進む思惑
「やれやれ」
カラとタロが去った後、イリアス少佐はため息をつく。
「異世界の知識が間違っていたとはな」
元々異世界のはるかに進んだ文明と、真っすぐ鵜吞みにしていた傾向がある。
しかし異世界の人間も、同じく人間なのだ、間違いもする。
そうなると、今までの知識で何が間違っていて何が間違っていないのか、それとも間違いと考えるのがおかしいのだろうか。
異世界の知識に間違いがある。これを発表すると、今までのこの社会に積み重ねられ様々なものが崩れるのだろうか。
「しかし、間違いをただした新たな知識というものはやはり有効なのだし」
カラが言うには、塩と砂糖を少量加えれば、それでいいらしい。
「以前よりも進んだ知識、か」
新たな問題に直面したイリアス少佐はとりあえず、その問題を棚上げした。
そして、カラがもたらした新しい知識とやらをどう適当に伝えるか。
「そうか、間違っていたという言い方が悪いんだ、新しい発見があったと言えばいいんだ」
運動中に水を飲むのは危険、だが、真水でなければいいという発見があった、この言い方なら角は立たない。
転生者を迫害しようとする、中将のような輩に付け入るスキを与えるのもなんだ。
新しい方法が発見された。それを伝えたのはカラ、そう言えば、そして再び思考を止める。
カラの仕事は終わったことになる。カラの伝えた情報の価値は高々数年の子供が受ける学習予算をはるかに超える
これで、カラは実家に帰ることができる。
そう考えて、イリアス少佐は、机を叩いた。
感情のままに行動を起こすなど何年ぶりだろうか。
カラを帰すわけにはいかない。
カラはもっと有効な知識をおそらく持っている。カラ自身もわかっていないけれど、自分の勘がそう言っている。
「逃がしてなんか上げない」
もう、カラは帰れない。カラの持つ知識は、この国でだけ独占する。ほかに伝えるなんてもってのほか。
イリアス少佐は暗い笑みを浮かべた。
カラはスケッチブックにいろいろと書き込んでいた。
「何を書いているの?」
マデリーンが覗き込む。
「テレビで見た、陸上自衛隊の訓練用の障害って、こんな感じだったかなあと」
岩で組んだ障害や、窪地に泥水をため込んだ場所、胸まである塀などが書き込まれている。
「自衛隊?」
「ジャパン、アーミー」
日本語で言っても通じなかったので、そう英語で言ってみた。
「岩をよじ登ったり、塀を乗り越えたり、か、そうね、ステイツもそんな感じだったかしら」
「そりゃ、日本はステイツをお手本にしている節もあるもんねえ」
カラはそれぞれの障害のところに高さを書き足していく。
「軍隊の訓練だし、道なき道を進むってことも軍人ならあってしかるべきよね」
「まあ、確かに、これから残しておいても十分訓練に使えるかもねえ」
それから疑問に思う。
「今までそういう訓練ってなかったの?なんで?」
「なんで、ドラゴンで移動するから、途中経路がなかったとか?」
遠距離はドラゴンでひと飛び、なら道なき道を歩むことはないのでは」
「でも、これからいろいろと変わってくるし、ドラゴンだけが長距離移動する時代は終わるかもしれない、そうなるとこういう訓練も必要になるかもしれないわね」
「この世界って、本当によくわからない」
カラが辺境に引きこもっていたせいもあるが、この世界の常識はカラには今一馴染まない。
「まあ、頑張ってね」
カラはこれからこれを工作員に伝えなければならないのだ。