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後輩のパンツの洗い方

 昼食を挟んで昼過ぎまで、木陰に薦めてもらった本を読んでいた。

 流石、読書家を自称しているだけはあって、普段本を読まない俺にも読みやすく、そして入り込みやすい設定の物語だった。そういうものを選んでくれたのであろう。

 正直に言って、一気読みしたいくらいに面白かったのだが、俺のペースではなかなかに時間が掛かり、その内に木陰が夕飯の買い物に行くというので、俺も読書の中断を余儀無くされた。

 いや、買い物に同行するわけではない。

 俺には木陰の不在中に、やらなければならないことがあるのだ。


 輪廻のパンツを、手洗いしなくては。


 木陰が居ないのだし、パンツに付いているラベルにも洗濯機を使用しても大丈夫と書いてあったので、洗濯機に任せても良かったのだが、スマホで検索して調べたところパンツの劣化を抑える為にも手洗いするのが好ましい、ということだった。

 普段輪廻がどのようにこのパンツを洗っているのかは分からないが、もしかしたらこれは輪廻の勝負下着……ではないだろうけど、お気に入りの下着の可能性はある。

 だとしたら、過失であるとはいえ持ち帰ってしまった以上、それを雑に扱うことは躊躇われる。


 というわけで、俺は右手に肌触りのいい輪廻のパンツを握り締めて洗面台の前に立っていた。


 ネット上にはいろいろな手洗いの手法が書かれており、どれが正しいのかは残念ながら判然としなかったが、とりあえずリスクの少なそうで簡単なものを選択し、洗濯することにした。


 まずは洗面台の排水口に栓をし、ぬるま湯を溜める。

 洗面台の鏡の上で煌々と光るライトを水面が照り返し、キラキラと揺らめく。

 そこに淡いスカイブルーのパンツを浸すと、水を含んで微かに色濃くなった布地が水中を揺蕩う。

 液体の洗濯洗剤を適量そこに垂らす。

 ゴシゴシと擦りたくなる気持ちを抑え、シャバシャバと振り洗いをする。

 こうすることで布地に与えるダメージが最小限になる、らしい。

 輪廻のパンツを手に絡ませながら、俺はふと思う。



 何してんだろ、俺……。



 一体、恋人でもない後輩女子の使用済みパンツを手洗いしたことのある男子高校生が、この世界にどれだけ居るのだろうか。

 到底居るとは思えない。

 もしかしたら、俺が世界初かもしれない。

 ん。

 そう考えてみると、もしかしたら俺は今、すごく貴重な経験をしているのではないだろうか。

 前人未踏の地に、俺は踏み入れたのかもしれない。

 おお、やばい。俄然興奮してきた。

 思わずパンツをシャバシャバする手が速まる。

 俺の罪障の証でしかなかった輪廻のパンツが、今や宝物のように尊く思える。

 俺は今、この空色の布を洗えることを心から悦んでいるっ――!!


 俺の魂が絶叫し、存在が震える。

 血流が激しくなり、鼓動が脈打ち、自然に息が荒くなる。


 こんな感覚は生まれて始めてだ。

 もしかしたら俺は、新世界を見れる選ばれし人間なのかもしれない。


 排水口の栓を抜くと洗剤の溶液が配管を流れて消えていく。

 後に残ったのは、俺の手の上にズシリと重みを増した聖なる布。

 実感する。



 嗚呼、俺は今日この時の為に今まで生きてきたんだ!



 ってそんなわけがあるか。

 アホか。

 異常者か。


 ホント、俺は一人で何をしているんだろうか。


 脳の熱を冷ますように、手の中の下着を流水ですすぐ。


 やがて洗剤のぬるぬるが無くなり、俺の中のモヤモヤも一緒に排水口へと流れていった。


 洗濯完了。

 脱水は洗濯機さんに任せていいとネットに書いてあったので、それを信じて洗濯機にパンツ1枚を入れて脱水のボタンを押す。

 ふぅ。

 これでようやくひと息――



 ピンポーン。



 ――つけるかと思ったら、インターホンが鳴った。

 こんな微妙な時間帯に来客?

 なんだろう、怪しい宗教の勧誘とかだったら嫌だなぁ。と思いながら、俺は一応玄関に急ぐ。


「はいはい、どちら様で――」


 ドアを開けながら話していた言葉が、ドアの向こうに居た四人組を見て無意識に止まった。

 その四人は、俺もよく見慣れたお揃いのライトグレーのブレザーとチェック柄のブラウンのスカートを身に纏っていた。


「やっほー先輩、元気ですかー? どうせ暇してるんだろうと思って私達――」


 バタン。

 ドアを閉めた。


 どうして短冊ちゃんがここに居る。

 なんか、外で喚いているようだが……。

 ドアの覗き窓を見てみると、喚いている短冊ちゃんの他の3人は、輪廻と、あと何故か神代さん、そして神代さんに手を引かれて眠そうに目を擦りながら、外出用の黒いフード付きポンチョを制服の上に羽織った音無が珍しくも自分の足で立っていた。


 その光景を見て、俺は頭を抱える。

 やれやれ。

 まだしばらく、ひと息もふた息もつけそうにない。




 * * * * * 




「へぇ、先輩の家の割に綺麗ですねー。もっと廃墟みたいな感じかと思ってました」


 リビングに通すや否や、短冊ちゃんは失礼なことを言ってくる。


「あのなぁ、お前は俺のことをなんだと思ってるんだ」


「変態童貞?」


「別に珍しくない人種だと思うけど、字面も響きも悪口にしか思えないな。俺は普通の男子高校生だ」


「やめてくださいよ天海さん。健全な男子高校生に失礼ですよ? 自分がまっとうな人間じゃないということを自覚してください」


 ソファーで勝手にくつろぎながら、神代さんがダメ出しをしてくる。お前こそまっとうな神経じゃねえな。


「そこまで言うなら、俺のどこがまっとうじゃないのか、教えてくれよ」


「自分の欠点を罵って欲しいだなんて、とんだドMですね。その時点で充分まっとうではないと思いますが、良いでしょう。教えてあげます」


 俺の言葉の曲解が過ぎるな。


「まっとうな男子高校生は、校長を殴って退学になったりしませんよ」


「退学じゃねえよ停学だよ! お願いだからそこは絶対間違えないで!」


 一人で過ごしていた静かな時間が、あっという間にどこかに行ってしまった。

 短冊ちゃんと輪廻が並んで座り、テーブルを挟んでその向かい側に神代さんが座り、俺はテーブルの脇に立ち尽くしている。


「ん、あれ? 音無は?」


「は? 先輩大丈夫ですか?」


 何故か短冊ちゃんが心配そうな顔をしている。


「え、何が?」


「そこに居ますけど」


 一方の神代さんが、呆れた顔で俺の胴を指差してくる。それに従って目線を下に向けてみると、そこには腕があった。俺のものではなく、華奢なその腕は俺の背後から伸びていた。

 腕を辿って後ろに目を向けてみると、そこには俺の背中にしがみついて寝息を立てている音無が居た。室内に入ったからか、フードを被るのはやめたようだ。


「ああ、なんか温かいと思ったら、そこに居たのか。って、これじゃ俺座れないじゃん!」


「別に、座らなくていいですけど」


「神代さん、俺の家なんだけど」


「だからなんですか。自分の家だからといって、権力を振りかざせると思ったら大間違いですよ?」


「…………不遜だなぁ」


「む、意味は分からないですが、悪口を言いましたね!?」


「言ってない言ってない」


「では『ふそん』とはどういう意味ですか?」


「あー、誇り高い、みたいな意味だよ」


「ほぅ。それならまあ、悪い気はしませんね」


 満足した様子の神代さん。バカで良かった。

 しかし、やっぱり意味分からなかったか。流石の日本語力だなー。


「先輩、音無ちゃん眠いなら、ベッド貸してあげたら?」


 短冊ちゃんがそう提案してくる。


「ん、まあ、音無が俺のベッドで良いならいいけど……」


「いいんじゃない? 保健室のベッドもほとんど占有してるしね、音無ちゃん。私は絶対に嫌だけど」


「おい待てよ短冊ちゃん。『私は絶対に嫌』っていうのは今言う必要があったか?」


「え? 別に必要はなかったけど、言いたかったから。ていうか必要がないと言っちゃダメなんですか?」


「みだりに人を傷つける発言はどうかと思うなぁ。ねえ、風紀委員の神代さん」


「へ? 天海さんて人だったんですか?」


「今分かった……神代さんが一番酷い……」


 もういいや。さっさと音無をベッドに連れてってやろう。


「よっこらせっと」


 しがみついていた音無の腕を一旦ほどいて、おんぶしてやる。


「あの、大丈夫ですか?」


 今まで口をつぐんでいた輪廻が、心配そうに声を掛けてくる。


「ん、ああ、軽いから平気だよ。もういつものことだしな」


 もう音無の体重は俺にとって自重みたいなものだ。


「先輩、音無ちゃんが寝てるからって、変なことしないでくださいね?」


 邪推してくる短冊ちゃん。

 そんな彼女に対し、俺はちょっと意地悪な気持ちで聞き返すことにした。


「変なことってなんだよ?」


 年頃の女子には、さぞ答えづらかろう。


「おっぱい揉むとか××××舐めるとか×××××入れるとか」


「躊躇えよ!!」


 こっちが恥ずかしくなるわ!


 しかしそれ以上に、あっけらかんとした短冊ちゃんの反対側に座る神代さんの顔が真っ赤になっていて、それが妙に可愛らしく思えた。


 バレないようにニヤニヤしつつ、俺は二階の自室へと向かった。





 

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