ミステリー小説で言うところの推理パート
正直なところ、『自分のパンツを餌にストーカーを誘い出す』という作戦を聞いた時、俺は短冊ちゃんの頭の中ぶっ飛んでんなぁ! と思った。
いやだって、正気の沙汰じゃないだろ。
普通の女子は普通取らない手段だ。
警察に相談に行くのが、正攻法なんじゃないだろうか。
それを、自分で誘き出して捕まえようって。
逞しいにも程がある。
怖いだろ、普通は。
まあ星宮短冊ならでは、といったところだろうか。
もし同じような悩みを抱えている女性が居るのであれば、絶対に真似をしないで欲しいと思う。
万が一どころか普通に危ない。
まあ、短冊ちゃんみたいな変人はそうそう居ないだろうけど。
「……パンツでは引っ掛からなかったんでしょうか?」
短冊ちゃんが部屋を出ていって少ししてから、輪廻が口を開いた。
なんだろう、さっきからどこかテンションが低いような……気のせいかな?
「うーん、魅力的だけどなぁ、パンツ」
「まったく分かりませんね」
呆れ顔で神代さんが口を挟んでくる。
「下着などただの布ではないですか。それほど女性の下着に興奮するのであれば、いっそのことランジェリーショップにでも行けばいいのです」
「はーあ、まったく分かってないんだよなぁ、神代さんは。そんなだからバカって言われるんだぞ?」
「言っているのは貴方だけです! 生まれて初めて言われたのが天海さんです!」
「おっと、あれが初バカだったのか。まあ神代さん、見た目だけは賢そうだもんな。それにしても、今日はやたらと女の子の初めてを貰う日だなー」
「童貞は卒業出来ませんけどね」
「おい神代さん……なんでそれを知っている?」
俺は童貞を公言した覚えはないのだが。
「さっき星宮さんに聞きました」
あんの阿婆擦れアイドルめ、余計なことをペラペラしゃべくりやがって!
今度会ったらお仕置きしてやるか。
「あのな、神代さん。大半の男は売り場にディスプレイされてるパンツなんかにはほとんど興味なんてないんだ。全くとは言わないが」
「はあ?」
「パンツは、女の子が穿いて初めて、その真価を発揮するんだ。穿いたままパンチラで楽しむのもいいし、脱いだ後の温もり……などを楽しむのもいい。そういう無限の可能性のある代物なんだよ、パンツっていうのは」
「あの……天海さん」
神代さんは何故か困ったような顔をしている。それが思いの外、可愛かった。
「それは……女子に対して語るべきことでしょうか?」
「うんむしろ語るべきじゃないし、結構気持ち悪いことを言ってると自覚はしている。ごめん」
「ま、まあ……素直に謝るのでしたら許しましょう。というか、その話題はあまり掘り下げたくないです」
「本音が気持ちいいね」
というか、俺が本音で気持ち悪いのだろうけど。
「ていうかですね、常々思っていたのですが、何故女子はスカートを穿かなくてはいけないのでしょうか?」
「え? 露出願望あんの?」
「違いますっ! ズボンを穿けば良いのではないかと言っているんです! 風紀的観点からすると、スカートの裾が揺れる度に風紀が乱れているとしか思えません」
すげー極論だな。ていうか、『風紀的観点』ていう言葉を初めて聞いた。
まあ、神代さんの言いたいことも分からないでもないが、しかしそれには俺も断固として反論する。
「世界からロマンを消すなよ、神代さん。あの中にどれだけの夢と希望が詰まってると思ってるんだ。これだけは断言出来る。女子がスカートを穿いていなかったら、人類は既に滅んでいただろう」
「なっ! どうしてそのようなことになるのですか? 話が跳躍し過ぎです!」
ジャンプしてねえよ。
“飛躍”ね。
面倒くさいから訂正しねえけど。
「夢も希望もない世界に、人は生きられないからさ。そんな人類の命運をも変える力が、神代さんのそのスカートの中にも、眠ってるんだぜ?」
「そ、そんな……まさかこの中にそれほどの力が?」
「まあな」
流石はおバカさんなだけはあって、どうやら信じてくれたらしい。神代さんは立ち上がって自分のスカートをまじまじと見ている、と。
「帰って来ないですね」
ずっと立ったままの輪廻が、不意に呟いた。
「ああ、短冊ちゃんか。なんか立て込んでんのかね。仕方ない、短冊ちゃんのストーカーが誰なのか、ちょっと考えておいてやるか。真理探究ってことで」
「パンツとかストーカーとか、ろくな物を探さない部ですね……」
神代さん、お得意の呆れ顔である。
「いえ、真理に大きいも小さいもありません……ですよね?」
「ああ、輪廻の言う通りだぜ神代さん。ていうか、神代さんは部外者なんだから口出ししないでくれないかな。こっちは真剣に部活動してるっていうのに」
「う……正論みたいなことを言いますね」
神代さんの顔が苦々しくて俺は嬉しい。
「まあ確かに私はここの部員ではないので、活動への口出しは控えましょう。しかし風紀委員としては、パンツと同様にストーカー問題も捨て置くことは出来ないので、携わらせていただきますよ」
はあ、やっぱりそういうことになるのか。
まあいいか、一つの結論を出すのに、多くの視点があるに越したことはないのだし。
「んじゃま、推測を始めるとしますか。まず前提条件として、ストーカーは短冊ちゃんのことを好きな校内の人間。……他になんかあったっけ?」
「普通に考えて、男性なのではないですか?」
と、神代さん。
「それはどうだろう。最近では同性愛も普通にあるような気もするし。女性のアイドルに女性ファンが居るなんて普通だしな。あ、そういえば短冊ちゃんもアイドルだっけか」
「でしたら、アイドルである『星河みるく』さんのファンという可能性もありますね」
と、輪廻。
「星河みるく? ああ、短冊ちゃんの芸名か。確かに、アイドルのファンがそのままストーカーになるっていうのは、いかにもありそうな話だな」
俺が頷いていると、神妙な顔をした神代さんが口を開く。
「自宅に手紙が送られてくる、と言っていましたよね。ということは、星宮さんの住所を知っているということになりますが、そんな簡単に知ることが出来るでしょうか?」
「それは簡単なんじゃないか? 帰りに短冊ちゃんの跡をつければ家は知れるわけだし」
「そうですが、そういうストーカーだとしたら、わざわざ星宮さんは自分の下着で誘い出す必要はなかったのではないですか? そうせずとも、尾行してきたストーカーを迎え撃てばいいのですから」
「それは、確かに……。けどそうなると、他に住所を知る方法って……」
「ここは学校ですから、生徒の個人情報も管理しているのではないでしょうか?」
「おお輪廻、良いところを突くなぁ。まあそれがどこにあるのかは分からないが、職員室辺りでも忍び込めば見つけられるかもしれないな」
「なるほど……そうなると学内の人間という線が濃密になってきますね」
「“濃厚”ね。神代さん、日本語もう少し勉強しようよ」
「う、うるさいです。私は昔から家が好きじゃなかったんですよ」
「家? なんか関係あるの?」
「あー……いえ、なんでもないです……」
神代さんはなんか失言をしたかのように気まずそうだった。まあ触れられたくないことなのだろう。
こっちとしてもそこまで興味のあることではないし、追究する気はない。
今はそれより、短冊ちゃんのストーカー問題だ。
「うーん、今ある情報で推理出来るのはこのくらいかな……ってなんにも結論出てねえけど。あとはパンツを探して歩いていたとき、誰か怪しい人間を見なかったか?」
「私は見ていません……」
申し訳なさそうに項垂れる輪廻。
「見てない、ですね。というか、そういう目的だと知らなかったので、パンツを探すということしか考えていませんでした。知っていれば意識して見ていたのでしょうけど……」
「うーん、そうなんだよなぁ。短冊ちゃんも最初からそう言ってくれたら良かったのに」
「まあ、『ストーカーされてる』なんて、言いづらかったのではないですか?」
そうなのかもしれない。
けどさ……。
「あの……」
「ん?」
どこからか声が、って後ろか。
音無の存在を忘れかけていたよ。
ていうか、起きてたのか。
「音無、どうした?」
「こうちょー……いたよ?」
こうちょー。
校長、か。
「そういえば、確かに居たな。珍しく」
「なんか、いそいでた」
「校長先生ですか? どこに居たのですか?」
「お前達がトイレに籠ってる間に通り掛かったんだよ」
「意味は分かりますが言い方が気に入りませんね……」
「細かいことは気にしない。確かに第二校舎に、しかも四階に校長が居るっていうのも、考えてみれば不思議だよな」
だって第二校舎は、第一学年と第二学年の教室がそのほとんどを占めているのだから。
授業をするわけでもない校長には、なんの用事もないはずだ。
というか、校長が普通に出歩いているということに違和感を感じる。
そういえば、短冊ちゃんの名前を口にしていた気もするし……。
「……まさか、校長が?」
「ぱんつ……さがしてた?」
ストーカー、なのだろうか?
そんな変態には見えなかったが……。
しかし、人は見た目によるところも多いが、決してそれだけではない。
誰も彼もが、人に言えないようななんらかの事情を抱えている。
短冊ちゃんが俺達に、ストーカーのことを黙っていたように。
「あの……星宮短冊さん、大丈夫でしょうか?」
輪廻が不安げに口を開く。
「どういうことだ?」
「職員室に、呼ばれて行きましたよね?」
あ…………。
「短冊ちゃんが危ない!」
「ま、待ってください天海さん。もし仮に、信じたくはありませんが校長が星宮さんのストーカーなのだとしても、それなら校長はパンツ探しているはずですよね? なら星宮さん本人は安全なのでは?」
神代さんが悠長なことを言う。
だがしかし、それは違うんだ。
「俺は……大事なことを忘れていた」
「大事なこと、ですか?」
それは決して忘れるべきじゃなかったというのに。
「男にとってはな――」
この場に居る全員が息を呑む。
「『好きな女子が脱いだパンツ』よりも、『パンツを穿いていない好きな女子』の方が、断然魅力的なんだ」
これもまた、一つの真理。
多分、きっと。




