」


 木陰が気を利かせて後輩達に聞く。するとすぐに返答したのは短冊ちゃんだった。


「あー……うん、めっちゃそうしたいところなんですけど、私は今からレッスンに行かなくちゃいけないから、遠慮しておくね」


「え!? 短冊ちゃんレッスンなんか行ってるの?」


「なんで先輩が驚くんですか……。私がアイドルやってるの知ってるでしょっ」


「あ、ああ……そうだっけ」


 ふっつーに忘れてた……。


「へー、芸能活動をされてるんですか? すごいですね」


 木陰が素直に感心したように言う。


「うーん、まあまだ駆け出しだけどね。でも新進気鋭ですよ」


 と、そこそこな大きさの胸(確認済み)を張る短冊ちゃん。

 これでいつか超有名アイドルになったら、俺も知り合いとかに自慢出来るんだろうけど。

 うーん、先は長そうだなー。


「他の皆さんはどうしますか?」


「あー……えっと、そういうことなら私も星宮さんとお(いとま)しようかと思います。羽狩さんはどうしますか?」


 神代さんにそう問われて、今まで黙って俯いていた輪廻が顔を上げる。

 そういえば、なんだか今日の輪廻は口数が少ないというか、元気が無いような……? 気のせいか?


「あ、はい……私もそうします」


「そうですか、残念です。今度はご馳走させてくださいね」


「うーん……」


「どうした、短冊ちゃん。急に唸って」


「いやあ、先輩の妹ちゃんとは思えないくらい出来た妹ちゃんだなあと思いまして。本当に血、繋がってますか?」


「失礼に躊躇がなくていっそ清々しいな。繋がってるよ、ちゃんと。ていうか、繋がってなかったらなんなんだよ?」


「近親相姦に抵抗が少なくていいかなって。あれ、義理の妹でも近親相姦て言うんでしたっけ?」


 知らねーよ。

 短冊ちゃんの下ネタのぶち込み方は忌避を越えて感心するほどだが、それによって生じる微妙な空気はいかんともしがたい。

 会話を途切れさせないことでどうにか持ち直し、それから短冊ちゃん達が帰るまで、談笑は続いた。




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