本当に多目的で使われている多目的室ってあるのだろうか
『女神のよう』などと表現したところで実際そんなはずはなく、よく見ればいつも通りのただの幼馴染みであった。
現実的には、階段の踊り場にある窓から指した光が逆光となって、憩の背後に幻の後光を演出していただけである。
「なんだよ、ただの憩じゃないか」
「いや、そんなレア度低いみたいに言われてもなぁ……。無印の私しか存在しないわけだし」
「真・風原憩とかは?」
「居ないよ。真も新も神も居ない。居るのは今ここに居る普通の私だけだよ」
「お前のポテンシャルは普通じゃないけどな」
「ありがとう、褒めてくれて。夕ちゃんの人格も普通じゃないよ」
嫌みを前向きに解釈されてそのお返しにけなされた……。流石、俺の幼馴染みはただ者ではない。ただの風原憩だとしても。
「って、そんな言葉遊びをしている場合じゃないんだ」
「何してるの? こんなところで、勢揃いで。あ、いや、星宮さんが居ない代わりに違う人が居るね。新入部員さん?」
憩が神代さんを注視する。
「あ、いえ私は……」
「神代さんは風紀委員の人だよ。訳あって一緒に行動してるだけだ」
「ああ、あなたが噂の。へえ、綺麗な人だね」
「みてくれはな」
「天海さん何か言いました?」
噂の風紀委員が聞こえている癖にそんなことを言いながら睨んでくる。が、とりあえず無視だ。
「悪い憩、急いでるんだ」
憩ってる暇はないんだ。
「どうかしたの?」
本当に時間が惜しいので、端的に説明する。
「短冊ちゃんを探してるんだよ」
「星宮さんならさっき見たよ?」
「何!? ほんとか!?」
「嘘ついてどうするの。確か二階で、あれはコンピューター室に入る時だったから、10分くらい前かな?」
10分前というと、丁度神代さんに部室でパンツの魅力を語っていた頃だろうか。
そうなると、短冊ちゃんとはどうやら完全に行き違いなってしまったらしい。
「そうか……ありがとう! けどなんでコンピューター室に?」
「ああうん、手芸部の講師終わった後にCG製作部のアイディア出しを手伝って欲しいって頼まれて。手芸やりながらある程度考えちゃったから、私の意見をばばっと言って失礼しちゃったんだけどね。次の予定詰まってたから。今から第一音楽室で吹奏楽部の指揮者をするんだ」
「お、おう……なんか凄いな……。まあ、慈善事業も程々にな」
そう言って俺は憩の横を通って、今し方、憩が下りてきた階段を上り始めた。
そんな俺の背中に、
「別にそんなつもりじゃないんだけど……」
という不満そうな女神様の呟きが、微かに聞こえた。
* * * * *
二階に到着した。
ここに居ると断定できれば、大分短冊ちゃんが居るであろう教室は絞り込める。
二階のメインの教室といえば、ふたクラスの情報処理の授業を同時に行えるように百台弱のPCが備えられている広大なコンピューター室だろうが、そこはさっき憩も言っていたCG製作部とDTM部、そしてAI研究部が合同で使用している。
その他の特別教室もいろんな部がそれぞれ使用しているので、この二階において今現在無人の教室は3ヶ所だけである。
第一、第二、第三、それぞれの多目的室だ。
『多目的』という名が付いているにも関わらず、他の専門教室が充実しているこの学校では、その3部屋は悲しいことにあまり機能していない。
とはいえ。
「如何に多目的室と言えども、そこが女子を凌辱する為に使われて良いはずはありません。ここは陰性な学びの園なのですから」
「なんで『凌辱』を言えるのに『神聖』を間違えるのかなー神代さんは。陰性だったらむしろありそうだよ、凌辱」
「う、うるさいですね! そういう年頃なんです!」
どういう年頃なんだよ。
まあエッチなことに興味が湧く年頃というのだったら分かるけれども。
「お二方、言い合っている場合ではありませんよ」
まったくもって、輪廻の言う通りだった。
「教室は3つだ。時間が惜しい、手分けをしよう」
俺は輪廻に第一多目的室を、神代さんに第二多目的室の捜索をお願いし、自分は音無を背負ったまま一番奥の第三多目的室へと向かった。
一応輪廻と神代さんには、何かあれば大きな声を出すようにと言っておいたが、実際的に短冊ちゃんが居る可能性が高いのは、今俺がドアに手を掛けている第三多目的室だろう。
この教室は、特別校舎二階の廊下の突き当たり、つまり一番奥の教室なのだ。
短冊ちゃんを連れ出した奴はなるべく人気を遠ざけたいはずだ。であれば、少しでも奥まっているこの部屋を、きっと選ぶのではないだろうか。
輪廻と神代さんが、それぞれ担当の教室に入っていったのを見て、一度深呼吸をしてから、俺もドアをガラッと勢いよく開けた。
中は薄暗い。一歩足を踏み入れ、目線は教室の内部に目を向けたままで電気のスイッチを手探りする。
思った位置にスイッチを見付け、そして入れた。
すると、今までの暗さが嘘だったように、煌々とした光が教室内を照らし出す。
「…………」
かくして、教室内には誰も居なかった。
後ろの方に寄せられた机達が、物悲しく逆さの椅子を上に乗せているだけだった。
「短冊ちゃん、居るか?」
無人に無音でも、一応声を掛けて確認してみる。
しかし応答はない。
教室内に居ないとなれば。
そう思って俺は教室の入り口の反対側、ベランダへの出口へと目を向ける。
特別校舎のベランダ、か。
その可能性はあるような気もするし、無いような気もする。
実際あまり人が居ることは少ないのだが、しかしベランダというのはどの校舎も同じで教室ごとに隔たりがあるわけではない。つまり、校舎の端から端まで地続きなのである。
そう考えれば、各部が放課後使用しているこの特別校舎二階においては、誰かがベランダに出てくるかもしれないというリスクはあるのだ。
それでも、そういうリスクにこそ興奮するという輩も少なからず存在する。
あのイケメン校長がそうなのかどうかは、知るよしもないが。
いや、今から知ることになるのかもしれない。
意を決する。
真っ直ぐにベランダへの引き戸に近付き、手を掛け、一息に開いた。
夕暮れ時の優しい風が吹き込む。
ベランダへと足を踏み出して、それと同時に左を向いて、逆の端まで続くベランダに視線を走らせる。
「居ない……」
ベランダには、俺以外誰も存在していなかった。
短冊ちゃんも、校長も居なければ、他の部の部員達が顔を出していることもない。
ただ使われている部屋の窓から漏れ出た明かりが、ベランダの手摺りと床を照らしているだけである。
安堵と不安と焦燥の入り雑じったような感情で、第三多目的室内へと戻る。
すると丁度、反対側の教室の入り口から、輪廻と神代さんが入ってきた。
「私達の方には誰も居ませんでした。こちらは……居なそうですね。この様子ですと」
神代さんが肩を落としながら言った。
「おかしい……この階で無人の教室はこの3部屋しかないはずだ……。ここに居ないはずがない」
「風原憩さんが、階を間違えたということはないですか?」
輪廻が真顔で聞いてくる。
「普通ならそう考えるが、目撃し証言したのが風原憩ともなれば、その可能性はゼロだ。あの完全無欠の幼馴染みに“間違い”の3文字はない」
「しかし、この世に絶対はないのではありませんか?」
輪廻が珍しく、尚も食い下がる。
だがしかし、それは何もおかしなことではない。
普通に考えれば、輪廻が言っていることの方が正しいのだから。
だが俺は、その論理を覆す。
「そうだな。けどなら、『この世に絶対がない』ということも絶対じゃあないだろ?」
「あ…………」
俺の言葉に、輪廻は思考を巡らせ始めたようだ。
輪廻の中に、そんな理論は存在しなかったのだろう。
「二人とも、理屈を捏ねてる場合ではありません。星宮さんはまだ見付かっていないのですよ?」
これまた珍しく、神代さんが正論で本題へと戻す。
「そう……けどしかし、もう手掛かりが……」
「そういえば天海さん」
「なんだよ神代さん」
「いえ、さっき羽狩さんにも言ったのですが、ロッカーの中は見ましたか?」
「へ?」
我ながら間の抜けた声を出したものだが、しかしロッカーの中?
神代さんの言葉に、教室の後ろへと目を向ける。
確かにそこにロッカーがあるが、各学年の教室のようにクラスの人数分設置されているわけではない。
普通の教室なら、生徒一人に一つずつと、あとは掃除用具入れのロッカーが置かれているのだが、ここは特別校舎の第三多目的室である。
設置されているロッカーは一つだけ。
そういえば今まで気にして来なかったが、こういう教室のロッカーには何が入っているのだろうか。
人のあまり来ない教室に掃除用具は必要ないだろうし、そもそも各学年の教室以外の場所は、用務員の人が行っているはずだ。
そんなことを考えながら、後ろの入り口に近い位置に佇んでいるロッカーに近付いていく。
「教室の中で風紀が乱れる場所といえば、カーテンの裏かロッカーの中と相場が決まっているのです」
どうやら神代さんの思考は大分偏っているようだ。少女漫画とエロ漫画の読みすぎだな。
ともあれまあ、可能性が少しでもあるのであれば、確認はしておかねばなるまい。
「あ、輪廻、ちょっと椅子を一つ下ろしてくれ」
俺の言うことに従って、輪廻は手近な机から椅子を下ろした。
「さんきゅ。音無、ちょっと降ろすぞ」
「ん」
背中に声を掛けると、この状況では流石に起きていたようで、音無が応じる。
ここから先は何があるか分からないので、緊急時に備え音無を椅子に降ろす。
さて。
改めて、ロッカーの前に立つ。
ここでロッカーをスルーしておいて、後で実はロッカーの中で短冊ちゃんが酷い目に遭わされていたなんて分かったら目も当てられない。
まあ、居ないだろうけどさ。
そんな惰性の籠ったモチベーションで、ロッカーの扉に手を掛け。
引き開ける。
「のわっ!?」
瞬間中から自分に向かって倒れかかってきた大きな何かを、俺は叫びながらも抱き止めていた。
この匂い……この柔らかさはっ!
衝撃的なまでの既視感を覚え、自身の力で立てないらしいそれを倒れないように支えながら離し、しっかりと見遣る。
「短冊ちゃん……」
そう、ロッカーの中から力なく俺に倒れかかってきたのは、ただの星宮短冊だった。
手足を縄で縛られ、口にタオルを噛まされ、眠っているだけの、可愛い俺の後輩だった。




