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繰り返される日々の中のもう二度と繰り返されない会話

「師匠、何故人は恋をするのでしょう?」


「先輩、もしかして私の肩揉みたいですか? 揉みたいですよね?」


「ねむい…………」


「天海さん、私の身体をその犯罪者のような目で嫌らしくねめつけるのを止めていただけませんか?」


「輪廻、それは人がそういう生き物だからだ。この世に恋が無かったらお前も俺も生まれていない。短冊ちゃん、揉みたくねえよ。胸なら揉んでやってもいい。音無、勝手に俺の膝を枕にするな、椅子を繋げてベッドにするな。可愛いから許すけど。神代さん、これが助けを求めてる目だってなんで分からないの? それでも神職なの? あと『ねめつける』の使い方間違ってる。詳しくは辞書れ」


「本当にそうでしょうか? 私が思うに恋心がなくとも生殖行為は行えるのではないかと。例えば師匠と私は師弟関係で恋愛感情はないですが、男女である限り子孫繁栄の為の子作りは出来ますよね?」


「なに先輩、後輩と交配しちゃうつもりなの? 本当にどうしようもないベースケだなぁ、先輩は。しかも私の胸揉みたいとか。3P希望ですか? 私一応アイドルなんですけど」


「ねむいの……おやすみ……」


「後輩と交配なんて、最低な駄洒落ですね。いえ、堕洒落ですね。神職に従事しているからこそ邪気を孕んだ目には敏感なんです。助けを求めるフリして4Pに持ち込むつもりなんでしょうが、そうはいきませんよ? なまじ頭が良いせいで私に勝った気でいるのでしょうが、変態になんと言われようとも私は痛くも痒くもありません」


「いらん想定をするな、子作りとか言うな。言ってることは正しいけれども。後輩と交配しちゃわねえよ。一応アイドルなんだったら下品なギャグをぶち込むな。ベースケとか3Pとか言うな。はい、おやすみ。この中で眠れるお前のことは本当に心の底から尊敬するよ。待てその堕洒落は俺じゃない。ていうか字面じゃなきゃ伝わらねーこと言うなよ。あと仮にも神職なら4Pとか言うな。それどこぞの下品なアイドルと一緒だからな? あと『なまじ』の使い方も多分間違ってるから!」


「君達は、いつも本当に元気がいいねぇ。神聖な第二科学室なんだからあんまり騒がないようにね」


 ガララっと音をたてて騒がしいこの特別教室に入ってきたのは、いつも通りヨレヨレの白衣を羽織って、長めの黒髪はボサボサで、しまいにはここは学校だというのにくわえ煙草をしている男性教師だった。

 詳しい年齢はよく知らないが、推定では30代前半くらいだと思う。

 というか、最初に外見の描写をするのが自分でもなく、愛すべき後輩達でもなく、いつも覇気のないこの男というのが最高に笑える。

 いや、実はそんな笑えないけど。

 まあ仕方ない。さっきまではこうやってモノローグを挟む余裕も無かったわけだし。

 この教師はある意味俺を助けてくれたとも言えるので、そのお礼ということにしておこう。


「あ、教師」


「顧問だ、めずらしー」


「ふぇ…………?」


「教諭、こんにちわ」


「なんで君らは皆呼び方がバラバラなのかね……。まあ個性が豊かでいいことだけど」


 花道先生が科学実験用に六卓設置されている大きなテーブルの一つを取り囲む俺達に近付きながらいかにも呆れたように言う。

 俺は個性が豊か過ぎると思うけど。

 あ、てか名前を紹介していなかった。というわけで。


花道然(はなみちしかり)教官」


「いや、なんで君まで変えてくるのよ、天海くん。君だけは普通だと思ったのに」


「教師、師匠は普通ではありません。なにせ私の師匠ですから」


「いやいや羽狩ちゃん、なんで騙されてるのかは知らないけど、先輩は凡人だと思うよ。普通に」


「ふつーにぼんじん……?」


「私も星宮さんの言う通り天海さんは凡人だと思いますが、変態であるという事実を忘れてほしくはないですね。ですから普通の変態というのが正しいかと」


「普通の変態なんて居てたまるか」


「いっそ清々しい掛け合いだけれども、年配の僕には優しくないねぇ。脳の処理が追い付かないよ」


 とか、教師はぼやくが。


「先生であるあなたが一番頭良いはずでしょうに。ていうかそうじゃなきゃダメでしょう? あと遅くなりましたけど、科学室が神聖なものだっていうのは初耳ですし、その神聖な科学室で教師であるあなたが煙草を吸ってるというのはどうかと思いますよ?」


 俺に指摘された教師は、ポリポリと頭を掻きながら、この世の終わりのような目をして窓の外に目を向けていた。


「うん…………なんていうかあれだね。君はツッコミ病だよね、そこまで来ると。すべてのツッコミ所どころに突っ込まずにはいられない、みたいなさ」


「あははっ、顧問それ面白い!」


 はしたなくもテーブル上に腰掛けている少女が笑う。

 こいつの名前は星宮短冊(ほしみやたんざく)

 類い稀な名前を持つ彼女は、類い稀な可愛らしいルックスを持っている。

 セミロングくらいに伸ばした明るすぎない茶色い髪はゆるーく巻かれてそのか細い肩に掛かっている。

 目はぱっちり二重で黒目は大きく、鼻筋は綺麗に通っていて、健康的な色合いの唇はふっくらとしていてそこはかとなく色気を感じる。


 ここまで描写して思った。

 つまらんな、うん。

 外見的に貶める箇所が無さすぎる。

 まあそれはそれで、内面的に褒めるところが無さすぎるのだからバランスが取れているとも言えるのかもしれない。


 さっき本人も言っていたが、こいつは一応アイドルをやっている。

 自称、とかそういう痛い感じではなく、職業としてアイドルを選択している。

 誰でも知っている、とまではいかないものの、最近では所属グループが期待のニューフェイス的に雑誌に掲載されるくらいには知名度を上げてきているらしい。


「いや別に面白くねえから。俺は別にツッコミ病とかじゃなくて、間違いが多すぎる輩に正論をぶつけているだけで……」


「だって、欲求不満童貞野郎の先輩がツッコミ病って! あっはは! あれですか? 肉体的に突っ込めないから精神的に突っ込むということですか?」


「短冊ちゃん、お前アイドルやめた方がいいよ」


 結構マジでそう思った。


「やめられるならね。先輩も、童貞やめた方がいいよ」


 それこそ、やめられるなら、だ。

 っていうか、アイドルをやめられない理由ってなんだよ?


「師匠」


「ん、どうした輪廻」


 俺と隣り合って座っている少女が、俺に真っ直ぐ身体を向けて話し掛けてきた。


「さっき師匠は、『間違いが多すぎる輩に正論をぶつけている』って言っていましたが……」


「うん?」


「その正否の基準はどこにあるのですか? どこから見て間違っていて、どこから見て正しい答えをぶつけているのですか?」


 いつもこういう難しいことを考えている金髪ロングストレートの少女は、名前を羽狩輪廻(はかりりんね)という。

 金髪といっても別に彼女が不良だとか非行に走っているということではなく、それは正真正銘の地毛である。

 イギリスだかフランスだかドイツだかロシアだかは忘れたが、母親が外国人で、つまり輪廻はハーフなのである。

 輪廻も、短冊ちゃんに負けず劣らずの整った目鼻立ちなので一見モテそうなのだが、精神的にも短冊ちゃんに負けず劣らず癖が強いので周囲の人間からは敬遠されがちのようだ。

 もっとも、当の本人は真理の探究で忙しいのでそんなことには気付いていないのだが。

 他に特徴はと言えば、背がだいぶ低い。恐らく150㎝前後だろう。


「お前だけだよなぁ、本当の正論を俺にぶつけてくれるのは……。正しすぎるのが間違っているとも言えるが」


「おお……師匠の深いお言葉! ありがとうございます!」


 別に大したことは言っていないし、問いに答えてすらいないのだが、輪廻が喜んでいるのならまあいいか。

 彼女は何故か俺を“師匠”と呼んで慕っている。

 それこそ俺が探究したい不可思議な、真理ならぬ心理である。


「すー………すー………」 


 俺と輪廻が話している間、俺を挟んで輪廻と反対側に椅子を並べてベッド代わりに使い、そして俺の膝を勝手に枕にして寝息を立てているのは、これも輪廻より少し大きいくらいの小柄な少女だった。


「おーい音無、本当に寝るなよ」


「んん…………すー」


 ダメだ、こいつはもう眠っている。

 この状況でトイレに行きたくなったらどうするんだよ。

 まあ普通なら、起こせばいいと思うのだろうが、俺は音無を絶対起こさない。

 こいつの寝顔には、俺にそう決意させるくらいの力があった。


 音無禊(おとなしみそぎ)はアルビノである。

 先天性白皮性と呼ばれるその人達は、呼んで字のごとく肌や髪が透き通るように白い。

 そのシステムや用語を俺は詳しく知らないが、簡単に言うと、生まれながらメラニンが欠乏する遺伝子疾患、らしい。


 故に音無禊も、その華奢な身体のほとんどが白で構成されている。

 こうして顔を覗き込むだけでも、髪も肌も睫毛も白く、まるで童話の白雪姫のような神秘性がある。

 まあ、白雪姫が白いのかどうかは知らないが。

 今は眠っているから見えないが、目を開くと瞳孔の周りの虹彩が、リアルに虹色を帯びていて見蕩れる程だ。

 と、まるで美術品のような少女なのだが、日光には滅法弱いのがアルビノの特徴らしく、外出時には紫外線を極力受けないように漆黒の外套(フード付き)を身に纏っているため、客観的には結構怪しく見えてしまう。

 まあ本人はこういうマイペースなやつなので、別段気にしている様子もないのだが。


「おにぃ……ちゃん」


 音無は長い髪を後ろで一本に括って肩から前に流しているので、それをいじくって遊んでいると、不意に音無がそう囁いた。


「ん?」


「え、なんですか天海さ――いえ、変態さん。あなたは後輩にお兄ちゃん呼びを強要しているのですか?」


「わざわざ呼び方を改めないでくれないかな、神代さん。別に強要してねえよ。ただの寝言だろ」


 少し距離を取って隣のテーブルの方の椅子に座っている神代破魔矢(かみしろはまや)に返答する。


「へぇ、だとしたら音無さんにはお兄さんがいるのでしょうか。初めて知りました。なんにせよ、天海変態さんみたいなお兄さんじゃないと良いですね」


「それが俺のフルネームみたいに言うんじゃない。お前って一見頭良さそうだけどすごいバカだし、一見正しそうだけど一番歪んでるよな」


 まったく俺の言う通りである。

 一見すると、スレンダーで長身で、実家の神社で鍛えられた所作は流麗で、大きく三つ編みにした長い黒髪も端正な顔立ちも、大和撫子然として美しく、星宮短冊とは違う種類の完璧女子という感じなのだが、しかし実際はというと星宮短冊と同じ種類の残念女子である。


「バカでも変態よりはマシです。しかし歪んでいるとは望外ですね」


「バカと変態を同じ土俵で戦わすなよ。っていうかなに? 嬉しいの? 望外の喜びですか? 多分心外って言いたいんだろうけど」


「………………ふぅ。天海さんあまり言葉が過ぎると風紀委員長の名において更迭しますよ?」


「間違いを指摘されたからって実力行使なんて、それこそ風紀が乱れてる気がするけど。あと、神代さんはあまり喋らない方がいいよ。多分だけど、拘束と間違えてるよね?」


「………………」


 神代さんは俺の隣に言う通りに黙ってくれたが、その代わりに苦々しい顔で俺の顔をねめつけていた。

 まったく、美人が台無しだ。


「君達は本当に仲が――」


「良くないです」


「んー、良くはないね」


「というか悪いです」


「師匠と私の絆をそんな言葉で片付けないでください」


「すー…………」


 花道先生が言い終えるよりも先に、俺、短冊ちゃん、神代さん、輪廻、音無の順に反論する。

 いや、音無のはただの寝息か。


「うん……悪いね、って言おうと思ったんだけども。いつも僕は思うんだけどさ、どうして君達はそんな言い合いばかりしてるのに、こうして一緒に居るんだい?」


 常に五者五様の俺達ではあるが、花道先生のこの質問に関しては意見が一致したようで、皆が目で同じことを訴えているのが分かる。

 まあだから、音無は眠っているんだけれど。

 とにもかくにも仕方なく、俺は代表者らしく代表として、目の前で怪訝な表情をしている教師に告げる。


「部活だからです。当たり前じゃないですか。だって俺達は、真理探究部なんですから」


 音無以外の後輩らが頷く。

 それを見て教師は、呆れたように溜め息を吐き、「真面目だねぇ……」と呟くと、吸い終わった煙草の火を携帯灰皿で消した。


 これが、真理探究部の部室――第二科学室でのある日の一幕であった。



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