すべての始まりwithハイスペ幼なじみ
羽狩輪廻、星宮短冊、音無禊、神代破魔矢。
以上の四人はいつか俺を荒廃させるという大罪を犯す愛すべき後輩達だが、今から語るのはまだ俺がその四人の堕天使と接近遭遇する前、何事もなく平和な日常をただ退屈に謳歌していた高校に入学したての春のことである。
「やっぱり……青春してえな……」
「どうしたの? 夕ちゃん」
通学中、ふと独り言を呟いた俺に、隣を歩く幼馴染みが話し掛けてきた。
風原憩。
一年後、こいつが学内の有名人になっていることをこの時の俺はまだ知らない。
「いやぁ、俺ってさ、中学まで地味な生活送ってきたじゃん?」
「そうかな? まあ、派手ではなかったけど」
「そうなんだよ。つまらない学生生活だったんだ、中学までは」
「私は夕ちゃんと一緒だったから結構楽しかったけどね」
「…………うん、そういうことを恥ずかしげもなく言えるのはお前の良いところだと思うよ」
「えへへ、褒められちゃったね」
褒めてるようで褒めていないのだが、こいつには嫌味とか遠回しな表現とかをスルーするスキルが生れつき備わっているので、普通に喜んでいる。幸せなやつだ。
「というわけで、大人になってから『学生の時もっと青春しとけば良かった……!』って思わないように、今から青春しようと思うんだけど……」
どうすれば良いのか分からない。
「夕ちゃん、部活でもするの?」
思い悩む俺に、風原憩は思いがけないことを言った。
「部活かぁ……部活ねぇ」
「なんか釈然としなそうだね?」
「いや、確かに部活で汗を流して目標に向かって一致団結、っていうのはいかにも青春的な感じなんだけどさ……」
「うん」
「普通過ぎてつまらん。あと、俺運動苦手だし」
「うーん、青春てスタンダードなものだと思うけどね。別に運動部じゃなくても、文科系の部とかあるじゃん。吹奏楽部とか、演劇部とかさ」
「文科系ね……地味ーなイメージしかねえんだよなぁ……。俺はこう、もっとバーストチックでシャイニブルな生活を送りたいというか……」
「ごめん、初めて聞く言葉すぎてイメージが全然沸かない。じゃあ、どうするの?」
どうするのかと聞かれれば。
「どうしよう……」
「あはは、見きり発車なのがいかにも夕ちゃんらしいね。まあ、高校生活は長いんだから、ゆっくり考えたら?」
「まあ、そうだな! 俺は俺なりの青春ライフを送ってやるぜ!」
そして、我らが命帝大学附属高等学校の門を、意気揚々とくぐったあの日の俺を、俺は一生恨み続けることだろう。
* * * * *
一年後。春。
「はーあ、つまらん」
普通に第二学年に進級した俺は、新しく配属された二階の教室の、窓際最後列の自分の席から、新入生が続々と校門をくぐる様子を死んだ魚のような目で眺めていた。
「あいつらも一年後、こうやって退屈な日々に絶望してるんだろうなぁ」
「こらこら、希望ある若者の未来を勝手に決めないの」
急に前から話し掛けられて反射的にそちらを向くと、そこには見知った顔があった。
「なんだ、憩か。学校のスター様が、こんな落ちぶれた男子生徒になんの用だよ?」
「荒んでるねぇ。幼馴染みの顔を見に来ちゃダメ? クラス別れちゃったからね、気になっちゃって」
「そうか……俺なんかを気に掛けてくれるなんて、さすが余裕のあるやつは違うな」
「余裕なんてないよ。毎日忙しいよ」
「まあ、有名人だもんな。でも自業自得だろ。なんでもかんでも引き受けるから」
幼馴染みの風原憩は、学年一位の学力と、学年トップクラスの運動神経を持ち、その上天真爛漫な人柄ということを買われ、各部活や学力不足に悩む生徒個人、更には教師達からも、助っ人や勉強の手伝い、更にはクラスの揉め事処理までもを依頼され、請け負っている。
俺からすれば、金銭でも要求すれば良いのにと下世話なことを言いたくなるのだが、あろうことか憩はその全てを無償で引き受けている。
どんなお人好しなんだよ。
「良いの。別に忙しいことを悪いことだとは思わないから。充実してるよ。こういうのを青春ていうのかもね」
青春ねぇ。
そんなのを求めていた時もあったな。
俺は窓の外の校門に目を戻し、一年前に思いを馳せる。
「そういう夕ちゃんは? 最近どうしてるの?」
「別に、どうもしてない」
朝起きて学校来て帰ってテレビ見て寝る。
その繰り返しである。
「ふーん。良かったら、私と一緒に皆のお手伝いする?」
「嫌だよ。俺にそんな能力ねえし、そもそもタダ働きしたくない」
「まあ、夕ちゃんならそうだよね。ちゃんと得るものはあるんだけどなぁ」
充実感とか達成感とか?
あるいは名声とかか。
それを得るために無償で働く価値があるとは、到底思えないんだよなぁ。
「まあでも、せっかくの学生生活だし、なんかすれば? 前にも言った気がするけど部活とかさ」
あー、部活か。
前に切り捨てた選択肢だな。
「今さら部活入るなんて、同学年のやつに敬語使わなきゃいけない感じがして嫌だ」
「別に、そんなことないでしょ。まあ、なんで今更感はあるけどね。最初だけだよ、多分」
「最初だけでも嫌だし、ていうかだから、運動部も文化部も好ましくないんだってば」
「相変わらず我が儘だなぁ。んー、じゃあいっそ作っちゃえば?」
「作る? 作るって何を?」
「新しい部活。夕ちゃんがやりたいことを部活にしたらいいじゃん」
ふと、俺の中で何かが弾けた。
新しい、部活。
俺の、やりたいこと。
「それだ……」
「夕ちゃん?」
「それだ! それしかない!」
「わー……どうしたの急に?」
「こうなれば善は急げだ! ちょっと職員室行ってくる!」
「え!? ねぇちょっと! もうそろそろ一時間目始まっちゃうよ?」
既に俺は席を立って駆け出していて、もう止まることは出来なかった。
「すぐ戻るよ!」
教室を出て階段を一階まで掛け降り、渡り廊下を渡って隣の校舎へ移動、後は一直線に全力疾走。
途中、授業に向かういろんな教師達に声を掛けられたがその全てを無視し職員室に駆け込む。
まだ職員室に残っていた覇気の無い男性教師に事情を説明し、差し出された部活動の登録用紙を引ったくるように取って、ついでに机の上に置いてあったボールペンも勝手に借りると、当然全ての欄が空欄のその用紙に、手早くペンを走らせる。
部活名も、顧問も、メンバーも決まっていない。
ただ一つ、部長の欄に名前の書かれた用紙を見て俺は心が踊った。
天海夕陽。
そう、この時俺は、部長になることを選択したのだ。
やりたいことは、まだ分からない。
でも必ず見つけて、信頼出来る仲間を集めて、そして残りの学生生活を虹のように輝かせてみせる。
そんな風に、希望に満ちていたあの頃の俺を。
今の俺がやはり恨んでいることなどは、露ほども知らなかった――。