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生まれて初めて人の顔面を殴った。思ったより拳は痛くなかった。

「酷い……誰がこんなことを……」


 そう呟いたのは神代さんだった。

 確かに女子高生が身動きを取れなくされているというのは、分かりやすく不快な絵面だった。

 しかし。


「いや、でも良かった」


「何が……何が良いと言うのですか貴方は! 知り合いがこんな目に遭わされて、貴方は平気なのですか!?」


「何言ってんだよ神代さん、平気な訳があるか。けど、今こうして縛られて眠っているってことは、それ以上何もされてないってことだ。だから、本当に良かった」


「……そうかもしれませんが、星宮さんをこんな風にした犯人が見付かって居ないのですから、まだ風紀は乱れたままですよ」


「それは分かってる。そいつは絶対捕まえてやるし、もう短冊ちゃんをこんな目に遭わせたりはしない。……とりあえず、輪廻」


「はい?」


「縄を解く、手伝ってくれ」


「了解です」


 輪廻にも支えてもらいながら、一先ず壁に寄り掛からせるようにして短冊ちゃんを座らせる。

 苦しそうなので、とりあえずは口に噛まされているタオルを解いてやる。その間に輪廻が足の縄を外し始めていた。結構頑丈に結ばれているらしく苦戦しているようだ。

 それを見ながら、俺が手の拘束を解こうとした、その時。


「天海さん! 何か聞こえます!」


 神代さんが叫んだ。

 耳を澄ますと、確かに聞こえる。

 それは足音だった。

 走っているようで、速い。

 そして、近付いてきている。


「接近しています!」


「分かってる。もしかしたら犯人が俺達に気付いたのかもしれない。ここで身動きが取れないのは危険だ。輪廻、神代さん、短冊ちゃんをベランダの方に連れて行ってくれ。音無も、悪いが自分で待避してくれ」


「分かりました!」


「わかった……」


 神代さんと音無が即座に答えて行動に移る。しかし、神代さんは何かに気付いたように俺の方を振り返った。


「あの、天海さんは!?」


「俺はここで、犯人を迎え撃つ」


「危険です」


 俺の近くから離れていなかった輪廻が、諭すように袖を掴んでくる。


「大丈夫だ、俺を信じろ、輪廻」


 その言葉にはなんの根拠も無かったが、俺の目を数秒見つめると、輪廻は頷いてくれた。

 輪廻と神代さんが短冊ちゃんをベランダに避難させている間、俺はドアと対峙していた。

 犯人が飛び込んできたら、やられる前にやる。

 先手必勝だ。

 そしてそれほど待つこともなく、その時はやってきた。

 足音がこの教室の前まで来たかと思うと、間髪いれずに勢いよくドアが開き。


「星宮さん無事か!?」


 そんなことを叫びながら血相を変えて飛び込んできたのは、やはり。


「やっぱりテメエか! 校長っ!!」


 一気に踏み込んだ俺の右拳が、校長の顔面に綺麗に炸裂した。

 校長は後ろに後ずさるとロッカーにぶつかりそのまま崩れ落ちた。あっけなくそのまま気絶したようだ。

 ふう、屈強な奴じゃなくて良かった。

 普段校長室に引きこもってるからこうなるんだ。


「天海さん、星宮さんが目を覚ましました!」


 神代さんの声に振り返ると、手足の自由になった短冊ちゃんが、こちらを向いて立っていた。


「短冊ちゃん、安心してくれ。校長はとりあえず気を失ってる」


「え……校長?」


 首を傾げながら近付いてきて、俺の後ろを覗き込む短冊ちゃん。校長のなれの果てを目撃し変な表情をした後で、思いもよらないことを口にする。


「あー……先輩、ちょっと言いにくいんですけど……」


「ん?」


「校長先生は、私の味方なんです……」


「は?」


 その時それ以上の言葉は、どうしても出なかった。




 * * * * * 




 一時間後。

 俺達真理探究部の風原憩を除いた4人と、風紀委員の神代さんは校長室に居た。

 目の前にはイケメン校長先生が、机に肘を置き手を組んで、険しい顔で座っている。

 険しい顔の理由は、腫れている左側の頬が物語っていた。

 俺が校長先生を殴り倒したその後。

 校長先生が短冊ちゃんの協力者だと知って、俺達は(主に俺が)慌てて保健室へと運んだ。

 大人の男は音無の数倍もの重さに感じたが、そんなことは言ってられず。

 とりあえず、大事は無かったので良かったのだが、案の定目を覚ました校長先生に、校長室への出頭を命じられた。

 いや、“出頭”とは言われなかったが、そういう気分だった。

 そうして今に至る。


「えっと、要するに?」


 苦笑いしながら(失礼だということは承知の上だったが、そういう顔しか出来なかった)、俺は校長先生にやんわりと説明を要求する。


「いいか? あと一度しか言わないからよく聞けよ、天海くん」


「はい……」


「私は、星宮さんから直々に相談を受けていたんだ。ストーカーが校内に居るかもしれないから協力してほしい、とね」


 校長の言葉に、俺は斜め後ろにいる短冊ちゃんの顔を見る。目が合い、短冊ちゃんは頷く。


「で、今日、星宮さんが例の……その、例の計画を実行するというので、私は不審な人物が校内に居ないかを見て回っていたのだ」


「例の? ああ、パン――」


「その先は言わなくていい」


 過敏だなぁ、校長。


「そもそも星宮さんのその計画を容認してしまった私にも落ち度があった。その点は申し訳ない」


 そう言って頭を下げる校長。いやはやまあ、大人である。


「いえ……私が無理を通しただけで、校長先生は何度も止めて下さったじゃないですか。悪いのは私です」


「いや、教育者として生徒に危険が及ぶ可能性のある判断をしてしまったのは紛れもなく私だ。責任は私にある」


「そんな……」


 短冊ちゃんがばつの悪そうな顔をしている。

 はー、面倒くさいなぁ。


「あのー、お言葉ですけど……」


「なんだ、天海くん」


「悪いのは短冊ちゃんでも校長先生でもなく、ストーカーだと思いますけど」


「まったくその通りです」


 輪廻が同調してくれる。流石は我が弟子だ。


「ま、まあそうなんだが……」


 今度は校長の虫の居所が悪そうだ。


「ていうか、ストーカーの方はどうなったんですか?」


「そう、それを星宮さんに伝えたかったんだ」


 校長は溜め息を吐く。


「ストーカー、見つかったのですか?」


 神代さんが希望の籠った声を出す。


「うむ。端的に言って、星宮さんのストーカーは今、我が校の警備員によって身柄を拘束されている。これから警察に連絡して身柄を引き取ってもらうつもりだ」


「警察、呼ぶんですか?」


 短冊ちゃんがそう問う。

 ストーカーが見つかったのだから、警察を呼ぶのは普通じゃないのか?


「ああ。星宮さんは我が校の評判を落とすまいと、警察の捜査介入を望まないでくれたが、しかし実際にストーカーが見つかったとなれば、そんな星宮さんの気持ちに甘えている場合ではない」


「でも……」


「いいんだ。学校の評判などよりも、一人の生徒の安全の方が大事に決まっているのだから」


「校長先生……」


 うーん、校長先生が格好よくてなんかつまらん。

 左頬が腫れているのが決まらない感じだけど。

 腫らしたのは俺だけれども。


「それで結局、ストーカーはどこのどいつだったんですか?」


 俺は核心に迫る。


「うむ……少し言いづらいが、言わなくてもすぐに分かることだろう。星宮さんをストーキングしていたのは、担任の淵堂先生だ」


「担任……」


 それはつまり、短冊ちゃんの担任ということだろう。しかし、よりにもよって、生徒の模範たるべき教師がストーカーだと?

 短冊ちゃんは、分かっていたのだろう。

 それはそうだ、そいつに呼び出されてあんな目に遭わされたのだから。

 動揺はあるに違いないが、顔には出さない。

 本当、女優に向いてるよ。


「どうして分かったんですか?」


 俺がそう問うと、校長はその言葉を待っていたと言わんばかりに説明を始めた。


「私が校内を回っている時、校内放送があった。皆も校内に居たなら聞いただろう? 星宮さんを呼び出す校内放送だ」


「ああ、はい」


「それに私は違和感を覚えた。担任である淵堂先生が、放課後に星宮さんを呼び出す理由とはなんだ? とね。担任なのだから、ホームルームの時に言えば済む話だろう。まあ、急に用事が出来た可能性も無くはなかったが、一度違和感を覚えては放ってはおけない。というわけで、私は淵堂先生の携帯電話に連絡をした。恐らくそれは星宮さんを眠らせた後だったのだろう、私は淵堂先生をここに呼び出した。念の為、淵堂先生が部屋に入った後で部屋の外に待機しているよう、警備員に言い付けてね」


「手回しが良いですね」


「臆病なだけさ。不安があったら事前に何か対処をしておかないと気がすまないんだ。今回は結果的にそれが役に立ったというだけだ」


 ほんとイケメンで腹が立つなぁ。

 なんて思う俺は、人間が小さい。


「淵堂先生をここに呼び出した私は、単刀直入に『星宮さんは今どこに居ますか?』と聞いた。それに対し淵堂先生は、『星宮ならもう帰りました』と答えた。この時点で私は、淵堂先生――いや、もう先生と呼ぶべきではないな。淵堂がストーカーだと確信した。何故なら私は、星宮さんが帰るはずがないことを知っていたのだから」


 計画を実行する為に。


「それから質問を重ねていくと、淵堂は自分が疑われていることに気付いたのだろう。『忙しいので失礼します』と、途中で話を切り上げて立ち去ろうとしたのだ。そこを待機していた警備員に捕まえてもらい、今はこの校舎の二階にある空き教室に監禁している」


「なるほど……」


「淵堂は星宮さんの居場所を吐かなかったが、念の為にGPSで居場所を分かるようにしておいてよかった。それで当たりを付けて、多目的室へと向かったんだ。後は君達も知っている通り私は天海くんに殴られて気絶した、というわけさ」


「本当に、すみませんでした」


「いや、いい。君も星宮さんを救おうと必死だったのだろう? その気持ちは誇るべきものだ。まあ、私の顔をこんなにした罪は一応償ってもらうが、それでも処置は寛大にしようじゃないか」


「……ありがとうございます」


 やっぱり無罪放免、とはいかないよなぁ……。まあ、仕方なしか。

 それよりも俺には、やるべきことがある。いや、やりたいこと、か。


「あの、校長先生」


「なんだい、天海くん」


「お願いがあります。警察に引き渡す前に、俺を淵堂に会わせてはくれませんか?」


「ふむ……あまり良しとは言い難いが。理由を聞こうか」


「そいつに、どうしても言っておきたいことがあるんです。どうしても」


 言葉で多くを語ることは出来なかったが、その代わりに俺は校長の目をまっすぐに見つめた。

 そんな俺を少しの間見据えて、校長は。


「まあ、警察を呼んで来るまでには少し時間があるだろう。その間なら、許可しよう」


「ありがとうございます!」


「二階の空き教室に行くといい。警備員に連絡し、入れるようにしておく。淵堂は一応椅子に縛り付けてあるが、くれぐれも気を付けてくれよ」


「はい、分かりました」


 俺が校長に背を向けると、後輩たちが皆俺の方を見ていた。あの音無までもが、壁に体重を預けながらも起きて俺に目を向けている。

 不安そうな、心配そうな目を。


「なんだよ皆、大丈夫だ。心配をするな」


「しかし……」


 あの神代さんまでもが、不安の色を浮かべている。


「ちょっと行って話してくるだけだよ。危ないから皆はここに居てくれ」


 それでも皆何かを言いたげだったが、俺はそそくさと校長室を後にした。


 さあて、ちょっくら二階に行きますか。




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