奔走の果て女神と出逢う
例によって音無を背負い、輪廻と神代さんを伴って俺は校内を駆けていた。
絵面的には、今一緊張感がない(主に音無のせいで)が、俺達の感情は非常に切迫していた。
先程短冊ちゃんに『廊下は走っちゃダメ』と言っていた神代さん本人が必死に廊下を蹴っているのがその証拠だ。
部室を出て第二校舎への渡り廊下を渡り、そして更に第一校舎への渡り廊下も駆け抜ける。
校内に残っている三年生に稀有な目で見られたが、そんなことは気にしていられない。
普段来ないため慣れない第一校舎だったが、構造自体は慣れ親しんだ第二校舎とさして変わらないので、階段はすぐに見つかった。
その階段を、一階まで降りる。
職員室は第一校舎、つまりここの一階にある。
短冊ちゃん……無事で居てくれ。
嫌らしい笑みで短冊ちゃんの身体をまさぐろうとする校長の姿が脳裏に浮かび、それを振り払うように頭を振る。
「だいじょぶ?」
流石にこの状況では眠れないらしく、音無はいつも通り小声で呟いた。
ていうか、起きてるなら自分の足で走ってくれないかな……と一瞬思ったが、考えてみると音無のそんな姿は現実的じゃない気がするので言わない。
もういい、こいつのことは俺が一生背負ってやるよ。
と、無駄に内心でかっこつけながら、
「無理。心配過ぎて吐きそう……」
と情けないことを言う俺。
失敗した、逆にすれば良かった。
「よしよし」
音無が俺の頭を撫でてくる。
後輩に頭を撫でられるなんて先輩の威厳が損なわれる! と思ったが、そんなものとうに無かったということに気づいたので黙って撫でられておいてやった。
まあ、気休め程度にはなったし。
そうして俺達は職員室へと辿り着いた。
ノックも『失礼しまーす!』の掛け声も無く飛び込んでいった俺達を、職員室に居残っていた教師達は、一斉に訝しげな目で出迎えた。
その中に見知った顔があり、一番手近な席に腰掛けているその教師は、いつも通りの気だるそうな感じで声を掛けてきた。
「ちょっとちょっと君達、どうしたんだい、そんなに慌てて……」
「花道先生、短冊ちゃん見ませんでした!?」
いつも通りの白衣にボサボサ頭の真理探究部顧問は、俺の問いに少しだけ首を傾げると、
「星宮さん? ああ、確かさっき見掛けたような……でもすぐに誰かと一緒に出ていったよ」
「誰か? それって校長ですか?」
「うーん、僕はずっとデスクワークに集中してたからねぇ。そこまでは分からないよ。放課後の職員室は割と人の出入りが激しいし」
自分の観察力の無さを人の出入りのせいにする駄目な大人に、構っている時間はない。
「どこに行ったか分かりますか?」
「ううん、知らない」
ダメだ、役に立たない。
他の教師達も似たり寄ったりだろう。
既に突然の訪問者である俺達からは興味が失せたようで、皆それぞれせっせと自分の仕事に戻ったようだ。
仕方ない、またしても足で捜査か。
「分かりました、失礼しました!」
「ああちょっと天海く――」
今度はちゃんと退室の言葉を口にして、俺達は職員室の外へ出る。
花道先生が何か言おうとしてたようだが、事態は一刻を争うのだ。
「天海さん、どうしますか?」
神代さんが聞いてくる。
「うーん……とりあえず探すしかないけど……」
「闇雲に探しても見つかるかどうか、ですね……」
輪廻が俺の言いたいことを言ってくれる。
「恐らく校長は、人気の無い場所で星宮さんを弄ぶつもりではないでしょうか。風紀が乱れるのは人気のない場所である場合が多いのです」
また神代さんが独自の理論を展開している。
とは思うが、それは一理あるのかもしれない。
「えーと、ていうと……」
「特別校舎はどうでしょう?」
「だな。特別校舎に行こう」
特別校舎がエロいことをするのにもってこいだというのは、他ならぬ俺が実証済みである。
そういうわけで俺達は、元居た特別校舎へと逆戻りすることになったのだった。
* * * * *
「旧校舎、ということはないですかね?」
第二校舎と特別校舎の間の渡り廊下に差し掛かった辺りで、神代さんがそう言った。
だが俺は、すぐにそれを否定する。
「いや、それはないだろう」
「何故そう言い切れるのですか? あそこも人気のない場所だと思いますが」
「旧校舎はグラウンド挟んで特別校舎の向こう側だろ? ということは運動部が活動する中を突っ切らなきゃいけない、しかも教師と生徒でだ。目立ちすぎるだろ」
「……なるほど、確かにそうですね。これから禁忌を犯そうとする人間がそんなリスクを冒すとは思えませんね」
“禁忌”って、また変わった言い回しを。
「しかし神代さん、よく旧校舎を知っていたな」
他の後輩達は知らなかったというのに。
「私は風紀委員ですから。入学式の日に風紀の乱れそうな場所には当たりをつけておいたのです」
「へー」
ということは入学前から風紀委員入ることを決めていたのか。本当に変わってるなぁ。
そうこう言っている間に特別校舎へと辿り着いた。
「さて、問題はこの校舎のどこに居るか、だな……」
特別校舎内の幾つかの教室は、各部によって部室として使われているが、それでも一階から四階の各階にはそれぞれ放課後に部室として使われていない無人の教室がある。
時間を掛ければその全てを虱潰しに探すことは出来るが、なるべくなら時間を掛けたくない状況である。
さて、どうするか。
「あれ、夕ちゃん」
階段の前に立ち尽くして考えていると、階段の上から誰かに名前を呼ばれた。
見上げるとそこに居たのは、キョトンとした幼馴染み――風原憩。
その姿はさながら、女神のようだった。




