水中にて
濡れた服はずっしりと重い。着衣でプールの中を歩き続けること五分。
たかが五分、されど五分。全身の筋肉が悲鳴を上げている。
「服を着たまま水に落ちると、身動きが取れなくなっておぼれちゃうってこういうことだね」
小柄な少女、カラがそう呟く。
カラの合図で水から上がる。
すっかり息が切れている。
セイラはしくじったかなと後悔していた。
ボーナスと仕事休みにつられた自分が馬鹿だったかもしれない。仕事よりこっちのほうが全然きつい。
カラは破廉恥にも、腰を覆う程度の短いズボンと袖なしのシャツ姿で水中にいる。水中で着こんでいるのは体力を消耗するからだと言いう理由で。
ものすごくあり得ない格好なのだが、カラはケロッとした顔をしている。
タロという少年いわく、レオタードより露出が少ない。
レオタードが何か知らないが、どうやら異世界の衣装のようだ。異世界ではいったい何を着ているのか少々空恐ろしい。
カラとタロはセイラより随分と年下に見える少年少女だが、転生者というもので、実年齢プラス十数年から数十年らしい。
タロのほうがだいぶ年上なのだそうだ。そうは見えないが。
「休憩はいります」
水中から出ると重力の負荷がまたセイラの身体を痛めつける。
服がこんなにも重い物だと初めて知った。
「もこもこ着込んでいると、泳げる人でも溺れるもんだよな、服は濡れると重さが十倍になるから」
タロが訳知り顔でそう解説する。
「もし川や池に落ちたら、なるたけ早く服を脱げよ、命あっての物種、恥は命に勝る」
そう言いながら、髪を拭くためのタオルを配り始めた。
タロは、軍の食生活を見直す仕事をしていた。そしてカラはその補助をしていたはずだった。それがどうしてこうなったのかはセイラは知らない。
いやそもそもの原因はアニスだ。
アニスが痩せたいと言い出し、その相談に乗るうちに減量と体力向上を兼ねたトレーニング教室が始まり、そのトレーニングの有効性を確かめるため、受けた者と、受けていない者との競争をやってみようという話になった。
そのため特別プログラムを組むことになった。それはいいのだが、体力を削ぎ落すような過酷な訓練が続けられている。
「水気を拭いたら、おやつですよ」
飲み物と軽食が配られる。
はっきり言ってとても美味しい。疲労を差し引いても上等な食べ物だ。
「がっつかない、ゆっくり食べて」
カラがそう言っていた。
大人思想外見とは裏腹にカラは訓練には容赦ない。
そしてその殻の信奉者となったアニスはカラの影すら拝みかねない顔で、神妙に軽食をちまちまと食べていた。
水中で訓練なので、身体が冷えないように温かいものを用意してもらえた。この細やかさがありがたい。
この軽食がなかったら途中で挫折していた自信がセイラにはある。
周りと同じくカラも蜂蜜の入った飲み物を飲んでいる。
「試合が近づいたら」
その言葉に戦慄が走った。
「トレーニング量を減らしていくから」
意外な言葉にセイラは目を丸くした。